久坂パートは半分ほど、白髪になりたい系男子さんに書いていただきました。どこから作者が変わっているのかわかるかな……?
佐世保鎮守府の執務室をカタカタというキーボードを叩く音が包む。黒坂が書類の作成を行い、吹雪がそれを手伝っている。時間は1148時。
黒坂がタン、とエンターキーを叩く。書類がプリンターによって印刷され、吹雪が誤字脱字がないかを確認すると、黒坂が印を押す。これで今日の執務は終了だ。ちょうどラッパの音がスピーカーから鳴り響く。午前の課業終了のラッパだ。
「吹雪、食事にしよう。午後はクリスマスパーティーの準備もあるし、忙しくなる。」
「はい、零士さん!」
吹雪はいつも通り黒坂の手を握って笑顔を浮かべる。時々、吹雪と金剛が黒坂の手を奪い合ったり、出撃前の艦娘たちが『狙撃手の手を握れば命中率アップ』と言って黒坂の手を握ったり、しょっちゅう誰かに握られている。その度に黒坂はほのかな暖かみを感じ、安らぎを得ている。
午後、隊員食堂のおばちゃんたちが皿洗いに勤しんでいる間、足柄を中心とした手空きの艦娘たちは料理をしていた。クリスマスパーティーの料理を作るのだ。休暇を取れた隊員は自宅で家族や恋人と過ごすのだが、休暇を取れずクリスマスも仕事の隊員たちは艦娘主催のパーティーにご招待ということだ。
その美味そうな匂いは残念ながら工廠にまでは届かない。パイロットたちと航空機や戦法の改善点について話し合いの真っ最中だった。黒坂はクリスマスも仕事に勤しむつもりでいるのだ。
駐機している零戦52型の隣には試験中の紫電改と訳あって佐世保に来ている陸軍の屠龍が駐機している。整備士たちはエンジン周りや舵を念入りに点検している。艦娘たちが楽しそうにしている裏で、こうして働いている者がいる。ここは軍事施設だから当然ではあるが。
黒坂が工廠で仕事をしている間、足柄たちは手際良く料理を作っていた。ピザ生地が宙を舞い、その生地へ駆逐艦娘たちが好きなトッピングを好きなだけ乗せていく。一箇所だけケチャップではなくタバスコを塗るという、ロシアンルーレットじみた事までしていた。この恐ろしき罠に気づく艦娘は駆逐艦以外いなかった……
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その頃の大湊警備府では、宮原が執務室を少しでも活気付けようと、クリスマスツリーを飾っていた。
来客用のソファーとテレビを使って、白露と伊58、叢雲、伊168がゲームをしている。宮原は俺もやりてえと心の中で叫びながら仕事をしていた。みんなクリスマスを楽しんでいるのに、俺は今日も霞に罵倒され、山なす書類と向き合わねばならない、また胃薬の消費が増える、と心の中で文句を言いまくる。
「ちょっと、今日は休みでしょ? なんで書類と向き合ってるのよ? 休みなさいよ。」
立て掛けてあったファイルの向こうから霞の声。予想外だった。働けと怒鳴られるかと身構えていたのに。
「おや、霞が休めと言うとは珍しいな。」
「上司が目の前で働いていたら部下が休めないじゃない。本当、気が利かないんだから!」
「悪いな、気の利かないエリート思考のクズ野郎でな。」
宮原は多少皮肉を込めてそう言い放つと、書きかけのドキュメントを上書き保存して、パソコンの電源を落とした。
「そうだ、早めにケーキのデコレーションでもするか? そろそろ巡回中の艦隊も戻ってくるからな。」
「ケーキ!? あるの!?」
一番に食いついたのは白露だ。こんな時まで一番かよと、宮原は心の中で笑っていた。
「おう! 間宮の甘味処、大湊支店に全員分発注してあるからな。クリームは塗ってあるから、好きにデコレーションするだけだ。早くやろうぜ。」
「クリーム多めにするでち!」
「ちょっと! 甘さ控えめでしょ!?」
「抹茶クリームがあればいいけど……」
