私はネプギア。プラネテューヌの女神候補生です。ゲイム業界を平和にする旅も今日はお休みです。みんな休日はどんな風に過ごしているのかな? 私は旅に出ている間にたまっていたお仕事をしないといけないので、息をつく暇もないほど忙しい…はずだったんですが、お姉ちゃんがいきなりPVをつくろうだなんて言い出して…ああ、ごめんなさい。いーすんさん。お仕事は片付きそうにありません。

これが元ネタです⇒ http://www.nicovideo.jp/watch/sm15808919 

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プラネテューヌの休日

 プラネテューヌの休日 (前半)

 

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 生き残りたい。

 二つの紫――彼女達はただその一心だけでステージに立っていた。

コンサートホールに反響する音楽や、せわしなく交錯するスポットライトでさえ彼女にとっては見えもしないし、聞こえてすらいない。

観客は一人もいない。

それでも彼女達はおかまいなく踊り続けていた。まるで何かの大いなる意思によって突き動かされているかのように。

そこにはただしんと静まりかえった空気だけがあった。

前奏――ハミングに合わせて、彼女達のほっそりとした腕が滑らかな動作で流れていく。

踊り続けることによって音や光になり、それどころかこのステージそのものになろうとしているかのような気迫と迫力があった。

音は耳から流れ――

どんな輝きでも彼女の目はくらむこともなく――

彼女達にはそういった現象は全て、外の世界の出来事のように感じられていた。

デュエット――お互いの呼吸を瞬時に読み取っては、二人の心が通い合ってるんじゃないかと疑ってしまうくらい効率よく統率のとれた無駄のなさ。

指先から爪先にいたる全神経を共有していると言われても信じてしまう華麗さ。

まるで相手と同化を試みるような舞い。

「はぁ……はぁ」

 肌を滑り落ちていく汗がスポットライトに照らされては星座のように輝いている。

 苦しげに胸を上下させながらも、彼女達の表情から笑顔は絶えない。どんなに苦しくても笑顔だけは絶やしてはいけないと、あらかじめ言いつけられていたからだ。

 歌い手であり、振り付け師でもある先生に。

 淡い紫色の髪を振り乱しながら、星をつかむような指使いを一定のリズムで繰り返していく。与えられた指示を思い出しながら軽やかな動作でステップを決めていく。

 脳裏に浮かんでは流れていく振り付けという名のルール。その大きな流れに身を委ねては従うだけである。ただ、この瞬間を生き延びるために。

 ゆっくりと呼吸を落ち着けながら、ぶれそうになった身体の軸を整える。

踊りにおいて身体の軸を意識するのは基本中の基本。姿勢が真っすぐしているだけで、その人の見栄えが変わるのと同じである。大木が大地にしっかりと根を張り巡らしていなければそこにあるのはただの弱々しい木にすぎない。激しい動きをするにも軸が整っていなければ不格好な姿しか目に映らないのだ。

 彼女達のほっそりとしたヒップが驚くほどの滑らかさで揺れては、流星のようなきらびやかさで見る者の視線をたちまち釘づけにしていく。

一連の動作には色気どころか、時を忘れて魅入ってしまう何かがあった。

しかし彼女達にとっては額を流れ落ちていく汗をぬぐったり、瞬きひとつままならない。ほんの少しだけでもそういった乱れが心に生じたとき、彼女達にとってそれは死を意味していた。

これは練習などではない。本番なのだ。

失敗はもう二度と許されない。

今度こそ決着をつける。

たとえこの命が燃え尽きたとしても。

私達が立ち止まるわけにはいかない。

――過去を乗り越えて、未来を切り開くために!

彼女達にとってここは一つの晴れ舞台であり、己の全存在を賭した聖戦でもあったのだ。

そもそも、事の発端はプラネテューヌの女神のふとした思いつきからだった。

それ自体はささやかなものだったが、運命の女神の気まぐれによって、大きなものへと変貌を遂げていった。一度転がり出した毛糸玉は止まることなく、周囲を否応なしに巻き込んでいった。誰が意図したものではないにしろ糸はすでに組んず解ぐれつと複雑に絡まり合っていて解くことは容易くなかったのだ。

 これはとある国の女神が、全力で休日を満喫しようと試みた結果、その留守の間に、いつの間にか国の命運を左右する事態になっていたという何が何だかよく分からない物語である。

 

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「ん~……!」

 うららかな陽射しが窓から差しこむ昼下がり。

私は自室で暢気に背伸びを決めていました。

身体のあちこちからぽきぽきと小気味の良い音が聞こえきます。

この音は日頃溜まっている疲れとかストレスとか、そういうものが空気のように抜けていく音かもしれないですね。耳にするだけでもストレス解消になるような気がするのと同時に、私も歳をとってしまったのかな? と、一抹の不安を抱いてしまうような悲鳴にも聞こえます。

今日はゲイムギョウ界を平和にする旅はお休みです。

こうしてゆっくりと羽を伸ばしている事自体がとても懐かしく、つい最近まで繰り広げられていた激動の日々がまるで夢のようです。

始まりは三年前からでした。

ギョウカイ墓場の逃亡から始まり、ゲイムキャラさんを探してギョウ界中を旅したり、私以外の女神候補生と出会ったり、マジェコン四天王と激しい攻防を繰り広げたり、そしてギョウカイ墓場に捕らわれたお姉ちゃんたちを助けだして――

何はともあれ、しばらくはゲイム業界を平和にするための旅はお休みです。

旅の仲間――みなさんはそれぞれの場所へ帰省しています。

もちろんみなさんは顔にも言葉にも表しませんが、やはり長旅で疲れが溜まっているのは明白でしょうし――あ、とはいっても留守にしていた分のお仕事が山のように溜まっているため疲ればかり溜まっていく一方かもしれませんけど――まあ、そこは大丈夫でしょう。

ラステイションにはノワールさんやケイさんもいるし、ユニちゃんだっています。

ルウィーはブランさんやミナさんがいるから大丈夫そうだよね。ラムちゃんやロムちゃん達のイタズラに振り回されてそうだけど、まあ大丈夫だよね。

リーンボックスはベールさんが……そういえばベールさんっていつ仕事してるんだろう?

いつもゲームばっかりしてるけど、まさか仕事とゲームを同時にこなしてるとか? ま、まあチカさんやケイブさんもいるから大丈夫だよね!

などと、他人事のように考えている暇も時間もありません。

こんな私にも仕事があります。

女神としての役割や役職と、

女神としての義務や公務に、

女神としての信奉や信仰を絶やさないためにも。

まだ私は女神候補生で――未熟な身ですが、プラネテューヌの象徴として町の人達をより良い生活に導かないといけません。

それに早く仕事を片付けてしまえばゆっくりと休暇を満喫できる時間も出てきますからね。

山積みになった書類を片づけるべく、いそいそと机に向かおうとしたところを、

「ネプギアネプギアネプギアー!!」

 勢いよくドアが開け放たれました。

「わ、お姉ちゃん。どうしたの、そんなに慌てて」

 息を切らして駆け込んできたのはネプテューヌこと――私のお姉ちゃんでした。

 紫色の髪を揺らし、私より頭一つ分くらい小さな身体からは、とても想像できないような大音量をはりあげています。

それは脳をがんがんと揺らすほど大音量ですが、決して不快なノイズではありません。むしろ私の心はあったかい温泉に浸かっているような心地良いリズムで満たされていくのです。

自分の全存在をあずけても安心できるような存在――それが私のお姉ちゃんなんです。

「聞いて聞いて! わたし、すっごい作戦思いついたんだよ!」

 すっごい作戦?

 私は首をかしげました。

「この作戦ならプラネテューヌ中の……ううん! ゲイムギョウ界中のシェアを一気に取り戻せること間違いなし!」

「そんなにすごい作戦が……? どんな作戦なの?」

さすがお姉ちゃん!

私の目はきっとお星さまのように輝いているでしょう。そのくらいのビッグニュースだったのです。

犯罪組織マジェコンヌに奪われたシェアはケタ違いです。

それこそゲイムギョウ界が壊れてしまうんじゃないかってくらいに。今でこそみなさんの活躍のおかげでなんとか均衡を保っていますが、それでも全体の数分の一だけで、ゲイム業界全土となるとまだまだ先は遠いお話なのです。

しかし、お姉ちゃんはそれを一気に奪い返せるといったのです。私の目が思わずキラキラしてしまうのも無理はないくらい魅力的なお話なんですよ!

仕事は全部私まかせですが、それでも私にとっては頼れるお姉ちゃんなんです。

「ふっふっふ。それはすばり……わたしとネプギアがアイドルユニットとしてデビューするんだよ!」

「……は? ええええ? 無理だよ、そんな!」

 予想外の言葉にビッグバン級の衝撃をうけました。ひどい目まいのあまり、お星様が見えてきそうです。

「ネプギア、リーンボックスのコンサートで踊ったりしたんでしょ? あいちゃんとこんぱに聞いたよ」

 そう、あの体験は今でも忘れはしません。

 チカさんの作戦が失敗して、コンサートは大荒れ。

“おとこファンしかいないところにおとこアイドルを出したら、こうなるに決まっているですの”

 あのときのがすとちゃんの金言は、私達の心に深く刻まれました。

てんやわんやの5Pbちゃんを助けるため、一肌脱いだのがきっかけでした。

 ユニちゃんやロムちゃんとラムちゃん――三人の協力おかげでコンサートは大盛況。たくさんの拍手や喝采と声援に迎えられながら、私達四人の心が通じ合ったことをあれほど実感した日はないでしょう。

