水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第49話 残雪を追って

プロメテウス攻撃作戦と同時に、キスカ島南部沖合にあきつ丸は待機していた。かつて、黒坂たちがひたすら救出を待ち続けた地、かつて日本軍が占拠した際に七夕湾と名付けられたそこへの上陸を狙っているのだ。

 

そこには未だ塹壕が残り、いくつかトーチカも残されている。そこからさらに進むと、駐屯地跡があり、北へ約20km地点にあるキスカ火山の麓には野砲陣地も残っている。吹雪たち捕虜がいるとしたら、キスカ駐屯地跡だろう。まだ隊舎が残っているはずだ。捕虜収容施設もある。

 

そこまでたどり着くには、強力な防御を突破しなければならない。時村たちが間違いなく待ち構えている。だからこそ、黒坂たちが率いる陸戦隊の精鋭が正面から上陸して交戦、その間隙をついて反対側に空挺団が降下するのだ。

 

キスカ島の北側へは金剛を旗艦とした戦艦、空母による攻撃部隊が陽動を仕掛け、主力を北側へ誘引、その間に駆逐艦隊が黒坂と久坂を曳航して上陸、地点の確保を行う。後はヘリキャストした部隊がボートで上陸すれば上陸作戦は完了だ。あとは空挺団が上手くやってくれることを祈るだけ。

 

黒坂は何度も生還を諦めようとした。吹雪が生きていてくれればそれで満足だったのだ。でも、それは出来なかった。この作戦に出ると決まった時の金剛の悲しげな顔が頭から離れない。金剛だけではない。比叡も、霧島も、山城も、クソ提督と罵る曙も、他の艦娘も、鎮守府に所属する隊員皆が悲しげな顔をしたのだ。生きて帰れるとは到底思えない作戦に、全員がその悲惨な未来を思い浮かべたのだ。

 

だから、黒坂は決めたのだ。それに抗うと。時村が、第3偵察小隊の仲間たちが、宮原が、久坂が、吹雪が、みんなが繋いでくれたこの命はまだ使える。死ねない。吹雪の泣き顔なんて見たくない。

 

黒坂の首からぶら下がるドッグタグと同じボールチェーンにペンダントがぶら下がっている。吹雪の写真の入ったペンダントを、今度のお守りに持っていくのだ。いつも吹雪には守られてばかりだった。だから今度は、俺が守ろう。

 

飛行甲板へ行くと、既に作戦に参加する艦娘たちがチヌークに乗り込んでいた。久坂の姿もある。みんな、黒坂を待っていたかのように機内から笑顔を見せてきた。

 

「テートク!」

 

その後ろから金剛の声がした。振り向くと、金剛が全力疾走で向かって来る。金剛は陽動部隊として北方に向かう為、ウェルドッグにいるはずだった。

 

「金剛……? どうして……」

 

ここに、と言い切るより先に金剛が黒坂の胸に飛びついた。倒れないようになんとか踏ん張って金剛を受け止め、胸を顔を埋める金剛を見る。

 

「テートク……ちゃんと、帰ってきてくだサイ……ブッキーを連れて、またここに……!」

 

黒坂は理解した。金剛は不安だったのだ。大切な仲間である吹雪と、自分を同時に失うというのが一番怖いのだろう。

 

「安心しろ。俺は還る。吹雪を連れて。だから金剛、頼んだよ。俺の命、吹雪の命、部隊の命、ちゃんと繋いでくれよ?」

 

黒坂は力強く抱き返す。金剛は涙目で微笑みながら、何度も頷いた。金剛は体の震えが治まると、名残惜しげに黒坂から離れた。

 

突入部隊は霞を旗艦として、曙、陽炎、夕立、睦月、不知火で編成され、曙が黒坂を、夕立が久坂を曳航する。目標地点でヘリから海に降下し、目標地点まで艦娘によって曳航され、泳いで上陸だ。それまでに砲撃戦に巻き込まれようものなら、2人の命はない。生身の2人には艦娘にはなんてことのない至近弾でも致命傷となりかねないのだ。

 

「覚悟はできてるんでしょうね?」

 

「出来てなきゃ来ない。俺の命預けたぞ、曙。」

 