そんな伊58、霞、叢雲の会話を見て、宮原は笑みをこぼす。今日は平穏だな、と。ちなみに、白露は既に調理場に向かっていた。
まあ、自分はその中に入ることはできないだろう。しばらく、第2偵察小隊のアルバムでも見て感傷に浸ろうか。
案の定、艦娘たちは宮原を気にかけることなく調理場に向かって行った。まあ、今は大湊に伊良湖が来ているから、手順やらは大丈夫だろう。横須賀には間宮がいるし、佐世保は黒坂がしれっと料理ができる。祖父がコックとか、あいつは得したな、宮原はそんなことを考えた。
去年のクリスマスはどうしていたっけ……ああ、そうだ。佐世保で黒坂着任までの代理を務めていたんだっけな……余興やらされるのは予想外だったが、あれはあれで楽しかった。陸戦隊の時なんて、隊員食堂を占拠して盛大にクリスマスパーティーをした。バンドもやった……今年は1人でノンビリ過ごすのかな。そう考えたら、なぜか自然と涙が溢れ出した。俺にしては珍しい。宮原はそう思って天を仰いだ。
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佐世保は珍しく雪が舞い、薄っすらと雪が積もり始めていた。白む世界を、黒坂は屋上から見つめていた。戦闘服3型に身を包み、いつもは戦闘帽に引っ掛けているゴーグルを装着し、手にはライフルを持って柵に寄りかかっている。左足の義足の足首は、黒坂の無意識のうちに上下に動いていた。明石や夕張、笹倉の作った筋電で動く義足は、黒坂が無意識のうちに出した指令をしっかり感知し、足首を動かしていた。
迷彩柄のネックウォーマーを鼻まで上げ、海を見つめる。東北よりはマシな降雪だろう。そして、キスカよりは……
半長靴の中が冷え出した。今頃、隊員食堂では艦娘たちがパーティをしているだろう。せめて今は、気兼ねなく楽しんでもらいたい。寂しさを押し殺し、1人寒空の下で雪景色を愉しむ。それでいいのだ。
「テートクー!」
「司令!」
「零士さん!」
ヘッドセットの向こうから声が聞こえた気がした。ヘッドセットを耳から少しズラして振り向くと、金剛と比叡、吹雪が立っていた。なんだか少し怒っているようにも見える。
「どうしたのさ? 寒いから早く中に入ったほうがいいよ?」
「とぼけても無駄デース! 比叡、実力行使シマース!」
「わかりました! 吹雪さんも手伝ってください!」
「はい! 総員突撃!」
金剛が黒坂の後ろから上半身に組みつき、比叡が下半身を持ち上げる。吹雪はライフルを持ち、3人はそのまま黒坂を隊員食堂まで連行していった……
結局、黒坂もパーティに参加することになった。隣の席はもちろん吹雪。その反対側に金剛が座る。
目の前のご馳走を見れば、流石の黒坂も腹を空かせる。比叡や足柄、ピザを作ったり駆逐艦たちが目を輝かせている。どうも、黒坂の反応を待っているようだ。
黒坂はとりあえずマルゲリータから食べることにした。理由はチーズが固まる前に食うべきと判断したからだ。
一口、口に運ぶ。黒坂は違和感を感じた。ケチャップの味がしない。そして、口の中が痛い、熱い! そう、曙が仕掛けたタバスコピザだったのだ! ピザは6等分、計10枚で、その中の一切れだけがタバスコ塗りなのだ。黒坂は一撃で地雷を踏んでしまったのだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
「ええ!? クソ提督が1発で引っかかった!?」
なぜか黒坂より曙のほうが驚いているが、初めてタバスコピザに気づいた艦娘たちはそれどころではない。毒でも盛られたかと騒いだのだ。
「水!水!」
「テートク!」
金剛がその辺にあったコーラを黒坂に渡す。黒坂は藁にもすがる思いでそれを飲み、甘さで辛さをなんとか中和しようと試みた。まあ、甘さより辛さのほうが強いのだが……
その数分後、その場にいた面々は爆笑していた。黒坂は涙目になりつつ、笑みを浮かべている。
