水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第3章 鎮守府一般公開
第31話 戦いの合間


高原の電話から1週間後。制服に身を包んだ黒坂、宮原、久坂。そして、吹雪は軍中央病院に来ていた。目覚めた熊野に会うために、それぞれの任地からすっ飛んできたのだ。

 

正直、4人は緊張していた。どういう顔をして熊野に会えばいいのだろうか。もしかしたら、自分たちには会いたくないかもしれない。どんなことを言われるのか、覚悟を決めるには時間が必要だった。あの久坂ですら、案内のナースが美女なのにまったくもって興味を示さない程なのだ。黒坂においては走ってきたかのように呼吸が荒く、失神するのではないかと宮原と吹雪はヒヤヒヤしている。

 

受付から病室に着くまではあっという間だった。だが、入るまでが長い。お前がノックしろ、いやお前だ、という無言の押し問答が暫し続き、とうとう宮原が覚悟を決めて扉をノックしたのだ。

 

「入ります!」

 

「どうぞ。」

 

病室から声が聞こえた。宮原は意を決して扉を開け、名乗ろうと息を吸い込んだ。緊張で失神してしまいそうだ。しかし、吹雪がそんな宮原を押しのけて熊野に駆け寄った。

 

「熊野さん!」

 

「吹雪さん……? 生きていたんですの!?」

 

「ちょ、お前! 俺の一生分の覚悟を返せー!」

 

「病院だぞ。静かにしろ。」

 

「そーだぞ、エリート悪魔さんよー。」

 

悲痛な叫びをあげる宮原を黒坂と久坂が黙らせ、その両腕を引きずるようにして熊野に近寄る。吹雪は熊野に抱きついて泣きじゃくっていた。

 

熊野の肌と髪の毛は白くなっていた。とはいえ、純白というわけではなく、少し灰色を薄めた感じ、というのが妥当であろう。黒坂はそんなことを考えた。これも深海棲艦となってしまった影響なのだろうか。

 

「あら、そちらの方は?」

 

熊野は黒坂たち提督トリオの方に目線を向けた。3人は姿勢を正し、宮原が代表して挨拶を始めた。

 

「大湊警備府所属、宮原幸一中佐です。隣にいるのが横須賀鎮守府の久坂銀助少佐、佐世保鎮守府の黒坂零士少佐です。」

 

「あら、わざわざどうしたんですの?」

 

3人は顔を見合わせる。そして、久坂と宮原が黒坂にお前が言えと無言で圧力をかける。その圧力に屈した黒坂は熊野の顔を見て口を開いた。

 

「僕らは2年前、キスカにいた陸戦隊の生き残り。今日はお礼とお詫びに来た。あの時は助けに来てくれてありがとう。そして……」

 

鼓動が耳まで聞こえてくる。色々な感情が火山のように吹き出してしまいそうだ。それを黒坂は堪え、言葉を紡ぐ。

 

「あの時は援護も何も出来ず、本当に……」

 

すまなかった、そう言おうとした黒坂の唇に、熊野は人差し指を当てた。黒坂は目を見開き、その先を言うことはできなかった。

 

「貴方に責任はありませんわ。それよりも、私は貴方たちを生きて帰せた事を誇りに思いますわ。」

 

熊野は3人に微笑んで見せた。散々自責の念に苛まれていた3人は、なんだか救われた気分であった。どんな責めも罵倒も受け入れるつもりでいたのだ。それが予想に反して責任はないと言われた。雲間に光を見た気分だった。

 

そして、熊野の笑顔に思わず心を奪われかけた。黒坂はふと、吹雪を見る。どうやらやきもちを焼いているようだ。これは後でフォローが大変だと、黒坂は内心苦笑いを浮かべていた。

 

ーーーーー

 

それから約2時間後。4人は横須賀鎮守府の執務室にいた。高原から集まっておくよう命令されているのだ。

 

黒坂、宮原、吹雪が久坂をイジって遊んで暇つぶしをしているところへ、加賀が高原を連れてやって来た。高原の姿を認めた4人はすぐに敬礼する。

 

「楽にしろ。今日は軽い話と重い話を持ってきた。どっちからにする?」

 

「重い話。」

 

久坂が即答した。勝手に答えるなバカとばかりに、左右から黒坂と宮原の鉄拳が久坂の脳天に落下し、目を回す。かなり痛いようだ。ちなみに、加賀はまたかとばかりに呆れかえっていた。

