水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第38話 鎮守府一般公開

とうとうこの日が来た。鎮守府のゲートは綺麗に飾り付けられ、艦娘を一目見ようと駆けつけた人々が門の開放を今か今かと待ち構えている。艦娘をこうして間近に見られる機会もそうそうないため、マスコミも朝早くから駆けつけている始末だ。

 

そして、その近くでは戦争反対、艦娘配備反対を叫ぶ集団もいるが、大半の人間は無視している。艦娘なくして自分たちの今まで通りの生活はありえないということを2、3年前に身をもって知っているからだ。もちろん、無許可デモのため朝早くから警察と公安がてんてこ舞いの忙しさとなってしまい、(警務科は鎮守府敷地外のため管轄外。とはいえ、額に青筋立てていたから敷地に入ってきたらどうなったかは想像したくない)黒坂たちは心の中で労っていた。

 

さて、来賓が先に鎮守府に入り、黒坂たちはそれを出迎える。来賓の接待も提督の役目だ。今日は観艦式を執り行うという事もあり、海上幕僚長や内閣総理大臣も来ているのだ。久坂ですらも一挙一動に気を使うくらいに緊張していた。

 

そして、来賓の入場その他諸々が終わり、0900時ジャストにゲートが開放され、一般客が一斉に雪崩れ込む。もちろん警務科による持ち物検査も入念に行われ、変な奴は事前にシャットアウトするようになっている。一応戦争中なのだ。鎮守府の施設を内から爆破なんてされたら堪ったものではない。

 

観客は鎮守府敷地の見学に向かうものと、海の近くのグラウンドに集まるものに分かれた。グラウンドとその近くの演習海域にて、閲覧行進と観艦式が行われるのだ。これを逃す手はない。来ない客は売店でグッズの購入を狙っているのだろう。甘い。艦娘グッズの販売は演習展示終了後だ。開始早々に転売屋に買い占められたらたまらないという久坂の意見が全面的に反映されている。もちろん、黒坂も宮原も転売屋は大嫌いで、その熱意に橋本と萱場がドン引きしたほどである。

 

さて、いよいよ閲覧行進が始まった。音楽科の演奏する行進曲に合わせて横須賀鎮守府所属の部隊が堂々と行進していく。久坂はグラウンドにあるステージでそれを観閲している。黒坂たち他鎮守府の提督は一応来賓という扱いのため、別席で待機して、その行進の様子を見守っていた。

 

人が隊列を組み、一糸乱れぬ行進をしている姿を見るのは心が躍る。整った美しさと壮大さがある。来賓の席で黒坂は初めて近所の駐屯地へ足を運んだ学生時代を思い出した。まだ陸上自衛隊に憧れていた頃だ。今でこそ海軍に身を置いているが、あの時は整然と隊列を組んで歩くその姿に圧倒されたものだ。

 

グラウンド中央に隊員たちが整列し、久坂がそれぞれの部隊を呼ぶ。部隊からは威勢の良い返事が返ってきて、掲げた隊旗が風にたなびく。艦娘の武功に隠れてしまってはいるが、俺たちはここにいると主張するように。その姿はしっかりと観客たちの目に焼きついただろう。そうやって呑気に過ごせるようにするために俺たちがここにいるのだと背中で語るその姿が。

 

隊員たちが退場していく。その姿もまた勇ましく見える。最初から最後まで一糸乱れず、まさに軍隊という姿を見せつけてくれた。黒坂たちは彼らに心の中で称賛を送っていた。

 

そして、スピーカーからの放送が辺りに響く。艦娘たちによる観艦式の始まりだ。普段と同じ6名で1艦隊を組み、洋上を行進していく。ある時は単縦陣を組み、一糸乱れぬ回頭を行い、そこから複縦陣、輪形陣への移行という艦隊運動を披露し、観客から拍手喝采が浴びせられる。艦娘たちは気分よさそうに敬礼しつつ、訓練通りに観艦式を進めていく。

 

さて、閲覧行進と観艦式が終わると、しばらくお待ちくださいという放送が鳴る。黒坂、久坂、宮原はそれを聞きつけると、急いで桟橋へと向かう。桟橋には複合艇が停めてあり、3人は迷わず飛び乗るとエンジンをかけた。操縦は黒坂の役目だ。

 

沖合に演習のためにあきつ丸がウェルドックのゲートを開けて待機しているのだ。そこで素早く着替えて演習に出なければならないのが大変なところである。誰だこんなスケジュールを組みやがったのはと宮原は内心で文句を言っていた。

 

ウェルドックに突入すると、既に装備品がその場に置かれていた。第2偵察小隊の半分はウェルドック内の複合艇に乗って待機、残りは甲板上のヘリコプターに乗って待機している。

 