「全く……俺としたことがあんな罠に気付けないなんて……」
「司令官……口調変わってる……」
「うっちゃし!」
「今度は方言……」
「え? これ方言なの!?」
弥生が興味津々で黒坂の観察を始める。感情が高ぶった時、普段見れない黒坂が見られるのだ。ネッシーでも見たような気分なのかもしれない。
「あら、このカレー美味しいわね……」
「え? ……本当だ……美味しい!」
陽炎と皐月はカレーを物凄い勢いで掻き込むと、すぐにお代わりに向かった。黒坂も一口食べると、とても美味かった。
この味は……足柄ではない。吹雪も違う……そうだ、比叡だ。散々練習して、やっと作れるようになったのだ。具材は基本的なものではあるが、それでも美味い。
「成長するんだな……ノウハウも……」
黒坂がそんなことをしみじみ思っていると、料理が置いてあるテーブルの方からなにやら騒ぎが聞こえてきた。
「ちょっと赤城さんー! ボクたちの分のカレーも取っておいてよー!」
「肉ばかり拾わないでください! 人参だらけなんてイヤー!」
「駆逐艦はしっかりお野菜を食べて成長するべきですよ?」
「赤城さんは人参避けてるじゃん!」
「な、なんのことでしょう……?」
おのれ赤城、一航戦の誇りはどこに置いてきた……黒坂は思わず目頭を押さえた。前も肉だけ取っていくなんて事をしていたな……と、鳳翔お手製の三五八漬けを口に運びながら思った。例えパーティだろうと、鳳翔の漬物は美味い。つい手が伸びてしまう。おっと、漬物を摘んでいる間に島風が赤城のカレーの肉を横取りしたようだ。赤城がそっぽを向いた隙に奪い去るとは、流石佐世保最速。さあ赤城よ、ルーだけのカレーはどんな味かな?
「零士さん、はい♪」
吹雪がケーキの刺さったフォークを差し出してきた。これは……まさかアレか? 取り敢えず、「おおう大胆!」とか茶々入れた川西少尉は腕立て伏せを後で命じるとしよう。
後で曙に罵倒され、金剛にも強要されることを覚悟した黒坂は、そのケーキに食らいついた。
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その頃宮原は、艦娘たちのお誘いを受けてパーティに参加していた。そして、責任の最も重い役目を任されることとなってしまった。
「くそう……霞! 測距は!?」
「右に15度……いや、5度ね……中心を変えずにそのまま回転……」
他の艦娘たちはそれを固唾を呑んで見守る。ケーキの切り分けという最も責任の重い役目をだ。霞が定規や分度器を使い、宮原に包丁の位置を修正させる。宮原は頭にタオルを巻き、真剣な眼差しで事に臨んでいた。狙撃手モードの黒坂もこんな感じなのだろうかと、ちょっと思ってみた。
「そこよ!」
「うらっ!」
宮原は一度切れ込みをつけ、それに沿ってケーキを切る。そんな作業を繰り返し、綺麗に切り分けていく。面倒ではあるが面白い。手品でもやっている気分だ。
ところで、ケーキにチョコペンで『いっちばーん!』なんて書いたのは誰だろう? いや、白露しかいないな。ケーキでまで一番かよ……
「いっちばーん!」
そんなことを思っていたら、白露がケーキを一切れ皿に取っていった。黒坂のとこの島風よりも速いんじゃないのか……? そんな疑問が宮原の中で沸き起こった。あとで黒坂に電話して実験してみよう。そんな気になった。
消灯後、艦娘たちの寝静まる頃に宮原は娯楽室にいた。景気付けにと飾ってあるクリスマスツリーの根元にプレゼントを置いておくのだ。実は、このための予算が市ヶ谷から出ていたのだ。それぞれの艦娘への宛名のついたプレゼントをツリーの根元に置いておく。部屋に直接置きに行くのもいいが、霞にバレたら何を言われるか分かったものではない。恐らく、言い訳する前に警務科を呼ばれるだろう。