ステージに立ったときはすごく緊張したけど、今となっては良い思い出です。

「わたしだって唄ったり踊ったりしたいんだよー!」

「あのときはその場の勢いっていうか。後になってすごく恥ずかしくなったし……」

「ダメダメ、恥ずかしがってちゃ。唄って踊れる女神が今時のスタンダードだよ」

お姉ちゃんの足取りはリズムを刻んでいて、今にも踊り出してしまいそうです。

プラネテューヌのシェア奪還よりも、唄ったり踊ったりしたいというのがお姉ちゃんの本音みたい。

たしかにみんなと唄ったり踊ったりしたのは楽しかったけれど――あれは私一人の力じゃなくて、四人が力を貸してくれたおかげ。

私一人だとどうなっていたことやら……想像しただけでも恐ろしい結果になりそうですね。

「よし! そうと決まれば、早速PVの撮影だね!」 

「か、勝手に決めないでよ! どんな歌唄うとかも全然知らないし、踊りの振り付けなんかもあるだろうし……」

「あ、そっか。それじゃ先にレッスンからだね。もーネプギアってば、ちゃんとやる気になってるじゃん」

「今のはそういう意味じゃなくて――」

 お姉ちゃんは私の手を強引につかむと、部屋から全速力で駆け出しました。

「いくぞー! 目指せ、トップアイドル!」

「なんか目的変わってるしー……!」

 こうなったお姉ちゃんを止める術なんて私は持ち合わせておりません。お姉ちゃんが満足するまでとことん付き合わされるでしょう。

お姉ちゃんに手を引かれながら、私は静かにため息をつきました。

いーすんさん、ごめんなさい。仕事は片づけられそうにありません。

   ◆◆◆

 今日こそ100階のダンジョンに行こう。

 私――アイエフは前々から計画していた願望を実行することに決めた。

 貴重な休暇はそれで潰れてしまうだろうけれど、もちろん躊躇いや抵抗なんて欠片もないわ。

それに、休暇をどう過ごすかなんて人それぞれでしょう。

私は噴水広場のベンチに腰掛けてから、プラネテューヌ最新鋭の次世代型ゲーム機に並ぶ行列をぼんやりと眺めた。

徹夜組らしきおじさんや、カップル、子連れ等、顔ぶれは様々だけど、共通点があるように私は見えた。

徹夜の疲れ――それを優に上回るほどの希望が、彼らの瞳に宿っているように見えた。

最新のゲーム機に向けられた期待の色ってやつがね。

これもプラネテューヌのシェアが回復してる証拠かしら。

ポケットからケータイを取り出す。ポーズ画面で止まったままのアプリを終了させて、メモ帳を開く。

メモ帳には今まで訪れたダンジョンの記録がこと細かに記載されていた。どういうモンスターと出会ったのか、どういうアイテムをサーチしたのか、どういう雰囲気に浸れる場所なのか。

諜報部としての仕事柄、情報は命であり大切な武器よ。

だけど、ここにメモされたことは武器――というよりかは趣味といった方が正しいかもね。

私は一人でダンジョンを歩いているとき、色々な考え事をする。

あえて孤独に身を投じることによって、それまで見えていなかった世界が見えるようになるし、頭の奥でひっそりと眠り続けていたもう一人の自分が語りかけてくる気がするのよ。

それは黒くて禍々しいオーラ。

それは邪悪に澱んだスピリチュアル。

それは私のハートを、真っ黒な炎でたちまち焼き焦がしていく。

そう。私の中に隠された、得体の知れない感覚に浸るのが大好き。何かすごい力に目覚めてしまいそうでたまらなくシビれちゃうってやつかしら。

まさに悟りの境地ってやつ?

今、中二病とか思ったヤツは名乗り出なさい!

……ま、まあ私としては前々からその場所には行きたいと常々思っていたし、元々こういった秘境巡りの旅に出るだけでも、良い気晴らしになるしね。

 さて、思い立ったが吉日。

 ベンチから立ち上がり、噴水広場を出ようとしたところで、

「あいちゃーん、ここにいたですか~!」

 その声はっ……!?

 可愛らしい声に、私の心臓がドクリと舞い上がる。

「あら、コンパじゃない。どうしたのよ、そんなに息を切らして」

 それでも動揺が声に現れてしまわないように平静を装う。

 彼女はコンパ。看護師専門学校の見習いよ。

ピンク色のナース服に身を包んでいて、両手には特大の注射器が大事そうに抱えられている。

今にも倒れてしまいそうな、危なっかしい足取りでこちらに歩み寄ってくる。

「ねぷねぷとギアちゃんがどこに行ったか分かるですかー?」

「さあ、分からないけど――あの二人がどうかしたの?」

「二人に至急頼みたいことがあるって……それでとにかく急いでいろんなところを探し回っているですけど、どこにも見当たらなくって……」

「ちょっとちょっと、まずは落ち着きなさいって。何を言いたいのか全く分からないから」

 ぜいぜいと肩で呼吸するコンパをベンチに休ませてあげた。道すがら、自動販売機で見つけたジュースをそっとこんぱに手渡してあげる。

「ありがとうです、あいちゃん」

小さくうなずいてから行儀よく口をつける。

コンパの仕草に何かときめくものを感じながら、私は言った。

「で、さっきの話は何なのよ?」

「イストワ―ルさんがねぷねぷとギアちゃんを探しているみたいなんです」

「ネプ子とネプギアを?」

 私は思わず眉をひそめた。

 ネプ子……いえ、ネプテューヌはこの国――プラネテューヌを守護する守護女神よ。

 人々は彼女のことをパープルハートと呼び、崇め讃えているわ。

 その妹であるネプギア――パープルシスターも同様。

立場こそ女神ではないものの、プラネテューヌの象徴という点では同様ね。

 たくさんの人々に敬われ、たくさんの迷える人々を導き、たくさんの信仰をその身に背負い立つ存在――それがあの二人よ。

 まあ、かくゆう私もあの二人が女神だなんて初めは信じられなかったんだけど。

 そんな彼女達が教祖からじきじきに呼び出されるのはよっぽどの事態であると、そう捉えた方がいいのかもしれないわね。

「イストワ―ルさまは二人に一体何を――」

 コンパに問いかけたようとしたときだった。私の声を遮るようにポケットにしまっていたケータイから着信音が鳴り響いた。しかも相手は噂をすれば何とやら。

『もしもし、アイエフさんですか。イストワ―ルです』

「アイエフです。イストワ―ルさま、どうしました?」

 見計らったようなタイミングに驚きつつも、私の関心は別にあった。イストワ―ルさまの声は一見して穏やかだけれど、目に見えぬ不安がわずかに入り混じっている。やはり女神の力を借りざるを得ない、何か大きな問題が生じているのかもしれない。

『実は頼みたいことがありまして……』

「コンパから聞きました。ネプ子とネプギアを探してるんですよね?」

『ええ、そうです。アイエフさんは二人の場所をご存知なんですか?』

「申し訳ありません。私にもあの二人がどこにいるかは分からないです……何か問題でもあったんですか?」

 しばしの沈黙が流れる。

イストワ―ルさまは話すべきかどうかを逡巡している様子だった。やがて、

『はい。とはいっても、まだ不確かな情報ばかりで推測の域を出ないのですが……』

 電話の向こうで、イストワ―ルさまはぽつぽつと語り始めた。それは重い緊張の糸でがんじがらめになりながらも、何とか振りほどこうと懸命になっている声に感じられた。

『実はここ二、三日の間、何かの唸り声が聞こえるとの情報がちらほらと寄せられてくるんです』

「唸り声?」

 どうにもピンとこない話。真偽さえ定かかどうか怪しいわ。

『ええ。それが何であるかはまだ分からないのですが……どうも私はこの話に引っかかるものを感じるのです。胸がざわざわするというか、無性に落ち着かなくなるというか……』

「場所はどの辺りなんです?」

『ダークネス60の間横にある――山岳地帯からです』

 カツン、と胸の中で何かがはまっていく感覚がした。

 まるでパズルのピースがぴったりと重なり合ったような気持ちの良い感覚。いや、この場合は気味が悪いと言った方が正確かもしれない。

 なぜならそこは――

「ギョウカイ墓場の隣にある……あの山ですか」

 ギョウカイ墓場はゲイムギョウ界で死んだ者が訪れると噂される場所よ。まるで現世と冥界を隔てるように天まで届くような山脈がそびえているから、まず地上から侵入するのは不可能ね。

 言わば、あの世って感じね。

 とは言っても、あそこは天国とは程遠く――地獄のように殺伐としていて寂しいイメージばかり連想される、と言った方が近いかしら。

『情報の真偽が不確かなのですが、念には念を入れて調査をしたいのです。そこでお二人を探していたのですが、どこにも見当たらなくて……Nギアも自室に置いてきてるようですし』

 ――なるほど。

そういうことか、と私は息を吐いた。つくづく私は運がないわね、と内心毒づきながら――

「その調査、私に任せてもらえませんか?」

「あいちゃん!?」

 コンパがびっくりしたような顔で私をまじまじとのぞきこんでくる。イストワ―ルさまも驚いたように電話の向こう側ではっと息を飲み込んでいる。

『しかし――』

「それに女神の不在がプラネテューヌ中に知れ渡ることの方が問題ですしね。マジェコン業者たちにみすみすエサを与える必要もないでしょう」

『よろしいのですか?』

「ええ、どうせ私はオフでしたし、構いませんよ」

『申し訳ありません。……では、この一件をアイエフさんにお任せします。ですが、くれぐれも無理はしないで下さいね。危険だと感じたら、迷わずすぐに引き返して下さい』

「了解しました」

 私はベンチから立ち上がり、噴水広場を後にした。

「そういうわけだから、出かけてくるわね」

「あいちゃん、待って下さい!」

 コンパのむなしい叫び声が背中に届く。なんだか自分が悪いことをしてしまったような気持ちになり、胸の奥がずきずきと痛んだけれど私の足取りは止まらない。

プラネテューヌ中の技術力が投入された近代的な街並みが遠ざかっていく。

それぞれの休暇を楽しむ顔ぶれも私の視界に映っては消え、次第に遠ざかっていく。

私はプラネテューヌの休日をぼんやりとながめながら、ポケットの中にケータイをしまい、代わりとなるモノを取り出した。

 双剣ネプテューヌ――

 女神パープルハートを模して製造された剣。プラネテューヌ中の科学力が、この二つの剣に結集された最高傑作。これがあれば私だって何とかなるはず。

二つの刃の重みを感じながら、私はそれを自らの細腕に装着させていく。

つくづく私はお人好しね、と自らを呪いながら――

「あとでケータイのカレンダー、書き変えないとね」

私は歩き出していく。

そこにあって当たり前のモノを守るために。

かけがえのない誰かの休日を守るために――

     2

 

