遊戯王GX イレギュラー・シンクロン   作:埜中 歌音

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廃屋は闇の中で人を喰う

「古い屋敷に雇われた使用人がいてさ…………その屋敷の管理を任された使用人は、鍵束をもらったんだ…………」

頼りなく揺れる蝋燭の灯りが、遊奈の顔を照らす。

「客室、書斎、書庫、物置……1つひとつ、部屋の鍵の説明をうけた使用人だけど、1つ気になることがあったんだ……説明されてない部屋が1つ、説明されてない鍵が1つ……そのことを屋敷の主人に訊くと、主人は『決してその部屋に入ってはいけない』とだけ言って口を(つぐ)んでしまう」

いつも通りの、淡々とした口調。

その口調が、不気味さを一層(かも)し出していた。

「2,3ヶ月くらいたったある日、使用人はふとその部屋の前を通りかかったんだ…………すると、部屋の中から『トン、トン』というノック音が聞こえる……………」

語りながら、遊奈は実際にちゃぶ台を『トン、トン』と叩く。その音に翔が「ひっ………」と喉を鳴らした。

「『そこに、誰かいますか?』使用人はそう言った。すると、『トン』とノック音が返ってくる。しかし、ノックの主は喋れないみたいで、何を訊いてもノックしか返ってこない」

ノック音を、実際にちゃぶ台を叩いて演出する遊奈。その度に、か細い光が不気味に揺れる。

「そこで、使用人はこう言った。『私が今から質問をしますので、YESなら1回、NOなら2回のノックをしてください』。すると、部屋からは『トン』とノックが一回。YESの合図だ。使用人は質問を続けた。

 

『あなたは、人間ですか?』

 

『トン』

 

『あなたは、生きていますか?』

 

『トン、トン』

 

『あなたは、私に危害を加えますか?』

 

『トン、トン』

 

『あなたは、ここから出たいと思っていますか?』

 

『トン』

 

『あなたは、1人ですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

「「ぎゃあああああああーーっっ!!!」」

翔と隼人ーー十代や翔と同室の生徒、前田隼人だーーが抱き合って叫ぶ。その様子を見て遊奈は表情を一変、「ははは」と可笑しそうに笑った。

「はい、『ノックの答え』はこれで終わり。レベ9ってこんなもんだろ?」

そう言う遊奈は右手の指でレベル9モンスター、《氷結界の龍 トリシューラ》のカードを弄ぶ。

「なるほど、語りだけでは表現できない効果音を、実際に鳴らしてしまうとはな……意外と奥が深いんだな」

その隣で三沢は顎に手を添えて何やら呟いている。

「三沢、そんなに深く考えなくてもいいぜ」

苦笑交じりに十代が言った。

この5人が、『怖い話大会』のメンバーだ。

事の発端は十代。10月半ばという季節外れの今になって、いきなり「怖い話しようぜ!」と言い出したのだ。

遊奈が便乗し、同室の翔と隼人が巻き込まれ、三沢は遊奈に誘われて、レッド寮の一室の狭いスペースにちゃぶ台を設置して5人で蝋燭とお菓子を囲んでいる。

まずはダイスで誰が語るかを決め、語り手は山札からカードを引く。そのカードのレベルに合わせて怖さレベルを上げていくルールだが……先程の遊奈の語った“レベル9”の話は今まで出たレベルの中で最高値。それまでは“1”や“4”などの低レベルな話ばかりだった。

