水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第36話 横須賀の地で

横須賀鎮守府には佐世保、大湊から黒坂と宮原が艦娘を引き連れて来ていた。いよいよ本格的に準備が始まるのだ。

 

艦娘たちが官舎の間の道路脇に支柱を立て、テントを設営する。受付や出店、展示ブースその他諸々のテントだ。手空きの隊員もその手伝いに回っている。

 

「金剛、これはどこへ運べばいい?」

 

力持ちの長門は鉄パイプの束を肩にかつぎながら金剛に訊く。

 

「あそこに運んでくだサーイ!」

 

「わかった。」

 

長門は金剛の指差した場所へパイプを運ぶ。丁度、第6駆逐隊と陽炎、不知火がテントの設営を始めるところだった。長門から鉄パイプを受け取ると、長門を交えて総合案内所のテントを組み立て始めた。

 

そんな姿を久坂は執務室の窓越しに見つめていた。さっさと会議を終わらせてあれに混ざろう。普段は出不精を体現したような久坂だが、艦娘だけに力仕事をさせているのはどうも心が痛んだらしい。

 

執務室では黒坂、宮原と久坂が訓練展示の内容を考えていた。基本的には着上陸作戦なのだが、どのようなシュチエーションにするかが大切なのだ。

 

「やるなら実戦に近いやつだろ。陸戦隊にも協力を要請して、敵防御陣地に砲撃、陸戦隊上陸の流れでどうだ?」

 

宮原は手元のメモ帳に大体の構図を描き表す。黒坂もそれに縦に頷き、賛同しているようだ。

 

「だがよ〜、予め練習してたんじゃ動きが単調になりそうだがの……」

 

「なら、ドッキリでも仕掛けるか? 急に敵が現れる的な。」

 

久坂のボヤきに対して黒坂が提案する。こ」でミスったら大事ではあるが、上手く行けば個々の対処能力の高さを示せる。半分博打のような感じだ。

 

「スベる訳にはいかねえから、予行の段階で何かしら突発的事案に対する対処の練習はしておくか? 本番と違う形で……例えば、爆撃機による襲撃とか。」

 

宮原が提案し、黒坂と久坂は縦に頷いて賛同する。指揮官もこうして頭脳を持って働いているのだ。下士官に作業を任せて椅子に踏ん反り返っているわけではない。もっとも、踏ん反り返っている暇があれば手伝いに行くのがこの現場主義である3人なのだが。

 

ふと窓の外を見れば、クーガ隊が銀翼を閃かせて青空というキャンパスに白煙で絵を描いている。まるで舞踏会のように舞い、人々へ空への憧れを掻き立てる。航空学生の身体検査で、近距離視力が僅かに足りず落ちてしまった黒坂は、パイロット達が羨ましく思えていた。

 

目を閉じると、眼前に広がるのは青空。足元には遠く離れた海面が見える。蒼く、どこまでも続くその景色がどれほど綺麗なのだろうか、艦娘とパイロットはこの景色を独占できるのだから羨ましい。

 

「さて、この辺にして手伝いに行こうぜ。俺は明日にでも江田島基地に行って陸戦隊借りてくるから。」

 

「オーケー。とりあえず、黒坊主は衛生科へ行け。顔色悪いぞ。」

 

「へ……?」

 

黒坂の視界がブラックアウトする。なんとか姿勢を保とうとするが、視界のない状態で姿勢を保つのが思いの外難しく、義足側へと倒れてしまう。そこから、痛みも何もを感じることもなく意識を手放してしまった。

 

次に目覚めた時は衛生科のベッドの上だった。そして、自分の腹を枕に吹雪が寝ている。看病してくれていたのだろうかと黒坂は思いつつ、吹雪の頭を撫でる。この所、普段の執務以外に鎮守府一般開放のための書類関係がどっさりとあったため、その処理に追われてゆっくり休むこともままならなかった。そのしわ寄せがきたようだ。軍人のくせに自己管理もできないとは情けないと黒坂は軽く自己嫌悪に陥った。

 

「零士さん……」

 

いつの間にか目覚めた吹雪が黒坂の頭をそっと撫でる。少しだけ伸びてしまった黒髪を梳くように吹雪の指が動く。その度に、黒坂の表情がだんだん緩んでいく。

 

「あまり無理しないでくださいね? みんな心配してますから……」

 

「悪い……」

 

黒坂がため息を一つ吐くと、吹雪はやれやれ、といったような顔で黒坂の顔を覗き込んだ。少し顔を動かせば鼻先が触れ合うくらいの近距離で吹雪の顔を見た黒坂は頬を赤らめて硬直してしまった。

 

「いい加減、秘書艦を付けてください。零士さん1人で全てを処理するのは無理でしょう?」

 

「とはいえ、書類仕事って大変なんだよ? 普段の任務に余計な苦労を増やすわけには……」

 

