遊戯王GX イレギュラー・シンクロン   作:埜中 歌音

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星屑は闇夜にて願いに飛翔(はし)

見渡す限り黒に染められた空間で、ツァンのターンが始まる。

 

「魔法カード、《天よりの宝札》を発動。お互いに、手札が6枚になるようにドローする」

 

ツァンの手札は1枚、《天よりの宝札》の効果によって5枚のドローが許される。

対して遊奈は、

 

「手札が元々6枚……ドローはナシ、ですか」

 

「《六武の門》、《六武衆の結束》、《紫炎の道場》を発動。《真六武衆-ミズホ》を通常召喚。この瞬間、《門》に2つ、《結束》と《道場》に1つずつ武士道カウンターが乗る。さらに、《ミズホ》がフィールドに存在するので《シナイ》を特殊召喚」

 

「武士カウンター、4つ……」

 

その言葉が意味するものは……すなわち、《六武の門》の2つ目の効果の発動条件。

ツァンは《六武衆》モンスターを1体特殊召喚するだけで、次の《六武衆》を手札に加えることができる。

 

「《ミズホ》の効果で《キザン》をリリースして、《スターダスト・ドラゴン》を破壊する」

 

「うわっこれ……くそっ、《スターダスト・ドラゴン》の効果を発動、自身をリリースすることでカードを破壊する効果を無効にし、破壊する……さらに(トラップ)カード、《ブレイクスルー・スキル》を発動! 《大将軍 紫炎》の効果を、ターン終了時まで無効にする!」

 

ひとまずは破壊効果を免れた。更に、《大将軍 紫炎》の永続効果による制約もなくなった。

しかし。

 

(……これは、(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)……《シナイ》が存在する限り何度でも特殊召喚できる《ミズホ》を、別の《ミズホ》のコストでリリースして《門》で回収し、効果を使った方の《ミズホ》を回収した《ミズホ》の効果コストにしてまた《門》で回収する、相手のフィールドが切れるまで行われる破壊の無限ループコンボ……)

 

「《門》の効果発動。《結束》の2つ、《門》と《道場》から1つずつ取り除いて墓地の《ミズホ》を回収、《シナイ》がフィールドに存在するので《ミズホ》を特殊召喚。《門》の効果で《門》から2つ、《結束》と《道場》から1つずつ取り除いてデッキの《ミズホ》を手札に加えて、特殊召喚。《ミズホ》の効果でもう1体の《ミズホ》をリリースして《ハイパー・ライブラリアン》を破壊。《門》の効果でカウンターを取り除いて《ミズホ》を回収、特殊召喚。効果を使った《ミズホ》をリリースして《ミズホ》の効果を発動。《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》を破壊。《門》の効果でカウンターを取り除いて《ミズホ》を回収、特殊召喚。効果を使った《ミズホ》をリリースして《ミズホ》の効果を発動。右端のセットカードを破壊」

 

「……対象のカードは《貪欲な瓶》、チェーン発動します。墓地の《フォーミュラ・シンクロン》《ブラックローズ・ドラゴン》《瑚之龍(コーラル・ドラゴン)》、《幻獣機オライオン》、《貪欲な壺》をデッキに戻して1枚ドロー」

 

「《門》の効果でカウンターを取り除いて《ミズホ》を回収、特殊召喚。効果を使った《ミズホ》をリリースして《ミズホ》の効果を発動。《星邪の神喰》を破壊。《門》の効果でカウンターを取り除いて《ミズホ》を回収、特殊召喚。効果を使った《ミズホ》をリリースして《ミズホ》の効果を発動。中央のセットカードを破壊。《門》の効果でカウンターを取り除いて《ミズホ》を回収、特殊召喚。効果を使った《ミズホ》をリリースして《ミズホ》の効果を発動。左端のセットカードを破壊。《門》の効果でカウンターを取り除いて《ミズホ》を回収、特殊召喚。効果を使った《ミズホ》をリリースして《ミズホ》の効果を発動。最後のセットカードを破壊」

 

