水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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バレンタインにチョコもらえる確率0%の自分が書くには少し荷が重かった……

稚拙ですがどうぞ!


閑話 とある鎮守府のバレンタイン

2月14日。バレンタインデーと呼ばれるこの日、世間の男は麗しき女性方からチョコレートをもらえるかどうかで一喜一憂する日である。最初から貰えないと悟りの境地へと至っている者もいるが、大半はそこまで至っていないだろう。

 

バレンタインデーだろうと鎮守府の仕事は無くなるはずはない。今日も6時ちょっと前に目を覚ました黒坂零士は、隣で寝ているはずの曙がいないのを不審に思う。(何故曙と同室なのかはまたの機会に。)

 

またランニングでもしているのか? そう思いつつも体を起こし、着替えて執務室へ向かう。廊下は寒いので、黒坂は軍服の上にミリタリージャケットを羽織っている。外出の時によく着ているのだが、艦娘たちから似合っていると好評だった。

 

ふと、執務室の方からほんのりと甘い匂いが冷気に乗って漂い、黒坂の鼻腔をくすぐる。赤城がまた何かつまみ食いしているのか? まさか秘蔵のピーナッツチョコ食われたか? と、少し肩を落としながら執務室へと歩き続ける。

 

ガチャ、とノックせずに執務室のドアを開けると、部屋には甘い匂いに混じってビターな香りが充満していた。これは……?

 

「あ、テートク! Good morning♪」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます司令。」

 

「ああ、おはよう……何やってんだ?」

 

執務室に無理矢理横付けした簡易キッチン。そこで金剛、比叡、霧島が何かを作っていた。

 

「テートク、todayは何の日デスカ?」

 

「火曜日だから燃えるゴミの日。」

 

すると、黒坂の後頭部を霧島のピコピコハンマーが襲った。

 

「え? 違うの?」

 

「司令……あれ本気で言ってたんですか……?」

 

比叡が驚きの表情を浮かべたまま訊く。黒坂はもちろん縦に頷いた。すると、金剛以下3名は盛大にズッコケた。黒坂はその光景に首を傾げている。

 

「提督、今日は2月14日。バレンタインデーです。お忘れですか?」

 

「あ、そんなものもあったな……」

 

すると、3人は綺麗にラッピングされた箱を取り出し、黒坂に差し出した。」

 

「「「ハッピーバレンタイン!」」」

 

「え!? 僕に!? ありがとう!」

 

バレンタインにチョコをもらったのなんて幼稚園以来の黒坂は喜んだ。

 

「ンー♪ Very goodなsmileデース!バーニング、ラァァァァブ!」

 

「うおっ!?」

 

金剛はいきなり黒坂に飛びつく。黒坂はなんとか右足で踏ん張り、金剛を受け止める。

 

やれやれ、黒坂はそう思いつつ、金剛の頭を白い手で撫でる。比叡と霧島はその光景を見守っていた。

 

「ありがとう、金剛。そして比叡と霧島もな。」

 

金剛、比叡、霧島は笑顔を見せた。なぜなら、黒坂が滅多に見せない満面の笑みを浮かべて見せたからだ。

 

ーーーーー

 

『クソ・・・悔しいがここは退け。退却だ!』

 

黒坂はノートパソコンに表示された艦隊の状態を見て、悔しさを滲ませながらも撤退命令を出した。吹雪が大破。このまま進撃すれば轟沈の危険もあった。

 

『わかりました!』

 

旗艦の阿武隈が答える。何度攻撃しても敵本隊へ辿り着く前に撤退を余儀なくされる。練度不足か? 装備か? それとも自分の指揮か?

 

黒坂は朝に金剛たちからもらったチョコに手を伸ばす。金剛はチョコクッキー、比叡はカップケーキ、霧島はトリュフだ。黒坂はなかなか良いものを作るな、と感心していた。

 

窓枠に足を乗せ、空を見上げながら霧島のトリュフを口に放り込む。ほろ苦い。

 

その苦味があの時の記憶を呼び覚ます。守るべき者を守れず、死にゆく様を見守るしか出来ない。血肉が飛ぶ阿鼻叫喚の地……嗚呼、そうだ。もう繰り返してはならないのだ。今度は、誰も死なせやしない。霧島のトリュフの苦味はそれを思い出させてくれた。霧島にはよく喝入れられてたな……

