正午あたり。
「十代、どういうことだ! 」
「遊城、退学って何やらかしたんだよ」
遊奈と三沢の2人は、隼人の一報を聞いてすぐにレッド寮へと走った。
「んぁ?」
ぜーはーと呼吸を整える2人とは対照的に、十代は何食わぬ表情で振り向く。その口からはエビフライが生えていた。
「廃寮に忍び込んだことがバレたんだよー!!」
その隣で翔が、この世の終わりのような顔で頭を抱えていた。
「……廃寮? それって、俺たちも同罪じゃないのか……? 俺たちは何も聞いてないぞ?」
「遊奈くん達は素行がいいから、先生も便宜を図ってくれるんだよ……だけど僕たちはおしまいだぁー!!!」
「大丈夫だよ翔。なんとかなるって」
「アニキももーちょっとは悩んでよ! 退学だよ!? た、い、が、く!」
「なんとかなるって」
言いつつ、十代は白米と漬物をかき込む。遊奈と三沢は顔を見合わせて同時に首を振った。
「十代には何を言っても無駄か……」
「……俺はそれよりも、俺達に何の通達がないのが気になる……三沢、校長に直談判しよう。俺達が何の処分も受けないなら、遊城達だけ処分されるのはおかしい」
「…….遊奈、逆に、僕達にまで処分が下る可能性もあるぞ?」
「……だからって、遊城達を見捨てるのかい?」
「……無論、そんなつもりはないさ。行こう、遊奈」
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「東雲遊奈くん、三沢大地くん、天上院明日香くん、前田隼人くん……君達の言いたいことはわかります。しかし、これは査問委員会の決定なのです。一度決定されてしまった以上、私にも覆すことはできません」
デュエルアカデミア校長、坊主頭が特徴的な鮫島はそう言ってゆっくりと首を振った。
「私も、彼らをなんとかこの学園に留めようと手を尽くしました。しかし、遊城十代くんや丸藤翔くんを問題視する声もありますし、彼らの素行に問題があるのは事実です。何の処分もなしに無罪放免、とはいかないのです」
「俺たちには何の処分もないのに、ですか?」
「東雲遊奈くん、デュエルアカデミアの原則は実力主義です。きみや三沢大地くん、天上院明日香くんのように優良な成績を修めていれば多少の便宜を図ることはできますが、遊城十代くんや丸藤翔くんにはそれができない。いいですか、素行に問題があり、成績もよくない……そのような生徒は、他の生徒に悪影響を与えると見られるのです」
遊奈が食い下がるが、鮫島は再び首を振る。
「な、なら俺が処分を受けないのもおかしいんだな!」
隼人も一歩前に出るが、鮫島は右の手のひらを見せて制止した。
「前田隼人くん、たしかに君の成績も芳しくはありません。しかし、君には前科がないのです。私達教師も、1度目はよほどのことをしでかさない限り退学処分は取りません。遊城十代くんと丸藤翔くんは、入学から2ヶ月という短い期間で、指導を7回も受けています。1週間に1回というペースです。……さすがに、見逃すわけにはいきません」
「……何してんだよ、あいつら……」
遊奈は眉間を押さえて下がった。
だか、隼人は下がらなかった。
「……校長先生! 十代は絶対、悪影響なんて与えないです! 俺は去年、アカデミアの授業についていけなくて落ちこぼれて……もうデュエルなんてやめようって思ってました……けど、十代のデュエル見て、俺ももう1度、デュエルに取り組んでみようと思ったんです! だから……」