黒坂は不敵な笑みを浮かべる。かつて死神と呼ばれていた頃の顔だ。曙はそれを見ると鼻で笑う。

 

「そんな顔できるなら、いつものナヨナヨしたのやめなさいよ。」

 

「そうさせてもらうよ。過去を清算できたらな。変わるんだ。何もかも。」

 

背嚢がズシリと重く、黒坂の義足にも負担がかかる。それでも、しっかり立てるのは笹倉、明石、夕張のおかげだ。3人がしっかり設計して、何度もチューニングを繰り返してきたからこそ、本物の足のように動いてくれるのだ。

 

ランプドアが閉まり始める。あきつ丸がその外で敬礼しているのが見えた。黒坂もそれに返礼し、あきつ丸が見えなくなるまで手を下ろさずにいた。

 

チヌークが浮かぶ。今にも飛び去ろうとするその姿を、あきつ丸は甲板から見つめていることしかできずにいた。今度は何人戻ってくるだろうか。艦を飛び出して行く兵士たちが帰ってくるときには減っている。それを幾度となく見てきたあきつ丸は、次は彼らの番だろうかと思わずにはいられなかった。

 

いつもしぶとく、どんな時も必ずここに戻ってきた戦士たちが旅立つ。もどかしさを感じつつも、せめて帰る場所は自分が守ろうと、あきつ丸は決意を新たにCICへと戻ることにした。

 

ーーーーー

 

キスカ駐屯地跡は動きが慌ただしくなっていた。離反パイロットが全員撃墜され、プロメテウスが攻撃を受けた。その知らせが原因だ。

 

いよいよ上陸部隊が来る。時村は静かに心を躍らせた。陸上棲兵は外に出て防御陣地を固めようとしている。物集の指示だ。

 

「飛田、うちはどれだけ動かせる?」

 

「確実なのは2個小隊といったところかな。」

 

「それでいい。北側を固めるぞ。黒坂はバカじゃない。ガチガチに固められるとわかってて正面から来るわけがねえ。空挺が来るかもしれないな。」

 

「物集がそれを許すか? 自信満々だったパイロットがやられてちょっと立場がまずくなった瞬間ヒステリー起こして南側をガチガチに固めさせてるんだぜ? 正気かよ?」

 

時村は心底物集を嫌っていた。内部がこの調子では勝てるものも勝てはしない。忌々しげに時村は89式の棹桿を半分ほど引き、弾が装填されているのを確認した。

 

「それでだ、上からの指示で、物集が変な動きを見せるようならやれってさ。離反機が墜とされてプロメテウスも劣勢と見るや、上も奴を切り捨てようって動きを見せてるっぽい。」

 

「裏切り者の末路なんて、大抵そんなもんだ。とりあえず、二個小隊を北側に展開しろ。ケツの備えは必要だろう。」

 

時村はため息をついて壁に寄りかかった。物集一派が何かやらかさないとは限らない。もしやらかしたのなら、その時は内部分裂だ。物集の連れてきた兵士と物集派の深海棲艦及び陸上棲兵と、やってくる日本軍とで板挟みである。

 

「物集一派に邪魔されなければな。」

 

飛田は一言そう言うと、指示を隊に伝えるためにその場を去って行った。

 

「聞こえてただろ、嬢ちゃん? もうすぐ奴がここに来る。」

 

時村は背を向けたまま牢の中の吹雪に声をかける。吹雪は時村の事を不思議な人物と思っていた。敵である自分にこうして情報をしゃべるのだから。現に、深海棲艦に関する情報を流したのも時村率いる一派なのだ。

 

「どうして、教えてくれるんですか?」

 

「俺たちだって、帰れるなら帰りたい。仲間の元へ帰れるならば。でもそれは叶わないから、せめて心だけは……祖国に還したいのさ。何も考えてないバカな通常型ならどんなに楽だったかね……中途半端に生きてるところをこんなのにされて、Spec Ops級になんかなっちまったせいで、こうして苦しみ続けなきゃならなくなったんだ。これ以上奴らに付き合う義理ねえし。」

 

時村は鉄格子越しに吹雪に拳銃の入ったホルスターと、鍵を投げ渡した。

 