このクリスマスが、自分と艦娘の距離を縮めるキッカケになれば、そんな事を考える。そして、明日には戦場に行かねばならない彼女たちが、せめて今だけでも笑っていられたらいいな、と思いつつ、箱を丁寧に置いていく。
きっと、明日の朝には笑顔が見られるだろう。それがきっと、自分にとっての最高のプレゼントになるはずだ。
そして、酒瓶を一つ持って雪の降る外に出る。桟橋は雪かきをしたはずなのにまた雪が積もり始めている。明日の午前の課業は雪かきになりそうだ。宮原はそう思いつつ、酒瓶を海に流す。タグには『亡き第2偵察小隊の英雄たちへ』と記されていた。
「ほらよ。いい酒持ってきたぞー。願わくば、届けキスカまで。そして……それ飲んでゆっくり休んでてくれよ……」
宮原はポツリとそう言い残すと、振り向いて手を振った。誰かが見ている気がしたのだ。
雪が覆い隠す海面から、その様子を見つめる深海棲艦……駆逐棲姫は、その様子を不思議そうに見つめていた。
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「……あの、提督。隣よろしいでしょうか。」
「んー……?あ、加賀か……」
テラスにて酔いを冷ましているといつの間にやら加賀が隣にいた。彼女も酔いを冷まそうとしているのか、師走の風を受けて髪を靡かせつつ目を閉じている。その様子に見惚れながら久坂は静寂を退けようと唇を開いた。
「騒がしいな、本当に。戦時中なのが嘘みたいだぜ。」
「ええ……でもあの子達も女の子です。この日になると自然と浮かれるのでしょう。」
窓の内側でドンチャン騒ぎを続ける艦娘達を見ながら彼女は応えた。艦娘は元々、戦災孤児を集め、教育した戦闘集団。例え軍艦となったとしてもその心は変わらない。
かつて平和だった頃の記憶は薄れることはないのだろう。
「……俺さ、悪く思ってんだよ。お前らに対して。」
「え……?」
唐突な独白に彼女は彼へと顔を向ける。彼は背を安全柵へと凭れ、空を見上げながらポツリポツリと呟いた。
「お前らには家族がいた、友達がいた、もしかしたら恋人がいて将来を約束していた奴もいたのかも知れない。でも……そんなお前らが戦争に巻き込まれて何もかも奪われた挙句、お前らを戦争に駆り出してんだぜ?何処ぞの平和団体がギャーギャー猿山の猿みてえに騒ぐのも分からなくはねえ」
「提督……」
彼女は彼の言葉にス、と目を伏せる。自分にも家族がいた。然し、あの日。深海棲艦の艦載機による爆撃で全てを奪われた。今でも時折彼女の耳に、爆弾が風を切って落ちる音が響き渡る。
「ほーんと、情けねえよ……お上がもっと早く対策をとっていれば変わってたかも知れねえのに……お前らをこんな血みどろの戦いに巻き込まなくて済んだ筈なのに…っ」
久坂が悔しそうに言葉を並べている途中でその口を塞ぐように加賀の手が彼の口を覆った。
「そこまで、ですよ。この日にこんなことを言うのは無粋です。」
赤い顔で首を傾げながら彼の目を見つめる。
久坂は軍人だが情はまるで時代劇の俠客のように熱い。だからこそ自分達のことを本気で考えているのだろう。こんな事を、軍人として言ってはならない事を言ってしまうのだろう。普段は不真面目の塊のような彼だが、時折見せる臆病な側面に何処か愛おしさを感じていた。
「それに……艦娘は志願制です。私達は好きでこの場所でお勤めをしているのですよ?徴兵されているわけではありませんから」
「でも…っ……」
「次に貴方は、”本当は俺たちが食い止めなけりゃならなかった”、と言います。」
「本当は俺たちが食い止めなけりゃならなかった……ハッ?」
彼女はそんな彼の表情を見て火照った顔を綻ばせながら口を開く。
「……今は世界の全てが危機に陥っています。こんなに規模が大きくなってしまったなら、全員が立ち上がらなければなりません。だから仕方ないのです」
「加賀……」
「さて、暗い話はおしまいです。……忘れてました、実は渡したいものがあるのです。」
