鎮守府空襲より1時間。対空戦闘を終えた艦娘たちが鎮守府の廊下のあちこちにたむろして話をしている。そんな所へ、頭に包帯を巻いた戦闘服姿の黒坂が現れた。雰囲気がいつもと違うが。
「ふん。何よその傷?」
「死に損なった。吹雪、被害状況は分かる?」
黒坂は曙の憎まれ口にそう返すと、吹雪に報告を求める。
「弥生ちゃんと羽黒さんが被弾、小破しました。あとは第2格納庫に爆弾が命中。予備の零戦21型が5機大破しましたが他に被害はありません。」
「格納庫はそれだけで済んだか……笹倉さんに感謝だな。とりあえず、損傷のひどいやつから入渠させてくれ。俺は中将に電話する。こいつは俺の権限を越えそうだ。」
「わかりました。」
黒坂は執務室に歩いていく。そこにいた艦娘たちはざわついた。黒坂がいつもと違ったからだ。
「なによ。いつもなよなよしてるくせにこんな時だけ……」
「あれが、零士さんの元の性格なんだよ……別に弱いわけじゃないんだけれど……」
そこへ、対潜哨戒に出ていた山城たちが戻ってきたので、吹雪は話を切り上げた。
「山城さん、お帰りなさい! どうでした?」
「ただいま。敵艦隊には合わなかったわ。逃げたのか別の所へ行ったのかそれとも魚群と間違えたのか……今日は珍しく不幸じゃなかったわ。」
「よかった……!」
「良くないよ〜! 折角これ試せるとおもったのにさ〜!」
皐月はACOGスコープのダイヤルをつつきながら文句を言う。
「まあまあ、演習場で試せば何とか……」
吹雪は苦笑いを浮かべながら宥める。周りの面々もその様子を見て苦笑いを浮かべていた。
ーーーーー
執務室では黒坂が高原や久坂、宮原とテレビ電話で状況の確認をしていた。
『つまりなんだ? 俺のとこだけじゃなくて黒坊主と宮公の所も空襲されたわけか?』
久坂が言う。横須賀鎮守府は秋月が奮闘した結果、被害はそれほど出ずに済んだらしいが、加賀か大破し、入渠中とのことだ。
『そうだ。太平洋側の鎮守府は時間差攻撃を食らってる。大本営の見立てでは、佐世保が一番に襲撃されたことから南方方面に敵機動艦隊がいるとされている。ただ、他の方面にも空母と思わしき影が確認されているから、違うかもしれないがな。とりあえず、空母の排除は最優先事項だ。』
黒坂は手元の海図にシャーペンで敵のいるであろうエリアに目星をつけ、マークしていく。
『んで、どうなんです中将。一斉攻撃を食らったんなら、これへの対処は俺の権限を越えてそうですが。』
『お前の権限内だ。ストレイキャッツの一環としてな。んで、その口調からすると、お前対空戦闘に加わってたな?』
『ええ、まあ……』
黒坂はバツが悪そうに言葉を濁した。どうも戦闘の後は口調が荒っぽくなってしまう。高原はそれを知っているのだ。
『無茶はするな。お前に死なれるには早過ぎるからな。とりあえず、鎮守府攻撃が失敗したなら、ASEAN連合軍の拠点たるマニラか原油の産出阻止のためにインドネシアを狙うかしてくるはずだ。必ず敵を殲滅し、攻撃を阻止せよ。』
『承知。艦隊の編成に入ります。宮原と久坂はそっちの管区の敵さんがこっちの管区に流れてこないようにしてくれ。』
『合点。』
『うぃーす。』
『どの道、オウルストライク、エンジェルアロー両方面でも空母捜索を続行してるから、連絡があり次第出撃できるようにしておけ。』
『了解中将。敵さんに一泡吹かせてご覧にいれます。』
『んじゃ、俺は加賀のご機嫌伺いでもして来るかな……』
4人はそれぞれ行動を開始した。フットワークの軽さが売りの1つである。
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山城を旗艦とし、赤城、龍驤、羽黒、阿賀野、曙によって編成された佐世保第1艦隊、コールサイン『アルゴル』はフィリピン、インドネシア軍基地を経由してスラバヤ沖に到達。当初の予定通り作戦に当たることになった。この辺りで深海棲艦の空母が活発な動きを見せていると連絡があったのだ。
黒坂は山城たちの頭上を飛んでいるUAVから情報を得て、それを基に指揮する事になっている。
『こちらヘルハウンド。アルゴル、状況を知らせ。』
『今の所異常はありません。』
今回は対艦、対空、対潜とありとあらゆる状況に対応できるようにしている。P-3Cのクルーが潜水艦と魚群を間違うはずがないと考えた黒坂の判断だ。
『了解。油断はするなよ。いつ何度かくるか分からないからな。日没は1700以降の予定だから、1600になったら一度撤退して、出直そう。』
『わかりました。』
山城は無線を切ると、端末を取り出して電探をチェックする。電探には何も反応がないことがわかり、少し安堵していた。
「んー? 何かな〜……?」
阿賀野のソナーが何かを探知した。そして、その音紋が潜水艦と一致したのを確認し、すぐに声を上げた。
「潜水艦だよ!」
しかし、潜水艦はすぐに撤退していった。山城は追跡すべきか悩んだが、罠に掛けられる可能性があるとして追撃せずに索敵を続ける事にした。斥候だったのだろうか?
