「提督! 速達が来たよ!」
島風が猛スピードで執務室に飛び込んできた。手には茶封筒。
「ありがとう。やっぱり島風は速いな。」
「もちろん! 誰も私には追いつけないんだから!」
「さすがだよ。吹雪、島風とジュースでも飲んできなさい。」
黒坂は隣の机で手伝いをしていた吹雪に500円玉を渡す。
「え? 私もいいんですか?」
「もちろん。ついでに僕のも買ってきてくれると助かる。」
「つぶつぶみかんジュースですね!」
「オウッ!」
「大声で言わないでくれよ……」
黒坂は苦笑いを浮かべつつ、2人を見送る。そして、椅子に腰掛けると封筒を開き、書類を取り出す。それは大本営からの作戦命令だった。
内容は建設中のトラック泊地に迫る敵の大規模作戦艦隊の迎撃。そして、その作戦遂行に当たるのが黒坂の佐世保鎮守府、久坂の横須賀鎮守府、そして、最近宮原が着任した大湊警備府だった。
解せぬ。そう思った黒坂は宮原に電話を掛けようとする。すると、某コンビニの入店時に流れる曲のオーケストラアレンジが流れた。着信だ。コケそうになりつつも受話器を取る。
『もしもし?』
『サァプラァァァァァァァイズ!』
光の速さでガチャ切りした。
あ、やべ。そう思った次の瞬間……
『ヴェァァァァァァァ……』
今度の着信音はまるで猫が絞め殺されてるかのような唸り声だった。どこかで赤城がお茶を吹き出した音が聞こえた気がした。
『もしもし?』
『ひどいでち! ガチャ切りなんてひどいでち!』
『裏声ご苦労宮原。』
『バレてたのかよ……黒坂、そっちに作戦命令書は?』
『ついさっき来た。ところで、なんで新任の連中ばかりなんだ?』
『お上は俺たちの指揮能力が見たいらしい。大方被害担当ってことなんだろうけどよ。細かいことはブリーフィングで。』
『ブリーフィングったってどこで?』
『横鎮。お前からアポ取って。』
『わーったよ。』
黒坂は電話を切るとタ○ンページを見ながら横須賀鎮守府の番号を入れ、電話を掛けた。
『もしもし?』
久坂のやる気のなさそうな声が聞こえてきた。
『久坂、黒坂だ。大規模作戦が発動されたのは聞いたか?』
『あー、聞いたことあるような、無いような……』
……後で殴り倒しておくか。
『おい、ウチと宮原の大湊、そしてお前の横鎮に出撃命令出てるんだぞこのドアホ。』
『え?マジで?うわだっる……てかまだこっちに赴任して間もねえのになんでそんな早々……』
だるいって……回し蹴りも追加するか。
『宮原によると、着任したばかりだからだと。俺たちの指揮能力を見たいのだろう。作戦内容は建設中のトラック泊地の防衛。どうせ内容も知らないんだろ?』
『指揮能力が見たいからって戦力消耗させるようなことしていいんですかー、てツッコミは無しか?どーせ深海の勢力がトラックに攻めてきてんだろ?それも姫級が何隻か……』
あの野郎、姫級知ってるってことは、まともに勉強したということか。アイツも、あの悲劇は繰り返したくないということか。
『艦娘の練度はそれなりにあるだろ。電話代がもったいないし、そっちでブリーフィングやるぞ。』
『俺は電話代関係ねえな、お前から掛けてきたんだし。』
『クソが……とりあえず、宮原が細かい説明するとよ。うちの飛行隊連れて行くから、少しそっちの空母に見せてやろうか?』
『りょーかい……あー、そっちは制空専門か。まあいい、こっちの航空隊は少数精鋭だし。じゃあその時よろしく。』
『ウチの航空隊は化け物しかいないぞ?明日秘書艦つれてそっち行くから。』
訓練を見たが、クーガ隊もメテオラ隊も化け物揃いだった。どうしたらあんな空戦機動できるのだか……
『精々うちの別嬪に見惚れるこった』
久坂独特のケラケラという笑い声が聞こえてくる。
『但し、好かれているとは限らない、だろ?』
『うっせ、こっちはこっちで仲良いんだっつーの。』
『そりゃいい。んじゃ、明日までに会議室の掃除しとけよ。』
黒坂は電話を切ると、宮原に明日横鎮とだけ伝え、すぐに横鎮行きのメンツを呼び出す。秘書艦の吹雪と、第73飛行隊、通称『メテオラ隊』の隊長である零戦妖精、鶴保縁久だ。
「ということで、明日横須賀鎮守府に行く。質問は?」
鶴保が手を挙げる。スキンヘッドで、耳にはピアスをした、妖精にしては背の高いヤツだ。
「我々は空からでしょうか?」
「ああ。僕と吹雪は陸路で行くから、メテオラは空路を。会敵したら撃って良し。」
それ以外に質問は出なかった。
ーーーーー
