水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

44 / 52
第4章 ストレイキャッツ
第41話 仲間たちの呼び声


ある日、由良は屋上に上がって夜空の星を見ていた。消灯時間後に屋上に上がってるのが当直にバレたら間違いなく怒られるが、そんな危険を冒してでも星が見たいくらいだった。

 

街灯が消え、宵闇に無数の星が輝く。地上と空が逆転したようにも思える。由良は空に手を伸ばし、華奢な指先で星と星を線で結んでいく。輝く星々を繋ぎ、形を作る。まるで、自分の手で何かを生み出しているかのようにも思える。楽しい。由良はそう思い、微笑んでいた。

 

「あれ、由良さん?」

 

由良が振り返ると、そこには吹雪がいた。しまった、由良はそう思った。吹雪は今週の当直なのだ。怒られてしまう。

 

「あ……吹雪ちゃん……ごめん、眠れなくて部屋を抜け出しちゃって……」

 

「あー……分かりました、見なかったことにします。今日は星空が綺麗ですね……」

 

吹雪は由良の隣に立って夜空を見つめる。月がなく、暗い夜空は星たちの舞台だ。秋の夜空は明るい星が少ない。だけど、自分はここにいると主張するように、懸命に輝いていた。

 

「そうだね……昔、おばあちゃんがよく言ってだな……死んだ人はお星様になって、私たちを見守ってるんだ、ってね……本当に、見守られてるみたい……」

 

「そうですね……きっと、誰かがいつも見守ってくれているんですよね……」

 

「まあ、実際のところはどうか分からないけど、案外見守られてるのかもね。」

 

後ろから聞こえてきた、聞き慣れた男の声に2人は振り向く。そこには、3本の缶を手に持った黒坂が立っていた。暖かいミルクティーの缶を2人に『飲む?』と問うかのように持ち上げると、2人はいただきますと言ってその缶を受け取った。

 

由良と吹雪が柵に手を掛け、もう片方の手でミルクティーを飲む。黒坂は背中を柵に預け、仰け反るようにして天を仰いだ。北と南で見える星が違うように、提督と艦娘が見る世界も違うのだろう。黒坂はふと、そんな事を思った。

 

「提督……由良ね、怖くなってきちゃったんだ……」

 

由良がポツリポツリと心境を吐露し始める。黒坂は何も言わず、それを聞こうとする。

 

「出撃して、敵の砲弾が飛んできてさ……アレに当たったら死ぬかもしれないって考えると、怖くてたまらないの……」

 

「誰しもが通る道だ。俺も、吹雪も……他のみんなも、一度は経験してる。自分の死に恐怖を覚えるのは自然なことだ。由良はどうしたい?」

 

隣で聞いている吹雪は黒坂が本音でぶつかり合おうとしているのを感じ取れた。黒坂が本音で、本来の自分で話すときは決まって一人称が俺に変わるのだ。

 

「どうしたいって……?」

 

「艦娘であり続けたい、または軍を辞めて、1人の女性として人生をやり直す、他にもいろんな選択肢はある。星と星を結ぶ経路が一つじゃないように、生き方はひとつじゃない。そうだろう?」

 

黒坂は心苦しさを覚えていた。戦災孤児の中から志願した者がこうして艦娘として戦っていることを知ったからだ。それを知ったのはつい最近。勿論、艦娘たちはそれを知らない。戦災孤児の男性は地上部隊へ行き、残った女性は艦娘へ、という流れだ。全員がそうというわけではないが、彼女たちの居場所を軍が縛ってしまっているような感覚がした。だが、他に手立てがないという二律背反に押しつぶされそうだった。

 

「……由良は……まだここにいたい。みんなと離れるの、嫌だから……」

 

由良は俯いてしまう。もしかしたら泣いているのかもしれない。夜風は肌を撫で、体温を奪っていく。吹雪は巡回中だった事もあり、防寒着を着ているが、由良は就寝用のジャージだ。寒いだろう。そう思った黒坂は由良に自分の外套を着せた。

 

「それが自分の意思ならそうすればいい。自分で出した答えが合ってるか間違いかなんて、答え合わせはできないんだ。好きにやるのが1番なんだ。」

 

「うん……ありがとう、提督さん。」

 

外套を上着代わりに着てきた黒坂はODのインナーシャツ1枚で、見かけは寒そうだ。だが、東北生まれで寒さには慣れている。肌は吹雪といい勝負というくらいに白い。だが、がっしりとした腕が彼が1人の戦士であったことを物語っている。