「うっわー、惜しい! 今日こそノーミスでMAVELOUCE判定行けると思ったのにー。すんでのところでGREATだなんて悔しいー!」

「頑張って、お姉ちゃん! 私も頑張るから!」

 私達はプラネテューヌのゲームセンターで、ダンスダンスジェネレーションというダンスゲームに夢中になっていました。

 スロットをしてるお兄さん達がタバコを吸いながら、いぶかしげな目で私達を交互に見比べています。あの目つきから察するにどう見ても姉と妹、逆じゃね? とでも思っているのでしょう。

よく言われるのでもう慣れましたけどね。

音楽に合わせて身体を揺り動かし、ハアハアと息を荒くしても不思議と肺の中には新鮮な空気で満たされていきます。

 ここが普通のゲームセンターだったらタバコの臭いとかで息苦しくなるかもしれません。

現に、ルウィーやラステイションやリーンボックスのゲームセンターはニコチンの脅威にさらされていましたが、プラネテューヌは一味違います。

 これは最新鋭の空気清浄機によるものです。

まるで外にいるみたいにさっぱりとした酸素をいつでも吸い込むことが出来るため、ゲームセンターにいようとも外にいるときとあまり変わりないのです。

「ネプギア! 上からゾンビが来てるよ!」

「えっ、上から!?」

「早く撃って撃って! もう残りライフ少ないからやられちゃうよー!」

 私は銃の形をしたコントローラーを慌ただしく画面に向けました。

瞬きひとつきめているヒマすらありません。とてもせわしない作業ですが私にとって苦ではありません。むしろお姉ちゃんの楽しそうな横顔を見ることと、お姉ちゃんと楽しく遊ぶことへの喜びで満たされていきます。

「ふーっ、お姉ちゃん今日はたくさん頭使ったからつかれちゃったよー」

 ゲームセンターの出口をくぐり抜けながら、お姉ちゃんは大きく背伸びをし、息を吸い込んでいます。プラネテューヌの高層ビルがたくさん立ち並ぶ区画を歩きながら、私も大きく深呼吸をしてみます。

「私もちょっと疲れちゃった」

「あ、帰りにダンスダンスジェネレーションの家庭用シート買いに行こうよー。家にあったのは穴あいちゃったしさー!」

「そうだね、私も丁度気になってるゲームがあったし」

「きっまりー! よーし、お姉ちゃんとゲーム屋まで競争だー!!」

「あ、待ってよ、お姉ちゃん」

 嬉しそうにスキップを決めるお姉ちゃんを見ると、私の頬はつい緩んでしまいます。子供のように小さな背中を追いかけようと……って、あれ?

気のせいでしょうか。何か大事なことを忘れているような気がして胸がもやもやしてきました。

「お姉ちゃん。私達何か忘れてない?」

「えー、そうだっけー?」

 うーんと唸りながらお姉ちゃんはあごに手を当てています。やがて何かに閃いたようにお姉ちゃんの目がパッと電球のように輝きました。

「あっ、そうそうお昼がまだだったね! それじゃ近くのマクロナルドまでお姉ちゃんと競争だー!!」

「待ってお姉ちゃん! そういうことじゃないの! 何かこう、もっと重大なこと。そもそも私達が外に出るきっかけとなった何か――」

 そこで頭の奥にピンとくるものがありました。喉にひっかかっていた魚の小骨がやっとのことで取れたような気分です。

「そう、レッスンだよ! 唄や踊りの振り付けを練習しないと!」

「それだー! いやー、お姉ちゃんすっかり忘れてたよー、ネプギアったらあったまいいー! お姉ちゃんは嬉しいよ、ネプギアみたいな出来のいい妹がいてさ!」

「いやいや、気づこうよお姉ちゃん」

 なんて、私自身もすっかり忘れていたのでお姉ちゃんのことばかり責められません。

「まあ、さっき音ゲーで体を動かしたから良い練習になったんじゃないかな」

 お姉ちゃんはあくまで楽観的でした。焦る私とは対照的に。

「そ、そうかなあ。確かに体は動かしたけど……ゲームしただけでそんなに上手くいくものなのかな? やっぱりそういうのって専門の知識が必要だと思うんだけど?」

「うーん、たしかに気に入った曲があっても『ようつべ』には見つからないよねー!」

「いや、音ゲーの話しじゃなくて……それに練習する場所とかどうするつもりなの? PV作るにしても映像とか演出とかそういうのは誰か詳しい人いる?」

「そんな道理、わたしの無理でこじあける!」

「要するに分からないんだね……」

 私はがっくりと肩を落としました。やる気までがっくりと急降下していきます。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! いーすんに頼めばきっと何とかなるよ!」

「い、いーすんさんかあ」

 シェアの回復となれば全面的に協力してくれそうだけど、問題は――

“三日かかりますよ”

 時間がかかりすぎること、かな。いーすんさんには悪いけれど、PVが完成する前に休暇が終わってしまったら元も子もありません。

 それに仕事投げ出してきちゃったし、頼みづらい雰囲気です。

高層ビルが立ち並ぶ通りを抜け、いつの間にかレジャー施設が立ち並ぶ区画にたどり着いていました。観覧車やジェットコースター、コーヒーカップにメリーゴーランドが見えます。

ふとお姉ちゃんが立ち止まりました。どうしたものかと視線を辿ってみれば、

「うわあ、遊園地なんて久しぶりだよー」

お姉ちゃんが感嘆のためいきをもらしました。

夜空のお星様を眺めるように。まるで初めて遊園地にやってきた子供のようにきらきらと目を輝かせています。

ここプラネテューヌでは遊園地なんて特段珍しいものでもないのに、いささかそのリアクションはオーバーであるように感じられました。その疑問を口にしかけたところで、私はハッとなりました。

――そうだ。お姉ちゃんはギョウカイ墓場に囚われていたんだ。

それも三年間という長い期間に渡って、ずっと。

お姉ちゃんだけではありません。ノワールさんに、ブランさん、ベールさんもそうでした。

すっかり衰弱しきった身体で、一切の身動きを封じられ、深い暗闇の中に捕らわれ続けていたのです。ギョウカイ墓場に捕らわれている間、身動き一つ取れなかったのだから遊ぶこともできなかったはずです。

その笑顔が普段より色濃くなるのも、ある意味自然のことかもしれないですね。

私は忘れられそうにありません。

お姉ちゃん達の苦しげな顔を。耐えがたい苦痛と苦悶に喘ぐ声を。

気が狂うほどの暗闇の中、身体を引き裂くような孤独にずっと耐え忍んでいたのでしょう。私にもお姉ちゃん達の苦しみが分かります。

私も三年間、同じ苦しみに耐えていたから――

ふいに、身体が震えました。とてつもない悪寒が全身を貫き、私の身体は否応なしに震えてしまいます。あの人を思い出してしまいました。私と、お姉ちゃん達が束になってかかっても敵わなかった相手。女神候補生のみんなと一緒になっても敵わなかった相手。

虫けらを見下ろすような眼差しと、全てを見下すような嘲笑。

破壊の女神――マジック・ザ・ハードを!

「どうしたの、ネプギア?」

 気がつくと、お姉ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいました。

「え? いや、別に何でもないよ」

「無理しちゃダメだよ。だって顔色悪そうだし、どうしたの?」

「だ、大丈夫だよ。私は平気だよ」

 それでもお姉ちゃんは食い下がろうとせず、じっと私の様子を見守っています。

 ――困りました。

いつも鈍いようでいて、こういうときだけやたらと察しのいいのが私のお姉ちゃんなのです。

「大丈夫だってば。ちょっとゲームセンターで張り切りすぎちゃっただけだよ。あ、見て見てお姉ちゃん。あのジェットコースター楽しそう。私乗ってみたいなー!」

「――ねぷぅっ!?」

 何かを言おうとしていたお姉ちゃんを遮るように、小さな手を体ごとグイッと引っ張りました。

 せっかくの休日です。お姉ちゃんに楽しんでもらわなければ!

 ですが私もよほど慌てていたのでしょう。それは失敗に終わりました。

「ケチケチケチー、身長制限だなんてわたし聞いてないよー! 横暴だー! ストライキを起こしてやるー!」

「ご、ごめんね。お姉ちゃん!」

「覚えていろよジェットコースター! いつかリベンジしてやるー!」

 涙目で荒らぶるお姉ちゃんを何とかなだめすかしながら、他に乗れそうなアトラクションを探していきます。

よっぽど悔しかったのでしょう。数日後、ジェットコースターに乗りたいがためにお姉ちゃんがとんでもない暴挙に出るのですが、それはまた別の話です。

ジェットコースターやお化け屋敷から楽しげな絶叫で賑わっています。それを尻目に私達は手ごろなアトラクションを探して歩き回っていました。すると、

「あっ、ネプギア。あれ見てー!」

 お姉ちゃんが指さす物を見て見ると、そこにはステージ会場がありました。ヒーローショーや歌手のライブ等を公演する場所なのでしょう。様々なポスターが入口に貼られています。

けれど、残念ながら今日はお休みのようです。そこには誰もいないステージにがらんとした空席しかありません。

「残念だけど……今日はお休みしてるみたい」

「違うよ、ネプギア! そこじゃないよ。あのポスターに写ってるのってさ――」

「え?」

 お姉ちゃんに言われるままポスターを見てみると、そこには私達のよく見知った顔と名前がありました。

『5pb.プレゼンツ ~プラネテューヌライブ~ 

「ボクの歌を聴け――っ!」

ハネダシティとプラネテューヌにて×日と▲日公演予定』

 おそらく私達が思うことは同じだったでしょう。

 これ以上にないくらい頼もしい味方であり、これ以上ないくらい力になる教師であると。

 そして――

「「PVのことすっかり忘れてた――――――っ!」」

 同時に悲鳴を張り上げました。

   ◆◆◆

 

