水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第48話 イカロスの空

「これでいいんだな?」

 

会議室に宮原の声が響いた。今回の作戦に参加する宮原、久坂、黒坂の他に、支援として陸戦隊第一連隊長、陸軍から空挺団長、空軍から北部航空方面隊司令官が集まっていた。

 

離反者の討伐及びキスカ島に囚われていると思われる友軍の救出が目的のこの作戦は『リトリビューション作戦』と呼称される事となった。

 

既にクーガ隊と遅れてメテオラ隊が離反機の追跡及び新型航空機の撃墜に向かっている。

 

高原からもたらされた情報によると、物集が持ち去った新型兵器は第二次大戦中、ダイムラーベンツ社が計画した超巨大軍用機計画"ダイムラーベンツプロジェクトC"を元に作られた航空機だった。

 

6発のエンジンで飛び、巨大な主翼下に小型ジェット機を搭載する飛行空母。詳細は不明。分かっているのは、ハリネズミのごとく後部機銃を搭載していると言うことだ。

 

そもそもダイムラーベンツプロジェクトは計画で終わっている為、元となる機体がこの世界に存在したことはない。設計者がダイムラーベンツプロジェクトを元に作った新型機というのが妥当だろう。設計時のコードネームは"プロメテウス"。その試作機は設計図ごと物集に持ち去られてしまい、ロクな情報が残っていない上に、物集一派によって設計者が殺害されていたという始末である。この作戦の大きな不安要素となってしまっているのだ。

 

プロメテウス撃墜の為に多数の航空部隊が向かったが、勝算がどれくらいあるかもわからずにいた。UAVを搭載した小型ジェット機で撃墜したと目されるプロメテウスを、果たして戦闘機で落とせるのだろうか。

 

「不安は多い。けれども余裕もない。やるかやらぬか、今決めなければならないのはキツイな。」

 

黒坂は溜息をつく。輸送艦や護衛艦ならプロメテウスに襲われても何とかなるだろう。だが、上陸用のゾディアックボートに子機で攻撃されたらどうなるかわからない。

 

「やるしかないだろ。航空部隊がどうなるかで作戦が左右されるだけだ。やらないはもうありえないんだからな。」

 

宮原はそう言って辺りを見回す。誰も喋らない。目には戦意がありありと出ていた。ここで引くものはいない。戦いを受け入れる準備は出来ているのだ。かつてのキスカの二の舞はしない。その意思があった。

 

「それに、俺は死ぬ気はねえ。死なせる気もねえ。今度こそ帰ろうぜ。仲間を連れてよ。」

 

久坂が言う。これで決まった。宮原は確信した。キスカの拠点設営阻止、友軍捕虜の救出及び離反者の討伐。これを目標とした作戦の遂行がその日のうちに許可され、慌ただしく部隊が展開し始めた。

 

「……黒坂、お前は今回洋上斥候員として動いてくれるか? 久坂とバディで。」

 

宮原が黒坂に問いかける。黒坂はそれに対して何を当たり前のことを言うんだとばかりの表情を見せた。

 

「洋上潜入徽章持ってるの俺と久坂くらいだろ。陸戦隊から他のもすっぱ抜いてくれば良いし。」

 

「いや、今回は普通じゃない。離れたところから艦娘と兵員をヘリキャストする。」

 

黒坂は嘘だろうと言わんばかりの表情になった。宮原は説明を続ける。

 

「ヘリキャストは通常、沖合でヘリを海面すれすれでホバリングさせ、兵員を海に下ろすだろ? 今回はそれを艦娘にやる。だから、上陸地点までは泳いで行ける距離じゃない。だから、お前と久坂は艦娘に掴まって曳航してもらうんだ。」

 

「それ正気か?」

 

「正気の沙汰だ。戦闘服の下にウエットスーツ着ておけ。輸送艦をあまり島に近づけられない。プロメテウスと海岸砲が怖い。」

 

「いや、曳行中に俺たちが撃たれてもヤバイだろ?」

 

「耐えてくれ。艦娘を信じて。」

 

「生きてればな。」

 

黒坂はそれを了承した。覚悟はできてるのだ。吹雪を同じ目には遭わせない。絶対に失いたくないから、どんな危険な作戦でも挑むつもりでいたのだ。

 