彼女が紙袋をガサゴソと探ると白い毛糸で編まれたマフラーを取り出した。所々綻んでいたり、少し歪んでいるもののこの季節には有難い程の暖かそうな質感がある。
「これ、鎮守府のみんなで少しずつ編んだんですよ。千人針、とでも言うんでしょうか……これを提督に。」
「え、まじで?これ全員で編んだのか!?すげえな…どーりで。」
鎮守府全員でのクリスマスパーティの際、一人ずつ手作りのクッキーを渡したのにお返しを渡されなかった事を思い出す。こんなに素晴らしいプレゼントを用意してくれていたことも知らずに心の中でふてくされていた自分を恥ずかしく感じた。
「ふふ……まあ抜け駆けが出ないようにする為ですけど……取り敢えず着けてみてくださいな。」
「ん、サンキュー……んぶっ!?」
久坂は少し姿勢を低くして頭を差し出す。
すると加賀は久坂の首元に……ではなく、顔に巻き始めた。久坂はもがくも加賀の手は止まらない。
「んぐぐ!?んぶ、んんーっ!」
「大人しくしててください……これでよし。」
頬を少し露出させつつ完全に彼の視界を奪うと加賀が得意げに胸を張る。それを良しとしないのか久坂が顔に巻かれたマフラーを剥ぎ取ろうとすると彼女の手が彼の手を止め……ふと頬に柔らかい感触と吐息が触れた気がした。
「……ふふ、少し酔ったみたいです……では戻りますね?……メリークリスマス、提督。」
耳元でそう囁かれてから彼女の気配が離れると彼は力が抜けたようにその場に座り込んだ。顔に巻かれたマフラーを漸く解くと酔いのせいかそれとも……赤い顔で夜空の星を眺めつつ呟く。
「……狡ィ女。」
それから、艦娘たちが部屋で眠りについた頃、久坂は黒い戦闘服に身を包み、顔をドクロのネックウォーマーで覆い隠していた。右肩にはドクロとコウモリの描かれたSBUのエンブレムが縫い付けてある。プレゼント配りにしては物騒な装備ではあるが、久坂にとってはこれが隠密行動の時に気合いが入るらしい。
いつもは間宮の甘味処横須賀本店に行くための休暇をプレゼント調達に回し、ノンビリ和風な店内で和菓子を楽しむはずの時間に、羊羹を齧りながらいろんな店を巡って仕入れたプレゼントなのだ。それの配布をしくじるわけにはいかなかった。
「さーて、行きますかね。」
誰に言うわけでもなく、ポツリと呟く。半長靴が音を立てないように摺り足で慎重に廊下を進んでいく。この時間なら当直の見回りも終わっているはずだ。音さえ立てなければ見つかりはしない。
その前に、外に出て海を眺める。この海の先に、眠っている者が多くいる。平和だのなんだのを叫んでいる者たちは、きっとこの海に命を散らした者たちの事なんて考えていないだろう。だけど……俺だけは覚えていよう。
ラベルをはがした酒瓶を2本、海に投げ込む。海流に流されて、この海の何処かにたどり着くだろう。そこで、誰かの手に渡るはずだ。この海の名も無き英雄たちへの、ささやかなクリスマスプレゼントという訳だ。
「ほらよー。年に一度のクリスマスだ。酒盛りでもしてゆっくり過ごしてくれ……願わくば、安らかになー……」
久坂は振り向いて宿舎に歩みを進めていく。誰かが見ている気がしたが、きっと気のせいだろう。さあ、プレゼントはまだあるのだ。早く配ってしまおう。
駆逐艦の部屋に入ると、全員スヤスヤと眠りについていた。あの不知火ですらも深い眠りに落ちていた。これなら大丈夫だろう。久坂はそう判断すると、手早く枕元にプレゼントを置いていく。
最後に電に……いつも電には世話になっているな、そう思い返した久坂はオマケと言ってはなんだが、電の頭を撫でることにした。
「はわわ……♪」
どうやら、夢の中でも撫でられているのかもしれない。そんな電の姿に思わず笑みをこぼす。名残惜しいが、もう行かなくてはならない。夜はいつまでも続くわけではないのだ。
