水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第37話 訓練展示の用意

宮原は江田島へ向けて車を走らせていた。電車で近くの地方協力本部まで行き、そこで公用車を借りたのだ。助手席には霞が乗っている。

 

宮原は人差し指でハンドルを叩いてリズムを刻みながらお気に入りの歌を口ずさんでいる。霞は不機嫌そうに腕を組んで外を眺めていた。

 

「もう直ぐだ。もうすぐ俺の古巣だ。身分証用意しておけよ。」

 

「言われなくてもわかってるわよ!」

 

「ならよし。」

 

宮原はそれきり口を開かない。口は災いの元という事を、霞に嫌というほど思い知らされたからだ。またクズだの何だの言われたらたまったものじゃない。ご褒美と思う人もいるだろうが、宮原は罵倒されることに快感を覚えるわけでもないので、出来る限り罵倒されることは避けたいのだ。大湊警備府の提督になったばかりの頃は胃薬が手放せなかった。部隊壊滅の記憶のせいか、厳しい霞の言葉から(自分の為とは頭でわかっているのだが)よくストレスによる胃痛を起こしていた。

 

それが今では胃薬が無くても大丈夫だし、霞から怒られることも無くなってきた。新入りの士官は古参の下士官にいびられるのはよくあることなのだ。

 

基地の門には車止めが設置されており、そこで1度停車し、警務科に身分証を提示する。宮原と霞の身分証を確認した警務科隊員は車止めを退かせた。それを確認した宮原はアクセルをゆっくり踏み込み、駐車場へと車を走らせた。

 

駐車場から暫く徒歩で移動し、訓練をしているであろうグラウンドへ向かう。そこに、目的の人物がいた。第2偵察小隊長の新島中尉だ。肩に稲妻を纏った弓矢のエンブレムをつけている。

 

「新島中尉、今いいか?」

 

宮原が声をかけると、新島は宮原に向き合って敬礼した。宮原は2つ3つ年上の相手に敬礼されるというこの違和感に内心苦笑いを浮かべつつも、しっかり返礼する。

 

「例の件ですか? 鎮守府一般開放で何人か借りたいとか……」

 

「ああ。優秀なのを何人か貸してもらえるか? 空挺レンジャー持ちがいい。」

 

「水陸両用徽章持ち、とは言わないのですか?」

 

新島は少し冗談めかして言う。陸戦隊は水陸両用徽章を取得することが条件であるため、言われなくても全員が持っているのだ。

 

「全員持ってるだろ。水路侵入は俺たちがやる。」

 

「中佐が? 是非、お手並み拝見といきたいところですね。」

 

「ああ、見せてやるよ。元第2偵察小隊(群狼部隊)長の実力をな。んじゃ、面子決まり次第横須賀に寄越してくれ。それじゃ。」

 

宮原は振り向くと霞を連れて門へ向かおうとしたが、少し足を止めて新島に問いかけた。

 

「新島、今の第2偵察小隊(稲妻部隊)に、俺は必要か……?」

 

新島はその問いかけにキョトンとするが、すぐに意味を理解したのか、目を伏せて返答した。

 

「いいえ、中佐はもう必要ありません。あなたの残したノウハウや返還した隊旗は我々が受け継ぎましたから……あとは、新たな任地で全力を尽くしてください。」

 

風が吹き、黄色や茶色に染まった木の葉が空を舞う。葉も、隊も世代交代の時期なのだ。宮原はそっと制帽を目深に被ると、声色を変えないように気をつけつつ返答した。

 

「……そうか。」

 

たった一言、それで十分だった。自分の役目はここで終わったのだと、宮原はしっかりと実感したのだ。

 

その帰りの車の中、宮原はサングラスをかけていた。最寄りの地方協力本部までの道は珍しく渋滞している。どうも、道路が工事中で片側一車線になっているらしい。いつまでたっても進まない車の中、宮原はポツリポツリと呟き出した。