ーーーーー

 

それより3日。山先が率いるクーガ隊を主力とした航空隊はプロメテウスを追ってキスカ島へと迫っていた。機体は新調され、ロールアウトしたばかりの紫電改二になっている。

 

空母は離れたところに位置し、航空隊は雲に隠れながら飛び続ける。プロメテウスの姿は未だ見つからない。

 

囮のUAVの撃墜にやって来たプロメテウスを航空隊で蜂の巣にするのが今回の作戦だ。プロメテウスは機体各所に銃座を備え、被害は避けられないだろう。

 

例え墜とせなくても、しばらく引きつけていられればいい。上陸部隊の命運は航空隊に託された。それを誇りつつ、それを全うすべく、パイロットたちはいつも以上に操縦桿を握る手に汗をかいていた。

 

高度を少し下げて雲から出る。機体を反転させて下方を確認。プロメテウスの姿を探す。あれだけ大きい機体なのだ。遠くからだとしても嫌でも気がつく。その翼をへし折るのが待ち遠しく思える。

 

『警戒! 彼我不明の飛行機雲を確認! 高度4000m!』

 

無線から雲の上を警戒していた僚機の声が聞こえて来た。山先は高度計を見る。現在の高度は2900m。雲はおよそ3200m付近に浮かんでいる。その上にいる。航空戦は高度を取った方が有利だ。こちら側が不利な状況になっている。それならば、会敵までに高度を上げるしかない。

 

「上昇するぞ。高度4200mまで上昇する。迎え角に注意。失速するなよ!」

 

山先が機首をあげると、それに続いて後ろの僚機も機首をあげた。

 

雲を抜けると、6つの飛行機雲が伸びていた。その向こうに、大きな鳥のような何かが飛んでいるのが見えた。プロメテウスだ。陽の光を浴びて、機体が白銀に輝いている。

 

その周りで何かが光った。護衛機だ。3つの緑の機影が見える。

 

『隊長、護衛機は離反した鵜久森たちでしょうか?』

 

戒田の声を聞いた山先は少し考え込む。鵜久森、石飛、渡と考えてもおかしくはない。いずれにせよ、撃墜することには変わりなかった。

 

「……クロスボウ、カイリは私と来い。護衛機を撃墜する。残りはプロメテウス撃墜に向かえ。」

 

山先はそう指示すると、翼を振って加速した。指示を受けた3機はそれについていく。

 

『久しぶりですね、山先隊長。』

 

無線から鵜久森の声が聞こえて来た。回線を知っているのだ。無線のパスワードを変えなかったことを若干後悔しつつ、山先はそれに答えた。

 

「鵜久森、なぜ裏切った……!」

 

『片方に強いパイロットが集中すると、ワンサイドゲームになるからですよ。あなたも、条件が良かったから人類側に付いたんでしょう?』

 

山先は歯噛みする。妖精は人のは入れないような山林などに住む知的生命体の俗称である。調査では、人間に近いDNAをもち、進化の段階で小さくなるようになったとみられている。

 

パイロットとしての妖精は傭兵のようなものだ。深海と人類、どちらに着くかは自由。そして、その給与は妖精には貴重な砂糖で支払われる。金平糖一個でも、体が小さいゆえに砂糖の生産が難しい妖精には莫大な財産となる。だからこそ、忠誠という意識が殆どなく、こうして鞍替えすることもあり得るのだ。

 

「……ならば撃墜されても文句はないな?」

 

『ええ。僕はあなたを墜としてもっと強くなる……!』

 

「鵜久森は私が墜とす。後の取り巻きを頼むぞ。」

 

山先は残りの護衛の撃墜を指示すると、鵜久森機へ突っ込んでいく。安全装置を解除し、光学照準器に鵜久森機を捉える。敵も味方も散開した。1対1の格闘戦だ。まずは挨拶がわりのヘッドオン。

 

4門の20mm機関砲が火を噴く。一瞬だけ撃ち、すぐに左に回避した。さっきまでいたところを20mm砲弾が過ぎ去る。

 