そして、案の定潜水艦が去ってすぐに電探に反応があった。敵艦隊だ。
「偵察機を!」
「任しとき! お仕事お仕事!」
龍驤が彩雲を発艦させ、敵艦隊の偵察を行う。発艦して5分もせずに彩雲から連絡があり、空母ヲ級に加え、戦艦ル級、輸送ワ級各2隻で編成された艦隊を発見したとのことだった。その次の瞬間、悲鳴と激しいノイズが入り、通信が途絶した。撃墜されたのだろうか。
「こらあかん! 彩雲が墜とされたで!」
「ええ!? 不幸だわ……早く航空隊を!」
「もう発艦始めてます!」
赤城と龍驤は次々零戦を空に上げていく。銀翼を翻した零戦が次々青空へ溶けていき、艦娘たちはそれを見守った。
『こちらアルゴル。敵艦隊発見。空母、戦艦、輸送艦です。』
『恐らくインドネシアかフィリピン狙いだな……? その艦隊を潰せ。戦艦は逃してもいいから空母と輸送艦は確実に沈めるんだ。さもないと、油田かマニラあたりが攻撃を受ける危険がある。』
『了解。』
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『くそッ! 道理で彩雲が墜とされた訳だ!』
戒田は悪態をつきながら回避機動を取る。バレルロールした戒田機を黒いP-47サンダーボルトが追い越して行った。深海棲艦側のエース部隊、第4戦術飛行隊"
徹底した一撃離脱、零戦を大幅に上回る加速性、強力な武装。攻撃チャンスは一瞬しかない。たった8機、余裕で勝てる相手だと思ったらジョーカーだったのだ。
『ケルン! そっち行ったぞ!』
土岐野の声がヘッドフォンから聴こえた。言われなくても見てる。あいつは僕にチラチラと機首を向けてたから、そのうち来るな、とは思っていた。
僅かに降下。その上を曳光弾が貫く。残念だったね。僕はその下だよ。
僕の頭上を敵機が通り抜ける。これが狙いだ。
操縦桿を引くと、機首が敵機の腹を捉えた。撃っていいよ。そう思うと同時に、僕の左手はトリガーを引いて撃っていた。
当たったかな。敵機は左に傾いてそのまま急降下していった。パイロットに当たったのかな。まあいいや。おやすみなさい。
まだパーティは始まったばかりだ。この綺麗な青空には僕らしかいない。綺麗なものしかここにはない。汚いものは全て
さあ踊ろう。次の相手は誰かな。
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「……航空隊も苦戦しています。どうやら陸上基地から発進したと思われる戦闘機がいるようです。」
航空隊からの連絡について赤城が報告する。制空権はギリギリ優勢であるが、攻撃隊の被害が大きく、敵艦隊に対して有効打を与えられなかったようだ。そこへ黒坂から連絡が入った。
『こちらヘルハウンド。先ほどASEAN連合軍指揮官より連絡があった。先の爆撃で損傷した防御陣地の修理が遅れており、敵の上陸を防げない可能性がある。何が何でも輸送艦の接岸を阻止してもらいたいとのことだ。やれるか?』
『わかりました。これから砲撃戦を開始します。』
山城は無線を切って戦闘用意を整えるように指示を飛ばした。それぞれが砲の安全装置を外し、気合いを入れた頃に敵艦隊が視界に入った。
山城が試射し、瑞雲からの報告をもとに照準を修正、効力射を開始する。狙いは戦艦。
山城の効力射と同時にル級も試射無しで効力射を始めた。空中で砲弾が交差し、山城の砲弾が残らずル級を捉え、そのうちの1発の榴弾が弾薬庫に命中し、ル級は爆沈した。対するル級の砲撃はぶっつけ本番の効力射の上に、焦っていたらしく、照準が大幅に外れていた。