 

「そういえば零士さん、もしかして、私のことを助けてくれたのって3回ですよね?」

 

吹雪が唐突に訊く。黒坂はんん、と唸り声を上げた。

 

「いや、ダウンフォールとキスカとで2回じゃ?」

 

すると、吹雪は首を横に振った。いつの話だろうか? 黒坂は首をさらに傾げた。由良は興味深そうにその話に食いついていた。

 

「いいえ、もう一回ありますよ。タウイタウイで……喉元の刃作戦の時に駆け付けてくれたのは、零士さんの部隊と、宮原中佐の部隊だったはずですから……」

 

「どんな話? 由良も興味あるな……」

 

黒坂はその場にしゃがみ込むと、ポツリポツリと回想を始めた。自分と吹雪が、死の恐怖の真っ向から向き合い、乗り切ったあの作戦を。

 

ーーーーー

 

2013年5月29日。第3偵察小隊長に着任した黒坂はタウイタウイ島のジャングルを部隊とともに進軍していた。目標は東南アジア方面進出の為、海岸の敵陣地制圧及び前哨基地設営地点の確保。陸戦隊の第1連隊が出撃し、その隷下にある黒坂の第3偵察小隊、宮原の第2偵察小隊が別ルートから予定地点へ進軍していた。他の小隊が戦闘を展開するために情報収集しつつ、脅威を排除するのが役目だ。

 

前の部隊から一緒にやって来た花田と紀伊は班長になっていた。頼れる仲間がまだ残っているが、時村はもういない。黒坂は何時までも仲間の死に囚われている自分をなんとかしようとしつつ、M700を握っていた。上官に頼み込んで入手したこの銃は、名目上鹵獲品扱いになっているため、好きにカスタマイズしても上層部に文句は言われないのだ。

 

『こちら3Rec(第3偵察小隊)2Rec(第2偵察小隊)、状況を知らせ。送れ。』

 

黒坂は宮原に連絡する。すると、程なくして返答がきた。

 

『こちら2Rec、予定通り進行中。多少交戦したが、遅れはない。』

 

『了解、また定時になったら連絡する。通信終わり。』

 

黒坂は無線を切ると、また部隊に前進の合図を出す。汗が戦闘服に滲む。それでも前を見据えて進む。この先の情報を少しでもつかみ、反抗の足がかりを作らなければならないのだ。守ると誓った祖国のために、仲間や部隊の、そして自身の身に余る名誉のために。

 

次の瞬間だった。前方から一筋の光が飛んで来たのは。曳光弾だ、頭にそう浮かんだ時には後ろにいた隊員の頭に穴が開き、血飛沫が舞い上がっていた。

 

「片岡がやられた!」

 

「伏せろ! スナイパー!」

 

黒坂は仲間がやられたという叫び声に対し、伏せろと命令で返した。更に敵方から銃弾の雨が降ってくる。待ち伏せされたのだろうか。すぐさまM700を取り出す。

 

「各班は適宜移動して戦闘! あのクソ共をぶっ飛ばしてやれ!」

 

指示を飛ばすと同時に黒坂は無線機のスイッチを入れて本部管理中隊へ連絡を入れた。

 

『CP! こちら3Rec! 敵の待ち伏せを受け一名KIA! 交戦する!』

 

『こちら2Rec! こっちも戦闘状態!』

 

宮原の声も聞こえてきた。支援は望めないと黒坂は覚悟を決めた。敵は未知数。こっちは一個小隊。勝てるだろうか。

 

無数の弾丸が飛び交い、木を掠った弾丸が木片をまとって飛ぶ。少しでも顔を出すことを躊躇ってしまう程の戦闘の中、黒坂は木から木へ、茂みへと動いて狙撃手を探す。木漏れ日がスコープに反射したのか、少しだけ光が見えた。

 

もらった。黒坂はM700を構え、狙いをつける。呼吸と鼓動に合わせるように照準が揺れる。緊張してるのか? それとも恐怖? どっちでもいい。黒坂は呼吸を止めて心拍数を落とす。心臓を止め、一瞬だけ自分は死ぬ。そんな気持ちで息を止め、揺れが収まった瞬間、引き金を引きしぼる様に引き敵狙撃手の頭を吹き飛ばした。スコープが映し出す掌より小さい世界の中ね、命を奪ったという事実と向き合うのはまた後でだ。

 