「墓地の《スキル・プリズナー》の効果を発動!」

 

遊奈のフィールドに残った最後のカード。そのカードを不可視の障壁が守る。

一瞬の無音のあと、ツァンは光のない目に遊奈のフィールドを写した。

 

「……《スキル・プリズナー》の効果はターン中、そのカードの効果を対象にしたモンスターの効果を無効にする……ボクがこれ以上、どれだけ《ミズホ》の効果を使っても無駄か……それがアンタの、この窮地を脱するための最後の一手ってわけね……」

 

やってやる、ツァンは小さく呟いた。

 

「《六武の門》の1つ目の効果を発動。武士道カウンターを2つ取り除き、《大将軍 紫炎》の攻撃力を500上げる。さらにもう1度効果を使い、《大将軍 紫炎》の攻撃力を500上げる」

 

《紫炎》の攻撃力は、実に3500。並大抵のモンスターでは壁にすらならない数値だ。

 

「バトル」

 

一斉に武器を構える《六武衆》たち。遊奈は思わず足を退げようとするが、足場の面積がそれを許さなかった。

 

「《キザン》でダイレクトアタック」

 

一本突きの構えから急加速し、《キザン》の刃が遊奈に肉薄する。

 

「く……!」

 

躊躇っている余裕などなかった。

 

(トラップ)発動、《王魂調和(おうごんちょうわ)》! 相手モンスターの直接攻撃を無効にし、墓地からチューナーとチューナー以外のモンスターを除外して……そのレベルの合計と同じレベルをもつシンクロモンスターをシンクロ召喚する!」

 

《キザン》の刀の切っ先を、半透明の《スポーア》と《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》が受け止める。その2体は光を放って《キザン》を吹き飛ばすと、光の輪と7つの星に分かれた。

 

「集いし力が、悪食の龍に魔神を宿す……光差す道となれ!」

 

レベルの合計は、8。遊奈の背後の地中から、龍の首が2つ飛び出した。

 

「シンクロ召喚! レベル8、《魔王龍ベエルゼ》!!」

 

《ベエルゼ》の2つの首は、遊奈を守るように立ちふさがる。

 

「……所詮、守備力3000。それなら《紫炎》で破壊できる。《大将軍 紫炎》で《魔王龍ベエルゼ》を攻撃」

 

《紫炎》はゆっくりと《ベエルゼ》に歩み寄り、刀を振りかぶって《ベエルゼ》を両断した。

 

「続いて《シナイ》で──なに、どういうこと?」

 

《ベエルゼ》の双頭は、たしかに《紫炎》に斬り伏せられた。

だが、《ベエルゼ》は千切れた首の断面から新たな頭を生やして遊奈のフィールドに残り続けている。

 

「……《魔王龍ベエルゼ》は、戦闘、効果では破壊されません」

 

「……《紫炎》の攻撃でも、《ミズホ》の効果でも倒せないってわけね……」

 

深く、深くツァンは息を吐き出す。

 

「やっぱり、そうなんだ。追い詰められて、追い詰められて……それでもボクは、勝ちきれない。……命を賭けたゲームですら、ボクは奪われるだけなんだ……亮クンや成功クンやアンタみたいな、“主人公”にはなれない……」

 

緩慢な動きで、デュエルディスクにカードを裏側で差し込む。バトルフェイズは終了し、メインフェイズ2に入ったようだ。

そこで思い出したように《シナイ》を墓地に置き、《ミズホ》を破壊した。

 

「《ミズホ》の効果には『フィールドのカード』以外の制約は無い……置いといても《ベエルゼ》の的になるだけだし、このくらい……いいでしょ。……《シナイ》がリリースされたから、墓地の《真六武衆-キザン》を手札に加えて特殊召喚。カウンターが1つ乗った《結束》を墓地に送って、1枚ドロー」

 

ターン終了。と、ツァンは静かに告げる。

《紫炎》の強化が切れ、《スターダスト・ドラゴン》がフィールドに舞い戻った。

 