 

「聞いたかよ霞……俺はもう必要ないってよ。霞の言う通り、俺は役立たずの愚図だもんな〜……」

 

「いきなり何よ?」

 

宮原の声はどこか震えているようにも聞こえた。だが霞は敢えて指摘せず、いつも通り鋭い声色で返事した。

 

「俺の古巣……再編されて、俺が必要ないくらい隊員の連中が育ってさ……嬉しいことだろ? だけどよ、なんでだか知らねえけど……」

 

喋る宮原の声にだんだん嗚咽が混じり始めた。手ですくい取った水が指の隙間を溢れていくように、宮原が心の中に溜め込んでいたものが溢れ始めた。

 

「涙が……止まらねえんだよ……」

 

サングラスから涙が零れ落ちていくのが霞には見えた。初めて大湊に着任になって、まだ荒れていた時期の宮原でも、傷つきこそすれ涙は一滴も流さなかった。それだけ耐え難いことだったのかもしれない。

 

「クソ、俺はもう昇進して、小隊長じゃなくなったのに……なんで、必要ないってたった一言がこんなに重いんだよ……」

 

霞はため息を一つついた。予想通り、心の中でそう思いながら。

 

「当たり前じゃない。むしろ、そうじゃなかったら殴り倒してるわよ。それだけ部隊を大切に思ってたなら、クズにしては及第点よ。」

 

「うるせえな……分かってたんだよ、俺たちは軍人で、前線部隊。仲間を死なせたくないと思っても戦わなきゃならない、誰かが死ぬのは避けられないって……」

 

「でも、全員が逝くとは思ってもみなかった。」

 

端から見れば霞が宮原を責めているようにも見えるだろう。けれども、これが霞なりの慰め方なのだ。こういう時に優しい言葉をかけても意味はない。だから敢えて厳しくするのが霞のやり方なのだ。

 

「戦争はまだ終わってないのよ。2偵で必要なくなっても大湊には少なくとも必要なの。しっかりしなさいよ!」

 

霞の拳が宮原の二の腕を小突く。固い二の腕の感触に、まだ鍛えるのをやめていないのかと霞は飽きれつつも感心していた。

 

「……だよな。中途半端なとこでくたばったら、あの世で連中に合わせる顔ねえもんな……」

 

だんだん車列が進み始めた。宮原は一度サングラスを外して涙を拭うと、もう一度サングラスをかけて前へと車を走らせた。

 

ーーーーー

 

数日後、横須賀鎮守府の一室で提督トリオと加賀、新島が揃って話し合いをしていた。演習の内容についてだ。

 

「艦娘の砲撃、航空支援の下で上陸の流れでどうだろうか? 掩体の制圧後に空挺部隊を降下させるとか……」

 

黒坂が手元のメモ帳に簡易的にだが図を書いて説明する。その案に特に文句は出ない。一同は黒坂の考えと大体同じ案を考えていたからだ。

 

「で、提案なんだが、艦娘のほうには予告無しの予定だったが、お偉いさんが来るのでミスれない。仕方ないから事前に通達しておくことにした。悪いな。」

 

宮原の言葉に一同はやっぱりかと思い、肩をすくめたりため息を吐いたりしていた。観客の前で失敗するというリスクを負うのはやはり避けるべきなのだ。ミスしたら国民の信用が揺らぐ危険もある。

 

「というわけだ新島中尉。空挺部隊頼めるか?」

 

「お任せください。飛ぶだけなら楽勝です。」

 

宮原は言質を取ると手元の書類に案を書き込む。演習展示についてはこのくらいだ。他に広報ブースなどの展示についても議題に上がり、これといって揉めることなく会議は終わった。そして、最後の議題だ。

 

「さて、海上幕僚長から指示が来た。どうも、この国にスパイが来てるらしい。艦娘狙いらしく、この前呉に侵入しようとしたそうだ。」

 