少し顔を離した吹雪は人差し指を黒坂の唇に当てて言葉を切らせる。すると、柔らかな笑みを浮かべて見せた。

 

「わかってます。それでもやらせて欲しいんです。」

 

まいったな、と黒坂もさすがに降参した。吹雪にはかなわない。

 

「わかったよ……頼めるかい?」

 

「はい! もちろんです!」

 

黒坂は吹雪の満面の笑みを見て心穏やかにしながら、もう一度眠りについた。夕食までまだ時間はある。吹雪に頭を撫でられながら眠ろう。きっと、今日はいい夢が見れるかもしれない。幻肢の痛みに苦しめられることもなく。

 

ーーーーー

 

執務室では久坂が加賀の監視の下、書類仕事に取り組んでいた。宮原は会場設営の陣頭指揮に行っているし、黒坂は倒れた。書類仕事が得意な2名がいない分、久坂に仕事の重圧がのしかかっていた。加賀と電が手伝ってはくれるが、各種申請書類や領収書の確認、承認に苦労していた。誰だ、自分のオヤツを予算で落とそうとしたのは。自分か。

 

「はわわ、一般事務から書類が回ってきてるのです!」

 

「あのバカ野郎ども、俺に押し付ける気か!? ダンボールに詰めて突っ返してやれ!」

 

久坂の中ではここは戦場である。スターリングラードでドイツ軍に突撃をかけた赤軍のごとく、書類が束になってやってくる。人海戦術とは卑怯なり。ああ、糖分が切れてきやがった……

 

「提督、またミスがあります。修正してください。」

 

「なあ加賀、俺の万年筆がヤバそうだから休憩にしねえか?」

 

「ヤバいのは万年筆ではなく、提督の脳みその方ではありませんか?」

 

「一々俺の心を殺しに来るのはやめてくれ……第一こんなのを一人で捌け……」

 

そういえば、宮公は霞に散々に罵倒されながらも周りの奴に助けてもらってやってるし、黒坊主に至ってはこのイカれた量を一人で始末して、更には艦隊の指揮までしてるんだったな……なんだか我ながら情けねえや……とはいえ、防大出のエリートと下士官から戦時特進した俺とじゃ能力が違いますよっと……

 

「提督、自分が元々下士官だったから黒坂少佐と宮原中佐程の働きはできないとお思いですか?」

 

「なんでわかったんだよ〜……?」

 

女は恐ろしいと久坂は改めて実感した。なぜ見抜かれたのだろうか?

 

「中将閣下があの2人を差し置いて提督を横須賀鎮守府に赴任させたのですよ? それも下士官だった人間を特進させてまで。」

 

「俺にそんな能力はねえよ〜……士官に出来ねえことをなんで下士官に出来るんだよ?」

 

「その下士官に任せてるのだから、少なくとも士官より優れてるところがどこかにあるのではないでしょうか? 例えば……部下の扱いとか。」

 

確かに、一時期は班長も務めていた。だが、それがなんだというのだろうか? 久坂の頭がだんだん混乱し始めた。

 

「確かに、久坂さんは面倒見がいいのです。前の人はそんなことお構いなしでした。」

 

確かに、艦娘や他の隊員に混じって間宮の甘味処(横須賀本店)へ足を運んだり、北上とポーカー勝負してみたり、長門と腕相撲をやって天龍と剣術勝負をして……なんだか提督らしくないな。どっちかというと同じ階級みたいだ。

 

「心当たりがおありのようですね。いいではありませんか。そういう提督らしからぬ提督で。他の2人と同じように、士官らしからぬ部分を買われたのではないですか?」

 

確かに宮公も黒坊主も頭脳派かといえばそうでもなく、どっちかといえば武闘派な面を持ち合わせている。それに、雲の上の存在たる士官かと思えば、案外面倒見のいい奴で、兄弟のような感覚だった。まさか士官からジュージャン(ジュースのおごりを賭けたジャンケン大会)をふっかけられるなんて思ってもみなかったくらいだ。

 

「とは言ってもよ、下士官に全体的な戦略を見ろと?」

 

「あら、いつも仲間に放り投げてるではありませんか。艦隊の指揮はしっかり自分でやっていますがね。」

 

ギクッ、と久坂は冷や汗をかいた。大体、全体的な戦略を考えるのは宮原とか黒坂の役目みたいな感じになっているからである。

 

「少なくとも、信頼はしています。早く書類を終わらせましょう。夕食までに終わったら、今日のデザートのアイスクリーム、少し分けてあげます。」

 

あの加賀がデザートを譲るとは珍しいと思いつつ、久坂は悲鳴をあげる腕を叱咤して書類仕事を続けた。よく考えれば黒坂と宮原はパソコンで処理してるからこの量を捌けるのか、やっぱり今度通信教育でもなんでも使ってパソコン使えるようにしようかと久坂は苦々しく思った。

 

ーーーーー

 