 

「重い話だな。熊野のことに関してだ。どうやら深海棲艦の事について、手掛かりを掴めたようだ。これを見ろ。」

 

高原が資料を宮原に投げ渡す。黒坂と久坂はそれを横から覗き込み、内容を読んだ。深海棲艦細胞の寄生及び転移について。そんな内容だ。

 

内容を要約すると、深海棲艦の細胞が人体に寄生すると、ガン細胞のように体のあちこちに転移。体を蝕むというものだ。ガンと大きく違うのは、転移しても死なないということだ。

 

体内に寄生した細胞は宿主に情緒不安定、性格変化の他に、髪の毛と肌の白化、身体能力の向上といった症状を引き起こし、最終的には深海棲艦となってしまう。

 

そんな報告を鵜呑みにできるほど、黒坂たちは心の準備が出来ていた訳ではない。もちろん内容を疑った。

 

「まあ、その目からして信じられないようだな。それは私もだ。だが現に熊野の体内……肝臓の半分がそれに感染して摘出されている。他にも、背中に転移していたことから、艤装とのコネクターになってたのかもしれないな。詳しいことは調査中だ。」

 

高原はチラリと久坂の本棚に目をやる。その中の一冊の小説に目をやった。

 

「『インスマスを覆う影』……この症状にピッタリかもしれんな。」

 

高原はポツリと呟く。本当にインスマス症候群と命名されるのはもう少し先の話になる。

 

「まあいい。あともう一つ重い話だ。入ってくれ。」

 

高原がそういうと、無精髭を生やした男が入ってきた。どう見ても日本人ではない。そして、身長170cmの黒坂よりデカイ。175cmの久坂ですら及ばない。目測で180cm後半といったところだろう。ジーンズにポロシャツ、野球帽とサングラス……どう見ても怪しい。怪しさしかない。警務科が見たら、間違いなく取り押えるだろう。

 

「中将、誰ですこの大男?」

 

宮原は視線を男と高原に交互にやる。黒坂と久坂はぽかんと口を開けて男を見上げている。

 

「ああ、怪しいけど味方だ。」

 

「初めまして。OGA(その他の政府機関)の……ダスティとでも呼んでくれ。」

 

無精髭の男はそう名乗る。名前を言うまでに少し間があった。多分その場で思いついたか、数ある中の一つの偽名だろう。黒坂と宮原はそう直感した。

 

「なら宮公、OGAってなんだよ?」

 

久坂は宮原にこっそりと訊く。宮原は久坂の耳元でこっそり答えた。

 

「Other Government Agency(その他の政府機関)。CIAだと言えばわかりやすいか?」

 

なるほど、と久坂は納得した表情になる。CIAなら本名を出せない上にその他の政府機関の名乗ってもおかしくはない。堂々とCIAと名乗る局員がいたら見てみたいものだ。黒坂はそうぼんやりと思った。

 

「日本海軍、宮原幸一です。右隣は黒坂零士、左は久坂銀助です。」

 

宮原がまとめて紹介する。その間、吹雪と加賀は壁際でダスティを警戒していた。まあ、仕方ないだろう。

 

「んで、OGAの方が一体全体なんの用事で? まさかうちの娘(艦娘)目当てか?」

 

久坂はいつも通りやる気のない表情ではあるが、眼が鋭い。こっちも警戒しているのだ。あっちこっちの国が艦娘を欲しがっている。CIAがもし準軍事部門(パラミリ)を送ってきたら鎮守府の制圧も出来なくはないだろう。黒坂は自然とホルスターに手を伸ばしていた。

 

「いや、それはない。艦娘の技術移転を拒否された代わりに、包囲網の打破を要請しているんだ。ここで艦娘の誘拐に成功したとして、合衆国で同じものを作れるとは限らない。失敗すれば日本と深海棲艦を敵に回して、ただでさえ苦しいのを悪化させかねない。だから強奪に得はないと大統領は判断してるんだ。」

 

完全に警戒を解いた訳ではないが、黒坂はホルスターから手を離し、久坂の眼もいつも通り死んだ魚のような目になっている。

 

「まあ、本題はこっちだ。聞いた話によると、敵の特殊部隊と交戦したそうじゃないか。少し話を聞かせて欲しい。例えば相手の装備とかな。」

 