ほう、と一同はその話に興味を示し、黒坂が発言した。

 

「その侵入者はどうした?」

 

「敷地に海から上陸してきたところを警戒中だった警務科隊員が発見。そっから銃撃戦になって、敵は全員射殺。こっちは3名警務科隊員がやられた。武器は西側のものだが、だからと言って犯人が絞り込めるわけでもないしな……今調べ中だ。」

 

久坂はダルそうに背もたれに深くもたれかかって天を仰ぎ、口にキャンディを放り込んでぶつくさと文句を言った。

 

「ったくよ……どこだよスパイ送り込んだバカはよ?」

 

「そうだな、近隣でそれをやりそうなのはロシアと中国、韓国北朝鮮、そのあたりか。一応OGA(アメリカ)も勘定に入れとくか?」

 

黒坂はやりかねないと思われる国を指折り数えてみた。ロシアはシーレーン封鎖にそんなに困っていないようだが、恐らく、この戦争の先に目を向けているのだろう。既存の艦艇を凌駕する戦力となりうる艦娘を、軍事大国のロシアが放っておくとは思えない。

 

中国は大型タンカーの入港できる港がなく、日本経由で原油を輸入していたのだが、シーレーン封鎖でエネルギーが干上がりかけている。日本は艦娘という切り札のおかげで東南アジアの原油を確保し、なんとかやっているが艦娘のない国にはそれすらも不可能である。そして、アメリカにすらも技術移転しないのだから、自分のところに貰えるはずがない、だから奪ってしまえということなのだろう。他2国も大体そんなところだ。

 

「全く、いつの時代も人間が足引っ張り合うのですね……」

 

新島が飽きれたように言う。共通の敵が現れれば世界は一丸になって戦うと何かで聞いたことがあったが、実際は水面下で足の引っ張り合いである。とてもうんざりする話だ。

 

「仕方ねえよ。国の付き合いってのはいつも水面下がクソ汚ねえ。鎮守府開放中は不審者に気をつけろ。変な奴らにテロ起こされたら堪ったもんじゃねえしな。」

 

そして、宮原が会議を締め、艦娘たちとのブリーフィングや予行演習が始まった。

 

金剛を旗艦とし、加賀、足柄、神通、吹雪、電が海上の敵役と交戦後、海岸線の敵掩蔽壕へと砲撃支援を行い、そこへ黒坂、久坂、宮原が上陸し、上陸地点を制圧、残りの部隊が上陸、空挺降下して海岸を掌握するというものだ。

 

そして、その演習をするに当たってまずやらなければならないのが掩蔽壕作りだ。地面を掘って作るのだが、1.2㎡ほど掘るのはかなりの重労働で、1日かけて1人が1つ掘るのがやっとというくらいである。これに黒坂たちも参加し、更には陸戦隊員や手空きの隊員を動員しているのだが、あちこちから嘆きの声(?)が上がった。

 

「うげぇ……何時間掘った? それでまだこれだけかよ……」

 

迷彩服姿の久坂は堀りかけの掩蔽壕を見てその場に座り込むと、シャベルを放り出して大の字になって倒れた。そんな久坂の顔面に電がキンキンに冷えたラムネの瓶をくっ付けると、久坂は素っ頓狂な事を上げて起き上がった。

 

「久坂さん、お疲れ様なのです!」

 

「おー、気が効くじゃねえか……将来は立派な嫁さんになれるぞ……」

 

久坂はそう言ってラムネを上げて一気に飲み干す。その間、電ははわわと言いながら顔を赤らめていた。

 

「おい久坂、また艦娘口説いてるのか? そんなことばっかしてると地獄に堕ちるぞ?」

 

黒坂は穴掘りを中断して久坂に声をかける。戦闘帽の中が汗で蒸れてしまい、帽子を取ると髪をかきむしって熱気を逃し始めた。

 