 アナウンスが駅のホームに鳴り響き、プラネテューヌ発の電車が発車を告げる。車体が音もなく小刻みに揺れながら徐々に速度を増していく。私達を乗せて。

「あいちゃんヒドイです。わたしを置いていこうとするなんて!」

「はいはい、ごめんなさいねコンパ。私が悪かったからさ、落ち着いて頂戴。ほら、周りのみんなが迷惑そうな顔でこっちを見てるわよ。話なら席でゆっくりとしましょう」

 まだ何か言いたげなコンパの腕を引き、適当な席に座る。

私はひじをついて車窓から景色を眺めた。プラネタワーや高層ビルの群れがすごい速さで遠ざかり、豆粒みたいに小さくなっていくのが見える。

「いつ以来かしら。私とコンパの二人だけで行動するのは」

車窓から目を離してコンパを見つめる。

「ギョウカイ墓場以来ですね」

 コンパは唇を尖らせ、私をねめつけた。

 ――全く、ちょっとくらいカッコつけさせてもらってもいいじゃない。

 コンパは私の後をずっと追いかけてきた。

普段から体を動かすのは得意でもないのにぜいぜいと息を切らしながらも、重りのように溜まっていく疲労を堪えて。

いや、あれは体を動かしているというよりも無理矢理引きずってるって感じだった。

 そんな状態のコンパを追いていけるほど私は厳しくなれなかった。

「そうね。ネプギアを助けだしてから三人で旅して――それからは日本一、がすと、5pb.、ケイブにファルコム。あれだけ気の難しかった女神候補生の三人が旅に加わった。そして、女神様をギョウカイ墓場から救出できた。こうして並べて見るとホント大所帯ね」

 窓の外はすでにプラネテューヌから遠ざかっており、眼下には未開発の森林が広がっている。

「でもね、今回はみんながいない。私達二人だけなのよ。それが何を意味するか分かる? 私だけじゃコンパを守れないかもしれないってことよ」

「そんなことありません! あいちゃんは私のことをしっかり守ってくれたじゃないですか。そのおかげでギアちゃんを助けることが出来たんです!」

「たまたまよ。次は守れる保証なんて無いわ」

「大丈夫です!」

 コンパがいきなり私の両手を握ったかと思うと、熱のこもった口調で力説しだした。

「あいちゃん、私がこの旅に加わったのはみんなの怪我を治療するためですよ。包帯や傷薬、お注射だってあります。私に治せないものなんてないですよ。あいちゃんが怪我しても私が診るので大丈夫です! だから置いてかないで下さい!」

 それは私にとっては不意打ちだった。乗客たちの興味深そうな視線も気にならなかった。

心を握られるような言葉に顔が火照り、終いには頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまったのだ。

「じゃ、じゃあ、これからも頼むわね……」

 情けないことに、私はついそんなことを口走っていた。

「はいです!」

 コンパのまぶしい笑顔に目を合わせられなかった。

こういう確信犯的なことを素でやってのけるあたり、とても私には太刀打ちできそうにない。

この娘は頑張り屋なうえに、とても卑怯だ。

 私達はハネダシティで電車を降りてから、町の東にある――例の唸り声が聞こえたという山岳地帯を目指した。

 そこはごつごつとした岩肌に覆われているだけで、草木の一本すら生えておらず、見渡す限り寂しい荒野が広がっているだけだった。

 ギョウカイ墓場を囲むようにしてそびえ立つソレは何かと不吉なイメージが根付いている。

 なぜなら犯罪組織マジェコンヌの拠点のすぐ近くだもの。

「何だか寂しいところね」

そりゃ誰だって不気味に思うのも無理はないもしれないわね。

「お花や木どころか……見事に何もない場所ですね」

「もしかして噂も何もないのかしら。それに越したことはないんだけど」

 イストワ―ルさまから聞いた情報はとても曖昧なものばかり。

 その噂自体が曖昧だし、その唸り声の出所すら曖昧だしね。

 周辺の住民が野犬の遠吠えと勘違いした可能性だって拭いきれないしね。

「下っ端さんやネズミさんが何かイタズラしようとしてるんでしょうか?」

「その線が濃厚だわ……」

 軽い目まいがした。そんなことのためにプラネテューヌの秘境くんだりまで出向いたかと思うと、身体中に疲労がのしかかってくる。

休日くらいは大人しくしてほしいわ。

「まあ、もうちょっとだけ様子を見ましょう」

 見た目よりも険しい坂だった。一歩土を踏みしめる度にぱらぱらと砂利が私達の足を掬いとろうとする。傾きそうな体をしっかりと足に力をこめ、懸命に体勢を整える。

 振り返り――

「あ、コンパ足元に気をつけて。そこ段差があるから気をつけて登らないと転ぶわよ」

「はいですっ……てっ――きゃあぁぁぁっ!」

 響き渡る悲鳴――私が動いたのはほとんど反射的だったかもしれない。仰向けに倒れるコンパの身体を素早く抱きかかえていた。コンパの体重の負荷がかかり、私の両足に二人分の重量がどっかりとのしかかってくる。

しかし、ここ最近で急激に鍛え上げられた私の足腰はやわではない。地面に突き刺さるような勢いで踏ん張り、二人分の衝撃をものともせず支えることに成功した。

「あ、ありがとうですアイちゃん……」

何となくこうなることを予想し、あらかじめ予測できていたのだ。

「全く、あんたといいネプ子といい、言ったそばからこうなるんだから」

彼女のもつ天然さが、まさにその期待を裏切らなかったと言ってもいいわ。

ふと、私はコンパの顔が目の前にあることに気づき、胸がひどく早鐘を打った。

――ていうか、この体勢ってお姫様抱っこじゃない!?

お互いの息が吹きかかる距離。コンパの髪からシャンプーの香りが漂う。

――これってかなりデンジャラスじゃない!?

ドクンドクンと高鳴る心臓の音が聞こえるようになったとき、コンパが口を開いた。

「あいちゃん。私、気づいていたんですよ」

「な、何に?」

「あいちゃんは嘘をついているです」

「う、嘘なんかついてないわよ! コンパの髪が良い匂いだとか、コンパは柔らかい身体をしてるなとか思ってるわけないじゃない!」

「え、あいちゃん。私そんなこと考えてないですよ」

「な、何でもないわよ! ……で、何なの。私が嘘をついてるっていうのは」

「本当はねぷねぷとギアちゃんがどこにいるか、あいちゃんは知っていたんですね?」

「え?」

「私には分かるです。二人を気遣ってこの仕事を引き受けたんですよね」

 言葉が出て来なかった。本心を見破られていたという事実よりも、コンパの観察眼の鋭さに衝撃を受けていた。

「……廊下を駆けていくのを目にしただけで、本当はあの二人がどこにいるかなんて露ほども知らないけれど――大方あの二人がプラネテューヌのどこかで休暇を満喫していることは知っているわ。――ところで、なぜ分かったの?」

「あいちゃんはやっぱり優しい子ですね。これまで長い付き合いから、あいちゃんはみんなをよく見ていて、気配りが出来て、誰よりも他人を思いやってるです。それに嘘は嘘でも、あいちゃんの嘘からは優しさを感じます」

とっさに心を読まれているのではないかと疑ってしまった。

 コンパといえばドジの塊。

これまで共に行動していた限りでは、少なくとも勘がいい方だとは思えない。

さっきもこうして岩につまずいたくらいだし――頑張りやな性格なんだけれど、それに反するようにわりと鈍くさくて危なっかしいところが足を引っ張っている――それがコンパだった。

それにも関わらず核心を突いた言葉を放ってきたことに私は驚きを隠せなかったのだ。

「コンパ……」

私は、腕の中で横たわっているコンパを今一度じっくり眺めた。

彼女はこんなに近くにいるのに、彼女の心は遥か彼方にあるように感じられた。

その曇りのないその瞳には、何が映っているのだろう。

思えばコンパとは長い付き合いだ。ネプ子やネプギアと出会う前からずっと。

だから私はコンパを誰よりも理解しているという自負や自身があった。

しかし、それは間違いだったのかもしれない。

本当の彼女はもっと別のところにいて、私の見ていた位置よりもずっと高いところから私達を見守っていてくれたのかもしれない。

「……天然こそ天性の勘を持ちうるのかもしれないわね」

「え、何か言ったです?」

「いや、何でもないわ。さあ、早くこんな任務終わらせてとっととプラネテューヌに帰りましょう」

 コンパをそっと腕の中から抱き起こそうとしたとき――

「うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 耳をつんざくような怒号。

 風を切り裂く音。

 宙を見上げて固まるコンパ。

 本能が警笛をけたたましく鳴らした。

「危ないっ!」

 考えるまでもなく、私の身体はとっさに動きだしていた。コンパを抱きかかえたまま地面を思い切り蹴りつけて跳躍。

 予想通り――巨大な戦斧がさっきまで私が立っていた場所を抉り取っていた。すさまじい衝撃で大地が揺れ、地面が空高くめくり上がったかと思うと、粉々に砕けた岩肌があたりに飛び散り、石つぶてを撒き散らしていく。すごい破壊力だ。

「誰よ!」

 コンパをその場に下ろし、振り返ってみるとそこには見覚えのある姿があった。

 ――……最悪ね。

「見つけたぞ、貴様らぁぁぁぁぁ!」

そいつは筋骨隆々の巨人――全身が黒い甲冑のような装甲に覆われている。

そいつには足の代わりにキャタピラのような装置が備えつけられている。

そいつの右手には黒々とした馬鹿でかい戦斧が握られている。それは立ちはだかる物全てを塵も残さず粉砕するためだけに特化された凶器だ。

――間違いないわ。この死神のような姿……こいつは墓守……。

「ジャッジ・ザ・ハード!? なんでアンタがここにいるのよ!」

「ギョウカイ墓場でギアちゃんに倒されたはずなのに……どうしてです?」

 私達が口々に叫ぶと、それをかき消すような勢いでジャッジが咆哮した。

「あの女神候補生はどこだぁぁぁぁ! 今すぐ八つ裂きにしてくれるぅぅぅぅ!」

 びりびりと空気を震わせ、耳を塞ぎたくなる重圧が私達にのしかかった。

 こいつは私達を見ているようで見ていない。

こいつが見ているのは女神候補生――本命のネプギアただ一人。

「貴様らぁぁぁ! あいつをどこに隠したぁぁぁ!」

 堪え切れない怒りを発散させるように、ジャッジがぶんぶんと戦斧を振り乱すと、信じられないほどの風圧が私達に襲いかかってきた。

「相手をしろぉぉぉ! 女神候補生ぃぃぃ!!」

 こいつは私達の話を全然聞いていない。他のマジェコン四天王もそれぞれぶっ飛んだ個性を持っていたけれど、まだ言葉を交わす余地や余裕はあった。

 しかし、こいつはどうだろう。

 会話どころかまともに戦えることすらままならず、私達を嬲り殺しにするだろう。

こいつは一本、線がブチ切れているヤバイ相手だ。

 今ネプギアやネプ子はここにはいない。こいつと互角に渡り合える存在――女神は誰もいない。

 まさに最凶にして最悪な展開だった。

――私一人でこいつからコンパを守れるの?