「……大人の世界というものは残酷です。人物を書類の文字とデータでしか見ていない……遊城十代くん、丸藤翔くんの長所は、書類に記される類のものではないのです」
「そんな……」
「私も手を尽くしましたが……退学を取り消す条件を取り付けることしかできませんでした」
「「「「え?」」」」
残念そうに首を振る鮫島を、4人はポカンとした表情で見る。
「……それは、校長先生……十代と翔の退学は、決定ではないということですか……?」
三沢の声には戸惑いがにじみ出ていた。
「ええ。1週間後に行われるタッグデュエルで、遊城十代くん、丸藤翔くんの退学処分の是非を問います。そのデュエルに勝利することができれば、退学処分は撤回となりますが……」
「……何か、懸念が?」
遊奈の問いに、鮫島が静かに頷く。
「相手を選ぶ権利は査問委員会と、クロノス・デ・メディチ先生にあります。杞憂だと信じたいのですが、遊城十代くんと丸藤翔くんはどれだけ強い相手を呼ばれても、文句は言えないのです」
「なんだ」
そんなことですか。
遊奈の言葉を聞いて、鮫島の顔が上がった。
「お時間をいただいて申し訳ありませんでした、校長先生」
一礼した遊奈は鮫島に微笑みを向け、
「大丈夫ですよ。デュエルが条件なら、遊城は絶対に勝ちます。
くるりと体を反転させ、ドアから出て行った。
「…………東雲くん、今のでかっこいいと思ってるのかしら……」
明日香は肩を落として嘆息し、
「ま、まあ……彼も彼で、安心したんだろう。十代の退学を聞いたとき、彼はまるで自分のことのように焦っていたからな」
三沢も困り顔で目頭を押さえた。
「校長先生、僕も失礼します。お忙しいところをありがとうございました」
そう言って一礼、三沢が退出する。次いで隼人、最後に明日香も出て行き、1人になった校長室で鮫島は呟いた。
「……やはり、羨ましいですね……“若さ”というものは……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「♩走れ〜明日へ〜続く〜進化の道は〜……っと?」
遊奈はレッド寮に戻る途中の崖下に、向かい合う十代と翔の姿を見つけた。口ずさんでいた歌を中断する。
どうやらデュエルが始まろうとしているらしい。双方ともデュエルディスクを構え、十代の先攻のようだ。翔の後ろには、ギャラリーとして遊海が立っている。
「俺のターン! ……《
十代 LP4000 手札3
E・HEROフェザーマン Atk1000
セットカード1
(ん、)
崖を下りながら、遊奈は心で独り言を呟く。
十代の場に存在するのは翼をもつヒーロー、《フェザーマン》のみ。普段ならば《エアーマン》や《ブレイズマン》からのサーチや、いきなりの手札融合からスタートするため、少し貧相な印象を受ける。
(随分と平和的な初動だな……遊城にしては珍しい)
「僕のターン、ドロー!」
その思考を、翔の声が切断する。
「…………僕は《パトロイド》を召喚! 」
翔の場に現れたのは、手足の生えたパトカーだ。攻撃力は1200、《フェザーマン》を上回っている。
おまけに、
(《パトロイド》は相手のセットカードを
「バトルフェイズ!」
(あ、あれ!?)
翔の宣言に、遊奈は足をもつれさせた。崖から転がり落ちそうになり、すんでのところで踏みとどまる。
(《パトロイド》の効果を使わないのか!? ただ確認するだけならうっかり破壊トリガーや墓地発動を踏まなくて済むし、発動しない理由はないぞ!?)
