水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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思えば不思議な始まりだった。何がどうして、俺は提督となる道を選んだのだろう。

きっと、これも暇つぶし。長い長い、退屈な人生の中での暇つぶしなのだろう。

黒坂零士の手記より

3/10一部修正


第4話 ナイトメア

3年前。侵攻する陸上棲兵を迎え撃つべく、海軍陸戦隊は出撃した。場所はインドネシア、パレンバン。優秀な油田であり、中東との交通の途絶えた日本が燃料を得る唯一の手段として、数多の兵士と艦娘たちの血と亡骸を以って異形の怪物から奪還した地である。

 

上空3000m。陸戦隊はパラシュートを背負ってC-1輸送機の中にいた。黒坂は久坂のパラシュート装備を確認する。

 

「オーケーだ久坂。問題なし。」

 

今度は黒坂の装備を久坂が確認する。

 

「オーケー。」

 

「降下開始1分前!」

 

小隊長が叫ぶと、他の奴がプラットホームを下ろす。眼下に広がる大地とたなびく白い雲。こんな綺麗な光景を、他に誰が見れると言うのだろうか。

 

その時、機体が振動した。敵襲のようだ。窓の外を見ると、護衛の戦闘機が激しいドッグファイトを繰り広げていた。

 

「降下開始!」

 

俺たちは機体から飛び降りていく。その時、輸送機の左エンジンが炎上した。俺たちが高度2500mに達した頃に、機体は爆発し、空に散っていった。燃料タンクに引火したのかもしれない。

 

頭を下に落として、手を体側にしっかりつけて降下していく。激しい風が頬を撫でる。そろそろだ。

 

『パラシュート展開!』

 

小隊長の声が無線機から聞こえてくる。絡まないように順番にコードを引き、パラシュートを展開。防衛対象の油田近くへと降下していった。

 

ーーーーー

 

迫り来る陸上棲兵の大群。陸戦隊は奮闘したが、数の差が大きすぎた。死ぬと塵となって消える陸上棲兵とは違い、人間の死体は消えることはない。緑の草地を亡骸が埋め尽くし、赤い斑模様に染め上げていた。生存者は15人程。その中には、黒坂、久坂、宮原もいた。

 

まだ死神や鬼や悪魔と呼ばれる前の3人は、戦闘糧食を夢中で胃の中に込め、次の攻撃に備えていた。

 

備える、とはいえ、油田施設近く、黒坂たちが陣取る集落は先の攻撃でほとんど破壊されてしまっていた。隠れる場所はほとんどない。

 

救いといえば、輸送機から投下された補給物資を確保できたことだろう。これで、餓えも弾薬の心配も無くなった。だが、人員はいない。内地からの増援も、明日、明後日となる。次攻撃されたらば、間違いなく玉砕するであろう。

 

壊れた家の壁に寄りかかっている黒坂は、夜空の星を眺めていた。多くの者は装甲の入ったヘルメットを被っているが、黒坂は戦闘帽の上からヘッドセットを被るという独特の装備をしている。

 

星々が夜空に煌めく。一筋の流れ星。命が消えるその瞬間に、あの流れ星のように一瞬だけ光って見えるのを黒坂は知っている。きっと、自分も綺麗に輝けるだろうと思いながら。

 

久坂は鞘に入れた日本刀を持ってしゃがんでいる。口にはその辺にあった枝を咥えている。煙草のつもりだろうか、吸わないくせに。

 

宮原は地面に大の字になって横たわっている。何か歌を口ずさみながら。

 

他の連中もその辺で寝転んでいるか何かをしている。もう諦めているのだろう。生きるということを。この人数で生還するのは難しい。目の前には凄惨な光景。きっと、自分たちもあの仲間入りをするのだろう。

 

結局、俺たちは勝てないのか。だが、じりじりと追い詰められて死ぬくらいなら一か八か勝負に出てもいいだろう。男に生まれたのだから、そうしたい。居場所も帰る場所も戦場なのだ。ここで眠るならば本望だろう。

 

「宮原、何か策はないのか?」

 

倉岡が呟く。常日頃から死にたくないとぼやいている奴だ。ならなんでこんな死にたがりの掃き溜めみたいな部隊にきたのだか。

 

宮原は考え込む。廃墟でどうやって奴らを迎え撃てばいいのだろうか。どうしたら効果的な攻撃ができるのか。ふと、目を倒れ伏す仲間たちに向ける。そして、なんの悪びれもなく言い放った。