 

今度は比叡のカップケーキを齧る。美味いな。そう言えば、比叡はちゃんとしたレシピを調べて作れば良いものを作れるんだよな。最初に食ったあのお世辞にも美味いとは言えないカレーと比べると、上達したものだ。比叡、よく頑張ったな。

 

金剛のクッキーを齧る。甘い。そう言えば、僕の"地を這う死神"の蔑称をみんなが知った時、金剛が真っ先に僕を受け入れてくれたんだったな……(吹雪は元々知ってるからノーカン)ありがとう、金剛。いつも支えてくれて。

 

なんだろう、さっきまでの泣きそうだった悔しさがどこかへ行ってしまった気がする。チョコとは不思議な食い物だ。

 

「うーす、お、チョコ?」

 

いつの間にかやって来た零戦妖精の土岐野が机の上のチョコに手を伸ばしたので、それを阻止する。

 

「これは僕のだ。お前は空母たちからもらいなさい。」

 

「クーガ隊とメテオラ隊は全員もらった。」

 

「じゃなんで僕のを盗ろうとした?」

 

「出来心。」

 

「お前しばらくビール禁止な。」

 

「それは勘弁してくれ!」

 

やれやれ、そう苦笑いしつつ、黒坂はチョコを仕舞って格納庫へ向かう。艦隊のお迎えに行くのだ。

 

その数十分後。黒坂は小型の哨戒艇で沖に出ていた。提督直々に艦隊のお出迎えだ。服装は陸戦隊時代のⅡ型戦闘服。その上から黒のミリタリージャケットを羽織っている。

 

阿武隈、由良、弥生、曙、陽炎、吹雪が哨戒艇に近寄ってくる。それを確認した黒坂は操舵室のハッチから身を乗り出して手を振る。

 

「鎮守府への直行便だ。乗るか?」

 

乗ります、と言わんばかりに加速して向かってきたので、黒坂は後部デッキに移動し、艦娘たちへ後部から手を伸ばした。

 

黒坂は次々と艦娘を哨戒艇へと引っ張り上げていく。

 

「吹雪。」

 

ぼんやりしていた吹雪に声をかけると、ハッと我に返って黒坂の手を掴んだ。が、引っ張り上げられた時に少しよろけてしまい、黒坂の胸に収まる形になった。すると、吹雪の顔がみるみる赤くなっていく。

 

黒坂は吹雪を離すと、自分のミリタリージャケットを掛け、操舵室へと戻る。鎮守府への帰路、黒坂は自分の赤くなった頬を元に戻すのに苦労していた。

 

鎮守府へと帰還した後、吹雪はすぐに入渠し、艤装は笹倉と明石が修理にかかった。吹雪からは変な魔改造しないように釘を打たれてはいるが、正直心配である。以前に島風のタービンの冷却装置を魔改造したり、酸素魚雷の信管を磁力式にしたり、規格外の魔改造をした前科がある。好評だったからいいが。

 

そして黒坂は談話室に来るように皐月に言われたので、いつもの海軍服に着替えて談話室に向かっている。寒い廊下にコツコツと足音が響く。

 

外を見ると粉雪が舞っている。積もるかもしれない。嗚呼、あの時も雪が降っていたな……

 

そんな感傷に浸っているうちに談話室に到着した。黒坂がドアノブを回して部屋に入ると、艦娘たちが出迎えてくれた。

 

そして、みんなが一気に寄ってたかってワイワイと何かを言うものだから、さすがの黒坂も慌てた。1人ずつ話を聞いてみると……

 

『バレンタインということで、日頃お世話になっている提督へみんなでチョコを作った。』

 

『で、1人1個作ると食べきれないだろうから、みんなでまとめて作った。』

 

『私があんたの為に作ったんだから、十分感謝しなさいこのクソ提督。』

 

との事だ。まあ、それでも個人で渡したいと言う者は個人で渡していいということになっているらしいのだが。

 

「それにしても立派なチョコケーキだな……ありがとうみんな!」

 

黒坂が珍しく見せた自然な笑み。艦娘たちはおお、と声を上げた。最初は弥生よりは少し表情出すくらいだった黒坂が満面の笑みを見せた。

 

黒坂は甘いものが好きだ。そして、大切な仲間たちが自分のために作ってくれたのだから尚更嬉しい。

 

