本作との連動作を執筆していた方から突然の失踪宣言。少し動揺しましたが、本作はこのままの設定で完結まで続ける事にしました。
私は3作どれもしっかり完結させ、スッキリ終わらせる事を目標としており、今年は秋に防大受験もあるので多少ペースは落ちますが、これからも書き続けていきます。
それでは本編をどうぞ!
スーパーの野菜コーナー。ジャガイモのタイムサービスが始まり、主婦軍団がごった返し、野菜コーナーはジャガイモを奪い合う戦場と化した。半額となったジャガイモへ群がる主婦軍団。島風と阿武隈は後方からそれを見ていた。
「ど、どうしよう……」
阿武隈は怯んだ。あまりにもパワフルにジャガイモを奪い合うその光景はラグビーかアメフトの試合に思えた。しかし、島風は不敵な笑みを浮かべる。
「おっそーい!」
島風は助走をつけて跳躍。主婦の肩を踏み台に、さらに高く跳躍する。そして、ジャガイモの置かれた台の縁へ着地し、持っていたカゴでジャガイモをありったけ掬い取った。
「私には誰も追いつけないんだから!」
キメ台詞を放った後、もう一度跳躍し、主婦を踏み台にしながら阿武隈の元へと戻った。主婦軍団はそのサーカスか何かのような出来事に目を白黒させていた。
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黒坂は吹雪、陽炎と共に徒歩でスーパーへ向かっていた。普段鎮守府の食堂でご相伴に預かっている警務科隊員たちから『どうかご武運を!』と敬礼をもって見送られたのはここだけの話である。警務科も人参と玉ねぎだけの肉じゃがは肉じゃがと認めないようだ。(普通そうだが。)
そして、スーパー内で島風、阿武隈と合流したのはいいのだが……
「え!? 肉がなかった!?」
「豚肉も牛肉もなくて……」
阿武隈の報告に、黒坂は目眩がしそうになった。肉抜きか……
「あ、そういえば商店街の肉屋は?」
陽炎が思い出したように言った。黒坂は来たばかりで、この辺のことをよく知らない。
「陽炎、その肉屋はどこだ?」
「ここを出て右。二つ目の信号を右折よ。」
「わかった。これで払っておいて。一人一つお菓子を買ってもいいぞ。」
黒坂は陽炎にガマ口を渡すと、エコバッグを持って肉屋へ向かっていった。それを吹雪は止めようとしたが、手遅れだった。
「陽炎ちゃん、確かあそこって信号が一つ増えたはずじゃ……」
「……しまった!忘れてた!」
つまり、陽炎は伝える情報を間違ったのだ。本当は三つ先の信号で曲がらなければならないのだ。吹雪は黒坂を追いかけ、店を飛び出していった。
ーーーーー
運良く信号にも捕まらずに歩いてきた。しかし、肝心の肉屋が見つからない。寂れた街並みしかないのだ。あのデパートと思わしき建物も、前は繁盛していたのだろう。
既に戻る道を見失ってしまっていた。携帯の充電もこんな時に限って切れている。地図もない。誰かに聞こうにも人が見当たらない。
帰る道はどこだっただろう。否、元からそんなものはなかったのだ。この寂れた街並みも、自分にとっては居心地よく思えた。
ずっと、家に灯る明かりを避けて、影を歩くよう心がけてきたのだ。きっと、肉屋は見つからないだろう。鎮守府が見つかるかもわからない。道は前後左右の四つ。太陽は雲に隠れている。
初めはみんなで足並みをそろえて歩いていた。転べば誰かが起こし、歩いていた。だけど、ふと振り向けばそこには誰もいなかった。もう誰も……いないのだ。僕は……俺は……どこを目指せばいいのか。
風が頬を撫でる。どこへ行こうと同じ事か。もう何度道を選んで歩いてきたかは忘れた。もう一度、選んでみることにしよう。引き返しても戻れる保証はないのだから。
アスファルトを革靴が叩く。コツ、コツという小気味のいい音を響かせて。
振り返りはしない。振り返えらなくても、誰かが背中を押している気がする。それとも、肩に乗っかっているのだろうか。
1人で歩く時、頭の中を数々の言葉が駆け巡る。それを、まるでついさっき聞いた言葉のように覚えている。それは、友の言葉。最期の言葉の数々。
もう隣には誰もいない。残っているのは脳に記憶された友の言葉だけ。どうして、自分は取り残されてしまったのだろうか。僕が死神だから? なぜ、僕が生き残ったのか。何度も言われた言葉だ。答えはずっと探し求めているが、見つかりはしない。
そんな自分が、誰かの命を預かる役職に就いていていいのだろうか。
ふと、零士さん、という少女の声が頭に響いた。懐かしい、そう思った。初めて聞いたのはいつだったかな……キスカ島から生還して……病院だったかな。懐かしい。そう思った。
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タイムサービスに群がる人に阻まれて、零士さんとの距離が開いちゃった。確か、二つ目の信号を右折しているから、こっちに行ったはず。
すぐに寂れた街の中に入った。黒坂の姿を求めて吹雪は白線の消えかけたアスファルトの上を走り続けた。
キスカ島で吹き荒れていた吹雪の中、一際目立っている兵士がいた。1人は宮原中尉、もう1人は久坂軍曹、そしてもう1人が、零士さんだった。消えていく命の灯火の中で、爛々と燃え続ける火のようだった。
だけど今は、まるで燃え尽きた灰のようで……零士さんはまだ、前線へ戻り……帰りたがっているのかな……
きっと、人が変わったようだけれども、心の片隅ではあの頃の零士さんがまだ生きているのかも。
「どっちだろう……」
目の前の道は分かれている。このどれを選べばいいんだろう。零士さんはどれを選んで進んだの?