「《パトロイド》で《フェザーマン》を攻撃! 『シグナル・アターック』!!」
「
「ええっ!? う、うわぁっ!!」
(言わんこっちゃねえ! 言ってないけど……)
見ている間に《パトロイド》の攻撃は十代の場に現れた筒に吸い込まれ、翔に向かって吐き出された。
翔LP4000→2800
《魔法の筒》。相手モンスターの攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える罠カードだ。発動タイミングは攻撃宣言時のみと限定されているものの、発動さえ決まれば強力なカードである。遊奈が元いた世界では、たいがいの場合は発動の前に除去されてしまうのだが……
(……今のは完全なプレイミスだぞ、丸藤……)
確認していれば、除去まではできなくともダメージを受けることはなかっただろう。
「……僕はカードを1枚セットしてターンエンド……」
十代 LP4000 手札3
E・HEROフェザーマン Atk1000
翔 LP2800 手札3
パトロイド Atk1200
セットカード1
「俺のターン、ドロー!」
デッキからカードを引き抜いた、十代の顔が少し、綻ぶ。
(来るな)
「《強欲な壺》発動! デッキからカードを2枚ドローする! 手札の《沼地の魔神王》を捨てて効果発動! デッキから《融合》を手札に加えるぜ! そんでもって《融合》、発動! 手札の《E・HERO スパークマン》と《E・HERO バブルマン》、そしてフィールドの《E・HERO フェザーマン》で融合! 現れろ、《E・HERO テンペスター》!」
(厄介だな)
風、水、雷。すなわち、嵐の力をもつヒーローが十代の場に降り立つ。
「通常魔法、《E・エマージェンシー・コール》! デッキから《E・HEROシャドー・ミスト》を手札に加えて、召喚! 《テンペスター》の効果発動! 《シャドー・ミスト》を墓地に送ることで、《テンペスター》は戦闘では破壊されなくなったぜ! さらに《シャドー・ミスト》が墓地へ送られたことで効果発動! デッキから《E・HEROエアーマン》を手札に加える!」
(アド損をアド損にしない、か……たぶん遊城は策なんて巡らせちゃいないんだろうが、割と上手い回しかたするよな……)
デュエル中にあれこれ考える遊奈とは違い、十代は“勘”と“直感”でデュエルをしているらしい。それで遊奈や三沢に7割以上の勝率を上げているのだから驚きだ。
ちなみに、遊海も策を巡らせずにデッキを回しているらしい。遊海の十代に対しての勝率は五分五分、対遊奈、対三沢ではやはり6割を上回る。遊奈もしばしば、「考えるのをやめたほうが勝率上がるんじゃね?」と思ってしまうが、遊奈のデッキで考えるのをやめることは負けを意味する。
「行くぜ翔、バトルフェイズ! 《E・HEROテンペスター》で《パトロイド》を攻撃! 『カオス・テンペスト』!!」
フィールドでは、《テンペスター》の右腕が《パトロイド》に向けられていた。右腕の装置が《パトロイド》をロックする。
「リバースカードオープン、《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを0にして、カードを1枚ドローする!」
(お、
《パトロイド》は破壊されたものの、不可視の障壁が翔を守る。
「やるじゃないか、翔」
少し悔しそうに、十代はターン終了の宣言をする。
ターンは翔に回った。遊奈の独り言も加速する。
(おそらく十代は次のターンに決めにくる……このターンで返さないと負けるぞ、丸藤)
十代 LP4000 手札2
E・HEROテンペスター Atk2800
翔 LP2800 手札4
「僕のターン、ドロー!」
翔の手札は5枚。その5枚目、今しがたドローしたカードを見た翔の表情が歪んだ。
まずカードを見て目を見開き、驚愕の表情になったあと、次第にその表情は悲痛なものへと変わる。
「どうしたんだよ、翔」
そんな変化を感じ取ってか、十代も翔に声をかけた。翔は大きく首を振ると、プレイに戻った。
「魔法カード、《強欲な壺》! デッキからカードを2枚ドローするよ! 続いて《融合徴兵》! この効果で僕は融合デッキの《スチームジャイロイド》を見せて、その融合素材として記されている《スチームロイド》をデッキから手札に加える! ただしこのターン、僕は《スチームロイド》を場に出せず、効果も発動できない!」
(召喚と効果の発動ができない制限をつけてまで、手札に加えるか……高確率で融合召喚が来るな)
「《融合》発動! 僕は手札の《スチームロイド》、《サブマリンロイド》、《ドリルロイド》を融合して、《スーパービークロイド-ジャンボドリル》を融合召喚!」
翔の手札3枚を飲み込んだ渦が、巨大な影を吐き出す。
ドリルだ。一昔前の特撮モノに登場しそうな、巨大なドリルを搭載した戦車が翔のフィールドに出現した。その攻撃力は3000、《テンペスター》を上回る数値だ。
(……とはいえ、《テンペスター》は戦闘では破壊されない。《ジャンボドリル》に破壊の効果はないから、残り2枚の手札でどうするか……)
「速攻魔法、《リミッター解除》! 《ジャンボドリル》の攻撃力を倍にする!」
《ジャンボドリル》が、ボディのいたるところから蒸気を噴き出して暴れる。
「バトル! 《スーパービークロイド-ジャンボドリル》で《E・HEROテンペスター》を攻撃!」
攻撃力の差は3200、この攻撃が決まれば大ダメージだ。
だが、
(馬……ッ鹿か、あいつ!)
