水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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時間が足りぬ…


第43話 少し先の未来を

ラバウルとショートランドの確保は案外すんなりといった。オーストラリア攻略に深海側は海上兵力を多めに投入した為か、この2つの島は防備が手薄だったのだ。駐屯していた陸上棲兵は米海軍機が空爆で駐屯地を焼け野原にした後、上陸部隊によって殲滅された。敵の港湾施設があったので、移動式ドックの設置さえ終わればすぐに利用できる状態だった。

 

ショートランドに陸軍の施設科が必要な設備を設置している間、艦娘たちは次の作戦について黒坂から衛星通信で指示を受けていた。旗艦の金剛は一字一句聞き漏らさないよう、地図と向き合いながら黒坂の話を真剣に聞いている。

 

『現在、敵海上兵力はヨーク岬半島周辺を攻撃中。徐々に南下する動きがあることから、シドニーを目指しているものと推測されている。敵がシドニーに辿り着く前に撃滅しなければならない。ポートモレスビーはどうなってる?』

 

『Roger,ポートモレスビーはUSMC(米海兵隊)が確保済みネ!』

 

『よし、作戦に変更だが、オーストラリア攻撃部隊はガダルカナルを拠点としていることが判明した。攻撃目標をオーストラリア攻撃部隊からガダルカナル島の敵拠点に変更する。奴らの帰る場所を奪ってやれ!』

 

『OK,ワタシたちの出番ネー!』

 

黒坂からの通信は切れた。言うべきことは言い終わったのだろう。金剛はメモ帳を持つと、一緒に来ている艦娘の元へ向かった。

 

今回の作戦はショートランド泊地を拠点とし、夜の闇に乗じて敵拠点に接近、砲撃を叩き込むという方針で決まった。夜間の戦闘に強い駆逐艦と重巡洋艦、基地の砲撃に戦艦という編成で向かう事になる。

 

金剛、比叡、足柄、吹雪、陽炎、曙は作戦に向けて装備を整えていた。泊地の滑走路には戦闘機と爆撃機が所狭しと並び、昼間に攻撃、敵機の迎撃を出来るように待機している。その中にクーガ隊の姿もある。敵航空機が多く、ジェット戦闘機が空域に進入できないため、空襲は妖精たちに委ねられていた。(無理に人が乗る戦闘機で空域に突入すると、深海棲艦機をエアインテークに吸い込んだりしてしまうため)

 

吹雪は念入りに照準の調整を行う。その度に思い出すのだ。黒坂から習った事を。常に未来を見据えて狙いをつける事を。敵が動いているなら、数秒先の未来に敵がいるであろう場所を狙え、常に先を見ろ。その言葉は今も吹雪の心の中に残っていた。

 

「少し先の未来、か……」

 

「それがどうしたのかしら?」

 

「ひゃわっ!?」

 

吹雪は足柄が突然背後から声をかけてきたことに驚き、素っ頓狂な声を上げてしまった。それが恥ずかしいのか、顔を赤らめている。

 

「あ、足柄さん……! びっくりさせないでください……!」

 

「あらあら、ごめんなさい。でも気になっちゃったものだから……」

 

そう言いつつ足柄は吹雪の頬をムニムニとつまむ。餅のように柔らかく、弾力のある肌だ。足柄も欠かさず手入れしているため、肌はいい状態を保っているが、吹雪はそれより状態がいい。

 

「恋する乙女は、肌艶が良くなるのかしらね?」

 

「ど、ど、ど、どういう意味ですか!?」

 

「そのままの意味よ。」

 

足柄はふふっと笑う。楽しそうな足柄に対して、吹雪はあまりにも動揺して混乱していた。作戦前の息抜きのようなゆるい一時は緊張をほぐすのに一役買っていた。

 

ーーーーー

 

敵基地へ向けて艦隊は進軍を始めた。なるべく見つからないようにしながらも最速で敵艦隊を突破し、基地を攻撃するのが目的だ。

 

索敵は暗視装置と電探が頼りだ。暗視装置はあらかじめ黒坂が発注していたもので、前線を経験していると何が必要かよく分かっている。金剛はそれを心から幸運に思っていた。

 

