黒坂は曙、陽炎、皐月を執務室に呼び出していた。大本営より艤装の強化改装が可能となった連絡が来たからだ。ちなみに、強化改装した艤装を扱うには一定の練度が必要となり、それ以下のものは使いこなせないらしい。
「そんな訳で、今から改装を行う。笹倉さんには話通してあるから行ってきてくれ。」
「やった! ありがとう司令官!」
皐月はその場で跳ね回って喜び、陽炎もガッツポーズをしている。
「か、改装とか言って、あたしの裸が見たいだけなんでしょこのクソ提督!」
ひどい言いがかりだ。そんな事する気は無いし、仮に見たかったとしても覗き見なんてセコイことせずに堂々と見せてと頼む。(それはそれで問題なのだが。)
黒坂の隣で手伝いをしていた吹雪が曙になにやら言おうとしたが、その前に黒坂が口を開いた。
「いや、君の裸に興味ないんだけど……」
それは黒坂の本心からの言葉だった。曙は俯いてワナワナと震えている。
「ん? どうした?」
「そこは冗談でも見たいって言いなさいよこのクソ提督! うわぁぁぁぁぁぁん!」
曙は涙目になりながら執務室を飛び出した。そこにいた艦娘と黒坂はポカンとしていた。どうやら、平面に近い胸部装甲をかなーり気にしていたようだ。黒坂は知らず知らずのうちに地雷を踏んでしまっていた。
「……見たいと言ったら間違いなくクソ提督と言われ、見たくないと言ってもクソ提督と言われる。僕は一体どうすればいいんだ?」
「それは……我慢してクソ提督と言われるしか…」
吹雪は苦笑いしながら答えた。一体僕が何をしたっていうんだ。
「僕ってやっぱりクソ提督だよね……」
「だからって自己嫌悪始めないでください! 零士さんはクソじゃなくてちょっぴりアホなだけ……」
「グハァッ!」
「「司令官!
ーーーーー
「よし。これより編成を発表する。」
なんとか精神的ダメージから回復した黒坂は全員を集め、明日の作戦へ参加する艦の発表を行う。
「今回トラック泊地へ行くのは、まず戦艦。金剛、比叡、霧島。正規空母は飛龍と蒼龍。軽空母は龍驤と千歳。重巡洋艦は足柄と那智。軽空母は川内、由良。駆逐艦は時雨、曙、吹雪、陽炎だ。残りの者は鎮守府にて待機。鎮守府の守備と何かあったら支援に来れるよう準備を頼む。」
おお、と威勢の良い返事が返ってくる。彼女らを信じよう。きっと大丈夫だ。狙撃手の勘がそう言う。もうスナイパーじゃないのになと、1人笑いを堪えていた。
そして、飛龍、蒼龍に搭乗するのはもちろんクーガとメテオラだ。パイロットたちは出撃できるとかなり意気込んでいた。
「で、帰ってくるのはどのくらいなのかしらね。」
端っこの方で曙が言う。
「全員だ。出来れば航空隊にも全員帰ってきてほしい。」
「最大限の努力はする。」
黒坂に山先は答える。とはいえ、全員生還は難しいのが現実である。
「なら、せいぜい頑張ることね。」
この捻くれ者め。黒坂は歯をかみしめていた。それと同時に、曙の気持ちもなんとなく分かっていた。かつて自分が率いていた第3偵察小隊。30人程の小隊だった。出撃のたびに誰かが欠ける。全員帰そうと足掻いても、結局は誰かが欠けてしまう。黒坂は古傷を抉られたような気分だった。
ーーーーー
「提督、少しコーヒーでも飲んで落ち着いてみては?」
「そうするよ。」
執務室には黒坂と山先だけがいた。吹雪は工廠で装備の在庫確認中である。
「彼女はあんな感じに捻くれているが、悪く思わないでやってほしい。元はいい子だったのだが、潮が沈んで以来あんな性格になってしまったんだ。」
山先は佐世保鎮守府の古参メンバーの一人である。かつて物集指揮下にあった時からいたのだ。
「……キスカ島か?」
「提督ならよく知っているはずだ。見ていたのだろう?」
「山先隊長は鋭いね。その通りだ。僕もそこにいた。」
「あきつ丸の中で提督を見かけたからな。あの作戦の時にいたのだろうとすぐに分かった。」
強襲揚陸艦あきつ丸。旧日本軍が建造した揚陸艦の名を冠する強襲揚陸艦。あきつ丸は艦娘であるが、ちょっと特殊で、吹雪たちのように艤装を装備して海面に浮かぶのではなく、艦長のような立場となっている。兵員の輸送が目的だから当然のことなのだが。
「ああ、あの時いたのか……」
「覚えていなくても無理はない。訪ねた時には細菌感染で危ない時だったのだから。」
「なんとなく思い出したかもしれない。」
「そうか。提督、
山先はそう言うと、妖精用通路を通って自室に帰っていった。
