水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第35話 棒倒しという名の乱闘騒ぎ

佐世保鎮守府のある日の午後の課業時間。手空きの艦娘と隊員はジャージだったり戦闘服に身を包んでグラウンドに集合していた。グラウンドには丸太が一本用意されている。全員が整列すると、黒坂は台に立って声を張り上げた。

 

「よし揃ったな。各員聞け! 1ヶ月後の横須賀鎮守府一般開放日に於いて、各鎮守府から艦娘と一部隊員を行かせることになった! 艦娘は訓練展示や簡易的な観艦式に参加、他の隊員は手伝いや行進などに参加、そして! 棒倒しに参加することになる!」

 

うおお、と艦娘や隊員から歓声が上がる。防大名物の棒倒しをやる、しかも艦娘だけと思っていたのが自分たちも参加できると知った隊員(特に若いの)は血が騒いでいた。

 

「いいか! 佐世保と呉、舞鶴の一部と高原中将が西チーム、大湊と横須賀、舞鶴の残りと海上幕僚長が東チームとなる! やるからには勝ちに行くぞ!」

 

おお! と一斉に掛け声が木霊する。黒坂は防大時代のことをふと思い出した。こんな風に第1学生大隊で、総長の宮原に合わせて掛け声を上げたな、と。

 

「いいか! 仲間の屍を踏み越えろ! 奴らを全員ぶっ倒せ!」

 

この時ばかりは黒坂の血も沸騰していた。やる気に満ち溢れた佐世保組に怖いものなどない。早速練習が始まった。

 

棒倒しはそれぞれ役割がある。防御側は棒を支える"棒持ち"、その周りを囲んで攻撃側をブロックする"サークル"、さらにはサークルの肩までに乗り、壁を作る。他にも、1人が丸太の上に乗っかり、登ってくる敵を蹴落とす"上乗り"、攻めてくる敵(主に後述の突攻)を防ぐ"キラー"がいる。上乗りは当日高原中将がやるのだろう。

 

そして攻撃側。隊列を整えたメンバーが一斉に突撃する。この時、スクラムを組んで突撃する場合もある。そして、仲間を踏み越えて棒に飛びつく役目を担う"突攻"。そして攻撃全般を担う"遊撃"がいる。

 

試合時間は2分。棒を30度以上3秒倒したチームの勝利である。安全のため、全員爪を切ってあることを確認され、ヘッドギアも着用する。

 

今回は紅白戦だ。艦娘が攻撃側、一般隊員が防御側に回る。

 

上乗りは警務科の江迎大尉。女性でありながらもパワフルなため、上乗りに抜擢された。黒坂と警務科の永見はキラー、他はサークルだ。

 

「スタート!」

 

審判の笹倉の合図で一斉に動き出す。金剛型を中心としたスクラムが猛スピードで棒に迫る。黒坂と永見はそれに目もくれず突攻を狙う。突攻は島風と陽炎のようだ。

 

「させるか!」

 

永見が陽炎に飛びつき、足に掴みかかって動きを封じる。陽炎はそれから逃れようともがくが、蹴られても何をされても永見は離さない。陽炎の拳でヘッドギアを吹き飛ばされ、こめかみに一発拳を食らって気絶し、やっと離した。

 

黒坂はジャンプした島風の足をつかみ、地に引き倒そうとする。島風はなんとか受け身をとって着地すると、掴まれていないほうの足で黒坂の顔面を蹴り、手を離させる。だが、黒坂はしぶとかった。もう一度島風に飛びついて動きを止めようとしたのだ。

 

突攻とキラーがやりあっている間、スクラムとサークルが激突し、激しくもみ合っていた。サークルを引き剥がしにかかり、敵味方を踏み越えてきた奴を上乗りが蹴落とす。男女関係なしに激戦が続く。棒は前後左右に揺れ、川西から逃れた陽炎がスクラムとサークルを踏み越えて上乗りの江迎にしがみついた。江迎は引きずり落とされまいと抵抗する。

 

そこで、ピストルの音が響いた。終了の合図だ。たった2分のはずなのに、何時間にも感じられた紅白戦は防御側の勝ちに終わった。

 