背後に鵜久森が付いて来た。零戦52型だ。フットペダルを踏み、左に機体を流しつつ、操縦桿を左に倒して機体を傾け、降下する。まだ付いて来ている。

 

そのまま操縦桿を倒してロールし、今度は機首を引き上げて上昇に転じる。まだついて来ている。山先はそれを振り切る機会を伺いながら回避を続ける。

 

曳光弾が掠めていく。一瞬も気を抜けない。ここで負けることは許されない。

 

スロットルを絞り、フラップを下ろす。速度計が回り、速度が落ちているのがわかる。そのまま右旋回に入れ、背後を奪いにいく。もちろん鵜久森もその旋回についてこようと減速しながら旋回してくる。

 

失速した。山先の狙い通りだ。機首がガクンと下を向き、急降下していく。鵜久森は失速しないように調整していたのだろう。安定した状態から降下して追いかけてくる。

 

そのままついて来い、山先はそう思いつつ、僅かに機首を上げ、効果速度を落とす。鵜久森はゆっくり機首を上げて上昇に転じ始めていた。零戦の翼が速度に耐えられなくなってきたのだ。これ以上加速すると翼が折れると判断し、鵜久森は上昇、山先はそれを見るや否や上昇に転じ、下から襲いかかった。

 

下は死角になる。鵜久森は咄嗟に回避できずに山先の放った20mmを翼にモロに受けてしまった。翼から火の手が上がり、部品が空中に飛び散って行く。他の2人は既に墜とされ、煙が海に伸びている。決着はついた。だが、見上げると一機だけ、高高度から見下ろすように飛んでいる戦闘機が見えた。白銀のF8Fがまるで、ここまで登ってくる強者を求めるかのように舞っていた。

 

それに答えるように、一機が隊から離れて上昇していく。函南の機体だ。

 

イカロスは蝋で固めた鳥の羽をつけて翼とし、父ダイダロスと共に飛び立った。そして、イカロスは太陽へと近づきすぎてしまう。

 

函南が戻ってこないかもしれない、そんな予感がした。仲間たちは函南へ必死に無線で呼びかける。

 

『ケルン! どこへ行く!? 戻ってこい!』

 

『援護する!』

 

『来るな! これは僕の戦いだ!』

 

函南はついて来ようとした仲間を振り切る。遥か彼方にいるように思えるF8F、それに乗るティーチャを撃墜すれば、この戦いに変化が生まれる筈だ。何も変わらず、墜ちて墜とされを繰り返すこの戦争に、変化をもたらしたかった。

 

『ティーチャを……撃墜する。』

 

白銀の翼を翻し、零戦が空に溶けていく。また一人、空に魅せられたパイロットが空に消えていく。イカロスは父の忠告を聞かず、太陽へと近づいて行ってしまった。

 

ーーーーー

 

轟音を轟かせる2つのエンジン。雲海の上を舞台に舞う2機。ここに邪魔するものはいない。

 

僕の真上には銀色の機体に黒豹のマークを描いたF8F。その独特なペイントの機体は、ベアキャットではなくスカイリィと呼称されている。お互い旋回しながら相手の背後につこうとしている。向こうは機体に何かしらの改造を加えたらしく、零戦52型乙にも匹敵する旋回性能を見せている。翼からは白く細い2本の雲が伸び、大空のキャンパスに絵を描く。

 

ティーチャーが1回ロールし、離れる。僕は旋回して雲に飛び込んだティーチャーを探す。すると、下からティーチャーが上昇し、背後についてきた。スロットルを絞り、フラップを下ろす。見られたかな?

 

ギリギリまで引きつけてバレルロール。ティーチャーが追い越しかけたところで急減速した。僕は速度を稼ぐためにスロットルとフラップを上げ、反転して急降下。ティーチャーも追ってくる。

 

ある程度速度が出たところで機種を引き上げる。ティーチャーはそのまま急降下し、すぐに上昇に転じる。

 

上昇してきた。フラップをもう一度下げ、スロットルを絞るとわずかに機首を引き上げる。空気抵抗で機体は減速し、ティーチャーは僕を追い越していく。背後についた。スロットルとフラップを上げて失速しないように速度を上げる。

 