3人は制服を邪魔だとばかりに脱ぎ捨ててカゴに突っ込むと、慣れた手つきで戦闘服を身に纏い、半靴から半長靴へと履き替え、それぞれの銃を持つ。黒坂はM700の入ったライフルケースを背負っている。官給品のM24SWSだとカスタマイズに制限があるため、提督にならないかと話が来た際、高原にゴネて買ってもらい、名目上は鹵獲品という事にしてある。その為、自費でカスタマイズしても怒られることはない。

 

それはさておき、黒坂、久坂、宮原は乗ってきた複合艇に再び飛び乗ると、作戦開始の合図を待った。宮原と久坂はブーニーハットを被り、その下にヘッドセットをつけている。黒坂は今回ばかりはブーニーハットを被り、その上からヘッドセットを装着というスタイルだ。

 

ヘッドセットから今回の演習を指揮する萱場少将の声が聞こえてくる。作戦開始という声が。黒坂は双眼鏡を取り出して模擬戦闘を開始した艦娘たちの姿を見る。金剛、加賀、足柄、神通、吹雪、電の順に単縦陣を組み、加賀がまず艦載機を発艦させる。対抗部隊は長門を旗艦とし、赤城、愛宕、由良、漣、村雨で編成された部隊で、赤城が同じく艦載機を放つ。

 

この時、加賀からはメテオラ隊、赤城からははクーガ隊が発艦し、派手な空中戦を繰り広げる。弾は空砲だが、発煙装置を取り付けた機体が空中でもみ合い、目まぐるしく攻守の入れ替わるその様は観客の目を釘付けにした。赤と白のスモークが捻じれ、青空のキャンパスに自由に絵を描いていく。

 

そして、模擬弾頭の魚雷や爆弾を搭載した艦攻、艦爆が艦隊への攻撃を開始、艦隊はお互い、対空射撃をしながら統制のとれた回避行動を披露し、降ってくる爆弾も迫り来る魚雷もかすることなく綺麗に避け切って見せた。水観がその様子をカメラで撮影し、スクリーンに映し出している。上から見ると魚雷を回避するシーンは手に汗握るくらいだ。横から見ると何をしているかわからないが、上からなら軌跡を残しながら猛スピードで接近する魚雷を焦ることなく回避しているのだから、観客が息を飲むのも無理はない。回避し切った瞬間、拍手喝采の嵐だったのだから。

 

そして、砲撃戦が始まる。雷のような爆音が木霊し、衝撃波が水飛沫をあげる。オレンジ色の光をまとった砲弾が空を切り裂き、狙った場所へと放物線を描いて飛翔する。

 

金剛の放ったその演習弾が長門の艤装へ降り注ぎ、何発かが命中する。スクリーンには長門に小破判定を表すマークが表示され、観客たちは艦娘とスクリーンの間で目を行き来させ、歓声をあげながらその様子を見ていた。

 

戦艦と重巡が砲撃戦を繰り広げているうちに、小回りのきく軽巡と駆逐艦が別個で動き始めた。肉薄して魚雷を叩き込むのだ。攻撃側も防御側もジャイアントキリング狙いの艦が本隊に肉薄するべく、之字運動をして敵の砲撃を回避していく。

 

神通、吹雪、電が対抗部隊の長門、愛宕、赤城へ肉薄し、魚雷を放つ。魚雷は扇形に広がって真っ直ぐ突き進む。排出される二酸化炭素は海水に溶け、軌跡を残すことなく獲物へと接近する。それはまるで鮫のように海水を掻き分け、信管は着弾を今か今かと待ちわびる。

 

魚雷は赤城に命中した。航空機の収容中で、満足に回避も出来なかったのだ。スクリーンへ赤城が大破したことを伝えるアイコンが表示される。

 

それと同時に、同じく航空機を収容していた加賀も被雷していた。1本でもダメージが大きく、こちらは中破判定。

 

既に砲撃戦で愛宕が中破して、旗艦の長門は小破、赤城は大破という被害を負った対抗部隊は撤退を開始する。そして、ここからが黒坂たちの出番だ。会場に流れていた和風なBGMはエレクトロに切り替わり、あきつ丸艦内で待機していた黒坂たちの胸も高鳴る。

 

『いいぞ、先行部隊発進!』

 

萱場のその言葉に、待ってましたと笑みを浮かべる黒坂。その笑みはいつもの物腰柔らかでのほほんとしたものではなく、兵士のものだった。

 

同乗している隊員が複合艇を発進させる。盛り上がっていくBGMと共に飛び出し、それにつられて会場も盛り上がりを見せる。まだまだこれからだ。

 

BGMが最高まで盛り上がる。それと同時に金剛と足柄が海岸の敵掩蔽壕へ向けて砲撃を開始する。爆音が轟き、掩蔽壕は土煙を上げて消し飛ぶ。遠隔操作出来るように細工した自動小銃(廃棄予定のもの)が空砲を撃ち、対抗してるように演出する。それすらも榴弾を前には無力で、跡形もなく消し飛ばされてしまった。

