新年初投稿、艦これに決めた!(尚、我が鎮守府では正月飾りを作るのは間に合わなかった模様)
官舎誤射事件の後、宿泊場所を確保できなかった黒坂は執務室のソファーで寝る毎日を過ごしていた。正直、艦娘や他の隊員からしたら辛くないのかと疑問に思われるが、黒坂からしてみれば『戦場の地面とか蛇が出るかもしれない草むらで寝るよりは遥かにマシ』なんだそうな。そんな生活が1週間は続いた。
そんなある日の課業終了後、艦娘たちは娯楽室に集合していた。そこには黒坂もいる。これから部屋替えが行われるので、黒坂も(なぜか吹雪に連れられて)参加している。
「それでは! これより部屋替えの発表を行いまーす!」
司会は陽炎のようだ。怖気付くことなく、戦艦などの格上相手に堂々と喋っていることに黒坂は感心していた。
部屋は4人部屋、くじ引きで適当に決められるようだ。艦種ごちゃ混ぜというのもいい考えかもしれない。一応、艦種にも階級はあるにはあるのだが、彼女たちは全く気にしていないようだ。(黒坂の階級も忘れ去られているかもしれない)
「次! 比叡さんと由良さん、皐月と……黒坂零士……!? 誰!? 提督のくじ入れたの!?」
黒坂は吹き出した。そして、金剛と吹雪がなぜかそっぽを向いて舌打ちしていた。お前らか……黒坂と陽炎は頭を抱えた。
「ええと……僕のくじは抜いても……」
「何言ってるんだよー! 司令官の武勇伝を聞くいい機会なのに〜!」
そう言ったのは皐月だ。そんな武勇伝という武勇伝はないのだが……
「確かに! 司令の話、もっと聞いてみたいです!」
「私も……構わないよ。」
「ええ!?」
これに一番驚いたのは黒坂だった。結局、本当にそう決まってしまった。
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次の日。艦娘と一緒の居室だろうといつも通りに爆睡した黒坂は横須賀鎮守府一般公開に向け、準備を始めることにした。
川内は陽炎と皐月を率いてホームセンターに来ていた。出店を作るには骨組みや屋根にするシートが必要なのだ。調理用のコンロなどは市ヶ谷がレンタルしてくれるので、店のテントを建てるだけでいいのだ。目的のものを揃えたら、黒坂が小型トラックを運転してくる手筈になっている。
川内は台車を押しながら辺りを見回す。『Rage's memo』と書かれた買い物メモに買うべき物と寸法が書かれていた。
「よし! 偵察の時間だよ駆逐艦!」
「了解! 行くわよ皐月!」
「ま、待ってよ〜!」
陽炎と皐月は鉄パイプのコーナーへ突入していく。メモに書かれた寸法の物を探すのだが……いかんせん種類が多すぎる。そのパイプをつなぐ接続具も探さねばならないのだから骨が折れる。
「ええと……陽炎! これじゃない!?」
「それは直径が少し大きいやつよ。正解はこっち。」
「あ、本当だ……」
「見つかった?」
陽炎と皐月がお目当の物を探していたら、そこに川内がやってきた。
「はい! これです!」
川内はメモと鉄パイプを見比べ寸法を確認する。どうやら、間違ってはいないようだ。
「よし、これを台車に乗せて運ぼう!」
「はーい!」
皐月が鉄パイプに手を伸ばす。これが持てなくはないが重く、皐月はちょっとよろけそうになった。
「危ないから駆逐艦は2人1組で作業して。私も手伝うから。」
川内は棚からパイプをヒョイと取ると、手際よく台車に乗せていく。陽炎と皐月より早い。軽巡洋艦と駆逐艦ではやはり格が違うのだ。こんなところで格の違いを見せつけられた陽炎と皐月が悔しさをバネに訓練に励む姿が見られるようになるのはもう少し先の話である。
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物資の調達に2日を費やし、次はグラウンドでの仮組み作業に入った。
「比叡、そっちを持っててくだサーイ。」
「はい、お姉様!」