東雲 遊奈 LP2800 手札7

スターダスト・ドラゴン Atk2500

魔王龍ベエルゼDef3000

 

ツァン・ディレ LP1600 手札1

真六武衆-キザン Atk1700

大将軍 紫炎 Atk2500

真六武衆-キザン Def500

六武の門 (カウンター0)

紫炎の道場(カウンター0)

セットカード1

 

───────────────────

 

 

「……先輩」

 

遊奈はツァンを見据え、光のない瞳に向けて声を放った。

 

「……なんで、こんなことをするんですか」

 

「なんでだろ、ボクにもわからないよ」

 

不気味に蠢く闇を背景に、ツァンは自分の腕を握りしめる。

 

「楽しそうな奴が、憎かったのかも」

 

「……楽しそうな……?」

 

「言ったでしょう。ボクのデュエルにはいつも勝ち負けがつきまとう……負けるたびに、挑まれたデュエルが“闇のゲーム”だったら、って考えて……雪乃も亮クンも『気にしないでいい』って言ってくれたけど、ボクには気にせずにデュエルできる2人のほうが意味わからない……なのに、今年の一年はやけに“精霊憑き”が多いし、そいつら全員のほほんとデュエルして……特に遊城、あいつ退学が懸かったデュエルで……ボクでも羨ましいって思うくらい、楽しそうにデュエルしてた。アンタも、炎上寺とのデュエルで『負けることなんて絶対ない』みたいな顔してた。……ボクがどれだけプレイングを詰めても、どれだけ相手のカードを潰しても得られない、『勝ちへの確信』があった。それを持ってデュエルできたら、少しは楽なのかな……」

 

「……今からでも……」

 

「無理だよ」

 

「今からでも! デュエルを楽しむことは、できないんですか……?」

 

「何言ってんの、バカじゃないの……? ボクにとっても、アンタにとっても、これはどっちかが死んでどっちかが失う……どう転んでもバッドエンドのクライマックス。楽しむことなんて……」

 

「生き残ったほうには、未来がある」

 

「……ボクにこの場を返せるカードはない。……ボクの負けは、決まったようなもの」

 

「……俺のターン、ドロー」

 

遊奈はターンを始めた。自分の手札に目を落とし、カードの上に指を滑らせる。

 

「手札を1枚捨てて、墓地の《ジェット・シンクロン》を特殊召喚」

 

ゴミ箱が黒煙を上げ、ジェットエンジンが飛び出した。縁から伸びた手足の先には、巨大なテントウムシを抱えている。

 

「《魔王龍ベエルゼ》のレベルを下げて、《レベル・スティーラー》を特殊召喚」

 

攻撃力600と500のモンスター。それが、攻撃表示で遊奈のフィールドに並んでいた。

 

「……東雲?」

 

「ディレ先輩は、生きてください。……あなたの未来を、俺のために潰したくない」

 

「アンタって奴は……」

 

ツァンは溜息を吐き、伏せカードの手前のボタンを押した。

 

「《諸刃の活人剣術》を発動。墓地の《六武衆の師範》と《六武衆の御霊代》を特殊召喚する」

 

「その、カードは……」

 

「そう。墓地の《六武衆》を2体特殊召喚して、エンドフェイズに破壊するカード。そしてボクは、破壊したモンスターの(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)を受ける」

 

特殊召喚されたモンスターの攻撃力の合計は2600。ツァンのライフポイントを全て削るには充分な数値だ。

 

「言っとくけど、その下級で攻撃しても無駄だからね。私のもう一枚のセットカードは《進入禁止! No Entry(ノー・エントリー)!》。弱小モンスターで攻撃宣言をした瞬間、アンタの場のモンスターを全員攻撃できなくしてやる。……さすがにこの手は、潰させない」

 

「そんな……」

 

「アンタが『エンド』って言えば、それでボクは死ぬんだから……」

 

──だからさ。

──最後に願いを聞いてくれるなら、ね。

──最後まで、戦ってよ。

──アンタの手で。

──トドメを刺して。

 