「司令官……笑った……」

 

弥生は薄くだが、微笑んでいた。あの表情固い弥生が珍しいと黒坂は思った。

 

「妙高姉妹に山城も、駆逐艦の世話大変だっただろう?」

 

「ええ。夕飯の時みたいな騒ぎでした。」

 

「元気なのは良いことだ。」

 

「まあ、面白かったけどね。」

 

「私は……そんな大変じゃ……」

 

山城はそんな妙高姉妹を後ろから笑顔で見ていた。

 

ーーーーー

 

もうすぐ1日が終わる。勤務時間外なので、適当なジャージを着て執務室の窓から夜空を眺める。

 

カチャ、キィィ……誰かがドアを開けて入ってきた。

 

「あの……零士さん……」

 

振り向くとそこには吹雪がいた。

 

「ケガは大丈夫か?」

 

「はい。お風呂に入ったのでもう大丈夫です。」

 

「そっか。」

 

黒坂は立ち上がると、吹雪に近寄り、その頭を撫でる。

 

「いつもありがとうな。」

 

「いえ、それほどでも……」

 

吹雪はモジモジしながら背中に回していた手を前に出す。その手にはピンクの包装紙でラッピングされた箱が握られていた。

 

「あの……これ……受け取って下さい!」

 

「ああ……これは……びっくり箱?」

 

「違います!チョコレートです!」

 

そう言えば、みんなから呼ばれた時に吹雪だけいなかった。それで今渡しに来たのか。黒坂は表情に出さないようにはしているが、嬉しくて飛び跳ねたい気分だった。それを受け取ると、大事そうに机に置いた。

 

「あの……みんなから貰った後だから……やっぱり……」

 

自信なく俯いた吹雪の視界が白に包まれる。それが黒坂の軍服で、黒坂に抱きしめられていると気付くまでにそう時間はかからなかった。

 

「れれれれ!? 零士さん!?」

 

「ありがとう、吹雪。」

 

吹雪の顔はどんどん赤くなり、体温も上がっているようだ。

 

「は、恥ずかしいですよ……」

 

「ここには誰もいないよ。横鎮みたいに青葉(パパラッチ)がいるわけでもないし。」

 

「全く……零士さんも変わりましたね。」

 

「そんなに?」

 

「はい。死神って呼ばれてた頃から比べると、別人みたいです。あの時は本当に戦闘中毒みたいでしたもん。」

 

「戦場以外に居場所がなかっただけさ。」

 

黒坂は吹雪を抱きしめる力を強める。吹雪はそんな黒坂の頭を撫でる。

 

「今はここに居場所があるじゃないですか。」

 

「そっか……」

 

「はい。それに、片脚の死神がこんなに泣き虫だって、みんな知ってるんですから強がらないでください。」

 

吹雪はハンカチを取り出し、黒坂の目元を拭う。気づかぬうちに涙が流れていた。

 

「自分のお墓見た後だからやっぱり辛いでしょうけど……零士さんはちゃんと生きていますよ。私や、みんながちゃんと証明しますから。」

 

電気の付いていない暗い部屋。照らすのは窓から差し込む月明かり。それに照らされた黒坂には、地を這う死神と呼ばれていた時の面影が僅かに残っていた。

 

「零士さん、私は零士さんが好きです。あの時、自分を犠牲に助けてくれた時から。そして、みんなの為に率先して戦って、時には上層部に真っ向から文句言って……そんな零士さんが大好きです!」

 

もう涙が止まらなかった。虚無感、それしか感じられなかった自分は戦場に飛び込み、そこに生きる意味を求めた。だけど、そこで生きる意味は見つからなかった。

 

そして今、自分が求めた戦場から離れた鎮守府で、ようやく生きる意味を見つけられた。そんな気がした。

 

全てを変えたキスカ島。あれが全ての終わりであり、始まりだったのだろう。

 

ドアの隙間から覗く艦娘たちは、黒坂と吹雪の強い絆に感心し、少しだけ嫉妬していた。

 

「テートクが幸せそうで何よりデス。」

 

金剛はそう呟くと、そっとドアを閉じた。




本編より少し先のお話。ここで出てきた謎の単語の数々は物語が進むにつれて何のことかわかってきますので、あれこれ予想してみるといいかもしれません。

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