水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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艦これの映画で吹雪の可愛さに悶え苦しみ、アーケードで残り少ないBPをひたすら吹雪のナデナデに費やし、艦これ改で第一艦隊旗艦から頑なに吹雪を外さず、吹雪を(冗談で)ディスった時雨派の同期と戦争になりかけた濃密な12月。


第47話 残雪のありか

黒坂が顔を上げると、そこには曙がいた。拳銃のトリガーとグリップの隙間に指を突っ込み、トリガーを引けないようにしていたのだ。そして、無理矢理拳銃を奪い取ると、黒坂の横っ面に思い切り拳を叩き込んだ。

 

黒坂の視界が揺れる。姿勢制御もままならずに床に倒れた黒坂が見たのは、怒りをあらわに馬乗りになって平手打ちをしてくる曙の姿だった。

 

「何してるのよこのクソ提督! 意気地なし! ヘタレ!」

 

「……俺には、何も出来ない。出来なかった。」

 

黒坂の口から溢れた言葉には力がなかった。黒坂は自身の四肢を引き裂かれたかのように苦しんでいるのが曙にもわかった。

 

「馬鹿言うんじゃないわよ。あんたがいたからあたしがここにいる。違う?」

 

曙は黒坂の肩に手をかけて言う。沈みかけた曙を泳いで引っ張り上げたあの姿を、曙はしっかりと覚えていたのだ。強さを見せたあの背中が今は見えない。

 

「俺は……この鎮守府は俺の手の届く範囲だと思ってた。だけど、守りたかったもの、こうして滑り落ちちまったよ……こんな時に動けないなんて……」

 

「本当に、滑り落ちたと思ってるの?」

 

曙の意味深な言葉に黒坂は顔を上げる。曙の手にはスマートフォンが握られていた。吹雪と書かれた呼び出し画面から呼び出し音が延々と流れ、ついには不在着信の音声に切り替わった。ただいま電話に出られません、メッセージをお願いしますと言う無機質な声だ。

 

「わかる? 吹雪が轟沈するならスマホもボロボロよ。そんな時、どんな音声になると思う?」

 

黒坂は思い出した。かつて防大時代に宮原が便所でスマホを落として水没させた時、電源が切られているか電波の届かないところにいるため電話に出られませんと言うメッセージが返ってきたことを。でも、吹雪のはただいま電話に出られません。それが意味することは一つだった。

 

「……沈んでないのか?」

 

「吹雪が沈むってことは艤装もボコボコよ? それなのにスマホだけ無事とは考え難いわ。出撃時もスマホを持ってたのは神通さんに確認済みよ。無線がやられた時の副案として持たせてたようね。これのGPSをダメ元で辿ってみる?」

 

黒坂はすぐにスマホを取り出し、位置検索サービスを使って吹雪のスマホの現在地を確認した。それは、かつて黒坂たちの防御陣地があったキスカ島南部を指し示していた。

 

「またキスカか……!」

 

だが、黒坂の目に希望の光が戻っていたのは事実だった。

 

ーーーーー

 

白熱電球が一つぶら下がったコンクリートむき出しの一室で、吹雪のスマホが着メロを流していた。パイプ椅子に座っている吹雪と机越しに対面する戦闘服の男はそれを見て、ため息を一つつく。

 

「またか。」

 

「なんだ、またラブコールか?」

 

もう1人、壁に寄りかかっていた曹長の階級章の男がクスリと笑いながら言う。吹雪はその男の顔に見覚えがないか考えたが、思いつかない。

 

「……黒坂か。お前の隊長は必死にお前を探してるようだ。相変わらずだな、俺のバディは。」

 

時村はそう言うと応答と表示されているボタンを押し、電話に出た。

 

『もしもし!? 吹雪!? 無事か!?』

 

「残念だな。俺だ、バディ。」

 

「零士さん!」

 

『時村……吹雪もそこにいるようだな……』

 

「安心しろ。手荒なことはしてない。何処にいるかは分かってるだろうからこれだけ言っておく。取り返したければ来い。俺たちが相手になる。」

 

時村は笑みを浮かべていた。懐かしい友と会話するような、そんな穏やかな笑みだ。

 

『いいだろう。今度こそ眠らせてやるよ。』

 

「楽しみだよ。」

 