夕食、人数があまりにも多く、幹部食堂に下士官が雪崩れこむほどだった。その為、横須賀でも幹部食堂で提督と艦娘、他の下士官が顔を合わせて食事という風景が見ることができるようになった。

 

横須賀のカレーに舌鼓を打ちながらも、会話を楽しむ。赤城と加賀は久しぶりに肩を寄せ合って食事をしている為、とても楽しそうだ。

 

「そう言えば、少佐の戦う理由は何でしょうか。」

 

「どうした? 唐突に……」

 

黒坂は不知火の突然の問いに首をかしげる。

 

「いえ、少し気になっただけです。少佐になって、安全な所にいられるはずなのになぜ危険な前線を望むのか……」

 

「ああ、なるほどね……」

 

黒坂はお茶を啜って喉を潤わせると、静かに話し始めた。

 

「まあ、色々。最高の部隊にいる名誉、国を守ることの誇り、そんなところかな。どうせ生きるなら、意味が欲しかった。まあなんだ、じっとしてるくらいなら自分から動くタイプだからね。宮原は?」

 

「俺はお前ほど前線行きたがってるわけじゃねえよバカ。まあ、誰かの為に役に立ってるって、一番実感できるところだからな前線は……」

 

そんな横で久坂はカレーを頬張り、その美味さに唸り声をあげながら天を仰いだ。

 

「ふう……美味え。これだよ、俺は国の為とかそんなデカイもんの為じゃない。全員が平和に飯を食えるようにする為に戦ってるんだ。」

 

久坂は天を仰いだまま呟く。その言葉は加賀と赤城にもしっかり聞こえていた。さらには長門と陸奥もその言葉に食いついた。

 

「たまにはいいことを言うではありませんが、提督。」

 

「ええ、久坂少佐にしては素晴らしい意見です。」

 

「いつもダラけているが、そういうことには鋭いではないか。」

 

「セクハラばかりのアホ提督と思っててごめんなさいね。」

 

「お前らそんなに俺を貶したいのかゴルァ!」

 

そんな漫才に黒坂は笑いをこらえながら一言言う。

 

「いや、当然の評価だろそれ?」

 

「お前……宮公も俺を何だと思ってるんだよ?」

 

黒坂と宮原は声を合わせて一言言った。スケベと。もちろん、久坂は額に青筋を立てた。

 

「お前ら……喧嘩売ってるのかゴルァ!」

 

「あら〜? 私がお相手しましょうか〜?」

 

久坂は後ろからの声に体を震わせ、ゆっくり振り向いた。そこにはトレーを持った龍田だ立っており、ニッコリと微笑んで久坂を見ていた。何故だろう、怖い。心の奥底から恐怖が湧き出してきた。久坂があんなに萎縮したのを見るのは黒坂も宮原も初めてだった。

 

「その両手、落ちても知らないですよ〜?」

 

「ご、ご勘弁を!」

 

すると、龍田はうふふ〜と笑いながらトレー返却口へと歩いて行った。横須賀鎮守府とは恐ろしいところだと、黒坂は心の底から思った。

 

「ところで提督、夕食までに執務を終わらせることができたので、約束通りアイスを少し分けてあげます。」

 

「お、マジ?」

 

すると、加賀はスプーンで少しアイスを掬い、久坂へと差し出した。それを見ていた一同はもちろん硬直する。あの加賀さんが久坂にあーんだと? 所属も何もが違う提督、艦娘、隊員の心が一致した。

 

久坂はそっちこっちに目を泳がせながらも口を開き、スプーンに食らいつこうと顔を近づける。加賀もそれに合わせてスプーンをゆっくり動かして久坂の口に近づけていく。

 

そして、久坂が口を閉じると、カチンという歯と歯のぶつかる音が響いた。加賀は寸前でスプーンを引き、自分の口へと突っ込んでいた。

 

「お前ー! 俺の半生分の覚悟を返せー!」

 

「この程度でそんなに覚悟が必要なんて……提督の心はよっぽど弱いのですね。」

 

「うぐっ……」

 

食事時間終了5分前になり、久坂と加賀以外は片付けを済ませてさっさと行ってしまった。靴磨きや風呂に洗濯と、やることは山積みなのだ。

 

周りに誰もいなくなったのを確認した加賀は、食器を片付けようとする久坂の袖をつかんで引き止めると、少しだけ残していたアイスをスプーンに乗せ、振り向いた久坂の口に突っ込んだ。

 

「はい、約束通りです。」

 

加賀はスプーンを久坂の口から引っこ抜くと、さっさとトレーを片付けに行ってしまった。久坂は時間ギリギリまで幹部食堂で呆然としていた。その頬はほんのり赤く、アイスがいつもより冷たく感じられた。




イベント開始早々、丙に堕ちる。勝利の為に。

潜水棲姫硬すぎて泣きそうです。乙は諦めました……

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