少女は鼻歌を歌いながら、携帯電話片手に通路を歩いていた。
「ふふふふーふふんふん♪」
スキップをするような軽快さで、飛び跳ねるような歩き方の少女だった。
「ふふーふふん♪ふふふふーふふん♬、ふふーふふーふーふふん♫」
少女の全身から、楽しげな雰囲気が滲み出ている。存在するだけで周囲を明るくする、そんな不思議な雰囲気の少女が奏でる鼻歌に、
「ふふふーふふーふーふふーふふーふーふーん♩」
「待ってくれ!」
少年の声が割り込んだ。
「ふふふふーふ………うん?」
「……君は、さっきのデュエルでエクシーズを使ったよな……」
長い前髪で片目が隠れた、痩せ気味の少年だ。年は少女と同じくらいで、癖の強い天然パーマが特徴的だった。
「……誰?」
見知らぬ男に声をかけられて警戒しない女はいない。少女も声をかけてきた少年を、疑いの目で見ていた。
対して、少年は2深呼吸で息を整えると、隠れていないほうの目で少女の瞳を真っ直ぐに見つめ、言った。
「俺は、東雲遊奈」
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通路で目当ての後ろ姿を見つけると、遊奈はその少女に声をかけた。
「待ってくれ!」
「ふふふふーふ………うん?」
首を傾げ、少女は振り返る。
肩の高さに切り揃えられた、少し色の薄い黒髪が翻る。遊奈のほうを向いた少女の顔は、いわゆる『可愛い系』の粋を極めたような可憐さがあった。
「君は、さっきのデュエルでエクシーズを使ったよな……」
「……誰?」
疑いの目でこちらを見る少女に、遊奈は深呼吸をしてから言う。
「俺は、東雲遊奈」
その言葉に聞き覚えがあったのか、少女の表情が変わる。
「シンクロの人だ!」
「……っ、ああ、そうだけど……」
「すごかったよ!後攻1ターン目から3回もシンクロするなんて! あれって1ターンで何枚ドローしたの!? 普通のデッキはあんなに手札もたないよ! すごかった! 胸キュンだった! 」
胸の前で両手を握りしめた少女は、眩しいほどの笑顔でまくし立てる。
「ま、待ってくれ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、今は待ってくれ。訊きたいことがあるんだ」
「なになに?」
「……なぜ、エクシーズを使えるんだ?」
「なぜ……って、」
少女は少しの間を置いて、
「だって私、初めて遊戯王したときからエクシーズ召喚を使ってたもん」
「……そんなはずは……エクシーズはここには存在しないはずだ!」
言ってから、強い口調になってしまった……と、後悔する遊奈。ただ、少女に怯えている様子はない。
それどころか、少女は薄い微笑みを浮かべた。
「私、この世界の人間じゃないもん」
「は……?」
突然、目の前の少女が意味不明なことを言い出した。
驚愕と困惑でものを言えない遊奈に、少女はさらに驚くべきことを伝える。
「
「どういう……ことだ……」
「『どういうこと』もなにもそういうこと。君もこの世界の人間じゃないでしょ? この世界の人間だったらシンクロ召喚なんて使えないもん」
たしかに、遊奈の知っている世界はそもそも遊戯王の学校なんて存在しない。デュエルディスクもソリッドビジョンも存在しない。そもそも遊戯王自体、決して国民的とは言えないゲームだった。
とはいえ、いきなり『世界移動』とかいう常識を超越した現象を理解できるわけもなく、遊奈には、少女も含め『夢の一部』
という認識のほうがまだ容易だった。
「……聞いてないの?」
少女は首を傾げて遊奈を見る。
「……『聞く』って、何を?」
「聞いてないなら私からは言えないよ。でも、いつかは必ずわかるよ。君がここにいる理由が」
ふふ、と唇に人差し指を当てて笑う少女。
「理由……って、君は何を……」
「私も、何も知らないよ。でも、いつかは必ずわかるんだ。私がここにいる理由も。だから、私はここにいる」
「……言ってる意味がわからないんだが……」
「もっとおしゃべりしたいけど、今日は時間がないから帰るね。ばいばい、遊奈。追いかけてきちゃダメだよ」
「ちょ、ちょっと待っーーーー」
「あ、そうだ」
軽く手を振って立ち去ろうとした少女が、くるりと反転して遊奈のほうを向く。
「笹嶋
にこり。
と、大輪の花のような笑顔を見せて、遊海はその場を後にした。
「…………………………」