それでも、どこかに隠れている機関銃手が沈黙していない。敵が曳光弾を使ってこないために居場所を探れず、黒坂たちは隠れているしか術がなかった。マズルフラッシュもよく見えない。ハイダーを変えたのだろうか。

 

黒坂は激しい弾幕に怯んだ。敵に狙撃手とバレてしまったのだ。釘付けにされている。体験したことのない圧倒的な弾幕。敵の火線が自分に集中しているのだ。殺される、そう自覚した。

 

足が震える。恐怖心だ。仲間が死んでいく、そして、自分も死んでいく。怖い、怖い……

 

震えそうな顎をしっかり噛みしめ、黒坂は銃に抱きつくようにして丸まり、弾幕をやり過ごすしかなかった。

 

ーーーーー

 

私は海の上を滑っている。足につけた不慣れな艤装が軽快な音を立てて私の体を動かす。手に持った砲は私の手には重すぎる。

 

「吹雪ちゃん、大丈夫?」

 

前を進んでいた榛名は吹雪に声をかける。吹雪よりは長く訓練を積んでいた榛名は体力的にも吹雪より余裕があった。とはいえ、少しだけ長いというくらいであり、実戦経験は大して変わらなかったりする。

 

艦娘が実戦投入されるようになってきたが、最大の問題点である練度不足と運用方法が確立されていない、それが組み合わさって損害率は高いままであるのだ。

 

今回の第1艦隊と呼称される部隊の編成は赤城、榛名、山城、木曾、川内、吹雪。任務はタウイタウイ島沿岸の敵陣地砲撃を行い、陸戦隊の敵陣地制圧を援護すること。先行する偵察隊の情報を待ち、敵陣地へ砲撃を加える手筈となっていた。

 

事前の航空偵察では海岸に砲台はなく、敵艦隊に注意すればなんとかなるとされていた。この時、第2偵察小隊と第3偵察小隊は敵陣地に向かっている途中であるため、詳細は海上で伝えられることとなっていた。

 

既に赤城の艦載機は空に上がっている。雲はなく、視界は良好。敵が来ればすぐに発見できる。無論、それは敵もである。索敵の結果が生死を分かつ。だが、艦娘たちは練度不足という致命的なものを抱えているのだ。万一敵主力艦隊と交戦になればどうなるかわからない。艤装が開発されても運用方法の確立、艦娘の練度向上には時間がなさすぎたのだ。

 

吹雪は海の上を滑りながら震えていた。怖いのだ。服務の宣誓にあった『有事の際は身の危険を顧みず』その文面に手が震えたことを思い出していた。何度目かの実戦。水雷戦隊との交戦にも怯えていた。敵が強い、砲弾が当たらない、それが焦りを呼び、恐怖に陥れた。それを思い出して、震えずにはいられなかった。

 

「偵察機より入電! 敵艦隊発見!」

 

赤城が叫ぶ。それと同時に艦隊に緊張が走った。誰もが避けたかった戦闘に突入するのだ。砲を、艤装のコントローラーを握る手にじっとりと汗が噴き出す。

 

敵は水上打撃部隊のようで、航空機は飛んでこない。その代わりに、長距離から砲弾が飛んできて艦隊の近くに水柱を立てた。

 

「敵艦見ゆ!」

 

誰かが叫んだ。その声が誰かを判別するほどの余裕も吹雪には残っていなかった。手がカタカタと震える。目の前にいるのは多くの人間の命を奪った怪物がいる。艤装があるとはいえ、自分もやられれば死ぬ。その恐怖に吹雪は飲まれていた。

 

航空隊が敵艦隊への攻撃を始め、敵の砲撃は一瞬止んだ。だが、安堵する暇もなく今度は陸地の方からの砲撃が艦隊を襲った。狙いが近い。

 

敵海岸陣地には隠されていたであろう海岸砲が設置されていた。陸にしっかり固定されている砲台の命中率は波に揺られる艦の砲よりも高い。

 

山城が吹雪の目の前で被弾した。航行に支障はないが、艤装の一部が弾けとび、黒煙を上げている。

 

吹雪も撃ち返す。だが、戦艦と駆逐艦とでは射程が違いすぎた。当たらないのだ。魚雷もこの距離では当てるのは無理だろう。吹雪には現状、なす術がなかった。そして、ここに熟練兵と言えるほどこの戦場に艦娘として立っていた者はいない。艦娘自体が最近出来たもので、満足に訓練もやっている時間が無かったからだ。

 