誰も部屋に入ってプレゼントを置く久坂に気づくことはない。非常灯だけが照らす暗い廊下を歩いていると、なんだか寂しさが沸き起こってきた。寒い最果ての島で、何度この夜が明けないのではないかと不安に陥ったことかと、思い返していた。
ふと、頬の暖かい感触を思い出した。そうだ、もう1人ではないのだ。戦友たる黒坂と宮原は離れた所にではあるが、生きている。そして、自分を必要としている仲間たちがここにいるのだ。1人ではない。なんで一瞬だけでも忘れてしまったんだろう……久坂は思わず笑ってしまった。なんとなく可笑しかったのだ。
「さて、最後の難関に挑みますかね……」
最後は正規空母の部屋。加賀が1人で寝ている。
こっそりドアを開けて侵入すると、加賀は眠りについていた。待ち伏せを警戒したが、計画通りに事を運ぶことができそうだ。
加賀の枕元にプレゼントを置く。あと何回渡せるのだろうか、そんな事を思ったが、頭を横に振って考えを断ち切った。来年もこうしてプレゼントを配り歩く。必ずそうしよう。久坂は決意を新たにした。
そんな時、久坂の体が何かに引き寄せられた。よく見れば、加賀の腕がガッチリと久坂の体を捕らえているのだ。寝ていたのではなかったのか、そして、何やら暖かく柔らかい……いやいや、そんなことはどうでも……よくない。
「ふふ、今年のプレゼントは大きめの抱き枕ですか……」
「てめー……起きてるだろ?」
返答はなかった。タヌキ寝入りだろうか。とりあえず、朝まで離してもらえそうにない。諦めた久坂は半長靴を脱ぎ捨て、加賀の隣に寝転んだ。偶には、悪くないかもしれない……
次の日、電にバレて腹パンという痛いクリスマスプレゼントを頂戴したのは言わずもがな。
ーーーーー
黒坂は戦闘服に身を包み、手には大きな袋を持って艦娘寮に潜入していた。プレゼントの配布が目的なのだ。
こっそりドアを開けて部屋に入っては、寝台に吊るされた大きな靴下の中にプレゼントを入れていく。まずは島風。欲しいものリストを見ると、速さとあった。どうしようか悩んだ末に黒坂の出した結論は、タービンの開発許可証を靴下に入れることだった。まあ、タービンが上手く作れるかは笹倉さんに祈るしかない。
曙は新しい髪飾り。大きめの鈴だ。
「このクソ提督!」
突如、曙の拳が黒坂の後頭部を強襲した! 起きていたのか!? 黒坂が曙の顔を見ると、どう見ても眠っていた。夢の中で黒坂を殴っていたのかもしれない。
「参ったかー……このクソ提督……あたしのプリンを食べた罪は重い……」
ったく、どんな夢を見ているんだ……黒坂は心の中でため息をつきつつ、他のプレゼントも置いておく。
他の部屋にも同じように侵入してはプレゼントを置いていく。こういう潜入は久坂の役目なのにな、黒坂はそんなことをふと思っていた。義足から音を出さないように注意を払わなければならないのにも大分疲れてきているようだ。
そして……問題山積みとも言える金剛の部屋に来た。金剛は比叡と霧島が相部屋となっている。さて、金剛は何を要求してくることやら……
覚悟を決めて扉を開くと、3人はスヤスヤ眠っていた。これは好都合と、黒坂はプレゼントを配り始める。
比叡はレシピ本。最近、鳳翔に家庭料理を習い始めたらしい。とてもいいことだ。
そして霧島は……メリケンサック!? 黒坂はおもわず声を出してしまいそうになったが、なんとか沈黙を貫き通した。流石は元狙撃手と言ったところであろうか。メリケンサックなんて何に使うんだろう? そう思いつつ、靴下にメリケンサックともう一つのプレゼント、クラウゼウィッツの『戦争論』を入れておく。
そして最後に金剛……そう思って金剛のベッドに近寄ると、金剛がまるでトラバサミのように両腕で黒坂の体をガッチリ捕らえた。
「テートク……♪ presentはテートクが欲しいデース……♪」
「おいおい……仕方ないな。添い寝30分で。」
「OKデース……♪」
