水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第32話 提督ぐらし

課業終了後の自由時間。黒坂は執務室で1人、業務用ノートパソコンに向かい合って唸り声をあげていた。艦娘たちが談話室で一般公開の出し物を考えている間、黒坂は訓練展示の案や佐世保鎮守府の運営に関わる書類の処理をしていた。このところ出張が多く、代理の霧島では処理できない仕事が溜まっていたのだ。これは消灯時間過ぎてもやらなきゃならないかもしれないと、黒坂は覚悟を決めて仕事に取り組んでいる。もちろん、隊内評価はとても良い。

 

ふと顔を上げると、机の上の写真立てが目に入った。迷彩服に身を包み、ライフルを担いだ自分と、セーラー服を着た少女、吹雪と一緒に撮った写真。退院祝いに撮ったものだ。

 

黒坂はその写真を見て微笑むと、椅子から立ち上がってジュークボックスに向かい、コインを入れて曲を選んだ。なんだかしんみりした曲が聴きたい気分だった。

 

曲をセットすると、ガサゴソとポットとインスタントコーヒーを漁る音が聞こえた。誰かと思って見てみれば、高嘴がコーヒーを淹れているところだった。

 

「あれ、話し合い中じゃなかったの?」

 

「鶴保に押し付けて出てきた。正直暇だ。どうせ訓練展示と曲芸飛行で決まりだろ。」

 

「まあ、そうかもね……冷蔵庫にソーセージあるけど、おつまみにいかが?」

 

「気が効くじゃねえか。食う。」

 

高嘴は目の色を変えた。黒坂の冷蔵庫に入っているものは大抵、上層部からの貰い物だったりして、良いものが多いからだ。高嘴の予想通り、黒坂が出したソーセージは中々食べられないような高級品だった。

 

黒坂はこういう貰い物を自分では食べず、仲間にお裾分けしてしまう。曰く、自分は何もしていない。だからこれを受け取るべきは実際に働いた部下である、と。

 

デスクワークに疲れた黒坂は高嘴がいるならと自分もコーヒーを淹れ、ソファーに腰掛けた。高嘴はその目の前のソファーに座る。どうも妖精は体のサイズを変える技術を持っているらしい。戦闘機に乗る時はかなり小さいが、今は身長50cmくらいになっている。それでも、普通の人間くらいに大きくなるのは無理があるらしいが。

 

高嘴は運良くありついたソーセージを美味そうに齧る。黒坂はそんな高嘴を見て微笑んだ。

 

「なあ、このソーセージもう一本貰ってもいいか?」

 

「良いけど、食べきれるの?」

 

「いや、俺じゃなくて妹に送ってやろうと思ってな……」

 

高嘴の声のトーンが少し落ちた。何かあるのだろうと、黒坂は感づいた。

 

「良いよ。妹思いな兄だね。」

 

「別にそんなわけでもねえよ……病気でずっと寝たきりだからロクなもん食ってねえだろうし……」

 

「そう……もしかして、高嘴がパイロットになった理由はそれ?」

 

「……そうだ。妹を生かし続けるには金がいる。例え俺が死んでも、多額の補償が出るからな。」

 

黒坂はやっぱりか、と思った。戦う理由はそれぞれだ。自分のように愛国心やら存在意義の証明のため、という者もいれば、高嘴のように金が目的の者もいる。だからと言って、高嘴は金に転んで自分たちを裏切るような男でもないだろう。

 

「なるほどね……少し、給料割り増ししようか? 高嘴の働き次第だけどね。もう少し勤務成績良くなれば2号俸いくかな……」

 

「そうか……なら、明日から頑張ってみるかな……美味いもん食わせてもらったし。」

 

「ああ。展示飛行、期待してるよ。」

 

その頃談話室では艦娘や妖精、更には巻き込まれた警務科など、艦娘以外の隊員が額を突き合わせて話し合っていた。今のところ決まっているのは模擬戦、観艦式、展示飛行、出店。では他に何をやろう? それで揉めていた。

 

「だから、堅苦しいのを抜きにしてもう少し楽に行かないと!」

 

警務科の永見軍曹は主張する。普段堅苦しい男にそれを言われても、と艦娘たちは少々苦笑いを浮かべる。

 

「なら! この際いっそ文化祭みたいにしちゃいましょう!」

 

そう提案したのは夕張だった。艦娘や隊員たちがざわめく。鎮守府の一般公開とあって、それは思いつかなかった。考えてみれば艦娘は年頃の女の子……そう認知してもらうのなら、それが良いと思えたのだ。

 

「なら、僕がマッチ売りの少女の劇をやるよ。」

 