その日の夜。最終列車で横須賀へと向かうことになった。そういえば、吹雪と新幹線でどこか行くのはこれで2回目か。
発車して早々に買った駅弁を食べる。僕は牛丼、吹雪は五目飯だ。満面の笑みで五目飯を食べている吹雪を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
「ほら。」
僕は牛丼の肉を一切れ摘み、吹雪の前に差し出す。弁当のふたを皿の代わりにでもしようか。否。吹雪が口を開けて待っている。と言うわけで、食べさせてやることにした。
「ん〜♪」
「ご機嫌だな。」
「はい♪」
とりあえず、鎮守府の事は霧島と妙高に任せてきたので安心だ。金剛と比叡は何やらかすかわからないし、軽空母組も不安がある。夜戦バカこと川内はタンカーの護衛のために駆逐艦を引き連れて出かけているので安心だ。あいつは夜になると『夜戦だー!』と騒ぎまくるからたまったものではない。そのうち近所から苦情が来るのではないかと内心ビクビクしている。あの元気さなら、漁師か魚屋になれるな。今度探照灯持たせてイカ釣り漁船に便乗させてみようかな。
「ところで零士さん、またお膝を借りてもいいでしょうか?」
弁当を食べ終えた吹雪が訊く。上目遣いは反則だろう。
「ん、いいよ。」
吹雪は肘置きを上げると、横になって黒坂の右膝に頭を乗せる。
やれやれ、甘えん坊だな……だけど、こうして一緒にいてくれる人がいると安心する。帰って来る場所があるんだ、そう思える。黒坂は戦艦の装甲チョコを齧りながらそう考えていた。赤城にも渡してある。いつ噛み砕くか黒坂は楽しみにしていた。
戦場が居場所で、帰る場所だった。そんな過去の自分を思い出しながら。
東京駅から横浜まで電車の乗り継ぎを繰り返し、黒坂と吹雪は漸く横須賀鎮守府に到着した。ここに、かつての戦友がいるのだ。
「何か御用で?」
詰所の憲兵が黒坂に訊く。制服を着ていたからすぐに軍属とわかったようだ。
「作戦会議のために佐世保鎮守府から来た黒坂零士だ。これが身分証。」
黒坂が身分証を提示すると、憲兵はすぐに確認し、本人確認が出来たので黒坂を通した。
黒坂は入り口にあった地図を頼りに久坂のいるであろう執務室へと向かう。吹雪は緊張で固くなっている。
そして、執務室のドアをノックなしに開けると、そこには久坂と電がいた。
「うっす久坂、電。久しぶりだな。」
「お久しぶりなのです!」
「ノックくらいしろよ! 見た目ロリに手を出したエリート犯罪者さん?」
黒坂は心の中で『頭にきました』と呟くと、ポケットの中から小袋に入った福豆を取り出し、久坂に投げつけた。
「鬼は外!」
「痛え! 誰が鬼だ!」
「(白兵の)鬼だろ。」
「まあ、確かにな。」
久坂は顔面にぶつかった福豆を手に取ると、袋を破ってポリポリと食べ始めた。
「それに、吹雪には手を出しちゃいない。お前こそ電に手ェ出したんじゃないのか?」
「残念でした〜! 手を出すならボンキュッボンと前も言っただろ! 電は完全に守備範囲外!」
久坂がドヤ顔でそう言い放つと、電が天使のような笑顔で一言言い放った。
「久坂さんは後で腹パンな"の"です"♪」
「アイェェェェ!? ぷらずま!? ぷらずまナンデ!?」
あ、久坂死んだな。黒坂と吹雪は確信した。そして、心の中で黙祷する。
すると、久坂が必死に瞬きでモールス信号を黒坂に送った。『援護求ム』と。黒坂はもちろんいい笑顔で『腹パンなのです♪』と瞬きで返答した。
「あ、黒坂さん、宮原さんとゴーヤさんが第一会議室でお待ちなのです。」
「了解。チャンプルも来てるのか……行こう、吹雪。」
「はい! 司令官!」
顔を真っ青にして黒坂に救援を請う久坂を置いて、2人は会議室に向かった。廊下をしばらく歩くと、ゴスッという鈍い打撃音と、猫が絞め殺されているかのような唸り声が執務室から聞こえてきた。黒坂と吹雪は執務室の方向を向くと、無言で敬礼した。
それから数十分後の会議室。
「よし。ダブル坂が集まったし、始めますか。」
「ダブル坂っつーのはやめろバカ。」
宮原に久坂が言う。黒坂と久坂をまとめてダブル坂と呼んだからだ。
「久坂に同感。で、今回の作戦は?」
黒坂が本題に入るように誘導する。
「今回は南方戦域にて建設中のトラック泊地の防衛。接近する大規模艦隊を迎え撃つ。」
これは事前に送られてきた書類の通りだ。篠田の言う通り、敵の巻き返しが来たな。
「大規模艦隊……ねえ。いい思い出がねえな。偵察はしてあるんだろーな?」
「一応、航空偵察はした。これが写真だ。」