遊奈は目を見開いて頭を抱えた。
(遊城のライフは4000、たとえ3200削ったところで800残る! それに《リミッター解除》は……)
《ジャンボドリル》の文字通りの、巨大なドリルが《テンペスター》に刺さる。しかし、《テンペスター》は傷を負いながらもその突進を受け止め、押し返した。
十代LP4000→800
「えっ、なんで……」
土埃が収まり、そこに立つ《テンペスター》の姿を確認した翔が呟いた。
「《テンペスター》は自身の効果によって戦闘では破壊されない。……言ってなかったっけ?」
「あっ…………」
(馬鹿だ………)
納得する翔を見て、遊奈は再び頭を抱えた。
(……残り手札1枚……この反応を見る限りでは《昼夜の大火事》や《火炎地獄》の可能性は少ないな……遊城の勝ちか)
「ターン、エンド……」
翔のターン終了宣言。それと同時に、《ジャンボドリル》が苦しみだした。
ブシューブシューと煙を吐き出しながら暴走し、最後には粉々に爆発四散する。
「あ…………あっ!」
ここで、ようやく翔も《リミッター解除》のデメリット効果を思い出したようだ。
自分フィールドの機械族モンスターの攻撃力を倍にし、ターン終了と同時にパワーアップを受けたモンスターを
《ジャンボドリル》が消えた今、翔を守るものは、何ひとつ存在しない。
十代 LP800 手札2
E・HEROテンペスター Atk2800
翔 LP2800 手札1
「俺のターン、ドロー!……バトルフェイズ!」
最後のターンはあっけなく、
「《テンペスター》の攻撃! 『カオス・テンペスト』!」
攻撃宣言だけで、決着がついた。
翔LP2800→0
Winner 遊城十代
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「最後の《リミッター解除》は悪手だったな……攻撃力3000の《ジャンボドリル》をそのまま残しておけば、あるいは翔にも勝機はあったかもしれないが……」
いつの間にか、遊奈の隣では三沢が観戦していたらしい。さらにその後ろには明日香と隼人の姿も見える。
「……ああ、丸藤は全体的にプレイングが甘いよ。発動宣言と、効果の説明まであった《テンペスター》の効果を忘れて突っ込むとはね……」
「《リミッター解除》のデメリット効果も完全に忘れていたようだしな……遊奈、十代は本当に大丈夫なのか……?」
「俺も不安になってきたー……」
「ねえ、翔」
膝をついて放心状態の翔に、遊海が駆け寄った。
「……《ジャンボドリル》を召喚するとき、なんで《融合》じゃなくて
遊海が指差したのは、翔の手札に残った最後の1枚。
「《パワー・ボンド》で《ジャンボドリル》を融合召喚すれば、その攻撃力は6000……《リミッター解除》で12000……勝ってたんだよ?」
「「「《パワー・ボンド》!?」」」
カード名を聞くなり、遊奈と三沢、さらには明日香までもが素っ頓狂な声をあげた。
「翔、お前手加減してたってことかよ!」
十代も驚いた顔で叫ぶ。その声色には少しの怒りが含まれていた。
機械族専用の融合カード、《パワー・ボンド》。融合召喚したターンの終了時にそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受けるというデメリットはあるものの、このカードの効果で融合召喚したモンスターの攻撃力は『倍』、デメリット効果を補って有り余る性能だ。それどころか倍化した攻撃力がそのまま相手のライフポイントを削り切り、デメリット効果の存在が忘れられることも時々ある。
あのとき、十代のフィールドには《テンペスター》のみだった。天敵である妨害カードを恐れる必要はなく、《パワー・ボンド》使わない理由がない。
「………使っちゃ、ダメなんだ………このカードは、封印されてるんだ……………兄さんに……」
ぽろぽろと、翔は涙のような言葉をこぼす。