時雨が提案する。そして、その場にいた面々は想像した。ボロをまとい、冷たい石畳の上で汚れながら必死にマッチを売る時雨……そして、最後にはマッチの火に幻影を見ながら天に召されてしまう場面を想像してしまった……

 

「やめろ! それはやめろ!」

 

号泣しながら情報科の川西少尉が叫ぶ。時雨にその役は合い過ぎたのだ。

 

「時雨……! 大丈夫よ! 私がいるわ……!」

 

山城は時雨を抱きしめて泣く。時雨はそれに目を白黒させた。よく見れば、その場で泣いていない者はいなかった。後にこれを提案したところ、提督5人に高原中将や海上幕僚長すらも泣き出す結果となり、却下となった。これは別の機会にやるべきという判断である。

 

「ねえ、鎮守府対抗の料理コンテストなんてどうかな……?」

 

そう提案したのは由良だ。それを聞いた者は近くの仲間と少し話し、その案に賛成票を投じた。これは採用のようだ。

 

議論は時間をかけるにつれて白熱していく。議論は消灯時間まで続き、案をまとめるまでに3日を要した。

 

ーーーーー

 

鎮守府は端から見ると緩いようにも思えるが、仮にも軍施設である。その為、朝の起床時間になれば皆5分で着替えて隊舎前に集合し、朝礼を行う。遅れようものなら腕立て伏せである。

 

黒坂が着替えを済ませて隊舎前に向かうと、既に島風が待ち構えていた。流石に秋に露出の多い服は辛いのか、コートを羽織っている。黒坂は腕の黒いアナログ式ミリタリーウォッチを見る。時間はまだ5時50分だ。普段より早起きして着替えを済ませたのだが、島風はそれより早く来たらしい。

 

「おはよう。早いね。」

 

「へっへーん! 私には提督も追いつけないからね!」

 

「いい心がけだよ。後でご褒美に間宮羊羹をあげよう。」

 

「本当!? 約束だよ!」

 

島風はウサギのように飛び跳ねて喜ぶ。頭のリボンがさらに島風をウサギのように見せるのだから、黒坂は思わずクスッと笑ってしまった。

 

そうこうしているうちに、ミリタリーウォッチの針は0600時を示す。同時に、放送で起床ラッパが鳴り響く。それから少し遅れてそれぞれの居室からガタガタという音が聞こえてきた。飛び起きて着替えて5分で集合という、教育隊で叩き込まれた動き通りに動いているのだろう。

 

まずは川西少尉を始めとした一般隊員が隣の官舎から物凄い勢いで飛び出してきた。隣とはいえ多少の距離があるので、早起きしないと遅刻必然なのだ。

 

それぞれの班長が号令をかけ、点呼をとっていく。黒坂よりも長い勤務歴を誇る隊員が殆どだったので、その動きは素早かった。

 

その次は戦艦組だ。時間には正確な霧島がいるおかげか、遅刻したことは一度もない。不幸だ不幸だ言っている山城も朝礼には遅刻したことがない。

 

「あ、テートク! Good morning♪」

 

「おはよう、金剛。」

 

金剛は朝から元気がいい。比叡は欠伸をしてまだ眠そうにしている。霧島はメガネをしていない。見えてるのだろうか? 山城は寝癖がついてしまい、不幸だわと呟いていた。

 

それに続いて、空母、重巡、軽巡の順でやってきた。由良は髪をヘアゴム一本で束ねているようで、いつもと違ってテールが広がって、ウエディングドレスの裾みたいになっている。せっかくの綺麗な髪なのだから、間違って踏まれたりしないことを願うばかりだ。

 

そして最後はもちろんとでも言うべきか……

 

「急げー!」

 

「置いていかないでよ陽炎ー!」

 

「待ちなさいよ! 点呼とるんだから1人で行っても意味ないでしょ!」

 

走ってきた陽炎が転倒し、その後続である皐月と曙がそれに巻き込まれて転倒する。その隣を弥生が我関せずといった感じで通り過ぎ、何を思ったか吹雪はその3人の上を飛び越えてきた。着地の時にスカート捲れるからやめなさい。

 

ズッコケトリオは時雨の救助によってなんとか立ち上がり、整列した。残念ながら1分遅刻だ。

 

各班の点呼終了に合わせて国旗掲揚が行われ、その後に黒坂から朝の訓示。それが終われば黒坂から各班別れの合図があり、それぞれの持ち場に散っていく……だが、駆逐艦はその場に残されていた。

 

「遅刻62秒か……腕立て伏せ62回! よーい!」

 

