水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第39話 歓喜に潜む影

一陣の風が吹くと同時に響くスタートの合図、西組の黒坂がまず喚声をあげた。

 

「奴らを全員ぶっ倒せ!」

 

そして、東組からも宮原、久坂が雄叫びをあげる。

 

「まとめて潰せ! 情け無用だ!」

 

ハッカパーレ(叩き潰せ)!」

 

そして、両陣から怒号や奇声、バトルクライが響き、スクラムが突撃していく。それに遅れて突攻とキラーが全力疾走していく。

 

Ура、叩き潰せ、生かして横須賀から帰すなと、艦娘も一般隊員も熱気に飲まれ、頭に血が上り、全力で突撃していく。靴が砂を巻き上げてあたりを砂埃で覆う。猛進する攻撃隊。全てを踏み潰す勢で進む。

 

スクラム同士がすれ違い、それぞれ相手のサークルを取り囲む。サークルは蹴りを入れたり頭突きをお見舞いしてスクラムを追っ払おうとする。

 

そして、東側の突攻である久坂、宮原へと、西側キラーの黒坂が単騎で向かっていた。もう1人のキラーである川西は別の突攻を止めるべく疾走していた。

 

「させねえぞこの野郎!」

 

黒坂は叫びながら拳を構え、2人に向かって突撃していく。

 

「邪魔すんなこの野郎!」

 

「突攻の宮原を止めてみろや!」

 

2人も拳を構えて突撃する。黒坂を倒さねば棒にはたどり着けないのだ。一か八か勝負を仕掛ける他はない。

 

黒坂の拳が久坂の横っ面を捉える。同時に黒坂の腹を2人の拳が捉えていた。お互い衝撃を食らってよろけ、後ずさる。痛みが体に走るが、それでも歯を食いしばり、地を踏みしめて一歩前に進む。

 

雄叫びをあげ、肉弾戦に持ち込む。拳が舞い、観客の目を奪うほどに激しい戦いを繰り広げる。久坂の拳を黒坂はしゃがみながら時計回りに回って回避し、その勢いに乗せて義足で宮原の足を蹴る。義足は宮原の脛に当たり、あまりの痛みに宮原は倒れた。金属の棒で脛を殴られ(蹴られ)たら、痛みは想像に難くない。

 

久坂の手刀は黒坂のわき腹をとらえた。カエルが潰れたかのような声を漏らして黒坂は体をくの字に折って後ずさる。その間に宮原は痛みをこらえて立ち上がり、ファイティングポーズを取った。

 

もう一度拳同士が宙を舞う。黒坂と宮原はヘッドギアが吹き飛び、久坂は黒坂の肘に拳をブロックされた。黒坂の左肘から小指まで痺れが走るが、利き手の右だけで戦う。痺れた左手は上手く握れないが、すぐに回復するだろう。

 

これで止めにしよう。お互い何も言わずにそう思った。ギラギラと闘志に燃える目でお互いを睨む。

 

強い風が吹き、木の葉を空へと吹き上げる。それを合図に地面を蹴り、猛進していく。距離はそんなに離れてはいない。

 

宮原と黒坂が拳を交わす。宮原のアッパーは狙いがずれて黒坂の鳩尾を捉えた。対する黒坂の拳は宮原の喉仏に命中。お互い呻き声をあげ、宮原がまず倒れた。

 

黒坂は呼吸困難に陥りつつも手刀を振り下ろす久坂に回し蹴りを敢行し、義足で久坂の首をとらえた。同時に黒坂は首に手刀を食らって意識を刈り取られ、その場に倒れる。久坂も義足での回し蹴りが堪えたのか、少し遅れてから膝を折り、地に伏せってしまった。

 

東側の攻撃隊は突攻を黒坂、川西に全て防がれてしまい、スクラムだけで棒への攻撃を敢行していた。防御側のサークルがガッチリと肩を組みあい、近寄る相手を蹴飛ばして近寄らせない。

 

「ええい、天龍! 手を貸せ!」

 

業を煮やした木曾が叫び、天龍を呼ぶ。すると、天龍はおう、と返事して木曾の下へ駆け寄った。何をする気かと観衆が見守る中、しゃがんだ木曾の背中をジャンプ台にして天龍が飛び上がり、スクラムの上に乗った。

 

観客から歓声が上がる。防御側のサークルには一段目の味方の肩の上にさらに人が乗っており、飛び乗ってきた天龍を蹴落とそうと必死に抵抗していた。棒乗りの高原も蹴りを入れ、天龍とそれに続いてサークル1段目に乗ってきた相手を必死に蹴落としていく。

 

その頃、東側の棒には西側のスクラムと突攻が群がり、乱闘になっていた。島風はスクラムを踏み台にして高く飛び上がり、上乗りである坂井の足に掴みかかって引きずり落とそうとする。対する坂井は足を振って島風を振り落とそうとするが、なかなか上手くいかず苦戦している。

 

「うおおお! そこをどきやがれ!」

 

「させん! 1人として行かせんぞ!」

 