宮原がリモコンのスイッチを押すと、スクリーンに1枚の写真が映し出された。片目が青白く光る空母ヲ級、見たことのないお団子ヘアの深海棲艦……のちに軽巡棲姫と命名されるその深海棲艦がうっすらと写っていた。
「……こいつぁ手強そうだな。このお団子頭は姫か?」
黒坂もその写真を見て同じ感想を抱いていた。
「そのようだな。敵の編成は?」
宮原が写真を切り替える。
「連中、潜水艦隊まで連れてるそうだ。対潜、対空、対艦をこなす必要がある。」
「なんだよそのマラソンと高飛びと幅跳び全部で金メダル取れみたいなのはよ?」
「対艦と対潜ならウチの十八番だな。」
久坂はケラケラと笑いながら答えた。
「対空はウチだな。」
佐世保鎮守府のエース隊を連れて行くしかない。この3人の中で空を押さえられるのは佐世保だけだ。黒坂はそう思っていた。
「提案なんだが、対潜の水雷戦隊はこの3人で戦力を出し合って編成しようと思うんだが、意見あるか?」
宮原の提案だった。恐らく、どこか一つの鎮守府にだけ被害が集中する事態を避けたいのだろう。駆逐艦は意外と有能なのだ。
「特にねえよ。ガキ共ならいつでも貸してやらぁ。」
「よし。大湊からは水雷と潜水艦を出す。」
「佐世保は空母機動艦隊を。クーガ隊とメテオラ隊も出撃させる。」
「黒坂、お前やたら強そうな航空隊持ってるよなー……後で本部にエースよこせって言ってみよ。」
久坂は羨ましそうな目で黒坂を見る。実際、クーガとメテオラはこの日本で1、2を争うであろうエース隊だからだ。
「まあ、そうすれば? そういえば、こっちにメテオラ隊が来てるはずなんだけど…ほら、あの制空迷彩の零戦21型……」
「ああ、あいつらか。それなら今加賀の航空隊と模擬戦してるぞー。」
久坂が言う。ちなみに、加賀の艦載機は模擬空戦にて全滅判定を喰らい、久坂がそんな馬鹿なと悲鳴をあげることになるのはまた別の話である。
「ああ久坂、後で横鎮に新しい駆逐艦が着任するから手続きよろしく。」
「えー……駆逐艦じゃなくてボンキュッボンの戦艦とかで頼むぜ……」
宮原に久坂はダルそうな声で答えた。こいつは艦娘をなんだと思ってやがるんだ。
「おい、着任するのは防空駆逐艦の秋月だぞ。」
……対空番長ですか。佐世保より横須賀に配備するよなそれは。
「なあ宮原、佐世保には?」
「黒坂のトコは秋月要らないだろ。トンデモエース隊2つもあるんだからよ。」
久坂は後ろの方で踊っていた。もう一発腹パンされればいいのにな。
「とりあえず、明後日1200時までにトラック泊地集合だ。連れて行く艦隊の編成はさっさと済ませておけよ。あと黒坂、笹倉さん連れてきてくれないか?」
「ああ、構わない。」
「久坂はあと2時間後に秋月来るから用意しておけよ。」
「秋月来るのは嬉しいけどよ……また書類増えるんだろ?」
「もち。すぐに終わらせろ。」
「うぇぇ……」
そんなやり取りの後に会議は御開きとなり、黒坂と吹雪は帰路に着いた。メテオラ隊は機体を整備してから帰還するので、佐世保への到着は明日になるそうだ。
黒坂は帰りの新幹線の中で、吹雪に膝を占拠されながらもメモ帳を使い、編成と作戦立案を行っていた。周辺海域に待ち伏せできそうな場所はないか、仕掛けるならどこか。上陸してくるならどこか。あそこか? 否。こっちか? 自分ならどこから仕掛ける? そして、自分も戦えるのか・・・
ふと、吹雪の頬を一滴の涙が伝っているのが見えた。散っていった仲間の夢でも見ているのだろうか。
『ああ、クソ! 黒坂! 左翼が破られた! ターゲット3!』
『今撃ってる!』
吹雪の中で戦った記憶が蘇る。舞い散る命は桜花の如く。
必ず、全員連れて帰る。黒坂は決意を新たに作戦立案を続けた。
そうだ、対潜装備を揃えねば。早速笹倉さんに電話してみる。
『もしもし?』
『ああ、笹倉さん。黒坂です。対潜装備ってありますか?』
『九四式爆雷と九四式ソナーが各1だよ。増産するかい?』
『お願いします。』
『了解した。ところで、三式が出来たら一つ借りてもいいかい?』
『いいですよ。明後日までに4隻分の装備揃えてくれるのなら。』
『分かった。工廠長に発注しておく。』
これで装備は一安心だと、黒坂は電話を切り、しばし吹雪の寝顔を堪能することにした。
スカイクロラキャラ紹介
鶴保縁久
スカイクロラ イノセンテイセスのコミック版登場。スキンヘッドで長身。耳にピアスを幾つか付けている。無駄のない飛び方をする。
空で戦う理由がちょっと特殊である。