黒坂の号令とともに艦娘たちはその場に両手をつき、カウントとともに腕立て伏せをする。もちろん連帯責任であるため、早く来ていた島風も巻き添えである。

 

吹雪がいるからといって容赦はしない。鬼軍曹と化した黒坂に慈悲はない。無表情で艦娘たちに腕立て伏せをさせる。

 

「陽炎、何故遅れた?」

 

陽炎の前にしゃがみ、詰問する。体を下げた状態であるため、陽炎には精神的と肉体的に2重の意味で辛いものだ。

 

「髪結ぶのに手間取って……」

 

「なら切っちまえば? そんな事で作戦開始時刻に遅れて、味方に大損害なんてなったらどうする? お前より髪の長い由良は時間通りに来てるぞ?」

 

「切るのは……」

 

「じゃあ工夫しろ。正攻法でダメなら他の手を探れ。」

 

それから腕立て伏せが終わると、ベッドメイキングと朝食の時間になる。陽炎は席で麦ご飯を掻き込みながら文句を言っていた。

 

「あー! 朝からあそこまで言うことないじゃないまったく……」

 

「まあ……そうカッカしないでよ……」

 

皐月は陽炎をなだめながらもコーヒー牛乳のパックにストローを刺す。一応、黒坂に腕立てさせられる羽目になったのはこれが初めてではないため、普段と鬼軍曹モードのギャップに驚くことはなかった。

 

「でも、全員にやらせる必要あるの? 全く、いい迷惑だわ……」

 

あけぼのは悪態を吐きながら麦ご飯に納豆をかける。これが朝の楽しみだ。

 

「きっと、1人のミスが全員を危険にさらすって言うことを知って欲しかったんじゃないかな……?」

 

時雨がそう意見する。言い終わると同時に目玉焼きにソースをかける。

 

「あ……ソース、頂戴。」

 

「いいよ。はい。」

 

時雨が弥生にソースを渡す。醤油派の吹雪はその様子に目を白黒させていた。ちなみに、黒坂がソース派と知った時も驚いたようだ。

 

朝食が終わるとそれぞれの午前の課業が始まる。金剛が黒坂を手伝いに執務室に行くと、迷彩のインナーシャツ1枚の黒坂が腕立て伏せをしていた。陽炎たちと違って義足である分、キツイはずだ。

 

「59……60……61……62っ。終わり。」

 

ちょうど終わったところらしく、黒坂は平然と立ち上がった。

 

「テートク、何してたんデスカ?」

 

「腕立てだよ。部下のミスは指揮官の責任。僕だけ腕立て無しってわけにも行かないだろ。さて、一般公開でやりたいことの一覧はできた?」

 

「Hi! Here you are♪」

 

金剛からリストを受け取り、一通り目を通す。これは無理そうだというものにはチェックをつけ、他のもので会議に諮る事にした。

 

ーーーーー

 

午後、テレビ電話で久坂と宮原、そして萱場少将と橋本大佐と話し合っていた。一般公開は何をしようか? そんな議題だ。

 

「出店はいい案だと思うぞ。艦娘たちがやれば、艦娘は身近な存在だと民衆に受け入れてもらえるだろう。」

 

橋本大佐がそう意見する。実際、民間からの出店も視野に入れているが、民衆の手の届く所で艦娘を見てもらいたいという考えも悪くないと思えた。

 

「では、他は……うん、訓練展示は陸戦隊から数人借りて、黒坂少佐や久坂少佐、宮原中佐に着上陸作戦をやって貰う。いいね?」

 

萱場少将が言う。黒坂、久坂、宮原は勿論それを承諾した。艦娘と航空機の援護のもと、少数精鋭の部隊が上陸、敵陣の制圧を行うという想定だ。実戦経験済みであるため、どんな風になるかは想像できていた。敵の機関銃掩体がないだけマシである。

 

「他は……時雨がマッチ売りの少女の芝居をやりたいと……」

 

黒坂は試しに提案してみる。しばしの沈黙の後、黒坂を除いた全員が泣き出してしまった。

 

「ふじゃけるなぁぁぁ! 時雨にそんなごとざぜるなぁぁぁ!」

 

久坂はもはや言語がゲシュタルト崩壊を起こしていた。宮原は嗚咽を堪えているため、何も喋れない。萱場少将はメガネを外し、ハンカチで涙を拭っているし、橋本大佐は袖で顔を覆って号泣している。あ、こりゃダメだと黒坂は直感した。

 

「じゃあアレだ……鎮守府対抗料理対決!」

 

久坂はそう提案した。この食いしん坊めと思ったが、案外悪くない案だ。久坂が珍しく安打を打ちやがったと思いつつ、他の提案を待つ。

 