金剛と比叡がパイプを持ち、それを霧島が予め立てておいたパイプと接続する。だんだんテントの骨組みが完成してきた。脚を立てる前に屋根の骨組みにシートを飛龍、蒼龍、千歳、千代田が被せていく。テントはほぼ完成だろう。川内たちが調達してきたものの寸法間違いは無かったようだ。
黒坂は執務室の窓からその様子を見て、大丈夫そうだと判断すると机に戻る。机に置いてある書類は食材の発注量の書類だ。出店でやるたこ焼きや射的の他に、鎮守府対抗カレーコンテストもあるのだ。予算が降りるとはいえ、無駄遣いが無いように確認しているのだ。予算も国民の血税から出ているのだから、無駄は極限まで切り詰めるべきなのだ。
今回の一般公開の主役は艦娘。自分たち提督はその引き立て役。だから、黒坂は全力で裏方の仕事を全うしようと決めていた。
蒼空に6つの銀翼と白線が入り乱れ、自由に踊っている。笹倉が発煙装置を搭載した零戦だ。白銀と制空迷彩の零戦が黒坂の目を魅了する。航空学生採用試験に落ちてしまった黒坂は、1度だけでもあんな風に空を舞えたなら……そう思って、届かない蒼空に手を伸ばしていた。
小さな英雄たちは空を舞台に
さて、もう直ぐ自分の仕事は終わる。談話室の簡易キッチンで軽食でも作って振る舞おう。そう考えた黒坂は手早く正確に執務をこなしていった。
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課業終了後、談話室の簡易キッチンで比叡はカレーを作っていた。が、なんだか微妙な味である。隠し味に桃を入れるといいというから入れてみたりはするが、微妙なのだ。
「どうしよう……それにこれも勿体無いし……」
ただ、匂いだけはいいのだ。そんな匂いにつられたのか、黒坂と金剛、霧島がやってきた。
「比叡、何してるデース?」
「お? 美味そうな匂いと思えばカレーか……」
「司令、あまり期待しないほうがよろしいかと……」
黒坂が鍋を覗き込むと、なぜか桃が浮かんでいた。
「比叡、なんで桃が浮かんでるの?」
「隠し味に桃を入れるといいって聞いたのですが……」
「それはすりおろして入れるものですよ……」
霧島は苦笑いを浮かべながら言った。まあ、確かに入れろと書いてあったらそのまま入れてしまうだろう。
「ねえ、金剛と霧島も手伝ってあげたら? 僕も少し手伝うからさ。」
そう言いながら黒坂は比叡カレーを皿によそっていた。2人前くらいだから食べきれるだろう。食えれば問題は無い。前に海兵隊員と怖いもの見たさで交換したMREレーションとか、その辺で捕まえた蛇や蛙に比べれば美味い。
「……食えなくはないよ。僕が食べるから金剛たちと新しいのを作るといい。」
そこに、ふらりと赤城が現れた。桃入りカレーのいい香りにつられたのだろう。黒坂がカレーを皿によそって差し出すと、手を合わせてから食べ始めた。
「比叡、赤城も手伝ってくれるそうだ。」
「て、提督!? 私は何も……」
すると、黒坂は赤城に顔を近づけた。キスでもするのかというくらいにずいっと近づけたため、比叡たちは思わず目を背け、赤城も赤面しながら目を閉じた。
黒坂は口を赤城の耳元に寄せて囁く。
「隊員食堂の食材をくすねた件はチャラにするけど……?」
「や、やります! 手伝います!」
ちなみに、この声は赤城にしか聞こえていなかったため、比叡たちは何が起こったのか分からずじまいであった。
そんなこんなでカレー作りが始まる。まずは野菜を切るところからだ。
「ここはさいの目に切ったほうが火の通りが早くなると思いますよ?」
霧島がそう提案する。ゴロッと具材が入っているカレーも良いが、そんな感じのカレーも良いかもしれない。
「はい! 気合い! 入れて! 切ります!」
「テートクー! onionのcutをお願いシマース!」
「よし来た!」
金剛から玉ねぎを受け取った黒坂はゴーグルをかけて玉ねぎを切り始める。空挺降下の時に使っていたものだ。
「肉に下味をつけますね。カレー粉で良いですか?」
「ええ。きっと良い味になると思います。」