「撃ち方、始めます!」
羽黒は空母を狙う。目標は頭部の被り物。撃沈できなくとも、無力化することを狙っている。
艦載機の収容中だったヲ級は反撃も回避もままならず、次々砲弾を食らって艤装が損傷していく。すると、もう1隻のル級が羽黒へ砲撃した。直撃はしなかったが、至近弾による衝撃と波で羽黒は転倒した。
「羽黒さん!」
ル級がそこへ追い討ちを仕掛ける。だが、突風に煽られて砲弾の弾道がそれ、山城に命中した。
「きゃっ!?」
幸い、入射角が浅かったので、内部に砲弾は入り込まず、装甲に弾き飛ばされた。
砲撃戦は続く。無数の光の尾が空で交差し、水柱が天へと伸び、赤い炎が辺りを照らす。艦娘たちは一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。
ーーーーー
敵航空隊は撤退の命令が出たのか、翼を翻して帰投していく。
『助かった……奴ら、手強いですね……』
台場はクーガ隊の編隊に加わりつつ、そう呟いた。
『ここで潰せなかったのは痛いぞ……エンジンの出力がもう少し出れば……』
青笹も飛び去っていく敵機を見つめながらそう漏らした。
『後で戦術を考え直さなければな。被害は?』
山先はクーガ、ロストック隊の被害を確認する。
『こちら
『わかった。艦隊に救助要請を出す。』
その後、湯田川は無事に羽黒の放った零式水上偵察機によって救助された。
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佐世保鎮守府の指揮所で黒坂は無人偵察機から送られてくる情報をもとに戦況を分析していた。手元の海図に必要な情報を書き込み、駒を動かしていく。
「吹雪、戦況は?」
「山城さんが小破しました。
「よし。周囲に他の敵影は?」
「ありません!」
「よし……阿賀野と曙は
黒坂はモニターを見て苦々しく思っていた。
防衛大学校に合格した時、何度か辞退して一般曹候補生から自衛官になろうと考えた時もあった。その理由こそが、自分の誤った指揮で仲間を死なせてしまうのが嫌だったから、怖かったからなのだ。
「クソ……頼むから当たらないでくれよ……」
急に左足の甲が痛み出す。無くしたはずの足が突き刺されたように痛み出し、黒坂は顔をしかめる。歯を食いしばって耐える。
黒坂には、自分の足を誰かが踏みつけているように見えた。
『お前は、そこで何をしているんだ?』
そんな声が聞こえる。もう死んだはずの
指揮してるに決まってるだろ……俺は提督なんだから……
『また死なせるのか? 部下を、仲間を、親友を。』
違う……そうならないために必死で戦術を、戦史を学んできたんだぞ……
『結局、お前は安全なところで見ているだけのお飾り人形なんだろう?』
そんなことは……
『違うのか? お前は、戦場に立つことを望んでるんじゃなかったのか……?』
それは……
『また、1人だけ生き残るのか?』
それは……
「零士さん! 零士さん!」
黒坂は吹雪に揺すられて我に返った。その頃にはもう幻肢痛も無くなっていた。
「大丈夫ですか……?」
「何とかな……戦況は?」
「敵艦隊全滅です。艦隊はこれよりフィリピンで一時休息を取り、明け方には佐世保に帰還します。」
「分かった……一応のところ脅威は取り除いたな……」
「はい……顔、青いですよ? 少し休んだほうがいいんじゃ……」
黒坂はヘッドセットを首にかけると、隣に座っていた吹雪に寄りかかった。
「ごめん、しばらくこうさせて……」
「……はい♪」
吹雪に背中をさすられ、黒坂は段々と落ち着きを取り戻していった。