多分トラック泊地での事だろうと提督トリオは思った。陸上棲兵のSpec Ops級と最近交戦したのはあれだけなのだから。

 

「装備……そうだな、なんかNavy SEALsみたいな装備してたような気がする……」

 

「おい本当か黒坂?」

 

「ああ。スコープ越しに見た。4眼の暗視ゴーグル、AOR1(デジタル迷彩)の戦闘服、あと、銃はHK416Dと、LaRue OBR 7.62(半自動式狙撃銃)とか使ってたな。」

 

宮原の問いに黒坂はあっさり答える。あの時見たのをしっかり覚えていたのだ。

 

「本当か?」

 

ダスティはそれが事実かどうか問う。それに対する黒坂の答えは変わらなかった。すると、ダスティは少し考え込むような仕草を見せたあと、とある資料を取り出し、机に置いた。吹雪と加賀もやってきて、その資料を提督3人と一緒に見る。だが、英語で書いてあるためまともに読めるのは提督3人くらいだった。

 

「どうやら、深海側に武器を流しているチンピラがいるらしい。殺した兵士からの鹵獲品にしては数が多いし、弾薬の残数も気にせずパンパカ撃ってくる。それで調べたらビンゴだった訳だ。これを見てくれ。」

 

ダスティはそう言って資料のページをめくり、地図の載っているページを見せる。

 

「あちこちの通信を傍受していたんだが、その中でも臭うのをピックアップしてみた。ここだ。」

 

宮原はマークを指でなぞって確認していく。黒坂と久坂もその様子を傍で眺める。

 

「ドバイ、カラチ……スエズ運河……あちこちで連絡を取り合っているな。確か、スエズ運河は深海側の勢力圏内だったはずだ。」

 

「そこで受け渡しか? 報酬は?」

 

黒坂はダスティに訊く。敵に武器を売るのだ。それなりの報酬はあるのだろう。

 

「不明だ。一説では海底鉱山の資源なのではないかと言われている。このご時世、鉱石は高く売れるからな。」

 

提督3人は天を仰いで溜息をついた。そんなロクデナシのおかげで仲間が死んでいるのだ。自分たちも危うく殺されかかった。その原因に同じ人間が一枚噛んでいると知って、怒りを通り越して呆れていた。

 

「そのうち、このクズどもを締め上げる予定なんだが、SEALsを送ろうにも奴ら(深海棲艦)に邪魔されたらどうにもならない。そこで、海上を移動するときに護衛して欲しいんだ。」

 

ダスティが言う。それで敵の戦力を削げるなら、引き受けるべきだろう。黒坂はそう思って高原、宮原、久坂を見る。どうやら、自分と同じ考えのようでホッとした。

 

「そのうち正式に任務としてやらせるからそのつもりでいろ。さて、重い話はここまでだ。明るい話と行こう。」

 

高原はそう言うとファイルを取り出し、机に置いた。

 

「市ヶ谷は軍の活動や艦娘について民間人に正しく、詳しく知ってもらおうと企画を立てた。鎮守府の一般公開という手段でな。」

 

はぁ? と、また提督トリオは声をそろえて言った。どうしてそうなったと、心の中で呟きながら。

 

「まあ、こんなご時世だから楽しい事をすれば人も寄ってくる。そしてそこで実際に艦娘を見て、彼女らも自分たちと変わらないんだと知ってもらいたくてな。」

 

黒坂は静かに首肯した。この所、艦娘のことを危険だの怪物だの言って配備に反対、さらには殺処分にしろと過激なことを言っているのだ。世論の大半はこれを無視しているが、看過することは出来ない。だから、しっかりその目で見て考えてもらいたいのだろう。

 

「というわけで、舞鶴の萱場少将と呉の橋本大佐には話し通してあるから、5人で何をやるか決めてくれ。公序良俗に反しなければ何でもいいぞ。屋台でも大道芸でも運動会でも観艦式でも好きにやれ。」

 

はぁ? と、提督トリオが声を揃えたのは言わずもがな。人はこれを丸投げというのだから。

 

このある意味難しい任務をどう遂行するか……とりあえずそれぞれの任地に戻り、後々テレビ電話で話し合おうという事になった。せめてもの救いは、予算のアテがある。それだけだ。




防大前期落ちちゃった(´・ω・`)ショボーン

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