 

「死体を活用しよう。死体に紛れて、連中のど真ん中で暴れる。それしかないだろう。」

 

「正気か宮原!? 死体とはいえ仲間だぞ!」

 

「なら他にどうしろと言うんだ! この廃墟で! 穴掘る時間もない! お前は他に何かあるのか!?」

 

「それは……」

 

倉岡は答えに詰まる。俺も罪悪感がないというわけではない。だけど、ここを奪取されるわけにはいかない。祖国のためだ。それなら、死んだ彼奴らも納得してくれるだろう。

 

久坂は何も言わない。やるしかないとわかっているからだ。

 

「……悪魔め。」

 

倉岡は言った。チキンめが。

 

「……おい。」

 

久坂が立ち上がると、振り向いた倉岡に一瞬で詰め寄り、首筋に鞘に入れたままの刀を突きつける。殺傷能力はないが、その鋭い眼光に当てられて倉岡は動けなくなった。

 

「ダチ公に悪魔だとこの腰抜け野郎が。」

 

「よせ久坂。」

 

宮原がそう言うと、久坂は刀を退かして元いた場所へと戻った。他の連中は覚悟を決めている。覚悟を見せてやる。

 

ーーーーー

 

陸上棲兵の一団は廃墟へ向かっていた。その数はざっと40。銃剣のついたM1ガーランドを持っている。

 

廃墟には無数の死体が転がっていた。陸上棲兵は死体に目もくれずに油田へ向かっていた。

 

その死体の下には14人の陸戦隊が潜んでいた。倉岡は夜逃げしたようだ。黒坂は死体から漂う腐臭を堪え、死体のフリをしていた。

 

「降伏する!」

 

そんな声が聞こえた。この声は倉岡だな。化物に投降するとはバカな奴め。14人の陸戦隊は怒りをどうにかこらえて死体に成りすます。奴がバラさなければいいが。

 

それは杞憂に終わった。投降しようとした倉岡は陸上棲兵によって一瞬で蜂の巣にされた。当たり前だ。こうなることをわかっていたからみんなこっちを選んだというのに。そろそろ敵部隊のど真ん中だ。

 

「撃て!」

 

宮原の怒鳴り声と共に兵士たちは立ち上がり、その手の89式自動小銃でありったけの弾をばら撒いた。敵に動揺が走る。

 

弾切れとともに、久坂は抜刀術で2体の陸上棲兵を斬り捨てた。ドス黒く、ドロリとした液体が辺りに飛び散る。久坂は続けざまに刀を振るい、人型の化け物どもの首筋を斬り、暴れまわる。

 

宮原は得意の銃剣術で手当たり次第に突きを繰り出す。他の兵士たちも銃剣で戦っている。

 

黒坂は右手に拳銃、左手にナイフを持ち、近い敵はナイフで突き刺し、離れた敵は拳銃一撃で仕留める。

 

久坂が振り下ろす刀の下をかいくぐった宮原が敵を銃剣で貫く。その側面から襲いかかる化け物は黒坂が拳銃のダブルタップで仕留める。互いに何も言わずとも、やるべきことは分かっていた。

 

兵士たちは暴れまわった。緑の戦闘服を黒い体液や自分の血潮で染めて、それでも戦い続けた。

 

その中でも一際目立っているのが久坂だ。得意の近距離での白兵戦。何度も静かな光を放つ刀身が煌き、黒く、ドロリとした陸上棲兵の体液を周りに飛び散らせる。黒坂と宮原も互いの背中を合わせつつ、負けじと戦い続けた。

 

その時、俺は後頭部に強い衝撃を感じ、意識を失った。手からはUSP拳銃とナイフがこぼれ落ちる。

 

死体の中から突如として現れた兵士に予期せぬ襲撃を受けた陸上棲兵は次々と数を減らし、波が引くかのように退却していった。

 

「……死んだ奴いるか?」

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……2人いない。」

 

久坂の問いに宮原が答えた。

 

「誰だ?」

 

「時村と……黒坂だ。」

 

「おい、嘘だろう?」

 

「嘘な訳ないだろ! その辺に死体とかないか!?」

 

陸戦隊は死体を探すが、見つからなかった。黒坂のUSPとナイフが地面に転がっているだけだった。

 

ーーーーー

 

「起きなさいよこのクソ提督!」

 

「……!」

 

曙が椅子を蹴飛ばし、黒坂は目覚めた。額に汗が滲み、呼吸は荒い。

 