ツァンの言葉が、震えた願いが突き刺さる。

伏せカードを破壊すれば、その後にレベル2シンクロモンスターと《レベル・スティーラー》で攻撃すれば、遊奈は負けることができる。

だがツァンは“デュエル”を望んだ。自分で挑んだ“闇のゲーム”で、相手の情けで生き残った彼女が、その後に何をするか。

 

「俺は……」

 

──お願い。

 

「俺は、……」

 

──東雲。

 

「俺は、ッ……」

 

──おねがい。

 

「……おれ、は……」

 

 

 

 

 

 

 

遊奈の思考が止まる。

 

放棄ではない。断念ではない。

 

 

救いたいと、失いたくないと、全霊をもって声を張り上げた。

 

 

 

焦燥していた意識が冴える。

 

 

 

 

混濁していた思考が凪ぐ。

 

 

 

 

 

──その瞬間、彼の体を赤い光が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツァン・ディレ LP1600→800→0→0→0→0

 

Winner 東雲 遊奈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

「……東雲、東雲!」

 

「……のわっ!?」

 

意識を取り戻した瞬間、遊奈は地面に倒れこんだ。どうやら立ったまま気を失い、覚醒の衝撃でバランスを崩したらしい。

 

「……ん、」

 

しかめっ面のツァンが、顔をそらしながら手を差し出してきた。

 

「……ディレ先輩!? デュエルは……?」

 

「……アンタの勝ちよ。覚えてないの?」

 

「……勝ったん、ですか……? でも先輩、生きて……」

 

「アンタのモンスターが……“闇”を消し去った。……それも、覚えてないの?」

 

「む、無我夢中で……恥ずかしながら、全然」

 

「まったく、もう」

 

いつまでも立とうとしない遊奈に痺れを切らしたのか、ツァンは遊奈の手を取って強引に引っ張り上げた。

 

「痛い痛い痛い痛い!」

 

「そんだけ騒げるなら大丈夫ね……心配して損した」

 

「俺の右肩と右肘も少しは心配してやってください……」

 

痛む腕をさすりながら、遊奈はツァンの腕を離した。

 

「──っ、」

 

「ちょっ、東雲!?」

 

その瞬間、膝から力が抜けて地面に倒れこんだ。腕を出して顔は守ったものの、立ち上がろうとすればよろけてしまう。

 

「……(ヘカ)の使いすぎね。ちゃんと休みを取ればすぐに良くなるけど……立てる?」

 

「……無理っ……ぽい……です……」

 

3回転んで立つことを諦め、遊奈は地面に寝そべった。

 

「……」

 

ツァンは口を真一文字に結んで動かずにいたが、やがて携帯端末(PDA)を取り出して音声通話をかけ始めた。

 

「……雪乃?

 

 

「……何も訊かずに、頼まれてほしいんだけど……

 

「……うん。お願い。アンタにしか頼めなくて……

 

「ごめんね。女子寮の裏にいるから、できるだけ早く来てくれると──え?」

 

ツァンが間抜けな声を上げて後ろを見上げる──その先から、雪乃がふわりと降りてきた。3階分の高さを、糸に吊られたように不自然な動きで。

着地した雪乃は地面に倒れた遊奈を見つけ、

 

「……ケダモノ」

 

とスカートを押さえる。

 

「……見ようと思ったんじゃない、まさか空から女の子が降ってくるだなんて思わないじゃないか……」

 

「そう。ごめんあそばせ」

 

口元を隠して微笑みながら、雪乃はツァンと遊奈の様子を観察する。

 

「……それで、このボウヤをどっちの部屋に泊めてあげるの? 私の部屋を貸してあげてもいいけど……」

 

「ぼ、ボクの部屋に決まってるでしょ!? アンタに任せたら何するか……」

 

「ふふ、このボウヤはお姉様“の”だものね……」

 

「そういうんじゃないから! (ヘカ)使いすぎたバカを、仕方なく休ませてあげるだけだから!!」

 

「そうね。今は何も訊かないでいてあげる……その代わり、落ち着いたら教えてね。約束よ?」

 