ちなみに、ここまで低レベルが多発した理由は、翔と隼人が山札にレベルの低いモンスターを投入しまくったからである。

「遊奈くーん……急に叩くのはズルいよぉ………」

「こ、怖かったんだな……」

未だに涙目の翔と隼人が細々と呟く。遊奈はというと、

「次は誰が語るんだ?」

怖がり2人の言葉を聞く気は無いようだ。

「にしても、遊奈って怖い話とかホラーの耐性強いよな」

「そういえば前に、夜に1人でホラー映画を見ていたな……いくら作り物とわかっていても、僕には無理だぞ、あれは」

十代と三沢はポップコーンをつまみながら言う。遊奈は微笑みながら炭酸飲料のボトルに手を伸ばし、

「怖くないわけじゃないよ。スリルが楽しいだけ。これでも怖がってはいるのさ」

両手を広げておどけて見せるが、とても怖がっているようには見えない。

「逆に、丸藤や前田がそこまで怖がる理由がわからないよ。まだ24時前だぜ? 怖い話は2時回ってからが本番だろ」

「ううううう丑三つ刻に怖い話なんて無理だよぉ!」

「丸藤、大丈夫さ。丑三つ刻用に、レベル7,8の話はまだ残してあるから……」

「そ、そんなものは《クイック・シンクロン》のコストに捨ててしまえばいいんだよ!」

「……丸藤、後ろ…………?」

「そっ……その手には乗らないぞ!? 僕を怖がらせるための嘘だな!?」

半ば自棄(やけ)になりながら腕を組み、翔は絶対に後ろを向こうしない。

しかし、遊奈と他の3人は、

「……翔、後ろ……」

「丸藤、後ろに……」

「翔、後ろなんだな……」

「な、なんなんだよ皆! 僕は絶対引っかからないぞ! 後ろなんて向くもん……………」

ガシッ、と。

翔の肩を掴む、2つの手。

暗闇の中から現れた顔が、満面の笑みを浮かべながら、しかし、全く笑っていない声で言った。

 

「な ー に し て る の か に ゃ ー ?」

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

突然の来訪者に、泡を吹いて倒れる翔。

「や、やりすぎたかにゃー?」

来訪者……レッド寮寮長、大徳寺は頭を掻く。

対して遊奈は親指を立て、

「大徳寺先生、GJ!」

「遊奈……君、入学してからで一番楽しそうだな……」

その隣の三沢が呆れた様子で言った。

「……というか、君たち本当に何してるのにゃ? 隼人くんや十代くんはともかく、遊奈くんと大地くんはイエローの生徒のはずですが……」

「さすがに、他の寮の生徒を泊めるのはダメだったか……?先生」

十代にしては珍しく、少し不安そうな表情を浮かべる。

「いや、校則にそんな記述はないにゃ。……まあ、僕はうるさく言うつもりはありませんよ。ただもう消灯時間はすぎているので……一応、隣の部屋の迷惑にならないように、そこは気をつけてほしいにゃ。あと、今回は大丈夫みたいですが、女子を連れてくるのは禁止だにゃ。次回があるなら、くれぐれも女子は誘わないでほしいにゃ。僕の責任問題になりますから」

「「アハハ…………ソンナコトシマセンヨー……」」

遊奈と三沢の脳裏に「私も行く!行きたい!」と飛び跳ねる遊海の姿が蘇る。2人ががりで必死に頼み込んでなんとか我慢してもらったが、もし押し負けて彼女を招いていたら………

(退学、ワンチャンどころか決定だな)

胸を撫で下ろす遊奈。

「……あ、そうだ大徳寺先生。せっかくだし先生も語っていきませんか?怖い話」

「え、僕?」

意外そうな顔をする大徳寺に、遊奈はデッキを差し出した。

「とりあえずドローお願いします」

「ドロー? このデッキからドローするのかにゃ?ずいぶん枚数が多いけど……」

戸惑いながらも、大徳寺はカードの山に手をかける。

「僕のターン……ドロー、っと」

そのカードを見て、小さな歓声が起こる。

「うお、《F(ファイブ)G(ゴッド)D(ドラゴン)》!?」

「……こんなカード誰が入れたんだ……遊奈、君か?」

「いや、俺だぜ!」

「レレレレレベル12!? 十代、さすがにやりすぎなんだな……」

騒ぎが耳についたのか、翔が目を覚ました。

「……? みんな、なんで盛り上がってるの?」

「喜べ丸藤! 今からレベル12の怖い話が聞けるぞ!」

遊奈の笑顔に、翔の表情が引き攣る。

「えー……っと、つまり、ドローしたモンスターのレベルに応じて話のレベルを決めるのかにゃ? レベル12はデュエルモンスターズにおける最大レベル、つまりレパートリーの中で一番怖い話を語れと……?」