ウインド・シアか…きっと、乱気流のように起こる困難の数々を比喩したのだろう。
「越えてやるさ。」
1人、そう呟いていた。そこへ吹雪がやって来た。
「あの…零士さん、もしかして今度の作戦、零士さんも戦う気ですか?」
「なんでそう思う?」
「きっと、泊地攻撃ならば敵は上陸部隊を出してくるはずです。正直言って艦娘の地上での戦闘能力は期待できませんから。となると、陸軍か陸戦隊が護衛にくる。その知らせもないということは……」
図星だった。鋭すぎる。やれやれ。入院中に戦術を吹雪に教えたんだが、しっかり覚えているとはな…
「確定はしていないが、戦うといったら?」
吹雪は拳を握りしめてワナワナと震えている。
「ダメです! もし司令官である零士さんに何かあったらどうするんですか!?」
「宮原と久坂がいる。」
「それじゃダメなんです! 零士さんは死んじゃダメです!」
「なら!……なら、吹雪たちに……自分より年下の少女たちに死地に赴けと命じて……俺だけ安全な後方に引きこもっていろと言うのか!?」
「それは……」
「嫌だ……もう仲間が死ぬところなんて見たくない! 死ぬなら俺1人に……」
鈍い痛みが頬に広がる。吹雪に横っ面を叩かれたと気づくのに少し時間がかかった。
「……もう言わないで。死ぬなんて…言わないで……」
吹雪は泣き出していた。そうだ、吹雪も俺と同じだった……違う点といえば、俺は戦場に骨を埋める気でいたということくらいで、負った心の傷は同じなのだ……
「すまない……だけど、万一の時は自分だけ逃げるなんて真似はしない。」
「分かってます……零士さんはそういう性格ですから……だから、あの時も助けてくれたんですよね?」
『砲撃来るぞ! 退避しろ!』
『何やってんだ馬鹿! 早く退避しろってんだ!』
『黒坂!』
『久坂!手伝え!黒坂が死んじまう!』
あの時の……雪の降り積もるキスカ島。それを紅く染めたあの時……
「ああ。そうだ。」
指の間を零れ落ちていく命。その中で、守り抜いた僅かな命。
「大丈夫です! 今度は私が守りますから!」
「そっか。期待しているよ。」
いつしか口調は穏やかなものに戻っていた。荒っぽい方が本来の口調なのだが。
それをドアの向こうで曙は聞いていた。
「……バッカみたい。」
そう呟くと、さっさと自室へと引き上げていった。物集とは違う。そう分かっているはずなのに。
ーーーーー
そして翌日。黒坂と護衛以外の艦娘は輸送船の中にいた。
『クーガ、状況は?』
「ウインド・シアに遭遇して少しハラハラしたが、今は安定している。このままトラックまで護衛を続ける。』
『了解。定時連絡を忘れるな。』
そう言って黒坂は通信を切る。いつもの制服ではなく、迷彩服3型を着て、背中には愛用の狙撃銃レミントンM700を担いでいる。
波に揺られる輸送船はトラック泊地まで距離を詰めていた。敵の襲撃はなく、逆に不気味であった。上空はクーガ隊が守っている。
『そういえば隊長、聞いたことありますか?』
飛行中のクーガ隊。2番機の戒田が山先へ話しかける。
『何をだ?』
『俺たち妖精が死んだ後に、そっくりな別人が配属される、っていう話です。』
『なんだ? また新しい都市伝説か?』
3番機の青笹がそれに食いついた。
『さあ。飛龍が前に演習の相手から聞いた、って……』
『それの真相を確かめるのは作戦が終わってからにしよう。いいな?』
『了解です隊長。』
クーガ隊は高度を落とし、滑走路へと着陸していった。南の島の陽の光を浴びた白銀の翼が輝き、まるで海面へ集まる魚の群れのようであった。
いくつの翼が佐世保へ帰還出来るのか……山先は全員帰してみせると心の中で決意を固めていた。
ーーーーー
その頃大本営。会議を終えた高原中将は廊下の窓からトラック泊地の方角を眺めていた。
「中将、どうかなさいましたか?」
「……ああ、萱場少将か。ちょっとな。」
「また新任の彼のことで?」
「その通りだ。黒坂零士……あの男だ。」
「以前、あいつは提督には向かないと仰っていたような気がしますが。」
高原はクククと笑う。確かにそんなことも言ったな、と思いながら。
「今は、な。あいつはまだ陸戦隊の時の狂戦士のままだ。だが、私は信じているのだよ。」
「何をです?」
「艦娘をだ。彼女らならば、きっと変えてくれるのだろう。死にたがりの狂戦士を立派な指揮官にな。」
山先隊長は個人的にお気に入り。
スカイクロラのキャラ紹介
萱場
ゲームと小説の両方に登場。脇役ですが。
原作では中佐、