「ああうん……ごめん。それと、ありがと」

 

雪乃は澄ました微笑みで指を鳴らした。

 

「アバンス」

 

遊奈の体が浮き上がった。雪乃の声に合わせて現れた白髪の少年が、遊奈を担ぐように持ち上げてジャンプしたのだ。

そのまま少年は5階の窓に手をかけ、窓を開けて遊奈を室内へ放り込む。

少しして今度はツァンが少年に担がれて室内へ入った。ツァンをソファに下ろした少年は2人に向けて会釈をし、ベランダから飛び降りて階下に消える。

月明かりが差し込む深夜の室内に、2人だけが残された。

 

「……」

 

「……」

 

時計の音が空間を支配して、数十秒。

ツァンが遊奈の方に向き直り、深く頭を下げた。

 

「ごめん、なさい……」

 

遊奈はかけるべき言葉を見つけられず、ツァンも継ぐことばを見つけられず。

さらに数十秒。

 

「ごめん、な、さい……」

 

「待ってください待って待って! わかりましたわかりましたから! 頭上げてください! ね? 」

 

頭を下げたまま膝をつこうとしたツァンを、遊奈が両手をばたばたと振り回しながら止める。

 

「その……俺、俺は大丈夫ですから……それより、ディレ先輩が生きててよかった」

 

「……怒らないの……? アンタを、殺そうとしたのに……」

 

「……まあ俺、生きてますし……というか、俺のほうが謝りたいくらいです。知らないうちに、ディレ先輩を傷つけて……」

 

「それは、ボクが勝手に嫉妬しただけで……こんなくだらない理由で、“闇のゲーム”を仕掛けただなんて……自分でもどうかしてたと思う……ほんと、ごめん」

 

「そんな、気にしないでください。結果的に2人とも生きてたんだし、それにディレ先輩が、その……思いつめて、苦しんでたわけですから……あなたが悪いってわけじゃない」

 

「……許して、くれるの?」

 

「許すも何も、最初から怒ってませんって。それにディレ先輩が追い詰められて、最初に(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)くれたのが俺で……なんか、嬉しかったです」

 

「……はぁ?」

 

意味がわからない。ツァンは全身からそんなオーラを放っていた。遊奈は苦笑しながら、照れた顔で続ける。

 

「話聞いてると、別に俺じゃなくても、丸藤先輩や空城先輩、炎上寺先輩でよかったようにも思えたんです。だけどディレ先輩は俺を選んで、デュエルを挑んでくれた……なんか、“友達”として認められた気がして」

 

「……頭、おかしいんじゃないの?」

 

「ひねくれ者だって、元々ご存知でしょうに」

 

「──でもボクは、アンタを殺すつもりで……もしそうじゃなかったら、アンタに殺されるつもりでデュエルを始めた……拳銃つきつけて『殺せ、それかお前を殺す』って言ってるようなものよ……」

 

「……要は自分の中の不安とか葛藤とか、今まで自分で抱え込んでたものを投げ出したくなったんでしょう?」

 

軽い調子で、しかしはっきりと突き付けられた言葉に、ツァンは言い返せずに口を噤んでしまう。

 

「愚痴の相手でも八つ当たりでも、そこには『受け止めてほしい』って願いがあったはずです。……ディレ先輩が『受け止めてくれるだろう』と思って俺を選んでくれたとは思いませんし、ディレ先輩が抱えるものを全て受け止めることなんて、俺には到底無理なことでしょうけど……」

 

それでも、と遊奈はツァンの前に手を伸ばした。

 

「少しは、先輩の手伝いができましたか?」

 

遊奈の手を、人肌の温もりを持った雫が濡らす。

下を向いたまま顔を上げないツァンの肩は小さく震え、薄く開いた唇からは意味の続かない言葉が漏れ出し始める。やがて吐息に鼻をすする音が混ざり始め、小さな小さな声がこぼれ落ちた。

 

「叱らないの……?」

 

「叱りませんよ」

 

「悪いことを、したのに」

 

「先輩は充分、自分で自分を責めたでしょう」

 