夜間に肉眼で遠方の敵を見つけるのは困難だ。観測機を出すわけにもいかない。砲撃、雷撃の難易度も増す。難しい戦いだが、艦娘たちはやれると信じていた。

 

「敵確認!来るわよ!」

 

足柄が声を上げる。空母と思わしき姿をした深海棲艦と戦艦タ級、軽巡へ級が2、駆逐ハ級が2という編成だ。今は夜間。空母を今のうちに沈黙させるか、猛スピードで突き抜けるか選択を迫られた。

 

「ミナサーン! 強行突破シマース! 戦闘は最低限。弾薬を節約シマショー!」

 

金剛が作戦を伝える。今回の作戦はあくまでも敵基地の無力化。基地守備隊とやりあうことではない。弾薬をここで消費するわけにはいかないのだ。

 

敵も金剛たちの姿に気づく。その時には金剛が先制の一撃を放っていた。暗闇を照らす砲弾は山なりに飛翔し、へ級に吸い込まれた。へ級は榴弾を浴びて火災が発生。そのうち弾薬庫に引火し、爆沈した。

 

「当たって!」

 

比叡も砲撃する。もう一隻のへ級へと榴弾を放つ。試射は夾叉だ。暗闇の中でもわかるくらい高い水柱が上がる。それを確認した比叡は残りの砲で一斉射を実行、へ級を海の藻屑へと変えた。

 

「最大戦速! follow me!」

 

その隙間を縫うように金剛がスピードを上げてすり抜けていく。後続の艦娘たちもそれについていくように速力を調整すると、タ級とハ級の間を抜けるように進路を微調整する。

 

ハ級が雷撃準備を始める。吹雪はそれを阻止すべく魚雷を発射した。狙いは魚雷発射後にハ級がいるであろう場所。少し先の未来だ。

 

使い慣れた魚雷の速度と敵の速度から最適な発射方向を割り出して撃つ。そんな技術を手に入れるまでには長い時間がかかった。それでも、それに見合うだけの価値はあった。

 

酸素魚雷は航跡をほとんど残さない。ハ級は吹雪が魚雷を撃ったのだけはわかったが、どこへ何本くるかわからず、回避のしようがなかった。

 

3本の魚雷がハ級の横っ腹に吸い込まれる。あまりの爆風にハ級の体は2つに千切れ、海へと沈んでいった。直視したらトラウマ間違いなしの光景であるが、暗視装置越しに見た為、さほどショックは受けなかったようだ。

 

艦隊はそのまま強行突破する。目標まで止まらず、短期決戦の勝負に出た。うかうかしていると夜が明けてしまう。

 

ーーーーー

 

その頃、佐世保では黒坂が高原と面と向かって話をしていた。2人しかいない執務室には重苦しい雰囲気が漂っている。

 

「で、ヘウンズドア作戦が一時凍結ってどついうことです?」

 

舞鶴が極秘裏に進めている大西洋方面への進出、ヘウンズドア作戦がインド洋制圧を達成したところで凍結となったのだ。これには疑問を呈さざるをえない。

 

「前の侵入者のIDカードの解析に成功した。あいつの所属は……イスラエル諜報特務庁。」

 

「モサド……目的は?」

 

「艦娘のデータ確保または艦娘の拉致と見ている。イスラエルはアラブ諸国と仲が悪いからな。陸は四面楚歌、海まで敵となったら絶体絶命。だからこそ艦娘を強引にでも手に入れようとしたのだろう。」

 

同盟国のアメリカにすら渡さない技術を貰えるはずがないと判断したのだろう。あそこでモサドのスパイをとっ捕まえられるとは思ってもいなかった黒坂は自分の幸運さと警務科の優秀さに感心していた。

 

「それで、向こう方面に出すのは当分見送り……」

 

「こっちでも対応は考えている。いい加減、艦娘を日本だけで独占していても無理が来そうだ。方針の変換を迫られているのだよ。」

 

「そうですか……とりあえず、ストレイキャッツは予定通り進めます。」

 

「頼む。」

 

高原はそう言って退室した。黒坂はすぐに電話を取り、大湊の宮原へと電話を掛けた。

 

『黒坂だ。頼んでたのはどうした?』

 