「アレやろうぜ! 棒倒し!」

 

宮原がとんでもない提案をした。防大名物の棒倒しである。2チームに分かれ、防御班は自陣の丸太を倒されないよう支え、攻撃班は力ずくで敵陣の丸太を倒す、怪我人上等の競技(乱闘騒ぎ)である。これが即採用なのだから凄い。正直、防大卒の黒坂、宮原、橋本は棒倒しと聞いて血の気が騒いだのかもしれない。後に棒倒しをやると聞いた高原は乱闘騒ぎに発展した時に備え、龍驤と呉の黒潮に『乱闘に発展したら実況中継して場を盛り上げろ。博打始めても目を瞑る』と、余興で済むように根回ししたという。

 

会議が終わり、黒坂はヘッドセットを外して深く椅子の背もたれにもたれかかった。背もたれに疲れが滲んでいくような感覚がする。

 

そんな時、官舎の方からドン、と何かの音がした。咄嗟に狙撃銃を手に取ってスコープキャップを外し、官舎を見る。4倍率にセットしたスコープ越しに見えたのは、穴が開いて砂煙の上がる官舎だった。敵襲だろうか?

 

すぐに電話を取り、内線でレーダー室にかける。すぐに川西少尉が応対した。

 

『川西! どうなってる!? 敵襲か!?』

 

『いえ、レーダー、ソノブイともに反応ありません。飛翔体がレーダーに映っていたので、現在発射点を解析中。暫くかかります。』

 

『分かった。緊急事態(エマージェンシー)だ! 厳戒態勢を敷け!』

 

『了解!』

 

電話を切ると、今度は無線機に呼び出しがきた。演習の川内からだ。

 

『川内! そっちに敵影はあるか!? エマージェンシー発令中だ! 官舎に砲撃を受けた!』

 

『あ……その件だけど提督……ちょっと言いにくいんだけどね……』

 

『早く言え!』

 

『それ、流れ弾……演習中に曙がミスって……』

 

『え? それ本当……?』

 

『うん……すぐに戻るよ……』

 

黒坂はその場にヘナヘナとへたり込んでしまった。なんだか疲れた。そんな気がした。そして、官舎どうしようと頭を抱えてしまった。

 

ーーーーー

 

川内たちの帰還後、黒坂は事情聴取していた。何故こんなことになったのか原因の究明が目的である。ちなみに、演習弾は黒坂の居室に命中していた。安全性に問題ありとして、修理が終わるまで官舎は使用禁止、殆どが基地の外に家を持っていたため、寝床には困らなかったが、基地で生活している隊員は寝床の確保に追われる羽目になった。もちろん、黒坂も寝床を失った。

 

「で? 陸側に砲撃したら目算誤って官舎に命中……?」

 

「そうよ……」

 

曙は借りてきた猫のように縮こまっていた。珍しいなと思いながら、黒坂は報告書をまとめた。

 

曙は内心穏やかではなかった。それは一緒に演習に出ていた川内、陽炎、皐月、時雨、吹雪、弥生も同じである。朝のことが脳裏に思い浮かび、もしかしたら営倉行き、悪くすれば解体処分にされるかもしれない……そう思うと、失神してしまいそうだった。

 

「ふむ……分かった。演習場Cは使用禁止にして、代替地を探そうか……誰だよここを演習場に設定した間抜けは……完全12.7cm連装砲の射程圏内じゃないか……」

 

艦娘たちは唖然とした。黒坂の口からは叱責ではなく、演習場を設定した間抜け(物集)に対する文句がこぼれ出たからだ。

 

「処分……しないの?」

 

「あ……ここまでのことだから、3ヶ月減俸くらいは覚悟しておきな。僕がなんとか取りなすから……寝床どうすっぺ……」

 

曙は雲間に光を見た気分だった。減俸で済むなら安いものである。

 

「提督……怒らないの?」

 

川内は恐る恐る訊いてみた。黒坂はそれに何を言ってるんだお前は? という表情で答えた。

 

「いや、これ演習場の設定した上官のミスだろう? それに……この12.7cm連装砲の照準器もお粗末だな……笹倉さんと明石に改装を頼んでおくから、もっとマシな照準器を付けてもらって。そうすれば目算ミスるなんて事はないでしょ?」

 

黒坂は早速、工廠への全連装砲の改修要請と、上層部への報告及び謝罪、曙の減刑嘆願をした結果、連装砲にはまともな照準器が取り付けられ、官舎は明日業者が入り、修理を開始。曙は1ヶ月、黒坂は4ヶ月の減俸処分となった。


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