「でもアンタには……ボクを、責める権利がある……」

 

「謝ってくれたじゃないですか」

 

「謝っただけで、そんな……絶対に、釣り合わない……」

 

「……じゃあ、1つだけ約束してください」

 

伸ばした手の人差し指を立て、遊奈はツァンに見えるようにその指を振る。

 

「これから何か……辛くて耐えられなくなったら、誰かに相談すること。笹嶋さんでも、藤原さんでも、丸藤先輩でもいい……とにかく、誰かに。そうやって、他人を頼ることを覚えてください。あなたは独りじゃないんですから……周りに、頼れる人がいるんですから」

 

「……そんなこと……そんな、弱虫みたいな……」

 

「弱くていいんですよ」

 

ツァンの息が荒くなる。涙がとめどなく落ち続け、声から言葉が失われてゆく。

 

「先輩は、充分強い。だけど、強い人がいつも強いわけじゃない。誰でも、どこかに逃げ道を持ってるんです。俺は先輩の、逃げ道になりたい」

 

遊奈の手に、震える指が絡みついた。

熱を持ったその指は、噛みしめるように遊奈の指を絡め取り、引き寄せ、ツァンの頬に遊奈の手を寄せる。

ツァンは両手で遊奈の手首を握り、手のひらを自分の頬に密着させて離そうとしない。熱い涙を溢れさせ、不安定な息を吐き出しながら、遊奈の親指が涙を拭う感覚に浸っているように見えた。

遊奈が空いている手をツァンの頭に乗せても、ツァンは抵抗を見せずにその身を預けている。

手入れの行き届いた髪を優しく撫でると、喉からくぐもった声がこぼれ始める。

少しの間、ツァンは遊奈の手の中で泣いた。

子供のように、弱々しい声を張り上げて泣いた。

 

 

───────────────────

 

「寝ちゃった。ボクが泣き止んで、すぐ……そんなに疲れてたなら、言ってくれればよかったのに。

 

「……仕方ないからボクのベッドを使わせてあげる。感謝しなさいよ、イエロー寮の安物とは段違いの一級品なんだから。

 

「……間抜けな顔。こんなのが、“闇”を打ち消すほどの力を持ってるだなんて……

 

「……でも普段は、あんなカード使ってなかった。召喚できる場面はいくらでもあったし、なんなら召喚すれば勝ってた場面だってあったのに。

 

「……特別なモンスター、なのかな。

 

「……そういえば、まだお礼も言ってない……ああもう、なんでこんな大事な時に寝ちゃうのよ……

 

「……アンタの間抜けな顔見てたら、ボクまで眠くなってきたじゃない……

 

「……一緒に……ダメダメ。何考えてるんだか……特別に、ほんっと特別に……ボクがソファで寝てあげる。……レディのベッドを独占するって、死刑モノの重罪なんだから……

 

「……ありがとう。ボクを救ってくれて。……ボクを、許してくれて。

 

「……おやすみ、遊奈」
















どうも、自分で書いたのを読み返してみて「こいつ頭の中に花咲いてやがるな」と思った埜中です。でも衝動を抑えられなかった。
闇のデュエル後半、そしてまあ……その……ツァンがデレた。ツンケンする間も無くデレさせてしまいました。キャラ崩壊かなあ……次回からは本来のツァンを取り戻してくれてるはずなので、ツンデレかわいい部分を発揮してくれると思います。
デュエルの後半、というか最後は遊奈くんが覚えていないので省略しました。勘のいい読者様なら遊奈くんが何をしたかわかってくれるはず。……デッキの残り枚数が心配ですが。今度暇なときに数えてみようかなあ……
次回は少し遅れるかもしれません。モチベ次第……というか私のLostbelt1,2と復刻2017ハロウィンの進捗次第ですね。配布両方とも手に入れたいので……周回してます。
では最後に、こんな駄文を読んでくださった皆様に感謝しつつ、筆を置きたいと思います。皆様にささやかな幸せがありますように。

2018年10月某日 埜中 歌音

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