『予定通りだ。もうすぐそっちに着くぞ。俺の自慢の潜水艦隊だ。有効に活用してくれ。』

 

『助かる。』

 

黒坂は受話器を置く。ガダルカナルへ向かった艦娘たちを援護する為、宮原に援軍の打診をしていたのだ。

 

「頼む。無事で帰ってきてくれよ……」

 

黒坂は遠く離れた海にいる艦娘たちへ思いを馳せらせ、静かに祈っていた。そのついでに、高原が置いていった資料に目をやる。ポートモレスビーに現れたという敵の狙撃手に関する資料だ。

 

ピンボケした写真に写る狙撃手は黒坂たちと同じ戦闘服3型を見に纏っている。黒坂には心当たりはあるが、確信に移せないでいた。なぜなら、その男は既にキスカで息絶えたはずなのだから。黒坂の手元には彼のドックタグだってある。

 

「牧原……お前なのか……?」

 

ーーーーー

 

ガダルカナルでは激戦を極めていた。敵艦隊から既に敵襲の連絡があったのか、敵基地は既に臨戦体勢だった。飛行場姫と、それを守るように設置されている海岸砲が艦隊へ攻撃を開始する。夜間ゆえに敵航空機は出てこないが、その分砲撃が激しかった。

 

水飛沫が頬を叩く。停止しそうな思考が冷たさに引き戻された。吹雪は荒い呼吸を整え、砲撃を再開した。敵の砲台を潰さなければと、吹雪は目標を狙い直した。

 

敵は電探を使っているのか、艦隊の位置に砲弾を撃ち込んできている。ならばやられる前にやらなければならない。頭上のUAVが敵の位置を正確に捉え、教えてくれるのが大きなアドバンテージだ。

 

『敵砲台沈黙、次の目標を指定する。』

 

インカムからは泊地にいる司令官からの指示が聞こえてくる。黒坂の先輩であるその指揮官の名前はまだ覚えていないが、ダウンフォールを共に乗り切った人らしい。その話が吹雪に安心感を与えていた。

 

砲弾が至近距離に落ち、艤装がわずかに損傷した。まだ小破だ。だが、周りの艦娘は徐々に被害が増している。駆逐艦は小柄ゆえに被弾しにくいのと、吹雪は高い練度を誇っているがゆえに小破で済んでいるのだ。

 

『撤退しろ! 後方より敵増援が接近中! 挟み討ちだ!』

 

指揮官の声が聞こえた。金剛がそれに遅れて撤退の合図を出す。吹雪には敵基地半壊まで追い詰めたのに撤退しなければならないのが悔しく思えた。だが、黒坂ならこうしただろう。黒坂じゃなくても、無理をしたりはしない。ここで勝てる見込みが少ない以上、次に賭けるのが正しい判断なのだ。

 

その頃、陸上部隊も苦戦を強いられていた。泊地で海上部隊と陸上部隊の指揮を取っていた檜山大佐の元へは次々と報告が舞いこんでいたのだ。

 

「連隊長! ポートモレスビーで米海兵隊と作戦行動中の3中隊が壊滅的打撃を受け、撤退中です!」

 

「敵狙撃兵の攻撃により、他中隊支援に向かえません!」

 

「クソが! 航空支援はできないのか!?」

 

「敵航空機、攻撃に阻まれ支援機向かえません!」

 

檜山は歯軋りしていた。たった1人の狙撃手とその取り巻きの一個小隊にいいようにやられている。そして、その狙撃手の正体に檜山は複雑な思いを抱えていた。

 

「牧原翔平伍長……死んだはずの野郎が死神になって現れたか……誰か市ヶ谷に繋げ!」

 

「何故です?」

 

連絡担当の隊員が檜山に問う。檜山は神妙な表情で言った。

 

「ウチの2番目の狙撃手潰すには、1番の狙撃手ぶつけるしか無さそうだからな。死神を呼び出す。奴にしかやれない。」

 

黒坂の元へ出撃命令を伝える命令書が届くのはそれから25時間後のことだった。高原と佐世保鎮守府の指揮を交代し、陸戦隊第2連隊の狙撃小隊に一時異動し、ポートモレスビーで敵狙撃兵の排除という任務を与えられたのだ。


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