「そういうことです! お願いします!」

「遊奈、キャラが暴走していないか……?」

ここ2ヶ月で1番の笑顔に呆れる三沢。

大徳寺は少しの間考えて、

「……では、期待に応えられるかどうかはわかりませんが……このデュエルアカデミアにまつわる怪談話をひとつ、披露するにゃ」

と、ポップコーンをつまんで居住まいを正した。

 

「このデュエルアカデミアには……数年前まで使われていた廃寮があるのですにゃ。元々は特待生のために作られた寮で、かなりお金もかかっていたんだにゃ。整った設備で、その寮を利用した生徒の反応はとてもよかったんですが…………」

元々細い目を、さらに細めて語る大徳寺。人生経験が長いせいか、遊奈が語るよりも数倍、それっぽい雰囲気が増している。

「ある日、その寮を利用してる誰かがこう言いました……『友達が消えた』…………数日後、その生徒はまた『誰かが消えた』と言い……調べてみると、たしかに生徒の数が減っているのです……徐々に消えていく生徒は増え、ついに、『誰かが消えた』と言う誰かすら、消えてしまったんだにゃ………」

「「「「「うわぁ………」」」」」

あまりにも上手な大徳寺の語りに、5人はその世界に飲み込まれてゆく。

「いつしかその寮に近づく者はいなくなり、管理されなくなった寮は荒れ果てて、今に至る……というわけだにゃ。噂では闇のゲームの研究とかもしていたとか、にゃ」

「……闇のゲームとは?」

質問は三沢だ。大徳寺は少し間を置いて答える。

「都市伝説の範疇を出ない眉唾物の話ですよ。なんでも、LPを実際の“(ライフポイント)”として換算し、敗者は命を失うとか、闇の世界に囚われる、とか…………もしも実在するとしても、一生関わりたくないにゃ」

ぱん、と大徳寺は手を叩く。

「先生の話はこれで終わりにゃ。さて……他の部屋の見回りに行かなきゃいけないから、先生はそろそろ」

そのままドアに歩いていく大徳寺だったが、何かを思い出したように立ち止まった。

「くれぐれも…………廃寮を探検しよう、なんて気になっちゃいけないにゃ。それじゃ、バイにゃ〜」

キィ、と(かす)かなドアの音を残して、大徳寺は夜の闇に消えていった。

遊奈と三沢は顔を見合わせ、2人同時にため息をつく。どうやら、考えたことは同じのようだ。

2人同時に、同じ懸念を抱きながら十代を見る。

十代はその懸念通りの、眩しすぎる笑顔で言った。

「なあ…………その廃寮、探検に行こうぜ!」

 

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というわけで、翌日。

十代を先頭にして翔、隼人と続き、最後尾を遊奈、三沢の2人という隊列の一団は、デュエルアカデミアの敷地7割を占める森をかき分けていた。

時刻は午後11時。月が雲に隠れてしまえば、自分の手を見ることすら難しい闇の中、十代たちは懐中電灯の灯りを頼りに進んでいる。

島の端……普段は誰も寄りつかない、(くだん)の廃寮へ。

「アニキー……怖いよぅ……」

「こ、怖いんだな……」

真ん中の2人は既に限界ギリギリのようで、十代にしがみついている。

一方で後ろの2人はというと、

「古王国時代は太陽神ラーを主神としてたけど、中王国時代に遷都に合わせてアメンを主神にしたんだっけ?」

「ああ、アメンは遷都した首都テーベの守護神でもある。その後、新王国時代にはアメン信仰とラー信仰が融合したアメン=ラーを信仰するようになったんだ。さらに前14世紀にアマルナに遷都したときには、唯一神アトンの信仰に宗教改革されたな。アトン信仰は当時のファラオ1代しか続かなかったが」