「相手をリスペクトできるデュエリストになるまで……兄さんに認められるデュエリストになるまで…………《パワー・ボンド》は使っちゃいけないんだ!」
ほとんど悲鳴のような叫びをあげて、翔の目から本物の涙が流れ出す。
「やっぱり僕にはアニキのタッグパートナーなんて務まらない! アニキがどれだけ強くても……どれだけ強くても、僕がこんなに弱かったら無理だよ! ダメなんだ! 僕はダメ人間なんだ!」
袖で涙を拭いながら、翔は凄まじいスピードで走り出した。
「翔!」
「翔!?」
「翔クン!?」
十代と遊海、明日香の制止も聞かず、その姿は森の中へ消えてゆく。
「……可哀想に……」
しばらくして、ポツリと明日香が呟いた。
「……可哀想?」
遊奈の問いに、明日香は少し躊躇ってから答える。
「
「丸藤の兄って?」
「……『
「………………!!!」
明日香の口からこぼれた一単語、その意味を瞬時に理解した遊奈の顔が歪む。
「ああ……なるほど。『丸藤』な……そういうことか……」
「……どういうことだ、遊奈」
「……三沢さ、前回の月テストで全学年筆記実技総合1位取ってたの誰か覚えてる?」
「『覚えてる?』も何も、『彼』の順位は揺るぎようがないだろう……3年の丸藤……丸藤!?」
三沢も『彼』が誰かは理解したようだ。遅まきに遊海も「……あっ……えっ!?」と驚いた表情を見せる。
「ずるいぞ、お前らだけわかった顔すんなよ!」
「わ、わからないんだな……」
一方でレッド寮の2人は未だに首をひねっていた。
ため息と同時に、遊奈が言う。
「……『
明日香は頷き、
「ええ。彼が翔クンのお兄さんで……この学園で『最強』と呼ばれるデュエリストよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その夜。
遊奈と三沢、遊海、明日香は自分の寮に戻らず、レッド寮で夕食を摂った。その後は男女に分かれて、翔を探している。
翔は森に入ったまま、まだ見つかってはいない。デュエルアカデミアの島に猛獣は生息していないが、それでも1人で森というのは危険だ。
「おーい、翔!」
「翔! どこだ!」
「丸藤! 」
大声で名を呼びながら、3人はどんどんと森へ分け入ってゆく。
(……『リスペクト』、か……)
ふと、遊奈は先日戦ったデュエリストを思い出した。
ーーーーこんなのデュエルじゃない! お前には相手をリスペクトする心がないのか! こんなデュエルは無効だ!
(…………やめよ)
吐き気を感じ、遊奈は思考を中断する。
そのときは我を忘れて激怒してしまい、その怒りは未だ抜けていない。元々、熱くなるのは苦手な遊奈だ。慣れないことをすると胃に障る。
嫌な記憶を追い出そうと頭を振っていると、その額をコツコツと叩く者がいる。
「……ん?……何?」
三沢に聞こえないように、遊奈は『それ』に話しかけた。
ジャンク・シンクロン。カードの精霊が、デュエルディスクに収められたデッキから出てきたらしい。
ジャンク・シンクロンは進行方向とは反対の方向を指差した。
「……、翔を見つけたのか!?」
まじめな目つきで頷くジャンク・シンクロン。向こうを見ると、十代もハネクリボーの精霊と何やら会話している。
やがて、その会話が一段落ついたところで十代が言った。
「三沢、遊奈、あっちだ。なんだかあっちに、翔がいる気がする」
と、進行方向とは反対の方向を指差す。
「十代、そんな曖昧な根拠で……」
「わかった遊城、そっちに行こう」
「遊奈!?」
精霊の見えない三沢だけが、ちんぷんかんぷんな表情でうろたえる。
「しかし……」
「三沢、観念しろ。ここは日本だ。そして日本は民主主義国家だ」
「ぐっ……」
ニヤリと笑い、ジャンク・シンクロンとハイタッチを交わす遊奈。
最後尾だった遊奈を先頭にして、一行は森を出た。
