水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第44話 対峙

黒坂は一先ず着任の申告をするため、タウイタウイ泊地に足を運んだ。戦闘服姿で、手には89式自動小銃を持ち、背中にはライフルケースを背負っている。

 

左肩には懐かしの死神のエンブレムが縫い付けられており、通り過ぎる人々が黒坂の階級章とエンブレムの両方を見て目を見開いた。

 

黒坂は檜山のいる司令官室の扉をノックし、神妙な表情で入室する。そこには、ダウンフォールの時と変わらぬ上官の姿があり、思わず表情を綻ばせていた。

 

「申告します。黒坂少佐、現時刻を持って第2連隊に着任します。」

 

「よく来た。久しぶりの挨拶をする暇がないくらい立て込んでいるんだ、すぐにでも作戦に参加してくれ。」

 

「もちろんです。うちの艦隊の状況は?」

 

檜山は苦虫を噛み潰したような顔をしながら手元の資料を黒坂に渡す。敵艦隊の挟み撃ちを受け、全員帰還したものの被害甚大というものだ。

 

「……どうすればいいと思う?」

 

「大湊から援軍できている潜水艦隊を出撃させてください。宮原が鍛えた艦隊です。きっと突破口を開いてくれます。」

 

黒坂は自信ありげに言う。仲間の事を信じているのだ。自分と、信用できる友が鍛えた仲間がそう簡単にやられるはずはない。そう信じるしか出来ないからこそ、信じるのだ。

 

「わかった。最善の処置を追求しよう。黒坂、牧原を……今度こそ眠らせてやってくれ。」

 

「分かりました。奴にはお仕置きをして来ますよ。」

 

黒坂は自信に裏打ちされた笑みを浮かべる。片足は動く。不安は残るが、それで負けてしまったら彼女たちが悲しむだろう。だから、死ぬわけにはいかない。必ず牧原を斃し、生きて帰らねばならない。黒坂はそう心に刻み込んだ。

 

吹雪たちは泊地で修理と治療を受け、次の出撃に向けて準備を進めていた。だが、悔しさが多いだけに、吹雪は浜辺で小さくなってしまっていた。いつもとは勝手が違う。敵の手の内で踊らされたのだ。この先もそう簡単にはいくまい。吹雪はそんな不安に苛まれていた。

 

「吹雪、大丈夫?」

 

「ひゃいっ!?」

 

そこにいるはずのない人物の声に、吹雪は驚いて変な声を出してしまった。振り向くと、そこには戦闘服に身を包んだあの日の黒坂がいたのだ。吹雪は驚くと同時に、変な声を出した羞恥心でどうすればいいかわからず狼狽えていた。

 

そんな吹雪の隣に黒坂はしゃがむ。優しい笑顔だが、何か真剣そうな瞳をしていた。吹雪にはそれが見て取れた。

 

「零士さん……指揮に来たんじゃありませんね?」

 

黒坂は何も言わない。図星だ。吹雪はそれを知り、悲しげな表情を浮かべた。

 

「……また、戦うんですか?」

 

「ああ。俺があいつを眠らせてやらなきゃならない。だから行くよ。だけどね……」

 

黒坂は吹雪の肩に手を伸ばすと、そっと自分の方へと抱き寄せた。黒坂の胸に収まった吹雪はその突然の行動に対して対応できず、硬直してしまった。

 

「生きて帰ってくるから。みんなの為に。そして……吹雪の為にさ。」

 

吹雪は顔が熱くなっていくのを感じた。防弾チョッキを着ていない黒坂の胸からは服越しにでもわかるくらい鼓動が大きく聞こえている。言って恥ずかしくなったのだろう。そんな黒坂の純情っぷりと、変化に吹雪は笑みを浮かべていた。

 

「はい、ちゃんと帰ってきてくださいね。」

 

死ぬ為にではなく、生きる為に戦うと宣言した黒坂に対し、吹雪は目を合わせて満面の笑みを見せた。そんな2人を、他の艦娘たちは陰からそっと見守っていた。

 

「悔しいけれど、ブッキーには勝てませんネ。」

 

金剛は寂しそうにその様子を眺めつつ、黒坂と吹雪の身を案じていた。

 

ーーーーー

 

翌日、黒坂は現場に投入された。ポートモレスビーの市街地を前進する日米軍を援護及び敵狙撃手、牧原の排除を命ぜられた。ここから離れた海で吹雪たちは戦っている。生きろと命じた自分が死ぬわけにはいかない。そして、下にいる仲間を守らなければならない。ありがちなアパートのような建物の屋上から守る。

 

スコープが切り取る世界に映る敵に狙いを定める。風向、風速を隣にいる観測手が教えてくれる。それに合わせて狙い、撃つ。

 

単純な作業に見えるが、狙っている間、黒坂の脳はフル稼働している。複雑な弾道計算をこなし、正確に、一撃で仕留めなければならないのだ。

 

牧原はまだ現れない。黒坂は焦りそうな心を押さえ込み、周辺の警戒と敵の排除を続けていた。1発の銃声が命を刈り取る。集中しようとする黒坂だが、雑念がどうしても消えなかった。