「あいちゃん……あの人の体をよく見て下さい」

「え?」

 コンパに促されるままジャッジを注意深く見つめた。

 あれほど屈強だった肉体にはあちこち傷がつけられていて、今ではひび割れた甲冑でしかない。私やコンパの前に立ちはだかったとき――かつて全身から発散させていた、鬼神の如き様相は見る影もなく霞んでいる。

「もしかしてこいつ……ギョウカイ墓場からここまで歩いてきたの?」

 たしかにこいつはネプギアに倒された。ゲイムキャラの力を借りてパワーアップしたネプギアの前に成す術もなく散ったはずだ。それは私もコンパもこの目で直接見届けている。

 しかし、倒したように見えただけで、こいつを完全に倒す決め手とはなりえなかっただけかもしれない。で、ネプギアに負けたことを根にもって執念深くここまでやってきたのかしら?

「な、なんていうか。それもここまでくると脳筋とも言い表し難いレベルよね……」

 

 ――危険だと感じたら、迷わずすぐに引き返して下さい

 

 イストワ―ル様の声が私の頭の中をよぎった。相手は傷を負っているといえ、仮にもマジェコン四天王。今まさに迷わず引き返すべきタイミングが到来しているのではないか。

 私は服のすそに隠された双剣ネプテューヌをしっかりと握りしめた。これはまたとないチャンスが巡ってきたかもしれない。

「コンパ、危ないから下がってなさい! 今のこいつなら私一人でも十分よ!」

「え? あいちゃん、何を言ってるです。わたしも一緒に――」

 私はコンパの言葉も聞かず、すぐに駆け出した。

「ほら、こっちよデカブツ!」

「殺す殺す殺す、ぶっ殺ぉぉぉぉす!!」

 ジャッジの怒号を背に浴びながら、私はふもとまで一気に駆け下りた。

こいつと正面から挑んで勝てる見込みはない。だけど、こいつが致命傷を負っている今ならば十分に勝てる見込みはあるはずだ。私がコンパの囮となった理由はそこにある。

私は山を駆け下りながら、ジャッジがちゃんと後を追いかけてきてるかを横目で確認する。

「逃げるなぁぁぁ! 俺と戦えぇぇぇぇ! じゃないとぶっ飛ばす!」

 ――よし、しっかりと食いついてきたわね。

釣り糸に獲物をひっかけた達成感を味わいながら、私は前方に広がる森林をにらんだ。

これは決して無謀ではないわ。勝つために必要なことなんだから。

 プラネテューヌの休日 (後半)

     3

 

「やっほ~、5pb.いる? 早速なんだけどわたし達、歌と踊りの練習をしようと思っているんだけどさ、何かいい方法あったら教えてくれる? ほら、隠しコマンドおしたら体力が回復したり、武器が無限になったり、何もないところから戦車が降ってきたりとか、便利なものからバランス崩壊級まで何でもいいから教えてくれると嬉しいなー! あ、でも舐めたらレベルが上がるアメは勘弁ね。あれってレベルが上がっても能力はそこそこというか――」

「え、えーっと……その、あのー」

「お姉ちゃん落ち着いて! 5pb.ちゃんとっても困ってるよ!」

 ハネダシティに到着した途端、5pb.ちゃんのいる楽屋へと、お姉ちゃんは嵐のような勢いで詰め寄っては5pb.ちゃんを困らせています。

 彼女にとっては何が何だか訳の分からないことでしょう。

「ネ、ネプギアちゃん……」

おどおどと困った目で“助けて”と私に目配せをしてきます。

 このまま黙って見ていても話は一向に進みません。助け舟を出すつもりでお姉ちゃんの代わりに、私が5pb.ちゃんにここまでの経緯をさくっと話してみました。

「PⅤの練習かー……なるほど、それでボクのところにやってきたんだね」

 ふーっと爽やかに息を吐きながら前髪をかきあげています。ライブの後だったのでしょうか。びっしょりとした汗のせいかタンクトップが肌に張り付いていて、それすらも清涼感あふれるように感じるのも彼女の魅力の一つなのでしょう。

「そうだよー。5pb.がいればきっと楽勝だよねー!」

「そんな……褒めすぎだよ女神様。褒めてくれるのは嬉しいけど……」

「そんなことないよ。リーンボックスで5pb.ちゃんの歌を聴いたときから私達はずっとファンだよ」

でも、と5pb.ちゃんは口ごもり、上目遣いで躊躇いがちに言いました。

「ボクが教えられることなんてあるのかな? ほら、ネプギアちゃんはリーンボックスで踊ったことあるでしょ。ボクが困っていたとき――みんなの荒れる心を一つにまとめてくれたじゃない。だから、ボクに出来ることって何もないような……」

「ち、違うよ。あれは私だけじゃなくてロムちゃんやラムちゃん、ユニちゃんのおかげというか……それに5pb.ちゃんならたくさん場数を踏んできてるだろうし――初心者の私達と比べても経験は豊富だから、色々教えてもらいたいの」

「そうそう。ネプギアの言う通りだよ! わたし達が頼んでるのは5pb.だからであって、他の誰でもいいってわけじゃないんだよ。そう、他でもない。5pb.だからこそなんだよ。ううん、5pb.でなければ務まらないことなんだよ!」

「う……そ、そんなことは……」

 効いてる! 効いてる! あともうひと押し!

 お姉ちゃんのマシンガントークに照準を定められたら狙い打たれるしかないのです。

 あのノワールさんやブランさんでさえも煙に巻く程で、まともに太刀打ちできた試しはありません。

 お姉ちゃんは熱のこもった口調で5pb.ちゃんの手を取りました。

「お願いします、せんせーい!」

「せ、せんせい……っ!?」

先生――

 言葉そのものに衝撃を受けたようにびくんびくんと痙攣している5pb.ちゃん。ちょっと動きが危ないです。

頬が上気するあまり目まいでも起こっているのか、ぐらぐらと足取りがおぼつかなくなり上体が大きく反り返っています。やがて足取りが安定していくにつれて、5pb.ちゃんの反り返った上体が戻っていき、それはまるでスイッチのオンとオフが切り替わったかのような動作を思い起こさせます。

「分かりました、ボクなんかでよければ……女神様のために一肌脱ぎます! いえ、一枚と言わずお望みとあらば全部――!」

「お、落ち着いて5pb.ちゃん!」

「ストップストップストーップ! わたし達が教えてもらいたいのはストリップじゃなくて踊りだってばー!」

 タンクトップを上まで上げようとする5pb.ちゃんを、私とお姉ちゃんは色々なモノから守るために慌てて阻止します。

……危うくこのお話しが大きなお友達向けになるところでした。

 

 5pb.ちゃんはすっかりやる気のスイッチがオンになったのか、勇み足で私達をコンサートホールに案内してくれました。

もちろんコンサートホールに客は誰一人としておらず、無人の静けさがコンサートホールを覆い尽くしています。イベント時以外は関係者以外立ち入り禁止だそうです。

「うーん……女神様たちは歌や踊りの経験はないんだよね? となると踊りだけに専念した方がいいかもしれないね。体を動かしながら歌うのってかなり体力がいることだし……元々、二人は運動神経もかなり高いから素質は十分に備わっているかもしれないけど――それをマスターできるようになるまで時間がかかり過ぎるし、どう計算しても時間が足りないかも」

 これがライブをしているときの彼女の顔なのでしょう。内気でどこか頼りない彼女の面影はもうどこにも見当たりません。

 客は誰一人としていないけれど、そんなものは関係ありません。

そこにいるのは活発で溌剌としたアイドルの姿でした!

「これは提案なんだけど、もし迷惑でなければボクの最新曲――GO LOVE&PEACEがあるんだけど、その歌に合わせて二人が踊ってくれるかな?」

「えっ、いいの!? 願ってもない申し出だよ、ありがとう5pb.ちゃん!」

「やったね、ネプギア! 5pb.の歌とわたし達のダンスがあれば、みんなの視線も釘付けだね! それどころか、このギョウカイ中のシェアをありったけかき集めることもよゆーのよっちゃんだよ! 美少女戦士としてのアイドルデビューも夢ではないね!」

「え? お姉ちゃんまさか本当にアイドルデビューするつもりなの?」

「もうっ、水臭いよネプギアー。私じゃなくて私達でしょー!」

「ええっ!?」

 そう言いつつも、お姉ちゃんと一緒なら楽しそうかもなんてしみじみ思ったり。

「ほらほら、二人共。そろそろ練習を始めるよ!」

「「はーい!!」」

 私達は所定の位置に並びました。とは言っても、お姉ちゃんの横に立って、一メートル程度離れるだけなんですけどね。

「背筋は真っ直ぐ伸ばすことを常に忘れないで」

「「はい!」」

「体の軸を保つことは踊りにおいて基本。基本中の基本で最重要なんだよ」

「そういえばライブのときの5pb.っていつでも背筋がピンとしてるねー。そっかー、だからかー」

 何に気づいたのでしょうか。何かに納得したように、お姉ちゃんは感慨深そうに一人うなずいています。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「5pb.の背ってわたし達と同じくらいじゃん。それなのにライブの時だとすらっと背が高く見えたりしないー?」