西側攻撃隊の永見は長門をサークルから引き剥がそうとするが、長門は頑強に抵抗してみせる。永見がいくら引っ張ってもビクともしない。

 

「永見軍曹、耐えて!」

 

「おう!」

 

由良は永見に声をかけると、永見の肩を踏み台にしてサークル2段目を引き剥がしにかかった。だが、サークル2段目を受け持つ駆逐艦たちが足を振り回して由良を振り落とそうと抵抗を続ける。同じく飛び乗った陽炎も不知火と取っ組み合いになっていた。

 

「不知火! そこをどくのが身のためよ!」

 

「どきません! 陽炎こそ、落ちて怪我したくなければ引くべきです!」

 

「ボクも行くよ!」

 

さらには皐月も永見を踏み台にしてサークルに飛び乗って攻撃に加わる。駆逐艦同士の戦いが繰り広げられ、永見は肩にかかる重量に必死に耐えながらサークル一段目の引き剥がしを続けていた。

 

攻防双方とも激しい戦闘が続く。一歩も引かぬ戦いが続くが、とうとう東側が棒を傾け始めた。歓声が上がる。防御側はなんとか抵抗し、上乗りの高原も体重移動をして棒を戻そうと必死になる。

 

そして、西側攻撃隊も島風がとうとう上乗りの坂井を引き摺り下ろし、残りの攻撃隊が棒を傾け始めた。段々棒の傾斜が急になってくる。

 

審判のホイッスルが鳴る。審判の旗は東側に上がった。僅差で西側は敗北を喫してしまったのだ。

 

東側からは歓声が上がり、西側からは落胆の声が漏れる。そんな陰で、黒坂、久坂、宮原は仲良く担架で運ばれ、それを艦娘たちが見守っていた。

 

「ごめんなさい零士さん……」

 

「テートク……」

 

心配そうについてくる吹雪と金剛に、黒坂は震える手でサムズアップしてみせた。しっかり意識はあるが、いかんせん怪我がひどい。

 

久坂においては長門と加賀に見守られていた。加賀はいつもと打って変わって、心配そうに久坂の手を握っている。

 

「提督、しっかりしてください。」

 

「あー、こんな美女に看取られるなら悪くね……」

 

そこまで言ったところで加賀のチョップを喰らい、久坂は三途の川への旅路から引き返す羽目になってしまった。

 

宮原はいつも通り霞の罵倒を食らっている。このクズ、そんな無理して仕事に支障を出したらどうする気、とばかりに。宮原は苦笑いを浮かべながらその説教を聞いていた。なんせ涙目になりながら怒っているのだ。このツンデレめがと思えばそうも辛いものではない。それに、イクやイムヤが優しい言葉をかけてくれるからプラマイゼロである。

 

試合は負けたが、なんだかすっきりした。黒坂はそんな気分で医務室へと運ばれていった。

 

ーーーーー

 

訓練展示と棒倒しが終わり、グッズの販売が始まった。売店は艦娘グッズ目当ての客が長蛇の列を作り、食堂も海軍カレーが飛ぶように売れている。広報ブースも入隊説明を受けたり、展示してある艦艇、艦娘の模型に興味を示す人がごった返していた。

 

広場では音楽科が最近流行りのアニソンやらを演奏して会場を沸かせ、観客たちは大いに楽しんでいる様子だった。

 

そんな中、音楽科の演奏が終わると、ステージに迷彩のズボンに黒いチームTシャツ(と思わしき物)を着た3人組が現れた。そう、いつもの提督トリオである。黒坂の手にはギター、宮原はドラムのスティック、久坂はマイクを持っているし、ステージにはドラムが用意されている。ここから導き出される答えはひとつ。提督トリオによるバンドの演奏だ。こっそり艦娘たちに隠れて練習していたのだ。

 

カッコよさそう、という理由で選んだ洋楽邦楽を演奏する。黒坂と宮原の音色に合わせて久坂か歌う。必死に英語の歌詞すらも覚えて来たのだ。

 

恥を捨てた黒坂も宮原もノリノリである。久坂に誘われて嫌々ながら始めたはずが、自分たちが一番ノリノリという状態になってしまった。艦娘たちも最初は唖然としたが、今は観客に混ざって歓声を上げている。

 

ノリノリなロックを演奏して会場を沸かせた最後には、しんみりとした歌を3人で歌う。感情に訴えかけるような、語りかけるような歌声に観客は飲み込まれそうになった。

 

そんな余興が終わると、3人は制服に着替えて鎮守府を歩き回る。来客と話をしたり、頼まれれば一緒に記念撮影したりと、いい笑顔で民間人と触れ合う。そんな間にも、まるで懐に刃を隠すが如く、目だけは鋭くして観客の挙動を見ていた。

 

外ではまだ騒いでる連中がいる。ああいうのは時折、自分の主張する正義が全て正しく、そのためなら何をしても許されると思ってるようなのがいるからタチが悪いのだ。それに、OGA(CIA)からも深海側に与する人間がいるとの情報があるからこそ厄介だ。あれを隠れ蓑にして活動していてもおかしくはない。

 

黒坂は観客の若い女性から記念撮影を頼まれたり、胸の防衛記念賞や水陸両用徽章について訊かれたりしてタジタジになりつつも(同人作家からウス=異本の登場人物のモデルにさせてくれとも頼まれた。機密に引っかからない程度ならと条件付きで許可した模様)近辺を見回す。すると、1人の若い女性が黒坂に近づいてきた。また記念撮影希望か?と身構えるが、どうも手にはメモ帳を持っている。同人作家だろうか?