「アメンホテプ…………」

「4世だよ。ちなみにアメンホテプ4世は宗教改革の時に自身の名前を変えているが、その名前はわかるか?遊奈」

「あー……………やば、覚えてない」

「イクナートン、だ」

「あーそれそれ! さすが第1位、何でも知ってるな」

「何でもは知らないさ。知ってることだけだ」

少なくとも肝試しの雰囲気には似合わない、明日の小テスト対策の(とても建設的な)話をしていた。

「……遊奈、三沢……こんなときくらい勉強の話はやめろよ……雰囲気出ないだろ……」

「遊城、そう言う君は明日の小テスト大丈夫なの? たしか世界史の他にも古典と化学があったはずだけど」

「むぐう…………」

遊奈の鋭い指摘に、十代は渋い顔をして黙った。

「……で、道はわかっているのか? 十代。さっきから同じ場所を回っているような錯覚を感じるけど」

「ああ、大丈夫だぜ、三沢。もうすぐ着くはずだ……おっ」

先頭の十代が声を上げ、それに続いて遊奈と三沢も“それ”を見る。

「うわぁ…………」

“いかにも”な建造物が5人を出迎えた。

人の管理を離れて久しいのだろう。鉄製の門は赤茶色に錆び、膝の高さを超える雑草が伸び放題だ。その奥に鎮座する洋館風の建物は、塗装は剥がれ外壁は(ひび)割れ、心無しか傾いているようにさえ見える。

「……どうしてこんなになるまで放っておいたんだ……」

顔を引き攣らせた遊奈が呟く。三沢も引き気味に、

「建物として機能するか、かなり際どいぞこれは……行方不明云々(うんぬん)の前に倒壊事故の危険があるんじゃないか? ………行方不明の話はここから生徒を遠ざけるためにわざと……?」

「そりゃないだろ、三沢」

「なぜだ?」

「なんでって……」

遊奈は顎で十代を指し示す。

十代はというと、

「っしゃー! 超雰囲気出るじゃん!」

その様子を見た三沢は呆れ顔で頷いた。

「たしかに、好奇心で探検しに来るバカを発生させるよりは、正直に『危険だ』と伝えたほうが確実か……」

「三沢、俺、割と後悔してる……」

「奇遇だな遊奈、僕もだ……」

今さら静止したところで十代は止まらないだろう。2人は顔を見合わせて同時に両手を広げた。

「……さて、十代、鍵は開いてる?」

遊奈に言われて、十代は錆び付いた門に手をかける。

金属同士が歪に擦れ合う、神経を逆撫でするような音が鳴る。滑りは悪いが、鍵はかかっていなかったようだ。

廃寮の扉は壊れていて開きっぱなしだ。十代の行く手を阻むものはない。意気揚々と、十代は一歩を踏み出す。

「っしゃ! 行くぜ皆……」

「そこにいるのは誰!?」

……寸前、鋭い声が十代の足を止めた。声を聞く限りでは女子生徒のようだ。

振り返ると、ロングヘアの女子生徒が氷のような目で十代たちを睨んでいた。

「おっ、明日香も探検か!?」

気楽な調子で手を振る十代を、女生徒……明日香は軽蔑の視線で突き刺した。……もっとも、十代はそれを全く感じ取っていないのだが。

「この廃寮で何人も生徒が消えてるのよ!? すぐに帰りなさい!」

対照的に、明日香は明らかに本気だ。元々気の強いところがあったが、理由なしに激怒するような分別のない人物ではなかったはずだ。少なくとも、遊奈の知る限りでは。

(…………必死だなあ………何かあったのかな?)