「そういえば……たしかにそうだね」

 思いがけない言葉に私は息を飲んでしまいます。

「なぜだと思うー?」

「えっと……背をピンと伸ばしてるから?」

「せいかーい! さっすがネプギアー!」

 お姉ちゃんが柔らかく微笑えみました。子供っぽい見た目と無邪気な言葉がうまく混ざり合って、破壊的な可愛らしさを生み出しています。

 たしかに5pb.ちゃんの身長は私達とそこまで大差ありません。

しかし、それでもライブの時の彼女はすらっとした背の高い女性に見えるのです。お姉ちゃんが言ったように背筋をピンと伸ばしてるからというのも理由の一つなのでしょう。

でも、彼女の背の高さはそれだけでは語れないような気もします。

例えばリーンボックスにいた時――

あのライブ会場ではたくさんのファンの歓声がありました。

あのライブ会場ではたくさんのファンのほとばしる熱気と声援がありました。

ステージの上に立つ5pb.ちゃんからはそれらを全て受け止め、魅力に変えてしまうほどの優雅さがありました。

 場の雰囲気が彼女を立派なアイドルへと生まれ変わらせたのでしょう。彼女の挙動のどれをとっても輝いているように見えます

「体の軸が真っ直ぐに整っているだけでも動きのどれを取っても映えるし、なにより綺麗なダンスを決めることが出来るしね。ほら、大木をイメージしてみてよ。あれが簡単に倒れないのは、大地にしっかりと根を張り巡らしているからなんだよ」

「大木ー……? ごめん、5pb.何のことやら分からなくなってきたよー」

 お姉ちゃんが困ったように目を白黒させています。

「つまり、何が言いたいかと言うとボク達が立っているのは大地の上なんだよ。ボク達の足は大地に根を降ろすためにあるんだよ。どんな激しい動きであっても踊っているときは体の軸を整える――常にそれをイメージするといい感じだと思うよ! まあ、口で説明するよりかは実際に踊って慣れてもらったほうが分かりやすいかな。あ、最後に一つ。これだけは守ってほしいかな」

 5Pb.ちゃんは、いつにない真剣な眼差しでこう付け加えました。

「決して踊り終えるまでは止まっちゃいけないよ。ゴールにたどり着く前に、立ち止まったりするのはね、それだけゴールまでの道のりが遠ざかっていくことを意味するんだ。運動しているとき急に立ち止まった途端、疲労ばかり蓄積していくよね? 振り返っても、未来は見えないんだ。そこには過去の重みだけしかない。前だけを見てひたむきに走り続けるんだ。過去を振り払って、未来にたどり着くために!」

 思わずどきっとなりました。

 普段見受けられない彼女の強気な態度よりも、彼女の口から矢のように放たれた言葉に、私の胸を射抜かれたような気分でした。

 過去、未来――そんな言葉が私の胸をつかんで放そうとはしてくれません。それはいくつか思いあたるフシがあるからでしょう。

 私は過去に囚われています。

 三年前――ギョウカイ墓場でお姉ちゃん達を守れなかった記憶。そして、あの人にみんなで再戦を挑んでも勝てなかった記憶。

 それは鎖のように私の心を縛りつけ、容易に解けるほど容易いものではありません。一時期、女神化すらままならなかったことさえあります。今でこそたくさんの人に励まされ、勇気づけられたからこそ平静を保っていますが、それでもあの人――マジック・ザ・ハードを前にすると極度の緊張と恐慌でどうしようもなく身が竦んでしまうのです。

私の心にはあの人が不気味な笑みを浮かべながら、影のようにいつでも寄り添っているのです。

「さあ、そろそろ練習を始めようか! 二人共、女神化して!」

 5Pb.ちゃんのかけ声にハッと我に返りました。どうやら数秒の間、心ここにあらずといった状態だったようです。

 気づけば周囲はほんのり暗くなっていて、5Pb.ちゃんの歌が流れ、それに呼応するように色とりどりのスポットライトが交錯していました。

「いくよ、ネプギア! 変身するよ!」

「う、うん!」

 お姉ちゃんの力強い声に私は頷きます。

「プロセッサユニット装着ッ!!」「刮目せよっ! ……なーんてね!」

 私達の周囲をまばゆい光の粒子が包みこみました。莫大な力の奔流が身体の中に流れ込んできます。エネルギーが身体にたっぷり蓄積されていく感覚。そう、これが女神化による恩恵なのです。

やがて光の粒子が装甲に形成されていき、私達の身体を申し分なく覆っていきます。これがプロセッサユニットと言われる女神専用の武装であり、私達に勝利をもたらしてくれる切り札です。

「変身完了! さあ、行くわよネプギア!」

 女神化して大人びたお姉ちゃんがそこにはいました。すらりとした背丈と怜悧な顔つき、豊満な胸やくびれた腰つきといい、そこにいるのは全く別人のようです。

「うん、お姉ちゃん!」

 澄んだ音楽が私達の耳元に流れ込んできます。

立ち止まってはいけません。これが私達の立ち向かうべき未来です。

未来を切り開くために、私達は前に一歩進みだしました。

   ▲◆▼

 

「どこだあぁぁっ! どこにいったあぁぁっ!」

 うっそうと生い茂る森の中、ジャッジのやかましい声が私の耳に届く。

「うわあ……おっかないったらありゃしない。全く、こりゃ見つかったらタダじゃ済まされないわね」

 私はそっと茂みの間から顔を出して様子をうかがって見た。

陽の目も遮るほど分厚く覆われた森林では独自の生態系が形作られており、四大都市の中でも技術力が一番発展しているプラネテューヌといえども未だ未開発の地域なため、地面は当然整備されているわけでもなく、当然歩道がひかれているわけでもないので、ツタや大木の根っこがあちらこちらに伸びきっており、なおかつ足元に気を配りながら薄暗い森の中を走り回らなければいけないので私にとってもジャッジにとっても最悪な地形であり、真っ正面から鍔迫り合いをするには向かない場所かもね。

現に、ジャッジは手に握られた戦斧をばっさばっさと出鱈目に振り回しては自分の妨げになる木々をなぎ倒しては強引に更地を切り開いている。

「あいつにとっては視界の悪い場所だろうと、足場が悪かろうと関係ないみたいね。ホント脳筋って怖いわー……」

 しかし、だからといって何も対策を練っていない程私はバカでない。

「そろそろ頃合いかしら」

それでも実力差ではジャッジの方がまだ上手であることに変わりないわ。真っ正面から挑んでも勝てない相手には地の利を生かした戦法で挑む。それが私の狙いであり、わざわざこんな動きにくい地形に誘い込んだ理由よ。

――私は身を隠していた茂みから飛び出した。

「ほらっ、来なさい。私はここよ!」

「舐めるなぁぁっ――……!」

ジャッジが鬼のような形相で振り返り、迫りくる。

よし、かかったわね!

 ジャッジが私めがけて馬鹿でかい戦斧を振りかぶろうとした――

 が、それは失敗に終わることになる。

「ぬおぉぉっ!?」

 ジャッジが身体のバランスを崩し、大きく前によろめいた。強靭なツタがやつの足にひっかかり、その巨体をいともたやすく倒すことに成功。

「やりぃっ♪」

 それがまさしく私の狙いだった。

 あらかじめ私が設置していた罠にジャッジを嵌めること――姿を隠していたのは罠を作るための時間稼ぎでもあり、ジャッジが罠にかかる好機を見計らっていたからだ。この視界の悪いジャングルならば罠を隠してくれる最大の味方となりうる。

 しかし、ジャッジは甘くなかった。

「こんの虫ケラがあぁぁっ!」

 身を大きくよろめかせながらも、その強じんな足腰でもって倒れかかる身体を支え、倒れる寸前のところで踏み止まったのだ。

 だけど、私もそのくらいは簡単に予想できていた。

「まだ終わりじゃないわよ!」

 ジャッジの頭上めがけて大量の岩石や丸太が降り注いだ。これこそ第二の罠だ。ツタに足を引っ掛けることにより、あらかじめ木の上で吊るしていたハンモックが切れる仕組みだ。そしてそのハンモックが切れれば、乗せられていた岩石や丸太が真下に――ジャッジに殴りかかるようにして降り注ぐ!

「うおおおおおぉぉっ!」

ジャッジが顔をかばいながら憤懣に満ちた叫びを上げた。

これでまだ攻撃は終わらない。私の本命は――

「魔界粧・轟炎!!」

 私は両手に装着した双剣プラネテューヌを振り乱しながら、ありったけの思念波をジャッジの頭部めがけて送り込んだ!

 ゴウッ――という音と共に盛大な火花が散った。火花は丸太に燃え移り、やがて爆炎へと姿を変え、ジャッジの全身を容赦なく包みこんだ。

 だが、恐ろしいことにジャッジは怒号を上げながら戦斧を旋回させ、その勢いで自らを包みこむ轟炎を力づくで吹き飛ばした。

「なっ!? 斧の旋回力で火を消した?」

さすがに私も度肝を抜かれた。瀕死の重体でこんな力技をやってのけるあたり、並み大抵の脳筋ではない。だからといって驚いて棒立ちしているヒマを与えてくれるほど甘くはない。

ジャッジが近くに生えていた大木を軽々と引っこ抜き、私に向かって投擲したからだ。

矢のような速度で迫るそれを私はひらりと身を浮かすことで避けた。

が、まさしくそれこそジャッジの狙いだったのだろう。

着地して身動きが取れないその一瞬をヤツは見逃さなかった。隙だらけの私めがけて戦斧を振り回してきたからだ。私は避けきれず、慌てて双剣プラネテューヌを頭上に構えた。

「俺は墓守だぁぁっ! 魂を導き、死者を管理し、その上に墓石を積み上げる!」

 ジャッジの戦斧と私の双剣が激しくぶつかり合い、鍔迫り合っては火花を散らし合う。

これは私が最も恐れていた展開だった。力と実力で劣っている私が勝てる見こみは、限りなくゼロになったといってもいい。

「死とは誰にとっても平等で、理不尽に訪れるものだ。善行を百万回つみあげていようと、悪行を百万回繰り返そうとも関係無い。例え聖人君子だろうと、咎人だろうとそこに善悪はない! そいつの運命の糸が切れかけたとき、死神は微笑みながら鎌を振り下ろす!」

「くっ……! 何が言いたいのよ、アンタは!」

 私は震える腕で双剣を握りしめた。ジャッジの一撃は速くて、その上重い。こうしてヤツの攻撃を受け止めているだけでも、凄まじい重圧が私を襲い、じわじわと体力を削り取っていく。今の私は双剣プラネテューヌの性能に救われているだけだ。

まずいわね……これ以上戦いが長引くのは危険すぎる。このままだとあいつの持久力が尽きる前に、私が先に根負けしてしまうだろう。

「俺には全ての生けとし生けるものを裁く権利がある! 貴様等とて例外ではない。死神はいつでも貴様等のそばに寄り添っている。俺は貴様等の死神だ! 地を這う虫ケラどもを平等に踏み潰し、平等に切り刻むっ!