「こら攻撃側! お前ら強いんだろ! 深海棲艦ぶっ倒してる奴らが一般隊員に負けてるんじゃねえよ! もっと気合い入れろ!」

 

おお! と艦娘たちが声を上げる。そして、黒坂は次に防御側に怒鳴りつけた。

 

「お前ら棒をグラグラ揺らすんじゃねえよ! 当日は中将が乗るんだぞ! ピクリとも動かすんじゃねえ!」

 

こちらからもおお!と大声が上がる。課業終了の10分前だった。

 

「よし。練習はここまで! 各班長は負傷者を掌握。国旗降納までに負傷者の搬送と後片付け! かかれ!」

 

黒坂の号令と共に、全員が慌ただしく動き始めた。日の沈み始めた鎮守府が僅かに活気ついたようにも思えた。

 

その日の夕食。幹部食堂が工事中であるため、士官も下士官も艦娘も同じ食堂で入り混じって食事をしている。幹部食堂が工事を始めてこの状態になってからというものの、食事中の笑顔が増えた。

 

「小森大尉、ソース取って。」

 

「はい。」

 

「サーンキュ♪」

 

小森は陽炎にソースを渡す。それを受け取った陽炎はトンカツにソースをかけ、隣の曙に渡す。そんな風に、使ったら隣へと回すシステムが自然とできていた。

 

「おい桑原伍長、なんで2人前持ってきてるんだ? 誰かお茶でも取りに行ってるっけ……?」

 

川西はなぜか2人前のトレーを持って席に着いた桑原に疑問をぶつける。

 

「いや、いつも食い終わったあとにおかわり取りに行くんですけど、そんなことしてたらおばちゃんに最初から2人前持って行けと言われまして……」

 

「マジかよ……お前いつも麦ごはん大盛りにしてるくせにどんだけ食うんだ……」

 

隊員食堂は基本的に人数より多めに作っているため、食事時間終了時間ギリギリになるとおかわりにありつける場合がある。黒坂も陸戦隊時代はかつて担当広報官から習った通りそうしていたのだが、デスクワークになってからというもの、食べる量が減ってしまい、今では自分の分しか食べられない。

 

「ちょっと! そんな裏技あるの!?」

 

「ふむ……ならば、私もおかわりしてみようか……」

 

桑原の話に陽炎と那智が食いついた。那智はともかく、陽炎はそんなに食べられるのだろうか?

 

ーーーーー

 

その頃横須賀鎮守府では、執務室で久坂が左目のあたりに青いアザを作りながら書類仕事に励んでいた。側におっかない顔をした加賀がいるのだ。いつものようにサボるのは出来そうになかった。

 

「うげぇ……終わったぜ〜……」

 

久坂は最後の書類に印鑑を押し、机に突っ伏した。加賀はその書類をまとめるとお疲れ様でしたといつものように単調なトーンの声で言った。

 

「もう少し優しくしてくれてもバチは当たらねーぜ? エリート死神さんのとこの吹雪みてーにさ……」

 

「あの2人は特別です。宮原中佐のところの霞のような態度をご所望ですか?」

 

「俺の胃にそこまでして穴を空けたいか?」

 

久坂は久坂に突っ伏しながらも抗議するように言う。ただでさえツンツンしている加賀にこのクズ! だの○ねばいいのに! なんて言われた日には胃潰瘍で病院行きである。胃潰瘍は本当に辛かった。二度とごめんである。

 

「棒倒しにかこつけてセクハラをした罰です。」

 

「だからあれは事故だと何度も……」

 

棒倒しの練習中、突攻をやった久坂はキラーの加賀を突破しようとして、誤って胸に触れてしまった。それが勿論怒りに触れ、顔面に青あざを作る結果になった。もちろん、電の腹パンという制裁もおまけされる羽目になったのだが。

 

「……女に囲まれて生活できる男っていいなぁ、と思ってたけどさ。正直言ってかなり精神的に辛い。」

 