未だに理解が追いつかない、それどころかまともに稼働しているかすらわからない頭で、遊奈は少女ーー遊海の言葉を反芻する。
「……理由……」
彼には、何か役目があるということだろうか。
その役目を達成すれば、この夢は醒める、もしくは元の世界に帰れるのだろうか。
「元の世界……」
少しの間を置いて、遊奈は首を横に振る。
「……一生、醒めないままでいいかもな……」
その目には、どこか、孤独に震える子供のような色があった。
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この日、デュエルアカデミアの『台風の目』が3つ生まれた。
未知の召喚方法、シンクロ召喚使いの東雲遊奈。
同じく未知の召喚方法、エクシーズ召喚使いの笹嶋遊海。
そして、『負け無し』と呼ばれた実技最高責任者のエースモンスターを破った融合召喚使い、遊城十代。
彼ら3人は、これから巻き起こるデュエルアカデミアの波乱の日々に巻き込まれることになる。
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「私以外にもいたんだね、この世界に存在しないはずの人間……本来許されるはずのない
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「彼が呼ばれたのも、私と同じ理由?」
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「……やっぱり。そこは教えてくれないんだ、ケチ」
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「それはそうと、あのスゴイのは何なの? 彼の後ろにいたーー」
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「……え? ああ、それが名前なんだ」
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「……強くない? それ……見た感じ彼のデッキならすぐ出てきそうだけど……」
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「その力はまだ使えない? ……ああ、私の『禁じ手』と同じかあ……私も早くカオスの力を使えるようになりたいな……」
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「わかってるよ、ししょー。私はおじいちゃんみたいに強くないから、カオスの力は使っちゃダメだってことくらい……………でも、私だって強くなってみせる。おじいちゃんやししょーが認めてくれるような、最強デュエリストになるんだ。
ーーーーーーだよ、私」
少女の最後の呟きは、風の音にかき消されて消えた。
……週一ペースはどこへやら……な埜中です。テスト真っ最中に私は一体何をしているのでしょうか。
今回はデュエルなし、遊奈と遊海の会話フェイズとなっています。シリアスは苦手……
タイトルにも書きましたが、伏線の加減って難しいですよね……露骨に張りすぎると先読みされるし、隠しすぎると気付かれないし……今回は露骨なほうかな?わかる人は遊海の最後の呟きもわかっちゃうんでしょうね……
だいたいここまでがこの物語の序章、次回からが本編です。ついにアカデミアの日々が始まります。今からアニメとTFのプレイ動画を見直してきて、ここからの話の構想を練らないと……
ひとまずの課題は、遊奈と遊海をどうやって十代と絡ませていくかですね。マズイことに、今のところ2人とも十代の顔すら知りませんし……遊奈は名前聞いたら気づくかな?
ちなみに、遊奈のアニメ知識はキャラの名前とネタを少し知っているくらいです。万城目さんやカイザー亮も、名前を聞くまでわからないでしょうね。
……それでは、今回はここまでにします。最後になりましたが、こんな駄文を読んでくださった皆様に感謝しつつ、筆を置きたいと思います。皆様にささやかな幸せがありますように。
2015年1月某日 埜中 歌音
質問、アドバイス、デュエルミス等あれば是非是非コメントへお願いします。キャラやデッキのリクエストも受け付けております。……ただ、エクシーズやシンクロを多用するデッキ、9期以降のデッキはお断りさせていただく可能性もあります。
冒頭の遊奈の鼻歌、わかる人いるかな……