霧島の賛同を得た赤城は2cm角に切った肉に塩こしょうとカレー粉をまぶしてオーブンで軽く焼き目をつける。暫くすると良い感じに焼けた肉が良い香りを漂わせる。
「比叡、今のうちにスープストックを作ってクダサーイ!」
「お、お姉様……どうやって作れば……」
その時、黒坂が棚から鶏ガラスープの素を取り出し、比叡に渡した。
「裏に書いてある規定通りに水とコレを入れて煮込んで。いいね?」
「は、はい! 気合い! 入れて! 煮込みます!」
4人分の水とスープの素を入れた比叡はお玉でゆっくりかき混ぜながら煮立てる。突沸したら危険であるため、沸騰するまではゆっくり混ぜるのだ。
いい感じにスープストックが出来たら、材料を入れて煮込んでいく。入れる順は霧島が指示し、比叡は的確なタイミングで入れていく。金剛は黒坂、赤城と紅茶を飲みながらそれを見守っていた。
ルーも入れて、あとは30分ほど待つだけだ。この待ち時間に5人は雑談を始めた。
「テートク、訓練展示って何やるんデスカ?」
「ああ、艦娘と空軍の援護の下、陸戦隊が水路から敵地へ侵入、制圧するっていう離島防衛の訓練だよ。編成は後々。」
「あれ? それって司令も参加するんですか?」
比叡は黒坂にふと思ったことを訊いてみる。元陸戦隊の黒坂はどうするのだろうかと。
「あー……それが久坂、宮原とともに参加しろって幕僚長からお声がかかっててさ……」
まさか現役の陸戦隊連中を差し置いて自分たちが投入されるとは思ってもみなかった。ただ、少しだけ気分が高揚していたのは確かだ。
「Wow! ワタシも参加させてクダサーイ!」
「まあ……金剛は着上陸の援護は経験あるだろうし、いいよ。あの時みたいにね。」
「あの時……?」
そこへ、匂いにつられて陽炎と皐月と曙がやって来た。駆逐艦はカレーで釣れるのだろうか?
「あ! カレー発見!」
「待った皐月!」
カレーに飛びつこうとする皐月を陽炎が止めた。比叡がいたからかも知れない。比叡カレーに飛びつくのは危険とでも認識されているのかもしれない。
「まだ時間かかるよ。金剛たちも手伝ったから、ちゃんと出来てるはずさ。比叡もやれば出来る子だし。」
「で? クソ提督は何もしていないのかしら?」
「いや、玉ねぎ切った。」
曙は言葉を失った。駆逐艦がカレーを作る時最も恐れる玉ねぎ切りをやったというのだから。駆逐艦の間では玉ねぎを切る者は勇者だと言われているほどなのだ。(初めてこのことを吹雪から聞いた黒坂は、どんなチキンレースだと呆れていた)
いつもはただの飾りにしか見えない黒坂の胸の防衛記念章が今ばかりはちゃんと勲章に見えるくらい、曙には黒坂が偉大に見えた。いつも何かにつけて玉ねぎ切りから逃げていたからだろう。これでとし、黒坂がゴーグルを使ったなんて知ったなら、いつもの倍以上のクソ提督の一言を見舞ったかもしれない。
「テートクー……昔みたいにってどういうことデスカー?」
「ちょっと! 何やらかしたのよ!?」
「司令官! 悪いことしたなら謝らなきゃ!」
「このクソ提督!」
「酷い言いがかり!? 違う違う! 昔、金剛たちと共同で作戦に当たったことがあるんだよ!」
黒坂は必死に弁解する。どうやら、金剛は覚えていないようだ。無線越しだったし、こっちは砂まみれの上に顔にはドーランを塗りたくっていたから仕方ないか、と黒坂は結論つけた。
「What!?」
「ねー司令官ーおしえてよー。」
「わーかったわーかったー。だから揺するのやめてくれー。」
皐月は黒坂の肩を掴んで前後に揺すっている。黒坂の首はそれに合わせてグラグラと揺れ、何だかゴキゴキと怪しい音までしている。
「やった!」
皐月はそう言うと黒坂の膝に飛び乗って、まだ黒坂が手をつけていなかったお茶を飲み始めた。曙と陽炎も適当にその辺に腰掛け、話を聞くようだ。金剛たちもワクワクしている。
「じゃあ話そうか……比叡、話に気を取られて煮立てすぎないようにね?」
「はい!」
黒坂は比叡がタイマーをセットしたことを確認し、在りし日のこと、沖縄県奪還作戦『ファーストペイン作戦』のことを回想し始めた。