「うるへー、そんなこと言ってたらこの世の男の半分は無間地獄行きじゃい。」

 

「テメーは俺を怒らせた!」

 

そんな久坂のスネに宮原の半長靴の爪先が命中し、鈍い音を立てた。久坂はスネを押さえてその場で悶絶する。鼻の下伸ばそうものなら霞にクズと言われ、しゃーないエロ本読んで我慢しようと思ったらまた霞に見つかってクズと言われ……とりあえず、四六時中クズクズ言われて鬱に片足突っ込んだ時期もあったし、胃薬が手放せない(これは宮原に限った話ではないが)時期もあった。それに比べりゃ恵まれ過ぎなんだ馬鹿野郎という宮原の無言の怒りが黒坂には見て取れた。

 

「あ、提督! それに黒坂少佐に宮原中佐!」

 

そんなところへ笑顔で駆け寄ってきたのは横須賀鎮守府所属の瑞鳳だ。手にはラップのかけられた皿を持っている。なんだろうか?

 

「その……出店で出すための卵焼き作ってみたんだけど……食べりゅ?」

 

少し噛んだ。はにかみながら卵焼きを差し出し、更に噛んだ瑞鳳を見た黒坂、宮原、久坂はそれぞれ「天使」「女神様」「結婚しよ……」と心の中でつぶやいていたという……

 

ーーーーー

 

その日の夜、吹雪はなかなか寝付けず、居室のベッドの上で何度も目を閉じては開き、天井を見るということを繰り返していた。同じ部屋で寝ている夕立と睦月はぐっすり寝ていて、自分もかなり疲れているから眠れるはずなのだが、なぜか眠れないのだ。

 

消灯後に居室を出て彷徨いているのが当直にバレたら怒られるのはわかっていたが、どうしても外に出たい、そんな気分だった。

 

廊下の端の窓を開けて外を見つめる。涼しい風が吹き、頬を撫でる。秋の星は明るい星が少なく、星座を探すのは一苦労すると黒坂が言っていたことを思い出す。病院の屋上で天体観測をした時に見た空とは違ったが、それはそれで風情がある光景だ。

 

そんな時、廊下にコツコツと誰かの足音が響いた。当直だろうかと吹雪は咄嗟に近くのトイレへ身を隠す。怒られるのはやはり怖いのだ。

 

だが、歩いていたのは金剛だった。ホッとした吹雪はトイレから出て、金剛に声をかけてみた。

 

「金剛さん、眠れないんですか……?」

 

「あ、ブッキー……Yes,寝付けなかったので、テートクに膝枕してもらおうと……ブッキーも行きますカ?」

 

金剛は小声で囁くように言う。吹雪は動揺しながらも、金剛の提案に乗り、黒坂の居室に行ってみることにした。その道中、吹雪は前々から気になっていたことを思い切って金剛に訊いてみることにした。

 

「金剛さんは、どうして司令官の事が好きなんですか? あんなにベタベタしようとするなんて少しうらやま……いえ、なんでも……」

 

すると、金剛はくすりと笑った。わずかに赤面して慌てた吹雪の姿が可笑しかったようだ。

 

「最初は、警戒してマシタ。物集みたいなテートクで、比叡と霧島を沈めるんじゃないかと心配で眠れないくらいデシタ。それで、テートクを陰ながら見ていたのデース。」

 

確かに、吹雪は金剛から黒坂の人となりや経歴について訊かれる事が多かった。それが、黒坂に好意を抱いているからと思っていたが、実は妹たちを守るためだった、そう知った吹雪は少し申し訳なく思った。

 

「But,テートクはしっかりとしていマシタ。そんなテートクをいつしか、目で追いかけていたら……好きになっていたのデース。ブッキーには悪いけど、負ける気はnothing!」

 

「え? ちょっと金剛さん!」

 

勝手にライバル宣言をされた吹雪は赤面しながら先に笑いながら行ってしまった金剛を追いかけた。


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