そうしてストレス解消のために甘いものを食べ、またストレスを溜めてを無限ループし、定期検診に引っかかる危険に直面する……正直なところ、胃潰瘍と血糖値の異常、どっちが先に発見されるかと考えるくらいである。

 

男には女心を理解できない。育ち方も何も違うのだから当然である。その逆も然り。女性陣からはハーレム生活と喜んでいるのだろうと見られがちな久坂ではあるが、それは最初のうちだけである。ツンな艦娘の割合が多めなのも、高原の策略なのかもしれない。あのオヤジ許すまじ。

 

「そうですか。ならば女になってみますか?」

 

「やーだよー……そうツンケンするのも俺くらいにしとけよー……」

 

「勿論です。黒坂少佐なんかにやったら間に受けて思いつめてしまうでしょうし。」

 

久坂はそれに心の中で賛同した。彼奴ならそんなことを言われた暁には東南アジア辺りでその穢れたバベルの塔を解体してマジな意味で女になりかねない。女体化なんて薄い本で腹一杯だ。

 

「まるで、俺が特別みてーだな……デレもあったら完璧だがよー……」

 

「ご冗談を。」

 

加賀はそう言うと書類をまとめて退室しようとドアを開けた。

 

「……提督の働き次第では、考えてあげます。あ、それと一つ……その……やり過ぎてすみませんでした……では失礼します。」

 

最後にそう言い残して加賀は行ってしまった。その日、黒坂と宮原へ電話して手際よく書類を片付ける方法を訊いたのは言わずもがな。

 

ーーーーー

 

宮原はチェスのコマを机に並べ、霞と棒倒しの作戦会議をしていた。棒倒しも戦争も真剣勝負。どっちも頭をひねって考えていた。特に、元防衛大学校第1学生大隊総長だった宮原は棒倒しガチ勢である。

 

「突攻は走力ある奴にして、キラーに日向あたり体格のいいやつ入れるか?」

 

「相手もそうしてきた時、突攻が押し負けるじゃない。ならいっそ日向さんを突攻にするほうがいいわよ。」

 

「なるほど……俺も突攻やるけど、向こうにはキラーのプロフェッショナルがいるから厄介極まりねえぞ? キラーの黒坂をどうやって黙らせるかな……」

 

「それはあんたの腕の見せ所よ。ぶん殴ってでも止めなさい、突攻の宮原。」

 

「言ったな?」

 

宮原は黒坂と殴り合う気でいた。あいつは義足である分、機動性に欠けるだろうと読んだのだ。これが大誤算であることを宮原が知るのはかなり後になってからであるが。

 

「提督、お茶はいかがです?」

 

「お、頼む。」

 

神通がお茶を淹れる。ポットから急須へお湯を注ぐ音が耳に心地いい。気づけば、外は雨が降っていた。課業終了後の仄暗い鎮守府を包む雨音がジュークボックスから流れる曲の伴奏のようになっていた。

 

「雨だな……」

 

宮原は机に置かれたお茶をすすると、窓の外を見てポツリと呟く。その目はどこか遠くを眺めていた。

 

「そうですね……雨音の鎮守府も悪くないと思います。」

 

「佐世保にいた時、時雨がいい雨だねって言ってた理由が分かる気がする。雨音ってなぜか聴いてると落ち着くんだ。」

 

「任務中に雨に降られるのは最悪よ。」

 

「馬鹿め。俺は海水に浸かるのが役目だったぞ。」

 

宮原はニヤッと笑って霞に言う。それが気に入らなかったのか、霞は宮原を睨んだ。

 

「好き好んで海水に浸かって砂にまみれてたくせに?」

 

「ああ。俺がやらなきゃ誰がやる?」

 

端から見れば汚いが、やってる本人には名誉なことなのだ。ロッカーに仕舞ってある戦闘服の胸に縫い付けられたボロボロの空挺レンジャー徽章も、水陸両用徽章も、肩の旭日旗も、猟犬のエンブレムも自分の誇りなのだ。ガラスに入った細かい傷のように、誰にも見えないけれど近くにいる自分にはよくわかる。そんなものだった。

 