あちこちで悲鳴が上がる。敵のほうが練度は高い。撃ち返しても砲の扱いに慣れない艦娘たちの砲撃は良くて至近弾、悪くて明後日の方向へと飛んでいく。そして、海岸砲の狙いがさらに近くなって来た。

 

「誰か助けて!」

 

吹雪はいつの間にか悲鳴を上げていた。今すぐにでもこの場を逃げ出したいくらいに、恐怖に飲まれていた。

 

「……聞こえたよ、みんなの声。」

 

吹雪の無線機から聞き覚えのある声が発せられた。吹雪はそれを聞くと、一瞬だけ落ち着きを取り戻していた。

 

ーーーーー

 

黒坂は木に背中を預け、激しい弾幕にひたすら耐えていた。永遠とも思えるこの時間、黒坂のヘッドセットから声が聞こえてきた。

 

「誰か助けて!」

 

悲鳴だ。女性の声ということは艦娘だろう。黒坂ほ我に返った。彼女たちは海岸砲からの攻撃に晒されているのかも知れない。ならば、こんな所で立ち止まってる暇はない。助けなければ。それが、自分たちに下達された任務なのだから。

 

「……聞こえたよ、みんなの声。」

 

黒坂はマイクをつかんでそう答えていた。その声を聞いていたのは第3偵察小隊の仲間たちもだ。全員の震えが収まる。そして、目には再び闘志が宿っていた。左肩には死神のエンブレム。まるで、そのエンブレムの死神が彼らに宿ったかのようだった。

 

「突破するぞ! 援護!」

 

黒坂が叫ぶと、機関銃手が敵のいるであろう方向へ向けて制圧射撃を始めた。すると、黒坂への制圧射撃が少しだけ弱まった。

 

「小隊長! 敵機関銃手11時の方向!」

 

声が聞こえる。小隊のもう1人の前哨狙撃兵である四津谷軍曹の声だ。黒坂は少しだけ木から身を乗り出してM700を構えると、スコープを覗き込む。スコープが切り取り、膨らませたその世界の真ん中に敵機関銃手はいた。

 

迷うことなく人差し指に力を込め、トリガーの遊びの部分を一気に引き絞り、呼吸を止めて撃鉄を落とした。グリップやチークピースから伝わる突き刺すような反動を抑え込みながらスコープの先を見据え続ける。そこには赤い血の花を咲かせた敵兵の姿があった。

 

「突込め!制圧するぞ!」

 

黒坂の指示に素早く反応した隊員たちが劣勢に陥った敵を次々と駆逐していく。時折、誰かが被弾したのか悲鳴を上げる。悲鳴を上げているならまだいい。少なくとも生きているのだ。悲鳴を上げなかったらそいつは死んでるという場合がほとんどだ。

 

敵が引いていく。黒坂はその場に立ち止まると本部管理中隊に連絡を入れた。

 

『CP、こちら3Rec。』

 

『分かっている。好きにやれ。すぐに追いつく。2Recは行けるか?』

 

『2Rec、行ける。すぐにポイントまで向かう!』

 

これで決まった。黒坂はすぐに前進の合図を出す。この前は艦娘たちに助けられた。今度は俺たちが助ける番だと黒坂たちは戦闘が終わったばかりで疲労感を感じている中、体に鞭打って走り出した。

 

敵陣地に近づく。林に潜んで偵察している間にも海岸砲の砲撃音が腹の底まで響いてくる。さてどう攻めたものかと黒坂は近くに潜んでいる宮原とともに頭を悩ませていた。そんな所に、救いとも言える声が聞こえてきた。

 

『こちら米海軍第7艦隊所属のアロー1。貴官らの上空を飛行中だ。』

 

黒坂たちの頭上を2機のF/A-18Fスーパーホーネットが飛び去り、遅れて爆音を轟かせる。援軍が来たのだ。宮原がすぐに連絡を入れる。

 

『こちら第2偵察小隊、航空支援は頼めるか?』

 

『可能だ。目標を指示してくれ。』

 

『了解、ヘルハウンド、やってくれ!』

 

それを聞いていた黒坂はすぐにレーザー照準器を取り出して構える。目標は海岸砲だ。一気に吹き飛ばしてしまいたい。黒坂は横に並ぶ海岸砲の中央にレーザーを照射した。

 

『目標を確認。JDAM誘導爆弾を投下する。』

 

爆弾が投下された。爆弾は黒坂のマークした目標に向かい、自由落下して行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。