受験生は行き先を間違える
2月中旬。
日本のとある地域では、私立高校の入学試験はだいたいこの時期に行われる。
東雲遊奈も、世間がやれチョコだバレンタインだと騒ぎ立てる中で、自慢のロードバイクのペダルを踏みながら試験会場へと向かっていた。
ロードバイク、つまりは高速走行を目的とした自転車だ。遊奈のものはブレーキやスタンドを取り外すような改造はしていないものの、それでもロードバイク、市販の自転車よりもかなり速い。
そのうえ、遊奈は急いでいた。
余裕をもって20分前には試験会場に到着したいのだが、朝に寝過ごしたせいで普通のペースでは5分前に間に合うかどうかすら怪しい。というわけで、遊奈は普段より強めにペダルを回していた。
ところで、
ここで、例えば脇道から子供が飛び出してきて、その子供を轢いてしまうというのはよくある話だ。ロードバイクというものはかなりのスピードで走るため、人間1人を轢き殺すくらいの芸当はやってのける。だからこそ、遊奈も脇道を通る度に警戒はするし、いざというときのためにブレーキをきつく握る準備もしてあるのだがーーーー
実際の事故というものは、人間の反応速度では対応できない一瞬の出来事で、
遊奈は飛び出してきた子供を見た瞬間、反射的にハンドルを切ったことでバランスを崩してしまった。
神がかりな回避で子供を轢くことは避けられたものの、遊奈の体は横転しながら車道へと転がっていく。
不運なことに、その車道は大きな幹線道路であり、遊奈には自分へと凄まじいスピードで迫ってくるトラックが見えた。
終わった。そんな絶望的な4文字が頭に浮かび、遊奈は反射的に目を閉じた。
直後、凄まじい衝撃が遊奈を襲う。
最後に遊奈が見たのは、
固く閉じた目蓋をこじ開けて目に突き刺さる、眩い赤の光だった。
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「君!おい、君!」
少し強引に体を揺すられ、遊奈は目を覚ます。
「え…………」
トラックに轢かれたはずの体だが、どこにも外傷はないようだ。
体を起こそうとすると、黒服の男が遊奈を支えて起こした。遊奈を起こしたのもこの男だろう。
「どうしたんだ?こんなところに倒れて」
「あ、いえ、大丈夫でーーえ?」
周りを見回すと、ここはどこかの駐車場のようだ。遊奈がトラックに轢かれた場所ではない。
「……俺、どうしてたんですか?」
「……さあ。俺は君がここに倒れていたから起こしただけだ」
黒服の男はそう言って首を振る。彼にも遊奈がここに倒れていた理由はわからないのだろう。
「……それにしても、君はそんな服を着ていて暑くないのか?」
黒服の男に言われて、遊奈は自分の体を見る。
2月ならば、肌着、シャツ、上着、上着、コートという重ね着でも暑いなんてことは……
「……暑い……」
まるで夏だ。堪えられずに、遊奈はコートと上着2枚を脱ぐ。
「この季節にそんなに着込んでいたのか!?」
黒服の男の言い方が、どうも引っかかる。
「あの……今日って何月何日でしたっけ……」
「今日か?8月21日だが?」
「……………………………………」
遊奈の思考が一瞬、完全に停止した。
(8月21日……?なんだ俺、トラックに轢かれて昏睡状態で、夢でも見てるのか……?)
それにしては、リアルな体感だ。空気の熱も地面の熱も、とても夢とは思えないほど現実的な感覚として伝わってくる。
(タイムスリップ?いや、まさか……)
「ちなみに、今って西暦で何年でしたっけ?」
「2014年だろう?」
「……そうっすね」
遊奈は2014年度の受験生、つまり、遊奈の感覚では今は2015年だ。
100年前とか100年後じゃなくてよかった……と、とりあえず安堵する遊奈。
夢にしろタイムスリップにしろ、時代が近ければある程度は合わせられる。
と、遊奈なりに色々と考えを巡らせていると、黒服の男が話しかけてきた。
「ああ、そうだ。君は受験生か?」
「あ、はい」
遊奈としては、中学3年生という意味で、「はい」と答えたつもりだった。
だが、黒服の男はそういう意味で「受験生か?」と訊いたわけではなかったようで、
「なら、受験票を出しなさい。手続きを済ませよう」
「え……あ、はい」
心では違うとわかっていたが、男の言うままに遊奈は受験票を出す。
「……あれ?」
その受験票が、彼の知っている受験票ではなかった。
遊奈の知っている受験票は葉書1枚だが、この受験票は葉書2枚分大きさの紙が2つ折りにされている。
そして、表にはデカデカと、『DA』の文字。
その下に小さく、『Duel Academie』の文字。
だが、開いてみるとそこには遊奈の名前と住所、その他個人情報と受験番号ーー18の文字が書かれていた。ちなみに、遊奈が知っている自身の受験番号は25から始まる5桁だったはずだ。
「おお、それだそれ。貸してくれ」
黒服の男は遊奈から受験票を受け取ると、大きなドームに向かって歩いていく。どうやらこの駐車場はこのドームのもののようだ。
少しして正面入り口に着く。黒服の男は正面入り口に設置された机に受験票を持っていくと、机にあったハンコを押して遊奈に返す。
「今までの勉強の成果を惜しみなく発揮するように。行きなさい」
「あの………」
「なんだ?」
最後の望みを賭けて、遊奈は黒服の男に質問する。
「ここって……
「何を言っているんだ?」
黒服の男が、答える。
「もちろん、ここは、
今度こそ、遊奈の思考は完全に停止した。
(…………………うん、)
まともに動かない頭をなんとか稼働させて、遊奈は自分に言い聞かせる。
(これは、夢だ。いつか醒めるさ、はは…………)
思わず振り仰いだ天には、荘厳な《青眼の白龍》のオブジェが『KAIBA LAND』という文字の上に屹立していた。
どうも、埜中と申します。よろしくお願いします。
遊戯王GXの二次創作です。ルール、禁止制限は現在……というより投稿当時のものを使います。なので《強欲な壺》とかは禁止ですね。初期ライフは4000で、先攻ドローはなし、フィールド魔法は共存可能。ただ、《ハーピィの羽根箒》を禁止にして《大嵐》を制限にしています。それだけはお許しください。