悩む必要はない。零士さんが進むなら、前進一択なのだから。
ーーーーー
「零士さん!」
「吹雪?」
黒坂ははっきりと聞こえた少女の声の方を振り返った。そこには、自分の元へ駆け寄ってくる1人の少女。あの時に似て……
「や、やっと追いつきました……」
息を切らした吹雪は足がもつれてよろけ、黒坂がそれを受け止める。自然と吹雪が抱きつくような姿勢となり、吹雪はどんどん茹で蛸の如く顔を赤く変色させる。それは息切れからかはたまた羞恥心からか。
「よくここが分かったね。」
「あの……陽炎ちゃんが信号一つ増えたの言い忘れてて……それで、零士さんならきっと前に進んでると思って……」
「前に?」
吹雪は黒坂からちょっと離れる。その顔はほんのり赤みを帯びたままであった。
「はい。零士さんはどんな時も、無意識なんでしょうけど、いつも前に進んでましたから。」
前に、か……留まることも、引く事も是とせず……否。自分で戻る道を捨てていたのかもしれない。ここに居場所はないと、自分に言い聞かせて。
そんな僕へ吹雪が手を差し出す。
「早くお肉を買って帰りましょう!」
「帰るって……」
「決まってるじゃないですか! 鎮守府にですよ!」
吹雪が差し出す手を取ろうと自分の手を伸ばすが、躊躇ってしまう。戻ってもいいのか。
すると、吹雪が引っ込めようとした手を強引に掴む。僕より小さい手はほんのり暖かく、力強く感じられた。
「行きますよ!」
「……ああ!」
ーーーーー
「ただいま帰りました!」
吹雪が元気よく言いながら鎮守府の入り口をくぐる。偵察やら演習に行っていた艦は全員帰還しており、吹雪と黒坂を待ちわびていた。
「提督、お肉は?」
時雨が恐る恐る訊く。黒坂と吹雪は少し顔を見合わせ、Vサインをしてみせた。肉を確保したのだ。それを知るや否や、艦娘たちは跳ね回って喜んだ。
「あら? 赤城さんは?」
鳳翔が辺りを見回しながら言うと、黒坂はやべ、忘れてたという表情になった。すぐに特別反省室へ向かう。
そこで行われている拷問コースZ、それは、対象者を椅子に縛り付け、目の前にはいい匂いのするカレーを詰めた小瓶を置き、延々とグルメ番組を見せ続けるという、考えようによっては悪逆非道(宮原考案)な罰であった。
「赤城、生きてる?」
黒坂が鍵を開けた瞬間、赤城が物凄い勢いでドアを押し上げ、黒坂を床へ押し倒した!赤城の息は荒く、どんどん黒坂に顔を近づけていく。
それを見た艦娘たちはR-18な展開でも想像したのだろう。顔を手で覆ったり、背けたりと様々な反応を見せた。
「ちょ!食われる!食われる! 痛え! 痛えって! 誰かヘルプ! ちょ! マジで助けてくれ!」
黒坂の悲鳴。赤城は黒坂の首筋に噛み付いていた。空腹のあまり、黒坂が特大のスペアリブか何かにでも見えたのかもしれない。慌てた艦娘たちは赤城に組み付き、顎を抑えて無理矢理黒坂から引き離そうと格闘する。結局、剥がすのに5分はかかり、黒坂の心に大きな傷を負わせることとなった。
「あああ……」
黒坂はガクガクと震えながら金剛にしがみついていた。のちに金剛はこの時のことを、震えながらしがみついてきたテートクがとてもprettyデシター! と回想した。
金剛が震える黒坂を撫で回して楽しんでいる間、赤城は霧島のコブラツイストを喰らい、ようやく正気に戻ったのだとか……
そんなこんなののちに、ようやく肉じゃがにありつくことが出来たという。時間は遅くなったが、足柄も鳳翔を手伝ったので、多少は早く完成した。
「司令! これをどうぞ!」
「おい比叡、さっきから僕に人参を寄越すのはなぜだ?」
「司令の!健康の!ためです!」
「本音は?」
「人参嫌です!」
「自分で食べなさい。」
「ひえぇぇぇぇ!」
「ほらクソ提督。あたしが分けてあげるんだから感謝しなさいよね!」
「とか言いながら曙も人参ばかり寄越すな!」
艦娘たちと、同席していた警務科などの隊員たちの笑い声の途絶えぬ食卓。黒坂はもう戻れはしない陸戦隊を思い出しながらも、仲間と食卓を囲める幸せを人参と共に噛み締めていた。
その後、黒坂が宮原に『あんなロクでもない罰を考案すんじゃねえ!』と電凸したのは言わずもがな。
次回から冬イベのトラック泊地防衛戦に入ろうと思います。艦娘が水面に舞い、提督が陸で暴れ(え?)
次回もよろしくお願いします!