――例えそれが、女神であってもなぁぁっ!」

ジャッジが戦斧を横薙ぎに振り下ろしてきた。空気を切り裂くような音と共に、私めがけて死が迫りくる。

「そんなこと……私が絶対にさせないんだからっ!」

私――アイエフは一か八かの勝負に出ることを決めた。構えていた双剣を下げて、腰を低く落とした。防御を完全に放棄したのだ。

そんな私を見て、ジャッジは不気味にも笑っていた。戦いに憑りつかれた狂戦死が、相手の命を刈り取れると確信したときの微笑みだろう。

「ほほう、自ら死を欲するか。駄目だなぁぁっ! 自分の命を粗末にするのはぁぁっ!!」

「全く、アンタって戦いになると驚くほど口が回るわね。……呆れるわ。脳筋すぎて、ね!」

「――……何っ!?」

 おそらくジャッジの目には私の姿が突然消えたように映っていることだろう。ただ私は身を低くすることでヤツの戦斧による一撃をかわしただけという単純なことなのに。

現にやつは驚きのあまり呆然と目を見開いては立ち止まり、そして――気づいた。

だが、もうすでに遅い。私はやつめがけて宙に飛び上がっていたからだ。

「喰らいなさいっ、ソウルズコンビネーション!」

双剣による右と左からのワンツーブロー。宙でムーンサルトを決めながらジャッジの顎に竹槍のようなキックを炸裂させた。その反動を生かして宙で体勢を立て直し、

「トドメの……――クロスエッジ!」

 力を双剣に集中させ、全身全霊の一撃を脳天に思いきり叩きつける! やつは戦斧を取り落とし、そのいかつい巨躯は大きな音を立てて、周囲の森林を巻き添えにしながら崩折れた――かに見えたのは私にとって都合のいい錯覚でしかなかった。

「この虫ケラがあぁぁっ!」

 だが、実際のところは違った。ヤツは瀕死の重体でありながらも膝をつくことによって、倒れそうになる身体を支えた。落ちたのはヤツの手に握られていた戦斧だけだった。

「なっ!? いい加減、倒れなさいよ!」

これでもまだヤツには届かない。

甲冑のように分厚い手の平が私に迫る。慣性の法則に逆らない私はどうすることも出来ず、成す術もなくヤツの手の平に絡め取られてしまう。

「俺は墓守だ。魂を導き、死者を管理し、その上に墓石を積み上げる。例えこの俺が死の淵にあろうとも、決して死の甘い安らぎに屈することはないぃぃっ! 何度でも、墓穴から這い上がってやろう。貴様等を埋葬するためになあぁぁっ!」

「がっ、くぅっ……ううっ!」

 ジャッジの腕がぎりぎりと音を立てながら私の五体を締め付けた。

「……なぜかって? 死は他者に与えられるものではないからだ。墓荒らしに宝石を盗られたくないなら奪い取る他に手段はない。骨ばった手で宝石もろともそいつを引きずりこむのだっ!

――他者を陥れてこそ、死は甘く輝くのだとなぁぁっ!」

「あぁぁぁぁぁっ……ううっ!」

 耐えがたい激痛に全身が悲鳴をあげた。意識が朦朧とし、視界が霞んでゆく。

その痛みはくしくもイストワ―ル様から女神救出作戦の任を請け負ったときのことを思い起こさせた。こいつの足元にも及ばないだけではとどまらず、コンパがみんなを助けるまでの時間稼ぎにもなれなかった屈辱を。

「いいぞ、今の貴様は光り輝いている! 死の淵に立たされることで初めてその価値を増す宝石だ。貴様の苦しみと、苦悶に満ちた叫びが俺にそう訴えかけているっ!」

 必死にもがいてもジャッジの腕力の前には太刀打ちできず、私は無力な小娘でしかなかった。

 最初はあれだけ頼りの無かったネプギアですら、こいつに勝てるようになったというのに。私はそれすらも成し遂げられない。おそらくこいつは私を始末した後、プラネテューヌまで足を延ばすだろう。私にはネプ子やネプギア達の休日すら守ることも出来ないのか。

「言えぇぇっ、あの女神候補生をどこに隠したぁぁっ! 隠し立てするならぶっ飛ばぁぁっす! 正直に話してもぶっ殺ぉぉっす!」

「ど、どっちにしても最悪じゃないの……」

 全てを諦め、全身から力を抜いたそのときだった。

「あいちゃんを離すですっ!」

 普段であれば心躍るはずの声はこのときばかりは性質の悪い悪夢にしか見えなかった。

だが、そこにはコンパがいた。

涙をぼろぼろとこぼし、頼りない細腕でジャッジをぽかぽかと殴りつけている。

「ば……バカッ、コンパ! 私は、いいから。は、早く、逃げなさい……っ!」

「ほう、貴様の骨ばった手が掴み取ったのはその小娘か……!」

 ジャッジがこの上なく、上機嫌な声でコンパを見下ろした。

 私はぞっとなった。

「墓守として貴様等の墓碑銘にはこう刻んでおいてやろう。“何も出来ない役立たずの虫ケラ”となあぁっ!」

 ジャッジの手がコンパに伸びて、そして――

 誰のものとも分からぬ絶叫がジャングルに響き渡った。

    4

 

 ――誰か助けてぇぇぇぇぇぇっ!

「――えっ!?」

 誰のものとも分からぬ悲鳴がどこかから聞こえたような気がして、私は思わず身体を止めてしまいそうになりました。

「ネプギアちゃん! 集中力がきれかかってるよ!」

「だ、だけど……今頭の中に何か聞こえたような気が――」

「集中している状態が続くとそういうのが聞こえるのはよくあることなんだよ」

 熱血教師(?)の5pb.ちゃんにたしなめられてしまいました。成程……よく分からないですが、こういうのも珍しくはないのかもしれません。

「ネプギア、今は踊ることだけに専念しましょう。次は本番。失敗は許されないわ」

 額から汗の滴をたらしながらお姉ちゃんが言いました。

「う、うん。お姉ちゃん!」

 二人にあの声は聞こえていないようです。

となると……私だけにしか聞こえない幻聴なのでしょうか。それにしては嫌な胸騒ぎがして落ち着こうにも落ち着けません。だけど、それにばかり気を取られているわけにいかないのもまた事実です。

「さあ、二人共! 次がいよいよラストだよ! 今まで練習してきたことをしっかりイメージしながら踊ってみて! 心配しなくても大丈夫だよ、二人なら絶対に成功する。これは二人の踊りをそばで見てきたボクの確信がそう告げているんだ! 今まで失敗続きだったけれど……二人ならそういった過去を乗り越えて、未来の糧に出来るはずだとボクは信じてるよ!」

5pb.ちゃんの激励の言葉に、私はごくりとつばを飲みこみました。

「じゃあ、ボクは録画の準備を整えてくるね」

 そう言って会場の裏側へと走っていきました。しんとしたステージの中に、私とお姉ちゃんだけが取り残されました。

しばらくしてステージ会場が薄暗くなり、スポットライトが灯りました。会場全体が静謐な空気に包まれ、どこか神々しさを感じさせるように思えます。

あと少しで音楽が流れ、本番の時が始まります。

「緊張してるの、ネプギア?」

 お姉ちゃんが私を見つめました。その切れ長の瞳からは、変身前の幼さや可愛らしさは一つ残らず払拭されています。氷のように鋭い視線が私を捉えては離しません。

「う、うん……!」

 お姉ちゃんの視線に背筋がゾクリとするものを感じていました。

「きっと力が入り過ぎてるからだと思うわ。もっと肩の力を抜いていいのよ」

「……あのさ、お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「お姉ちゃんは失敗するのが怖くないの?」

「ええ、とても怖いわ。それでいーすんや、ノワール達に怒られてばかりいるわ。妹の方が姉よりもずっとしっかりしているとね」

「あはは、いーすんさんやノワールさんったら。そんなこと……ないのに」

「いいえ、ネプギアはしっかりしてると思うわ。私よりもずっと。ネプギアがいなければ私は――いいえ。私達はずっとギョウカイ墓場に囚われ続けていた」

「ううん、お姉ちゃんには適わないよ……」

 お姉ちゃんの頭にスポットライトの光が当たりました。逆光のせいかお姉ちゃんが今どんな表情なのか私からはうかがえません。

「私ね、過去に振り回されているの。昔の失敗をまた繰り返してしまうかもしれない……そう思っただけでね、身体の震えが止まらないときがあるんだよ」

 私はうつむきました。それは涙を隠すためでした。

 お姉ちゃんをこれ以上困らせてはいけない。

それでも一度開かれた口が閉ざされることなく、堰を切ったダムのように想いがどんどん流れ出ていきます。

「ブランさんからはね、お姉ちゃんと違って何でも出来る優等生タイプ、だなんて言われたけれどね……私、全然そんなことない。優等生なんて器でもない。お姉ちゃん達を助けるためにずっと頑張ってきたけどね、また失敗しちゃったんだよ」

お姉ちゃんは今どんな顔で私の話を聞いているのでしょうか。こんな情けない私を憐れんでいるのか、困っているのかも判別がつきません。

ただ、そこにあるのは永遠に続くかと思うような暗闇と沈黙だけでした。

「情けないよね……ただ一つの失敗に足を取られて身動きが出来ないなんてさ。ユニちゃんはノワールさんに近づこうと必死に努力しているっていうのにね。こんな泣きごとばかり言ってる私なんがプラネテューヌの女神候補生だなんて笑っちゃうよね。だから、ね……こんな私にはさ。