が、ティーチャーも急減速して背後にまた回り込んでくる。距離が近すぎたのか、ティーチャーは左旋回して一旦距離をとった。フラップをわずかに下げ、左旋回してそれを追う。

 

照準に捉えた。僕の手がトリガを引く。そして僕は空を舞う。

 

ティーチャーの左翼に命中した。だけど損傷は僅か。ここでティーチャーが機首を90度引き上げて急減速。コブラだ。僕は左に回避。衝突を避ける。

 

そして、また背後を取られた。仕方ないと急降下して雲海のすれすれを左右に大きく揺らしながら飛ぶ。ティーチャーもその動きに合わせてくる。強い。

 

フルスロットルで機首を上げて急上昇。ティーチャーは機首を真上に向け、ロールしながら接近。また僕の背後についた。

 

機首を水平に戻す。適度に距離が開き、ティーチャーが発砲する。回避機動を取るが、右翼付け根に被弾。白い煙を引いている。燃料漏れかな。火災が起きなかっただけまだマシか。とはいえ、あまり長持ちはしないだろう。

 

フラップダウン。スロットルを絞って急上昇。ここで全てを終わらせる。さあ、見せてやろう。僕のストールターンを。

 

機体は真上を向いてストールする。僕の左手はスロットルを目一杯押し込み、エンジンを全開にする。ラダーとエルロンで機体を捻り、機首を思い切り下に落とす。同時に、僕の右手がトリガを引く。そこにはティーチャが居るはずなのだ。これで、幾多の敵を仕留めてきた。今度も……

 

照準器が空を撫でる。そこに、ティーチャの機体はなかった。代わりに、僕の真横にいた。どうやってと思うより先に状況を分析する。自分は真下を向いていて、ティーチャはその真横。もうすぐ射線が僕に重なる。逃げられない。近すぎる。

 

爆音が聞こえた。撃たれたのだ。翼が、胴体が悲鳴をあげる。機関砲弾に超々ジュラルミンが貫かれ、破片が飛び散る。右翼端は持ちこたえられずに折れて宙を舞い、支えをなくした右エルロンも脱落した。

 

エンジンカウルから火花が散る。撃たれ、穴が空いたのだ。カウルを貫通した砲弾がエンジンを破壊する。飛び散ったオイルがキャノピーにベタリとこびりついて前が見えない。

 

墜ちていく。エンジンは止まった。黒煙を噴き出している。操縦桿を引くと、かろうじてエレベーターが反応した。機首を僅かに上げて降下速度を落とす。主翼がへし折れそうだった。

 

高度計の針は高速回転を続ける。機体が片方のエルロンを失った影響でトルクに耐えきれず、左に傾く。螺旋を描いて海に墜ちていくその様は、仲間からはよく見えているだろう。

 

翼を失ったイカロスは、墜ちて命を失った。きっと、僕もそうなるだろう。強烈なGでシートに押し付けられて脱出は難しそうだ。このまま、飛行機と一緒に死ねたらな、そうしたら、僕は嬉しいだろう。

 

音楽プレーヤーをフライトバッグから取り出して、こんな時に聴こうと思っていた曲をかける。喧しい曲が悲鳴をあげる機体とマッチして、まるでヘビメタだ。ああ、こんなに心安らかとは……

 

そういえば、瑞鶴は元気にしているだろうか。前の鎮守府にいた時に、僕を載せていた艦娘だ。行方はわからない。彼女は僕が墜ちた時の話をすると決まって怒った。だから、僕が墜ちて、これから死ぬなんて知ったらきっと怒るだろう。それを思い浮かべるとなんだか笑えてきた。

 

嗚呼、雲に突っ込んだ。そろそろ翼は持たない。折れる。空から墜ちて、地に、海に沈んでいく。

 

プロメテウスに群がる戦闘機が見えた。防護機銃を食らったのか、何機も火をあげながら墜ちていく。イカロスたちが、太陽に挑んで墜ちていく。




ダイムラーベンツプロジェクトCだと名前があまりにも長すぎるのでプロメテウスと勝手にコードネームを付けました。由来は後ほど。

昔やっていたヒーローズインザスカイのレイドボスとして登場したこいつを思い出し、富嶽とこいつ、どっちにすると考えた結果となりました

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