 

「あれ、やっぱりお兄ちゃんだ!」

 

「は……? ってお前、美優!?」

 

黒坂は驚愕した。まさかの妹がここにいたのだから。腕には報道の腕章を付けている。新聞社の記者にでもなったようだ。

 

「嘘でしょ……戦死したかもって連絡きてそれっきりだから本当に死んだと……」

 

「死んでねえよ。訂正の手紙行ったろ。無線手も無線機も死んで連絡付かなかっただけだ。」

 

黒坂は制帽を取ると頭を掻きむしった。そのまま死んだことになっていれば色々やりやすかったものをと思っていた。

 

「ううん、ママもパパも手紙を見るのが怖かったみたいで、ずっと開けてない。兄ちゃんの戦死報告なんじゃないかって、ずっと……」

 

「そのままでいい。俺は死んだ。そういう事にしておいてくれ。」

 

もう一度制帽を目深に被り、表情を隠そうとする。何か言いたくないことがあるときに帽子を目深に被る癖がある。

 

「……仕方ないなぁ……代わりに記者として取材させてよ。」

 

美優は不満そうな表情を浮かべつつも、メモ帳を持ち直して1人の記者として取材をしようとする。

 

「まあ、そんくらいならな。何を聞きたい?」

 

「艦娘を率いる事について話を聞かせてよ。」

 

「わかった。」

 

黒坂はとりあえず美優とその辺のベンチに腰掛けてポツリポツリと紡ぎだすように話す。艦娘を率いることへの苦悩、楽しさ、嬉しさを。異性で、更には歳もバラバラ、そんな艦娘を率いる事に対する苦労、そして、仲間の命を握ってる事に対する責任感と悩みに苦しんでいることを。

 

だけど、艦娘たちと過ごす日々がとても充実していて、楽しくて、とても心休まるということを。自分を必要としてくれて、生きる事に対してやっと希望を持てそうだという事を。

 

「うん、いい記事書けそう……ありがとう、お兄ちゃん!」

 

「記事書くのはいいけど、捏造書いたらぶち殺すからな?」

 

「ねえ、兄ちゃんが言うと冗談に聞こえないよ……」

 

「冗談じゃねえもん。」

 

「おっかないなぁ……それじゃ、またね!」

 

美優は最後に黒坂の制服のポケットにメールアドレスを書いた紙片を突っ込むと、笑顔で走って行ってしまった。黒坂は苦笑いを浮かべつつ、会場を歩き続ける。

 

「らっしゃーい! お、キミキミ、1ついかが?」

 

黒坂は出店から聞こえる龍驤の声に振り向いた。たこ焼きのいい匂いが鼻腔を刺激する。隣で黒潮が焼きたてのたこ焼きにソースをハケで塗っているのだ。香ばしい匂いに黒坂の腹が鳴る。黒坂はその誘惑に耐え切れず、1つ買ってしまった。

 

そんな時にだ。すれ違った1人の男と目があった。相手はわずかに顎髭を生やした白人の男。間違いなく日本人じゃない。それだけなら特に警戒もしなかっただろう。だが、黒坂にはその男の目が自分の目と似てる気がして怪しんだ。来賓の武官ではない。だとしたら、自分と同じような目で外国人となるとどんな可能性がある?答えはスパイだ。

 

破壊、諜報をされる前に捕まえるか殺すかしなければ。黒坂の脳裏にそんな思いがよぎる。同時に、不審者発見の報を無線を通じて警務科に通達する。逃すな、軍人としての自分がそう盛んに呼びかける。とは言え、周りは民間人だらけ。どうすればいいのか……

 

そんな所へ桑原伍長が合流した。どうやら広報用に使う写真を撮っていたのか、デジカメを持っている。これに黒坂は閃いた。

 

「桑原、あの野郎の顔写真撮れるか?」

 

「監視カメラで撮れてる筈です!」

 

「じゃ、やっぱデジカメいらないや。野郎のバックパックを確保しろ!」

 

男はバックパックを背負っている。何を詰めているのかは分からないが、嫌な予感しかしない。

 

追跡は続く。黒坂と桑原はバテ始めるが、それは相手も同じだ。段々速度が落ちてくる。

 

そして、人の少ない隊舎エリアに接近する。隊舎の角を男が曲がろうとした瞬間、待ち構えていた江迎大尉が顔面に強烈なパンチを加えて昏倒させた。


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