――未来を切り開くなんて……出来っこないんだよ」

 そのときでした。

何か温かい毛布のようなものが覆いかぶさり、私の身体が温かな空気で包まれていきます。

「大丈夫よ、ネプギア……私がそばにいるわ」

「お姉ちゃん……?」

 それはお姉ちゃんでした。お姉ちゃんが私の身体を強く抱きしめているのです。

「……ネプギアが一人で何でも出来るって思えるまで、私がついててあげるから」

「……うん」

「だから、泣かないで。笑ってほしいの」

「……うんっ、うん!」

「私がずっと、ずっと一緒にいるから」

「……うん!」

 お姉ちゃんの体温や呼吸がすぐそばにあります。

 いつも何気なく身近で感じているそれは、いつも以上に温かみがあるように思えました。

 今、この一瞬だけは。

 スポットライトが私達を照ら出し、5pb.ちゃんのアナウンスが聞こえてきました。

「二人共、カメラの準備が出来たよ。準備はバッチリかな?」

「ええ、よろしく頼むわ。5pb.」

 お姉ちゃんが私の身体から腕を離しました。

「ほら、そろそろ時間よ。涙を拭いて」

 私の顔に手を伸ばして、そっと涙を拭き取ってくれました。

「お姉ちゃんって、なんだか私のお母さんみたい」

「何言ってるのよ、私はあなたの姉でしょう」

「あははっ、そうだね。お姉ちゃん」

 私はくすりと笑いました。お姉ちゃんもくすりと笑っていました。

「やっぱりネプギアには笑顔が一番似合っているわ」

 お姉ちゃんは踵を返し、自分の配置に戻っていきます。

 私は遠ざかってゆくお姉ちゃんの背中を見つめました。

 いつまでも寄りかかって甘えたくなるような気分になってしまうのは、私がまだまだ未熟だという証なのでしょう。とても頼りがいがあって、全てを優しく包んでくれるのが私のお姉ちゃんなのですから。

 とても大きな背中です。私が追い越せるのは当分先の話でしょう。

 いや、もしかしたらお姉ちゃんに辿り着く事すら出来ないのかもしれません。しかし、それでも私は願わずにはいられません。その背にいつか辿り着ける日がくることを。

 プラネテューヌの女神としての肩書きだけではありません。ネプテューヌの妹として彼女を超えたい。心からそう実感しました。

 そろそろカメラが回り始めるころでしょう。私もお姉ちゃんに倣って所定の位置に辿り着きました。

 ふと、気づいてみればあの人の笑い声が薄れていました。ときたま頭の中で響くマジック・ザ・ハードの全てを見下すような嘲笑や視線も、今では何とか耐えることも出来るような気がします。おそらく本人を前にしても。

 私はお姉ちゃんの方を振り向き、ぼそりとこぼしました。

「――ありがとう……お姉ちゃん」

 私はお姉ちゃんから視線を外し、それきり見ようともしませんでした。

 静かに澄み切ったステージに5pb.ちゃんの歌が流れていきます。

 私はそれに目を背けたり、耳を塞いだりはしません。

過去を超え、未来に辿り着くために。この手で未来を切り開くために。

私達は動きだしました。

 ▲◆▼

 

 誰のものとも分からぬ悲鳴が森林に響き渡った。それは私でもなければ、コンパでもなかった。

「なん……だと!? まさか、この俺が、この俺があぁぁっ……!」

 それはジャッジだった。天を割らんばかりに大きな叫び声を上げながら、その巨体は大量の土煙を巻き上げながらあっけなく倒れ伏したのだ。

 やつの握力から解放された私はゲホゲホと咳きこみながら、何が起こったのか、酸欠で朦朧とする頭で状況の把握に努めた。

「君達、危なかったねー」

 彼女は爽やかに微笑みながら、くるくると風を裂きながら剣を振り回す。

 ちぃんっと小気味良い音を立てながら、鞘に剣を仕舞う音。

「ファルコムっ!? どうしてアンタがここにいるのよ?」

「わわっ、ファルコムさん!?」

 彼女は燃えるような真紅の髪をかき上げながら、

「旅の途中でね。たとえおせっかいと言われようとも、困っている人を見るとついつい助けたくなってしまうのさ」

 爽やかに笑った。

「しかし、せっかくの休みだってのに二人はこんなところで何してるのさ」

「あー、実はそれが話すと長くなるんだけど……ちょっと仕事でね」

「ふーん、そうなの。しかし災難だったね。こんなところでマジェコン四天王に狙われるだなんてさ。たまたま間に合ったからいいものの、あと一歩あたしが遅かったら大変なことになってたよ」

 となると結果的に私はコンパにも救われて、ファルコムにも救われたということなのだろう。

 つくづく私は助けられてばかり。情けないわね。

 気づけばコンパが肩を怒らせながら顔を近づけてきた。

「あいちゃん! なんでわたしを置いていったんですか!」

「それは……あいつ傷だらけだったし、私一人でもなんとかなるかなって思って」

「全然なんとかなってないじゃないですか! それで傷だらけになってるのはあいちゃんの方じゃないですか! それに、さっき約束したばかりじゃないですか! わたしがあいちゃんを治療するって……それなのにひどいです! わたしのお注射がそんなにキライなんですか!」

「ゴメン……私はアンタを危ない目に合わせないために、つい――」

「つい、じゃないです! 下手したらあいちゃんはあの人にっ、あの人に命を奪われていたかもしれないんですよ! わたしの事よりも、もっと自分のことを心配してほしいですっ! もしあいちゃんに、もしもの事があったら……わたしっ、わたしはっ、どうすれば……!」

 コンパの必死な声はそこで途切れ途切れになり、涙に呑まれてしまった。

 わんわんと泣き叫びながらぽかぽかと殴りつけてくるコンパを、よしよしと宥めながら私は考えに耽っていた。

 私がジャッジに単身で戦いを挑んだのは自分の為だ。

 もちろんコンパを戦いから遠ざけたかったのも嘘偽りない事実である。けれども、やはり私は怖かったのだと思う。失敗することが。

 ギョウカイ墓場の一件をひきずってまともに変身が出来なかった頃のネプギアと同じだ。

 自分だけではコンパを守れないかもしれない。だから傷つくのは私だけでいい。

 いや、そんなことないか。……言い訳がましいったらありゃしない。

 あの子は過去に引きずられることなく、未来を切り開くために一生懸命がんばっていたではないか。そういう意味ではコンパもネプギアも根本的なところでは似通っているのかもしれない。

 心からそう思えた。秘かな嫉妬を覚えるほどには。

「さて、あたしはお邪魔みたいだし、二人のお邪魔虫になるといけないので、そろそろ旅を再開するとするよ」

 私はカッとなった。

そういえばこの体勢ってコンパと抱き合っているようにしか見えな――

「だっ、……だっ、誰がバカップルよ!」

「「え?」」

 コンパとファルコムの不思議そうな視線が集中してくる。

し、しまっ……動揺し過ぎてついつい余計なことを口走ってしまった。

「あー……いや、そうじゃなくてさ。ファルコムはこれからどうするつもり? せっかくの休日を有効に使わないのは勿体ないわよ」

 しかし、ファルコムは意味あり気に微笑んだ。

「そうだねー。少なくともあたしに恋人はいないから一人で気ままに歩き回る感じだね」

「カッコイイです。そういうのって……えっと、何て言うんでしたっけ?」

「なんだ、もう忘れたの? 二人には前も言った気がするけれど……」

 まあいいや、とファルコムはうなずき、くるりと背を向けた。それから、

「ただの通りすがりの旅人さ」

 そう言い残すと、ファルコムはジャングルの闇の中へと姿を消してしまった。

「……結局、ファルコムがおいしいところを全部持っていったわね」

「自業自得ですっ」

 ぷいっと首を背けるコンパを見て、私は静かにためいきをついた。

 やれやれ、コンパをなだめるだけで私の休暇は終わってしまいそうね。

「お説教は後回しです。今はあいちゃんをプラネテューヌに連れ帰って、治療するのが先ですし」

「ふう……無事とは言い難いけれど、何はともあれ任務完了ね」

 プラネテューヌは私達に休暇を待っていないだろう。

 けれど、あそこにはみんなが待っている。

 どんな休日を過ごしたかを聞いてやるつもりよ。そしてみんなの休日の話に耳を傾けた後、私は自分の運の無さをたっぷりと愚痴ってやるわ。休日ずっと働きづめだったことをね。

 私はコンパに腕を貸してもらいながら重い腰を持ち上げた。

 さあ、帰ろう。プラネテューヌへ。

 私達が守った休日が、彼女達にどんな形を残したか見届けるために。

  エピローグ

 

「完成した……ついに完成したよ! わたし達のPVが!」

「やった……やったんだね! 私達!」

「うう、お姉ちゃん嬉しいよ。最初は嫌がってたネプギアが、こんなに喜んでくれて」

「あれだけがんばったんだもん、嬉しくなるよ。それよりお姉ちゃん、早く早く」

「うん、早速見てよー! VTR、すたーと!」

「わ、わ、なんか恥ずかしい。自分が踊ってるの見るのって」

「恥ずかしがることないよ。すっごくかわいいよ、ネプギア」

「あ、ありがとう……でも、思ったよりちゃんとできてるね」

「うん、これならばっちり! 世界中のシェアはもらったも同然だね!」

 二人はやわらかく微笑んだ。

 いつもとなんら変わらぬ紫姉妹の中睦まじき光景である。この光景だけ見れば、一体、どれほどの人間が彼女達を女神だと分かり得るのだろうか。笑顔こそ女神の微笑み級の破壊力を持つことには間違うことなき事実であり、万人が揃って手を挙げることは言わずもがな。

 だが、しかしこの笑顔が――

 四女神のシェアの危機意識を煽るだけでなく、ゲイムギョウ界全土を巻き込む大事件にまで発展するだけでは止まらず、はたまた女神総選挙なる馬鹿げた騒動の発端となるとは、このとき誰も予想だにしなかったであろう。

それが例え女神という特別な存在で、平平凡凡な平民からしてみれば手の届かぬ身の上であり、最早奇跡としか形容しがたい超常現象をいともたやすく巻き起こせる彼女達であっても、自分達が火種をまく張本人となることすら予測しえなかったのだから、つくづく運命とは皮肉なものであり、なかなかに愉快痛快である。

 

 

   ~完~



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