 

なぜ、牧原が向こう側にいるのか、それがわからないのだ。牧原は死んだ。それは間違いない。ではどうして動いているのか? もしかしたら本人ではなく空似かもしれない。黒坂はそんな期待を抱いていた。だが、そんなものはすぐに打ち砕かれた。

 

『ヘルハウンド、聞こえるか……? こちらウインドスピア。見えてるぞ。』

 

聞き覚えのある声がヘッドセットから聞こえ、黒坂は咄嗟に横に転がった。次の瞬間、どこからか飛んできた1発の弾丸が隣の観測手の頭を貫いていた。

 

黒坂の目の前で1つの命が零れ落ちていく。指から水が漏れていくように、掬い取ろうにも掬えない。鮮血が飛び散る光景は黒坂の目に焼きついた。

 

『お前には負けない。勝負だ、小隊長。』

 

『今度こそ眠らせてやるよ、牧原。』

 

啖呵を切ったが、不利なのには変わりなかった。敵は自分の位置を知っているが、こっちは知らない。観測手を狙える位置と銃創の方向から検討をつけるしかない。

 

屋上から降り、5階のバルコニーに移動する。新しい義足は足首も動くため、移動がしやすかった。牧原も移動しているだろう。ならばどこから来る? 地図を開いた黒坂は予め絞っていた狙撃地点を見て考える。

 

相手は自分のことをよく知っている。ならばこの絞った狙撃地点を狙える場所に陣取るはずだ。それを割り出す。逆算するのだ。

 

ここだ、そう割り出した場所へと銃口を向け、スコープを覗く。そのスコープの中の世界に牧原の姿があった。あの時と変わらない。黒坂の頭に思い浮かんだのはそんな思いと、その位置への弾道の計算だった。

 

引き金を引き、必殺の銃弾を放つ。サプレッサーが発砲音を減音し、居場所を誤認させようとする。飛び出した弾丸は狙い通りに飛翔するが、牧原は咄嗟に物陰に身を隠してしまい、弾丸は外れた。

 

黒坂も身を隠し、コッキングレバーを引く。口に咥えていた弾丸を装填すると共にその場から離れ、違う遮蔽物へと身を隠し、様子を伺う。牧原の姿がない。移動中だろう。次はどこから来る? 遮蔽物から僅かに顔を出し、位置を探る。

 

一瞬だけ突風が吹き、次の瞬間には隠れていた遮蔽物から粉塵が舞った。牧原の放った弾丸が突風で逸れたのだ。もし、その突風がなければ黒坂の顔は吹き飛んでいただろう。敵の位置を確認しつつも、黒坂は肝を冷やしていた。

 

まだ死ねない。その思いが黒坂を焦らせる。グローブが汗に濡れ、色が変わっていく。それでも、逃げ出す事だけは決してしない。必ず、奴を斃す。

 

屋上に上がり、仰向けの姿勢から上半身を起こし、両膝を曲げて据銃する。左肘を左腿に委託し、照準を安定させる。

 

見つけた。急いで移動しようとしている。その姿をスコープが捉えた。一発外した後、もう一度同じ場所から狙撃を試み、移動しようとしているのだ。欲張らなければ黒坂を仕留めるチャンスはあっただろう。

 

「判断ミスったな。」

 

走り出す牧原へと弾丸を放つ。空間を切り裂いて飛んだ弾丸は牧原の左肘に食らいつき、その先の腕を吹き飛ばした。これで射撃に支障が出るだろう。牧原はそのまま物陰に入り、黒坂の視界から消えた。

 

『狩りの時は、息の根を止めるまで油断するなよ。』

 

ヘッドセットから牧原の声が聞こえた。咄嗟に危険を感じた黒坂は横に飛び、受身も取らずにそのまま地面に体を叩きつけられた。その刹那、義足から火花が散る。被弾したのだ。

 

すぐに身を起こして見れば、牧原がライフルを構えている。吹き飛ばしたはずの腕が元通りになっているのだ。

 

『てめえ……人間辞めたな。』

 

『死んだのに動いている時点で辞めているさ。そっちは、辞めきれなかったか?』

 

『ほざけ!』

 

黒坂は感情的になるのを抑えられなくなって来ていた。国へ忠誠を誓ったはずなのに深海側にいる事へ多少なりとも怒りに近い感情を抱いていたのだ。それが沸々と湧き上がってきていた。

 

M700を背中に吊り下げ、屋上から下の階へ移動する。同じ所に止まるのは危険だった。

 

それに気づいて自分で抑えようとする。落ち着け、冷静さを失えば終わりだと。

 

咥えていた弾を薬室に押し込み、1度目を閉じて深呼吸をする。体温が下がったかのような感覚がした。

 

次で決着をつけよう。四肢を撃っても効果はないのはさっきわかった。ならば狙うは急所だ。今までの経験則からして、陸上棲兵も弱点は人間と同じなのだ。

 

黒坂は窓にドーランの蓋を開けて置くと、再び屋上へ移動した。ドーランのケースは蓋の内側に鏡が付いている。それが日光を反射し、光った。

 