「へっ。そんな迷信、俺は信じなぁぁぁっ!?」

啖呵を切ろうとする十代を押しやって、遊奈は一歩前に出る。

「天上院さん」

「何すんだよ、遊奈!」

不機嫌そうに突っかかる十代を無視し、明日香をまっすぐ見る遊奈。その視線に、今度は明日香が身構えた。

「……この寮で人が消えるって噂……本当?」

沈黙の時間が流れる。

秒針が一周するかしないかの間、明日香は遊奈の目を睨みつけていた。

値踏みするように……もしくは、探るように。

やがて、目を閉じて俯いた明日香は再び顔を上げ、言った。

「この寮で消えた生徒は30人以上……その中には私の兄もいるわ……噂は真実よ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

天上院明日香の兄、天上院吹雪。

学年は明日香の2つ上、真っ当に進級していれば今年には3年生だ。中等部からのエスカレーター進学。学園の帝王である、“七星の守人(セブン・アークス)”第一席の丸藤亮とは級友にして無二の親友だったらしい。というのも、中等部1年の時点で丸藤亮に敵う者は天上院吹雪を除いて他にはいなかった、とか。

高校入学後は丸藤亮とともに様々なテストの上位2位までを総なめし、同期生の実力者達6人(もちろん、丸藤亮を含んで)とともに“七星の守人”とまで呼ばれるようになる。そのランクは第二席……丸藤亮に、僅かに届かなかったらしい。

容姿端麗、博学英才、おまけに気さくでユーモア溢れる優しい人格。『イケメン』という単語が服を着ているような人物だったそうだ。それゆえに女子生徒からの人気は凄まじく、ファンクラブの構成員が学園に所属する女子生徒の7割に上ったこともあるようだ。

 

「女たらしだったけど、デュエリストとしては一流で……女たらしだったけど、とても優しい人で……とてつもない女たらしだったけど、女たらしだったこと以外は大好きだったわ……彼ほど女たらしだった男はいないだろうけど、彼ほど兄として立派な人もいないくらい……女たらしだったこと以外、兄は私の目標だったわ。人としても、デュエリストとしても」

「「「いや、どんだけ女たらしだったイメージ強いんだよ」」」

これは遊奈に三沢、そして十代の言葉だ。

「……というか、完全にアウトじゃん。この寮……建物の欠陥か人為的な誘拐か……それとも、本当に神隠し……?」

「「ひっ……」」

遊奈の言葉に、翔と隼人が息を呑む。

「神隠しなんて私は信じないわ。兄さんはおそらく……いえ、きっと生きてる」

言葉の力強さとは裏腹に、明日香は拳を固く握り締めて震えていた。

(望みが薄いのは自分でもわかってる……? 諦めてしまいそうなのを、自分に言い聞かせて必死で耐えてるのかな……?)

独り言を展開しながら、どうしたものかと思考を巡らせる遊奈。だが、遊奈は決して女性の扱いに秀でているわけではない……というより、女性の扱いは大の苦手だ。

全員が重苦しい空気の中で沈黙している…………のを、明るい声が吹き飛ばした。

「おっし! 皆、明日香の兄ちゃんを探しに行くぞ!」

もちろん十代だ。その言葉に、十代を除く5人はポカンと口を開ける。

「……遊城、それは……」

口ごもる遊奈を遮り、十代はさらに続ける。

「1人で探すより、6人で探したほうがいいだろ。手がかりとかさ、何か見つかるかもしれないぜ」

「そうだな……」

三沢もゆっくりと頷いた。

「……だが十代、ここが(いわ)く付きなのは事実のようだぞ。ミイラ取りがミイラに……という可能性がないとは言い切れない」

「「ひっ…………」」

三沢の言葉に、翔と隼人がまた息を呑む。

「……こうしよう。原則として全員で行動する。万一はぐれたら、急いで入り口まで戻って皆が出てくるのを待つんだ。絶対に1人になっちゃいけない。特に丸藤と前田はね」

「う、うん……」

「わ、わかったんだな……」

遊奈は人差し指を立てる。翔と隼人が頷くのを見てから、その指が畳まれた。

「ま、待って! まだ私は何も……」

「お前も、手がかりを探しに来たんじゃないのか?」

十代の鋭い指摘に、明日香は「そっ……れは……」と口ごもる。

「さっき遊奈も言ったようにさ、全員で固まって動いたほうが安全だって! 大丈夫だ。絶対見つかるさ、兄ちゃんの手がかり!」

「……………………」

十代が立てた親指を見ながら、しかし何の言葉も返せない明日香。

「っし! じゃあ行くぜ、皆!」

十代は廃寮へ向かって歩き出した。「ま、待ってよ〜!」と翔、さらに隼人が続く。少しして、ため息とともに遊奈、その後ろに三沢が続いた。

最後に明日香が、錆び付いた門を閉めてから一団の最後尾に続く。

 