「……夢か。」

 

「居眠りなんて、いいご身分ね。」

 

「……すまない。」

 

黒坂は溜め息を一つつくと、椅子の背もたれに体を預け、天を仰いだ。嗚呼、また昔の夢か。

 

だんだん視界がはっきりしてくる。怒っている曙の後ろで吹雪がオロオロしている。近海警備から帰ってきたようだ。

 

「とりあえず、報告頼む。」

 

「あ、はい! 先ほど1-1海域にて駆逐イ級1隻、駆逐ロ級2隻を撃沈しました。」

 

吹雪が手早く報告する。曙を連れてきたということは、曙がMVPを取ったのだろう。

 

「了解。ご苦労様。補給して、必要なら入渠を。あと曙。これを。」

 

曙に間宮の店の食事券を渡す。曙ははしゃぎながら執務室を飛び出していった。もう食いに行くのか。

 

僕はすぐにノートパソコンで報告書を作成にかかる。

 

「あの……零士さん……」

 

「どうした?」

 

「また、昔の夢見てたんですか?」

 

「……ああ。今度はパレンバンと来た。」

 

次々と死にゆく友。そして、その友の死体すらも利用してもぎ取った勝利……本当、あそこまで上手くいくとは。

 

「確か……最初に降下した二個小隊が壊滅状態に陥りながらも油田を守りきった……」

 

「そう。残存兵力13人になった。そこには僕と久坂と宮原もいた。」

 

「13人……」

 

「ああ……その時……」

 

その時、ドタドタという足音が執務室に接近してきた。黒坂は咄嗟に腰のピストルホルスターに手をやるが、音の大きさ的に駆逐艦と判断。警戒を緩めた。

 

すると、陽炎が執務室に息を切らしながら飛び込んできた。

 

「大変!赤城さんが食料を食べちゃった!」

 

「何!? 被害は!?」

 

黒坂が珍しく声を荒げる。そこへ、被害を調査していたと思われる皐月が執務室に飛び込んできた。

 

「大変!ジャガイモと豚肉が全滅!」

 

「マズイぞ……今日の晩飯は鳳翔さん(お艦)の肉じゃがだ……今は航空隊の演習のために出てるが、帰ってきたときにこれを知ったら……」

 

「知ったら……?」

 

陽炎は恐る恐る訊く。吹雪と皐月は固唾を飲んで黒坂の言葉を待つ。

 

「……玉ねぎと人参だけの肉じゃがだ。」

 

吹雪、陽炎、皐月は凍りついた。駆逐艦は人参嫌いが多い。それでも文句を言わずに食べるのは、肉のおかげであろう。その肉抜きの肉じゃがなぞ、拷問でしかない。そして、肉とジャガイモがない。そんなのは肉じゃがじゃない。これは全艦娘プラス黒坂にとっての死活問題である。

 

黒坂はすぐに鎮守府内へ放送を流す。

 

『各員に注ぐ。手空きの艦は執務室に集合されたし。』

 

1分もしないうちに残っていた霧島、千歳、千代田、龍驤、足柄、阿武隈、皐月、陽炎、曙、島風だ。

 

「緊急事態だ! このままでは今晩の肉じゃががジャガイモと豚肉なしの肉じゃがになってしまう! 島風! 先にスーパーへ阿武隈と行け。カゴにジャガイモと豚肉を必要量確保。後続部隊到着まで店内で待機せよ! すぐに出撃し、主婦軍団に取られる前に確保しろ! タイムサービスの時間は戦争だぞ!」

 

「オウッ!」

 

「阿武隈、ご期待に応えます!」

 

2人は全速力でスーパーへと駆ける。この2人に全てが懸かっている。

 

「よし。第二陣として、吹雪、陽炎は付いてきてくれ。残りは赤城を捕縛して特別反省室にブチ込み、拷問コースZを!」

 

拷問コースZ、それを聞いた艦娘たちは凍りついた。あの悪夢の拷問コースをやれと命令したのだ。

 

「提督……本気?」

 

「構わん!」

 

由良の問いに即座に答えた。

 

「状況を開始する! なんとしても、玉ねぎと人参だけの肉じゃがを回避する!」

 

おお! という掛け声とともに、それぞれが役目を果たすため、動き出した。




妹が黒坂の立ち絵を描いてくれました!


【挿絵表示】


ちなみに拷問コースZですが、どこぞの諜報機関のような悪逆非道なことはしておりません。(赤城にとっては悪逆非道かも)

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