牧原はそれを見つけ、狙いをつけた。肉眼では距離があるため、スコープの反射光と勘違いしたのだろう。スコープに光を捉えた瞬間に罠だと気づいても遅い。

 

ドーランを狙っていた時に黒坂は既に牧原の姿を捉えていたのだ。囮に引っかかって動揺している隙に黒坂は発砲した。飛び出した銃弾は今度こそ牧原の胸を食い破り、斃した。それと同時に、義足はケーブルが切れたのか動かなくなってしまった。被弾して切れかけていたケーブルが激しい動きに耐えられなかったのだろう。よく持ちこたえてくれたと黒坂は義足と製作者に心の中で礼を言いつつ、よろよろと歩き出した。

 

牧原の元へ向かうには時間がかかると思われた。だが、狙撃手排除の報を受けた味方が車両で迎えに来てくれたのだ。距離は約500m。車両を使えばすぐに辿り着けた。

 

ビルの階段を上っていくと、廊下に倒れた牧原の姿があった。銃創からは赤い血の代わりにドス黒く、粘度のある液体が流れ出していた。

 

「きた……か……」

 

「心臓ぶち抜かれて生きてるとか、スペックオプス級はしぶといんだな。」

 

「意識があるだけだ……体はほとんど動かない……」

 

黒坂は牧原の前にしゃがむ。牧原は楽しい夢でも見ていたかのように笑っていた。

 

「やられちまったな……」

 

「あんなのに引っかかるからそうなるんだ。お前、なんで敵になったんだよ?」

 

「抑えられないんだ……破壊衝動を……怒りや悲しみを何倍にも増幅させられて……」

 

牧原は震える手で黒坂にSDカードを差し出した。黒坂はそれを受け取ると、すぐにポーチにしまい込んだ。

 

「だけど、心は操られていない。みんなで集めた情報だ……時村曹長の主導でな……」

 

「時村……」

 

黒坂は目を伏せた。死してなお仲間のため、誰かのために彼らは動いてくれたのだ。敵になっても心は味方のままだったのだ。

 

「眠らせてくれ、小隊長……お前の勝ちだ。」

 

黒坂はUSP拳銃を抜くと、牧原の頭にその狙いを定めた。震える指をなんとか抑えて引き金に指をかける。

 

「分かった。必ず俺について来いよ。連れて行ってやる。お前らが望んだ未来へ……俺が……」

 

牧原は笑った。

 

「誰もお前を恨んではいねえよ。心配するな。キスカじゃ落伍したが、今度こそついて行ってやる……」

 

「ああ……それじゃあ……」

 

黒坂は引き金を引き、発砲した。至近距離で放たれた9mm弾は牧原の頭に吸い込まれて行った。

 

「眠れ。誇りを抱いて。」

 

黒い液体を飛び散らせた牧原が動くことはもう無い。その顔は、最期まで笑っていた。

 

ーーーーー

 

吹雪たちは再びガダルカナルへの攻撃を実行していた。前回はスルーした敵艦隊に背後を突かれ、撤退した。だが、今回は違う。宮原が送ってきた潜水艦たちが待ち伏せをしているのだ。

 

『こちらゴーヤ! 掛かったでち!』

 

『OK! お願いシマース!』

 

伊58から待ち伏せ成功の連絡が入る。前回と同じく突破すれば背後からの挟撃を狙いに来るはずだ。それを逆手に取り、追いかけてきた敵艦隊を潜水艦隊が包囲し、袋叩きにしているのだ。背後の脅威は消えた。後は目の前だ。

 

敵の反撃による損耗も出るが、それ以上に金剛たちの攻撃が敵戦力を削るのが早い。黒坂が戦っている。その事実が艦娘たちを奮い立たせているのだ。

 

海岸砲の修復は思ったより進んでいないようだ。飛行場姫が苦虫を噛み潰したような顔をしているが、暗視装置越しにそれを見ることはかなわない。

 

『おい、お前らの提督は任務を果たしたぞ! お前らも負けるな!』

 

檜山から連絡が入った。黒坂がやったとの連絡は艦娘たちを奮い立たせるのに十分であった。提督に続け、諦めるなと。

 

比叡の放った三式弾の子弾が夜空を照らし、飛行場姫に降り注ぎ、装備を破壊していく。

 

「金剛さん! あと一押しです!」

 

吹雪は暗視装置を外し、双眼鏡で敵の被害状況を確認している。飛行場姫の艤装が炎上しているため、暗視装置がなくてもよく見えるのだ。

 

「OK! 任せてくだサーイ!」

 

「風は西から2、距離同じ!」

 

吹雪が風速と距離を金剛に伝える。金剛はそれを元に砲の照準を修正した。

 

「Burning love!」

 

金剛が砲撃した。砲弾は光の尾を引きながら飛翔し、飛行場姫の真上で炸裂。子弾を撒き散らした。

 

三式弾は命中し、燃料庫か弾薬庫にでも引火したのだろうか、派手な爆発を起こした。そして、爆発が収まって沈黙が訪れる頃には、飛行場姫の姿はなくなっていた。


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