「あー、鍵と拳銃落としちまった、こんなドタバタで探しに行く暇ねえな〜。鍵が拾われて捕虜に逃げられたらやべーな〜。この先の保管庫に置いてる艤装パクられたらやべーな〜。まあいいかな〜。」

 

時村は棒読みでそんな事を聞こえよがしに言う。どさくさ紛れに逃げろ、そう言う事なのだろう。拳銃は身を守る為のものか、捕らえられたときに自決する為のものなのだろうか。

 

「……私は、どうしたらいいんですか?」

 

「……走れ、生き残る為に。生きろ、俺たちが生きていた事を示す為に。撃て、守る為に。」

 

時村はそれだけをいうと、その場を後にした。

 

ーーーーー

 

金剛率いる陽動部隊はキスカ島西側へ接近していた。海岸砲陣地を見つけるやいなや、派手に砲撃を加える。容赦はない。むしろ派手にやらなければ、誘引は出来ないのだ。

 

海岸砲に榴弾が命中し、砲を破壊する。その破片が飛び散り、敵兵を襲って二次災害を巻き起こしていく。深海棲艦もやられてばかりではない。すぐに空母ヲ級を旗艦とした艦隊が迎撃にやってきた。加賀の艦載機が迎撃に上がる。エースたちはプロメテウス撃墜に行ってしまっているが、それでも腕利きが揃っていた。

 

「みんな優秀な子ですから。」

 

烈風が舞い上がる。風を纏って、雲を引き、羽ばたくように飛び立っていく。続いて、赤城が同じように烈風を飛ばす。

 

「加賀さん、爆撃機をお願いします。雷撃機は私が出します。」

 

「分かりました。」

 

加賀は矢をつがえる。一度放てば彗星一二型甲に姿を変え、敵に襲い掛かるだろう。確実に仕留めてほしい。それが加賀の願いだった。

 

「ご無事で、提督。」

 

放つ瞬間、加賀はそう呟いた。同じ作戦に参加しているのに、手の届かないところで戦う久坂のことを案じているのだ。いつも飄々としていて、掴み所がない。一度刀を握れば天龍すらも敵わぬ遣い手。なのに臆病者な一面を見せる。そんな不思議な男は、この島で想像もつかぬ地獄を見て、生きて帰ってきた。彼をその時……せめて自分が航空部隊を抑えることに成功していれば、あそこまで苦しむことはなかったはずだという思いが拭えない。

 

だから今度は、必ず救ってみせる。加賀は飛び立つ翼にそんな願いを託し、送り出した。

 

しばらくすると、空を光の筋が切り裂いた。曳光弾が飛び交っている。流れ星のように、燃えながら戦闘機が墜ちていく。翼が舞い散る。加賀には無事を祈ることしかできない。

 

『グラス1より加賀へ! 敵機の殲滅を確認! 搭乗員5名が付近に脱出、パラシュートの開傘を確認、救助を要請する!』

 

加賀の表情がみるみると明るくなる。少なくとも航空戦力は上陸部隊に向けられずに済むだろう。後は派手にやるだけだ。

 

「金剛さん、水観を乗員の救出に向かわせてもらえますか?」

 

「All right!」

 

金剛のカタパルトから搭載されている水観が全て射出され、乗員の救出に向かう。その間にも加賀は再び矢を構え、攻撃隊を発進させた。

 

「あら、雪?」

 

山城は空を見上げる。黒い雲からは白銀の雪がちらつき始めていた。やがて積もるであろう雪は山城の手に落ち、溶けてしまう。防寒着を着ているとはいえ、肌寒い。山城は思わず震えてしまった。

 

「寒い……不幸だわ……」

 

この島で扶桑は沈んだ。思い出すだけでも涙がこぼれそうになる。そして、提督は……黒坂はこんな寒さの中で身動きも取れず、飢えに苦しみながら死んでいく仲間を見送ることしかできなかった。1人姉を失ったことがこんなに辛いのに、命を預けあい、家族のように接してきた仲間を30人近くも失うのはどれだけ苦しかっただろう。どれだけ不幸だったのだろう。

 