時村はそう言って電話を切り、机に置いた。吹雪は時村を睨むのをやめ、不思議そうな目で見つめていた。

 

「……死にたいんですか?」

 

「もう死んでる。終わらせて欲しいだけだ。あいつの手で。だろ、紀伊?」

 

壁に背を預けて黙っていた男、紀伊が頭をガリガリと掻く。図星とでも言いたいのだろうか。

 

「いい加減、終わりたいんですよ。いつまでも死んだのにこうして縛り付けられて、仲間に銃口向けるのが嫌になってきただけ。」

 

「そうか……覚えておけ嬢ちゃん。俺たちは植えつけられた細胞のおかげで強い破壊衝動に駆られてる。俺らは理性と衝動の狭間で苦しんでるわけだ。早いとこくたばって楽になりたいんだよ。」

 

時村は悲しげに言った。まだ時村慶一郎としての意識が残っているのだ。本当は仲間を撃ちたくなんてないのだろう。必死に守るはずだったものへの破壊衝動が抑えきれないその苦しみを吹雪は実際に知ることは出来ないが、察することは出来た。

 

「頼むから大人しくしててくれ。そうすれば上からお前に痛い目見せろなんて言われずに済む。」

 

吹雪は何も答えず、その複雑な表情を見せる時村の顔をただ見つめていた。

 

ーーーーー

 

黒坂は通話を切って目を閉じた。時村なら吹雪に手荒なことはしないだろう。目的は自分だ。決着をつけることを望んでいるのだ。それは自分も同じ。そうと決まればやるしかない。

 

「やることが増えた。手伝ってくれ。」

 

「みんなやる気よ。誰も戦場に残さないって言ってたのはどこのどいつかしら?」

 

「さあね。ただ、置いてった奴らはこれから迎えに行くがな。」

 

黒坂は一応録音していた通話内容のデータを大本営に送って指示を仰ぎ、その間にも宮原、久坂に連絡を取って救出作戦発動の際には動けるように打ち合わせを始めた。自分の権限を超えていることはわかっている。だけど、だからと言って手をこまねいて待っている気は無かった。機先を制せ、スピードが全てを決める。

 

黒坂が動き始めて3日くらいだろうか、高原から連絡が入った。黒坂はゴーサインが出るかどうか緊張し、卒倒しそうになりながらも応対した。

 

『黒坂、吹雪の救出作戦についてだが、条件付きで作戦実行命令を出す。』

 

黒坂はひとまず安堵した。大抵、捕虜の救出をするかどうかは味方の士気に関わるため、実行することが多い。ただ、条件付きというのが引っかかる。

 

「条件付きとは?」

 

『もう一つ命令を付与する。キスカに離反者が向かっていると情報を得た。行方不明のパイロット3名は離反と確認、物集は新兵器を奪取してキスカ島にて敵主力と合流予定だ。吹雪救出と併せて離反機を撃墜、物集と深海棲艦主力との合流を阻止しろ。作戦指揮は宮原中佐、久坂少佐、そしてお前に任せる。陸海空合同で作戦にあたる。必ず因縁を果たせ。』

 

黒坂は雷に打たれたような衝撃を受けた。ここで全てケリをつけられるのだ。これが終わっても戦争は続くだろうが、一つ、自分に区切りをつけられる。

 

「分かりました。作戦を実行します。」

 

とはいえ、問題は山積みだった。相手は自分たちが来るとわかっているからしっかり防御態勢を整えているはずだ。それを破らなければならない。航空支援は宮原と久坂からの新兵器の情報もあり、望めないだろう。

 

生きて帰れるだろうか。ついてくる仲間は何人死ぬのだろうか。黒坂は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

 

仲間を救出すると言う大義名分はある。だがそれが自分のエゴを擁護するための言い訳に聞こえてならない。ただ復讐がしたいだけではないかと思えてしまう。

 

だが、迷うわけにはいかない。物集が何をやらかすかわからないし、それが次の戦争の火種にもなりかねない。どこの国にも艦娘の技術を渡すわけにはいかないのだ。

 

これから作戦を練らなければならない。問題は山積みなのだ。時間がないというのに。だけど、自分は1人じゃない。頼れる仲間がいる。だなら、やり切れる気がした。無くした足に代わってやろうという人が大勢いた。自分はそのおかげで立っている。支えられている分、しっかりと腕は動かしてやろう。そんな気でいた。