遊奈の……正確にはジャンク・シンクロンとハネクリボーの先導で進むと、昼に十代と翔がデュエルをした崖下に着いた。
「……十代、遊奈……翔は本当にいるのか?」
「たぶん…………………ん?」
三沢の問いを軽く受け流した遊奈は、海の一部が白く泡立っているのに気づく。
「………………んー?」
目を凝らしてみると、特徴的な髪型と髪の色が見えた。暗くて見えづらいが、あれは…………
「ってオイ! 丸藤あいつ溺れてねえか!?」
激しく波打つ水面に、翔の髪が見え隠れしている。時折覗く手足はとても泳いでいるようには見えず、近づいてもこないし遠ざかりもしない。
「やべえ、翔は泳げねえんだ!」
十代はデュエルディスクと上着、ズボンのポケットの中身を全て出してから海に飛び込む。見事なクロールで翔の位置まで到達すると後ろ襟をがっちり掴み、バタ足だけで戻ってきた。
遊奈は感心した表情で、
「……君、運動上手いな……」
「そりゃどうも」
照れくさそうに頭を掻く十代だが、すぐにまじめな表情に戻った。
「翔、どうしてこんなこと……」
「僕がパートナーじゃアニキが退学になっちゃうから……僕じゃあダメだから……」
「……丸藤、」
口を開きかけた遊奈だが、その言葉は別の言葉に遮られた。
「翔!」
「翔クン!」
遊海と明日香が走ってくる。おそらくは三沢が連絡したのだろう。
そして、もう一人。
「…………!!」
『彼』を目の当たりにしたとき、遊奈は言葉を発することができなかった。
初対面で、顔は知らなかったが……直感的に『彼』だと認識する。それほどの存在感が『彼』にはあった。
「……惨めだな」
『彼』の口から、言葉が出る。
その言葉にも、同様の存在感があった。
「……逃げたのか、翔」
誰に向けての言葉か、『彼』は名前を呼んで方向を明らかにした。
しかし、翔は『彼』を見ることすらしない。
否ーー
「……敗北を恐れて、戦わずに逃げたのか」
『彼』は冷酷に、言葉の刃を翔に突き立てる。
「……それはリスペクトの欠片もない、相手を侮辱する行為だ。そして同時に、タッグパートナーを侮辱する行為でもある……わかっているのか、翔」
もう一度、名前を呼んだ。
翔の喉から、息が漏れる。
声にならない声が、漏れる。
「に………、さ……?」
「アカデミアに入学したと聞いて、少しは成長したかと思ったが……以前の愚かなお前よりも、今のお前はさらに愚かだ。そんなことでは、いつまで経っても『弱者』から抜け出せないぞ」
『彼』は冷酷に、
残酷に、
最後の『一太刀』を、
放つ。
「今のお前に、デッキを持つ資格はない」
翔の前に聳える、巨大な『壁』。
この学園で『最強』の生徒。
『彼』の名はーー
『帝王』ーー丸藤亮。
お久しぶりです、埜中です。今回は早めです。
枯渇しかけていた創作意欲がまた湧いてきました。次回の投稿は早さは保証できませんが、1月以内にはすませようと思います。幸い、内容はほとんど決まっているので……
本編では十代VS翔、そしてカイザーの登場ですね!ずっと書きたかったんですよ、カイザー!なんかすごくアレな人っぽくなっちゃいましたけど……ね、根は優しくていい人なんですよ、カイザーは!ただちょっと、表現が苦手なだけで……
次回はカイザーVS十代になると思います。さて、サイバーエンドの攻撃力をどこまで釣り上げてやろうか……でも初期ライフ4000、とりあえずパワボンのデメリットで自滅しないように、ですね。
先に宣言しておきますが、ノヴァとインフィニティは入ってません。でもランページが入ってます。使うかどうかは別として。
では、最後になりましたが、こんな駄文を読んでくださった皆様に感謝しつつ、筆を置きたいと思います。皆様にささやかな幸せがありますように。
2015年6月某日 埜中 歌音
質問、アドバイス、デュエルミス等あれば是非是非コメントへお願いします。キャラやデッキのリクエストも受け付けております。