片足が砲弾に吹き飛ばされる痛みなんて考えただけでも恐ろしい。そんな体でも戦い続けたいと望むその想いを、最初は狂っていると思っていた。戦争の中でしか生きられない人間だと思っていた。

 

でも違った。一緒に笑い、楽しみ、苦しんでは泣いてくれる、1人の人間だった。

 

「もう奪わせない……この島には、姉様を奪われた……仲間まで、提督まで奪わせるものですか……!」

 

山城の主砲が敵艦を捉え、一斉に火を噴く。腹の底まで響く落雷のような轟音が一瞬の無音を作り、次の瞬間には鼓膜を、魂すらも揺るがす。オレンジの光は舞い散る雪を切り裂くように飛び、雲に消えて行くのではないかと思われた。

 

光の筋が降る。白い雪に混じって。やがてそれは爆音と黒煙を遠くまで伝える。命中したのだ。更には弾薬に誘爆でもしたのか、二次爆発が起こったのが山代にも見えた。

 

「不幸だわ……今日に限り、敵がね!」

 

ーーーーー

 

「そうか…….総員聞け! 金剛からの連絡で、敵艦隊の誘引に成功! これより突入部隊はヘリキャストを敢行、キスカ島への突入を行う!」

 

ヘリの機内で黒坂が叫ぶ。ローター音がうるさくて声なんて聞こえたものではないので、近くにいる曙の耳元で叫ぶくらいの声で言い、それを伝えてもらう、伝言ゲームのような形だ。

 

ランプドアが開く。すぐそこに海面があるのが見えた。海面を舐めるように飛ぶチヌークはやがてホバリングを始める。投下地点に辿り着いたのだ。

 

「降下用意!」

 

黒坂の指示で先に艦娘たちが降下のために位置に着く。黒坂は無線で指揮所に報告する。

 

『CP! ヘルハウンド降下用意よし! 送れ!』

 

『状況開始だぶちかましてこいクソ野郎ども!』

 

高原中将の声がヘッドセット越しに聞こえてきた。その声を聞いて、安心感を覚えた黒坂はニヤリと笑って答えた。

 

『了解。派手に決めてきます!』

 

自分たちの出番がきた。高鳴る鼓動を感じ、吹雪を救い出すという目標を胸に秘め、黒坂は高らかに叫んだ。

 

『降下!』

 

艤装を着けた艦娘たちがヘリから飛び降り、海面に着地する。妖精からの技術移転によって作られた艤装は効果の勢いに耐え、艦娘を海面に立たせた。次は黒坂と久坂の番だ。

 

「どうかご無事で!」

 

パイロットが2人に声をかける。黒坂と久坂はサムズアップして答えると、先に背嚢を投下し、それを追いかけるようにランプドアから飛び出していった。

 

足を閉じ、フィンを持った手を高く掲げて飛び込む。体が勢いに乗って海面に突入して沈む。静寂の世界で、呼吸もできずにいる。そんな中でも慌てることなくフィンを装着し、海面へと浮上していく。ウェットスーツがなければ心臓麻痺でもしてしまいそうな水の冷たさにも耐え、海面へと顔を出した黒坂に曙がロープを結んだ背嚢を差し出す。黒坂はそれを背負って肩ベルトのバックルと腰ベルトを装着した。久坂も同じようにしているのが見えた。

 

「準備よし!」

 

「しっかり掴まってなさいよ、クソ提督!」

 

艦隊が進み始める。危険な任務を託されながらも、必ず目的を果たして生きて帰る。そう心に誓っていた。

 

背嚢の上に乗るように黒坂は空を見て曳航されている。背泳ぎでもしているようだ。

 

吹雪にはまだ伝えていないことも、返しきれていないものも沢山ある。吹雪がこの雪の舞う島から助けてくれたからここにいられる。ならば、今度は自分が助け出す。今度は誰も沈ませない。

 

とはいえ、歩兵に損害は免れないだろう。艦娘は養成に時間とコストが掛かるため、失うのは惜しいと上は判断する。例え歩兵を犠牲にしてでも救出に向かうはずだ。その犠牲の中に自分もカウントされているというだけだ。

 

清算する時が来たのだ。ツケを返す時が。


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