「…………ありがとう…………」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うぅ…………」

「不気味なんだな……」

この声はもちろん、翔と隼人だ。

「内装は意外と古風だな……このモチーフは、“ウジャトの眼”か?」

「ああ、そういえばエジプト史であったねそんなの……ん、この絵、“千年アイテムじゃない? ほらこの、死者蘇生めいたやつとか……ん、じゃあウジャト眼は“千年(アイ)”ってことになるのかな?」

「……ああ、そうか。言われてみれば7つあるな。この杖のような形は“千年ロッド”、三角形に外接した円が“千年リング”この三角形が、有名な“千年パズル”か……」

「“千年アイテム”にもオカルト的な力が宿ってるって噂だよね……あと、()()()()()()()()()作られたって噂も……」

「遊奈、毎回君はその噂をどこで仕入れてくるんだ……?」

「聞き耳を立てるのが癖なんだ」

三沢と遊奈は2人で喋りながら、廃寮の壁や床を観察していた。

ちらり、ちらりと遊奈はしきりに後ろを見る。独り言と同じく、絶え間なく周囲を見回すのも彼の癖だ。

見回し、聞き耳、独り言……はたから見れば完全に不審者だ。しかし遊奈の交友関係上には彼の行為を不思議に思う人物はいなかった。日常のほとんどを一緒に過ごしている三沢も、「変人の度合いは僕も負けてないと思うぞ」の言葉で笑い飛ばした。

(……さて、)

ちらり、もう一度後ろを確認する遊奈。進行方向に向き直ると、三沢や他の仲間に気づかれないようにため息をついた。

(なんか“いる”んだよな……それで隠れてるつもりか……?)

後ろの曲がり角から、人影がこちらを見つめている。一応体の大部分は隠れているが、“存在”だけは明らかだ。

(困ったな…………どうするか……)