まあ、これも悪くないと、黒坂は金剛の隣に寝転んだ。甘えてくる金剛が愛おしく思え、気づけば右手が頭を撫でていた。このまま眠ってしまってもいいかな……そう思えるくらいに。当の金剛は安心したような笑顔を浮かべながら寝ている。黒坂の胸に耳を押し当て、鼓動を聞くような姿勢だ。人の鼓動を聞くと安心するのは何故だろうか。時々疑問に思うが、理由は知らなくていい。こうして安心できるのであれば、それでいい。明日には戦地へ赴かねばならない彼女が安心して、一時の安らぎを得られるなら、これでいいのだろう。
時間というものは残酷なものである。30分すらすぐに思えてしまうのだ。ミリタリーウォッチの針に塗られた蛍光塗料がぼんやり光り、30分が過ぎたことを黒坂に伝える。金剛の抱きつく力も弱まっており(金剛が意図的に弱めたのかもしれない)難なくすり抜けられた。
「……また、してあげるから。」
名残惜しそうにしているように見えた金剛の耳元でそう囁くと、少し嬉しそうな表情に変わった気がした。
最後は吹雪だ。陽炎と皐月にはプレゼントをそれぞれに2つずつ(うち1つずつはびっくり箱)を置き、吹雪へのプレゼントを取り出す。
メモ帳に記してある吹雪の欲しい物……『零士さんの隣』という、これまた困った物であった。結局、黒坂が吹雪へプレゼントしたのは、秘書艦の任命書だった。実際、黒坂も満更では無かった。
少しだけ、吹雪の寝顔を覗き込んでみる。何故だかニヤけていた。何かいい夢でも見ているのだろう。そう思って笑みを浮かべると、急に吹雪の顔が近くなって、唇に何か触れたような感情が残った。どうも、吹雪は寝ているのに顔が火照っているようにも見えた。
「……悪い子には、プレゼント無しにしちゃうぞ……?」
そんな冗談めいたことを言うと、寝ているはずなのに口をパクパクさせて慌てだした。そんな吹雪が面白く思えた。
「冗談だよ……」
黒坂はそう言い残して部屋を後にした。こんなプレゼントも悪くないな……そんなことを思いながら。
そして、雪の降る桟橋へと、グラス2つと日本酒一升を提げて向かう。桟橋に腰掛け、グラスを一つ隣に置き、もう一つを自分で持って酒を注ぐ。そんなに飲めないのに、少しだけ飲みたい気分だった。
隣のグラスをある人物が持ち、黒坂の隣に腰掛けると、注いでくれと言わんばかりにグラスを傾けた。黒坂は無言のままにそのグラスに酒を注ぐ。
「久し振りだな、相棒。」
「そうだな……相棒。」
黒坂と隣の人物……時村はそう言うと、グラスを合わせた。雪景色の中飲む酒は意外と悪くないとぼんやり思った。
「ヘルハウンドも、すっかり角が取れたようだな。少し安心したぞ。」
「うるせえよ。ベルフォルガーはいつも通りってか?」
「はは、そのコードネームも懐かしいな。いつ振りだ? コードネームで呼び合うのは?」
「お前がインドネシアでくたばる前だ。」
「そうだな……」
2人の間にしばしの沈黙が訪れる。かつての相棒との再会。これは夢か幻か……どっちでもよかった。
「あの時は……わる……」
謝罪を口にしようとする黒坂の口を、時村の手が覆った。その先は言うな、そう言うことなのだろう。
「そろそろ行かなきゃな……戦いは続く。いつかまた戦場でな。それまで生きていろよ?」
「もちろんだ。お前こそ、俺のとこに来る前に死ぬなよ?」
2人は拳を合わせる。2人の肩には同じ、死神のエンブレム……第3偵察小隊のエンブレムが縫い付けられていた。
黒坂はそのあと、自分のベッドで目覚めるまでの記憶がない。あれは夢か現実かは、桟橋に放置された酒瓶と、酒を注ぎ、飲んだ形跡のある2つのグラスが物語っていた。
この作品を書き始めてもうすぐ1年……少なくとも3人の助力の元、ここまで書き進められました。まだまだこの作品は続きます。
来年から念願の自衛官になるため、どれだけ執筆出来るかは不明ですが、しっかり完結まで辿り着きたいと思います。
それでは、また次回!(年内に書けるかな……)