「提督は強いのですね……私も最初は自分以外の誰がやるんだって思って艦娘に志願しましたが……今ではそんなことも忘れてしまいました。こうして過ごす日常が当たり前で、みんなやっているって……」

 

神通の言うことも一理あるだろう。自分以外にもやっている人間がいると、自分じゃなくてもいいだろうと思ってしまう。それを乗り越えるのも試練のうちなのかもしれない。

 

「でも、誰もが出来るってことじゃない。そうだろう? 俺の他にも黒坂や久坂に時村も飛田も紀伊も花田も……みんなやってたけどよ、それでも俺たちでやるから価値があるんだ、俺たちはみんなで1人、そう思ってやってた。だから、今でも誇っていられる。あの苦しみも乗り越えられるだろうって……そう信じ続けてさ。」

 

宮原は机の上の写真立てに目をやる。第2偵察小隊の隊員で撮った集合写真で、同じ迷彩服に身を包んで、同じような坊主頭をしているが、その中でもいぶし銀のように輝いていられた。それは、かけがえのない思い出で、いつか、この大湊警備府の艦娘や隊員と、こんな風に写真を撮って、ずっと自分の誇りとして語り継げたなら、宮原はそう思った。

 

ーーーーー

 

佐世保の夜。居室の窓の外には、赤い衝突防止灯がガントリークレーンのシルエットをほんのりと浮かび上がらせ、昼とは違った鎮守府の景色を見せている。寝そびれた黒坂はそんな窓の外を眺め、物思いにふけっていた。

 

義足を外した左足を布団に伸ばす。そこにつま先はないが、確かにあるような感覚がする。そんな幻肢感がする度に、人体の構造とは不思議なものだと思う。

 

そんな時、皐月が下からひょっこり顔を出した。2段の寝台の下を皐月、上を黒坂が使っている。

 

皐月は黒坂がまだ起きていたのが不思議だったようで、少し驚いたような表情を浮かべていた。黒坂は少し横にずれて隣をポンポンと叩き、皐月を招いた。

 

「眠れない?」

 

「うん……なんだか疲れてるはずなのにね……」

 

「そう……」

 

すると、皐月は黒坂の膝に頭を乗せる。黒坂は自分の膝を枕にする皐月を見て、僅かに驚いたような表情を見せた。窓からの月明かりが黒坂の顔を半分ほど照らし、大人しい印象を皐月に与えた。

 

「司令官……何か子守唄歌ってよ……」

 

隣の寝台の由良と比叡はスヤスヤ眠っているし、少し歌ったくらいでは起きないだろう。あまり自信はないが、皐月が眠れるというのならば、やる他にないだろう。

 

黒坂は静かに口を開く。落ち着いた声色でコサックの子守唄を歌う。防大で第二言語としてロシア語をやった事があり、正しい発音は上手くできないが、一応歌えるので歌ってみた。(普段からポップだったりジュークボックスの曲ばかり聴いているため、子守唄はこれとねんねんころりよ以外知らない)歌いながらも皐月の頭を髪の毛を梳くようにして撫でる。

 

皐月の目がトロンとして、暫くするとスヤスヤと寝息を立て始めていた。黒坂は皐月に膝を貸したまま、俯いてウトウトと微睡み始めた。心地よい疲労が黒坂の意識を眠りへと誘う。きっと、誰かの子守唄で眠るときはこんな気分なのだろうな、と思った。実際にやってもらった事なんて覚えにないから想像するしかない。

 

そんな時、どこからか子守唄が聞こえてきた。ねんねんころりよが微かに聞こえてくる。由良の声だ。寝たふりをしながら歌っているのだ。

 

「ありがとう……」

 

黒坂はそうポツリと呟くと、その意識は子守唄に誘われるようにして夢の中へと落ちていった。




今回はPixivでイラストを投稿している山神陰陽さんからキャラを何人かお借りしました。この先も佐世保鎮守府の隊員として働いていただきます。

提供していただいたキャラで今回登場したのは江迎、小森の2名です。

キラーの黒坂が島風に飛びついてるシーンがありますが、黒坂はセクハラなんて全く考えていません。ガチで勝ちにいっております。

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