 

複合艇が海岸より離れたところで止まる。そして、黒坂、宮原、久坂が海へと飛び込み、泳いで海岸へと接近していく。装備が重く、義足の黒坂は他の2人に比べて辛い。それでも、意地や誇り、そして、亡き友の名誉のために、ここでギブアップなんてするわけにはいかない。何度も練習した。何度も装備を担いで泳いだ。前線に戻りたがっても足手まといだろうと言われたくないから、片足での水泳の練習もなんどもやった。だから、泳ぎきれる。

 

宮原は時々不安そうに振り向くが、黒坂はしっかりとついて行った。誰1人欠けることなく浅瀬に立ち、徒歩で砂浜に向かい、そこで伏せた。濡れた戦闘服や装備に砂をまぶし、保護色とするのだ。

 

砂をまぶし終えて89式自動小銃を構え直すと、残っていた掩蔽壕から銃を持ち、戦闘服やヘルメットを着せたマネキンが飛び出してきた。それを3人は的確に撃ち、倒していく。1発1発を丁寧に撃ち、敵を殲滅する。

 

上陸地点の安全を確保、そう確認すると、後続の部隊が複合艇ごと砂浜に乗り上げて上陸、周囲の確保にあたる。そして、上空のC-1輸送機から空挺班が降下を始め、空に緑の花を咲かせる。ゆっくり舞い降りた空挺班がパラシュートを外して他の隊員と共に周囲の確保を行い、演出は終了した。観客からは拍手喝采の嵐だった。

 

黒坂がふと振り向くと、吹雪が笑顔で手を振ってくれていた。薄く笑みを浮かべた黒坂もそっと片手を上げて、それに返事をするのであった。

 

ーーーーー

 

シャワー室で黒坂、久坂、宮原はシャワーを浴び、塩分や砂を落としていた。中央のシャワーを使っていた宮原は仕切り越しに2人へ声をかける。

 

「あー、お疲れお前ら!」

 

「おう。エリート死神が溺れずに済んでよかったぜ。」

 

「誰が溺れるか馬鹿野郎。早いとこ飯食って午後に備えよう。午後こそ戦場だろ?」

 

そう、入り口で検査しているとはいえ、工作員は何をやらかすかわからない。外で騒いでいる連中が何かしでかしてもおかしくはない。指揮官になると、そこまで気配りをしなくてはならないのだ。一般客へ被害が及ぶことは絶対に避けるべきことである。

 

そしてもう1つ、棒倒しが待っているのだ。3人はシャワーを浴び終えると、今度はジャージに着替えた。そして、次なる戦場のグラウンドへと勇ましく歩いていく。

 

グラウンドには既に丸太が用意され、ジャージに身を包んだ艦娘や一般隊員、そして、高原中将や坂井海上幕僚長が並んでいる。

 

そして、列は2つのチームに分かれ、それぞれが円陣を組んで掛け声をあげる。見守る観客も声援を送り、アップテンポのBGMがさらに人々のテンションを上げていく。階級も出自もなにも関係ない。心は1つ。相手の棒をぶっ倒せ、それだけしか考えていないというくらいである。

 

「西日本組! てめえら強えんだろ! ピクリとも棒を動かすな! ただし相手のは地面にぶっ倒せ!」

 

口のかなり悪くなっている黒坂が叫ぶと、チームメイトたちも負けじと声をはりあげる。

 

「東日本組! あんなこと言われてっぞ! 容赦すんな! 奴らを全員ぶっ倒せ!」

 

宮原の声に東日本組も掛け声をあげる。

 

そして、呉の橋本大佐と舞鶴の萱場少将は来賓席で優雅に緑茶を飲んでそれを見守っていた。

 

「少将、参加なさらないので?」

 

「私ももう歳です。防大時代を思い出しますな……」

 

「自分は一般幹部候補生だったので本物を見るのは初めてです。いやはや、あの若造に比べれば体力がないもので……」

 

2人がそう笑っている間にも、西日本組の黒坂と東日本組の宮原、久坂はそれぞれのスタートラインから既に睨み合いを始めていた。闘牛でも始まるのかという位である。突攻の宮原とキラーの黒坂が一番気合い入っているのかもしれない。

 

BGMが終わり、音がゆっくりフェードアウトする。会場もそれと共に静寂に包まれ、時が止まったかのように感じられる。そして、審判役の重野内閣総理大臣が合図用のピストルを空高く振り上げ、トリガーを引き、戦いの火蓋を切って落とした。




次回、激戦の棒倒し!

今月末に着隊のため、投稿ペース低下すると思われます。ご了承ください。

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