 

既に離反機撃墜のため、クーガ隊が先発している。まずは彼ら次第になるだろう。新兵器とやらも気になる。その情報は高原中将が血眼になって探しているから、それを信じてこっちは動くべきだ。

 

ーーーーー

 

時村は歌を口ずさんでいる。捕虜収容所の監視員に上番した時、大抵時村は適当にやっている。時村にとっては捕虜なんて深海棲艦のご都合であるがゆえにどうでもいいことだった。黒坂を引っ張り出す囮たる吹雪だけは特別扱いであるが。

 

「この歌知ってるか? 2年くらい前の歌だ。」

 

「ええ、零士さんがよく聴いてましたよ。歌は下手でしたけどね。」

 

「野郎の音程外しはまだ治らねえのか?」

 

「マシになったとは思いますよ?」

 

適当な雑談に吹雪は答える。時村にとっては暇でたまらないのだ。聞けば、ここの艦娘の殆どは最悪の環境下で運用されていて、殆どが無理な作戦で轟沈判定を食らっているようだ。時村はそれを聞いた時にその鎮守府へ襲撃を仕掛けようと画策した事もある。既にそんな提督は片っ端から更迭されているが。

 

思えば、時村たちは戦争の初めで戦っていた。運用法の確立されていない艦娘や未知の敵との戦い。手探りも同然だったのだ。黎明期で黒坂も吹雪もよく生きていたものだと思う。

 

今はある程度艦娘の運用法が確立され、この収容所に来る艦娘は減った。時村には喜ばしい事ではある。

 

深海棲艦は海底資源を用いた潤沢な資源で人間を降伏へ追い込めると思っている。だが時村は深海棲艦は負ける運命にあると考えていた。

 

人間は予想だにしないことをやる。そしてそれを成功させてしまう技術と、人の心がある。深海棲艦はデータでしか人間を評価しようとしない。だから、黒坂の南方での快進撃は理解できないだろう。

 

圧倒的不利な状況下からの生還、仲間を鼓舞するその持ち前の心は人間だった自分たちくらいしか理解できないだろう。自分も、鼓舞された1人なのだから。

 

「早く来いよ。俺もあんまり待てるわけじゃねえんだからな……」

 

時村の体から砂がこぼれ落ちた。今にも無くしてしまいそうな理性を保ちながら、時村は吹雪の向こうから黒坂がやって来るのを待ち続けている。

 

「どうやら、暇を持て余しているようですね。」

 

時村は声のした方を睨みつけた。キツネのようにつり上がった目、センター分けの髪、この場に合わぬスーツを着た男が現れたからだ。

 

「お前が物集か。飛田たちからは聞いてたが、噂にたがわぬ嫌味っぽい野郎だな。何の用だ? こちとら暇で気が立ってるんだが?」

 

時村は物集に対して敵意を隠さない。自分の仲間たちを死へ追いやった張本人なのだ。同じ陣営とはいえ、ハイそうですかとその事を忘れるなんて出来はしない。時村は吹雪に物集が見えないよう上手く間に立って視界を遮りつつ、追っ払おうとした。

 

「短気は損気と言いますよ? まあ、彼はここまで辿り着くことは無いでしょうが。」

 

「お前の持ってきたゲテモノ兵器で止められるとでも? その脳みそ何とかしてから出直しな。」

 

物集の持ってきた新型航空機は確かに脅威となるかもしれない。狙撃手にとって空からの目は厄介極まりない。しかし、黒坂は精鋭の航空部隊を引き連れている。恐らく、墜とされるだろう。

 

「心配には及びません。彼の航空隊から3名パイロットが来ますから。」

 

「離反者か。期待はしないでおく。とりあえず失せろ。侵入者だと思いましたってぶっ殺すも俺の自由だぞ?」

 

物集は肩を竦めて引き下がっていく。上手いこと言って深海棲艦に取り入ったようだが、時村はそうはいかない。何を吹き込んだのかはわからないが、あんなのを信用するほど人の心をなくしてはいない。

 

「となると、俺の友は先に一つ仕事を片付けてから来るわけか。まったく、余計な番狂わせをしてくれる。」

 

時村は忌々しそうに呟きつつ、監視任務に戻った。


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