次の曲がり角が見えてきたところで、遊奈は足音を抑えて減速した。懐中電灯を消し、そのまま集団から離れて曲がり角を曲がらずに立ち止まる。

同時に、人影が曲がり角から飛び出してきた。遊奈はその人影にライトを当てる。

「!」

「あなたは…………」

そこにいたのは、

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……あれ? 三沢、遊奈は?」

「……む? いないぞ!?」

「遊奈くん、はぐれちゃったのかな……」

「はぐれたら入り口で待機って言い出したのは遊奈だし、あいつは大丈夫だろ。……ん、あれは……?」

「十代、何か見つけたのか?」

「あそこに落ちてるの……ちょっと見に行こうぜ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

遊奈は懐中電灯を構えたまま硬直していた。

動けないのは相手も同じようで、顔に驚きの表情を浮かべて突っ立っている。

その顔が苦虫を噛み潰したような顔に変わり、さらに全ての表情が抜け落ちてから、“彼女”はいつもの凛々しい表情を取り戻した。

「……ここで何してるの、東雲」

「それ俺も訊きたいですよ、ディレ先輩……」

“彼女”……ツァン・ディレは、持ち前の鋭い眼力で遊奈を睨む。

その視線に根負けした遊奈は、ため息を1つついて、

「人探し、ですかね」

「嘘」

「決めつけよくない!」

「嘘に決まってる」

ツァンは腕を組み、眼力をいっそう強めた。

「この廃寮の犠牲者は全員知ってる。少なくともアンタは、その誰とも何の関係もないでしょ」

「いや、知り合いのお兄様がこの寮で行方不明になってると聞いて……」

「知り合い?」

「ほら……天上院さん……」

その言葉を聞いたツァンが、あからさまに「あっ」という顔をした。

「さっ、先に言いなさいよ!」

「言う前に嘘と決めつけたのは先輩でしょう!?」

「ぼっ、ボクは悪くないわよ! アンタが早く言わないから勘違いしたのよこのノロマ!」

「理不尽だ……」

閑話休題、

それにしても……と、ツァンは顎をつまむ。

「天上院クンね……うん、たしか天上院クンは最後の犠牲者よ。彼を含み、20人の生徒が一斉に失踪して……この寮は完全に閉鎖されることになった。これが、半年前の話」

「半年前……」

「それまでは、1人、また1人ってポツポツ消えていってただけなのよ。そして生徒がその都市伝説をまことしやかに語るようになったタイミングを見はからって、一斉に20人が消える事件が起こったの。それまでは冗談半分に都市伝説を語っていた生徒も震え上がって、学校側も信じられないくらいの即断であの寮を閉鎖したわ。……ちなみに、犠牲者はまだ1人も見つかっていない」

「…………」

ツァンの表情に(かげ)りが生じる。

「……ディレ先輩も、失踪事件の犠牲者をお探しに……?」

「……ううん、ボクは違う」

遊奈には、何か、ギチギチと何かが擦れるような音が聞こえた気がした。

「何か、大事なことを忘れてる気がするのよ……とても暖かい、優しい記憶……なのに、そのことを思い出そうとする度に、とても悲しい気分になるの……」

手だ。

固く握り締められたツァンの手、その皮膚が擦れて、痛々しい音を鳴らしている。

「……先輩、」

「放っておくと、その記憶の“存在”まで忘れてしまいそうで……だけど、ここに来れば何かが、思い出せる気がする……少なくともその記憶の“存在”を、思い出せる……」

「先輩!」

遊奈はツァン手を掴み、手の甲を内側に押し込むように手首を握る。五指を司る腱を圧迫された握り拳は、解けるように開いていった。

「……血が……」

あまりにも強い力で握りこんだためか、ツァンの掌の一部に傷が付き、出血していた。

遊奈はリュックサックを探ると、絆創膏の箱を取り出す。

「東雲、」

「ごめんなさい、血を見るのは嫌いなんです」

ツァンが何かを言う前に、遊奈は仕事を終わらせてしまった。絆創膏の包装紙を丸めてポケットに詰め、困ったような笑顔を浮かべる。

「後でちゃんと消毒して、適切な処置をしてください。傷跡にはならないと思いますが、化膿するといけないので、くれぐれも放置はしないようにお願いします」

「アンタ……」

「お願いします」

「わかったわよ…………」

遊奈の態度に圧されて、ツァンは(しか)めっ面で折れた。

「……というか、なんで絆創膏なんて持ってたの? 」

「何があるかわかりませんから」

遊奈はリュックサックを指差す。

「備えあれば憂いなし、って言うでしょう。変に心配性で色んなものを詰め込むから、いつも鞄が重いんですよ」

「……他に、何が入ってるの?」

「本、ライター、筆記用具、鋏、カッターナイフ、ソーイングセット、非常食、タオル、簡単な着替え、ロープ、電池、懐中電灯……その他、です」

「……アンタは無人島に漂着することでも想定してるの?」

「やっぱり救急箱、入れておくべきですかね?」

「……いらないでしょ……」

呆れたように目を回すツァン。遊奈は乾いた笑い声を上げながらリュックサックを背負い直した。「お、お礼は言わないわよ。アンタがやりたくてやったんでしょ。大きなお世話よ」

「……自己満足に巻き込んでごめんなさい……」

「…………アンタといい遊海といい、今年の新入生は(ことごと)く扱いづらいわね……」

「はい?」

「……なんでもないわよ。それよりアンタ、天上院クンの手がかりを探してるんでしょ? アンタが頭下げるなら協力してやってもいいわよ」

「……? いえ、先輩のお手を煩わせるわけには……」

「てっ、手伝ってやるって言ってんのよ! 素直に頭下げなさいよ!」

「じゃ……じゃあ、お願いします」

「最初から言いなさい」

しょうがないわね……まるでそう言っているようなツァンの背中に、遊奈は「……俺が悪いのか?」と首を捻る。

しばし無言の時間が続いて、遊奈が言った。

「……天上院先輩って、どんな人だったんですか?」

「女たらし。雪乃が引くくらいの」

「えっ」

衝撃の言葉に足が止まる遊奈。

「それはもう、雪乃が『彼は完全に私の上を行く』っていうくらいの、よ。ま、雪乃と違って優しいから退学者は出なかったけどね。女たらしっていうより、優しいのよ。来る者は拒まず、去る者をひたすら追い続ける人だったから。……もっとも、天上院クンのところから去ろうとした女子なんて、ほとんどいなかったけど」

「羨ましい……」

「天上院クンは本当にイケメンだったから仕方ないわよ。ボクの同期じゃ一番かっこよくて…………?」

はた、と立ち止まったツァンが首を捻った。

「どうしました?」

なんでもない。とツァンは再び歩き出す。

「それにしても天上院クンか……懐かしいわ、ボクと天上院クン、丸藤クンで“四天王”なんて呼ばれてた時期もあったわね」

「“()天王”……?」

数が合わない。

それを指摘しようと口を開いた遊奈だが、言葉を発することはできなかった。

なぜならーーーー

 

ーーーキャァァァァァァァァァァッ!!!

 

「「!!」」

鮮烈な悲鳴が建物を揺らし、遊奈の思考を切り裂いたからだ。

「……これは、明日香の!!」

ギリ、と歯を噛み締め、顔を歪めるツァン。

「東雲、アンタさっきまで明日香といっしょだったんでしょ!? その場所まで案内しなさい!」

「いや俺途中で(はぐ)れて……」

「ああもう、役立たず! ついて来なさい!」

言うなりツァンは走り出した。狼狽(うろた)えていた遊奈も声の勢いに押され、全力のスタートダッシュでツァンを追いかける。

「悲鳴は近かった……まだ間に合う! 絶対に、()()()みたいには……」

ツァンの表情が深刻さを増す。『あの時』という単語が引っかかった遊奈だが、その思考はまたもや中断させられた。

「東雲、何か見つけたらすぐに言いなさいよ! それが役に立たなかったらブッ殺すから!」

「し、しれっと怖いこと言わないでくださいよ!」

ツァンの言葉に押され、さらなる犠牲者になりたくない遊奈は目を光らせる。

「先輩、あれ!」

角を曲がったところで、地面に散らばるカードが遊奈の目に入った。

「《エトワール・サイバー》に《ドゥーブルパッセ》….…明日香のデッキ!」

「じゃあ、天上院さんはこの近くに……?」

「遊奈!」

遊奈達が来た方向とは逆の曲がり角から、十代が姿を現した。続いて、三沢と翔、隼人も走ってくる。

「なあ、明日香見なかったか!?」

「アンタ達が見失ったんでしょこの役立たずこれだから男は腹が立つのよ!」

高速でまくし立てるツァンに流石の十代も一歩退いた。

「遊奈、天上院さんは……」

「……残念ながら、見ていない……入り口で待っててくれたらいいけど、さっきの悲鳴は呑気に待ってていい悲鳴じゃなかった……」

三沢の言葉に首を振る遊奈。その様子を見てか、翔と隼人の顔がどんどん青くなってゆく。

深刻さを増してゆく事態の中、遊奈は誰ともなしに呟いた。

 

「人が消える、廃寮…………」

 

 




どうも埜中です。あとがきが思いつかないです。
前回、「二週間」とか言いつつ結局一ヶ月かかってしまいました。次こそは二週間以内に投稿したいのですが……信用しないでくださいw
次回はデュエル回ですね。いつものように(オイ)プレミしないように気をつけないと……
では、最後になりましたが、こんな駄文を読んでくださった皆様に感謝しつつ、筆を置きたいと思います。皆様にささやかな幸せがありますように。

2015年5月某日 埜中 歌音

質問、アドバイス、デュエルミス等あれば是非是非コメントへお願いします。キャラやデッキのリクエストも受け付けております。

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