水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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この小説をPixivにも投稿しようかと思っている今日この頃。


第26話 作戦資料室

霧島は鎮守府内にある作戦資料室にいた。膨大な作戦資料のコピーがあるここなら、お目当ての品が見つかるかも知れない。

 

探している資料は、黒坂零士に関する資料だ。彼の経歴は謎だらけ。宮原が教えた情報も断片的。それなら、答えはここにあるのではないか、そう思っていた。

 

そんな時、誰かがドアを開けたので、霧島はドアの方を向く。そこに立っていたのは由良だった。

 

「あら、こんにちは。なにか探し物ですか?」

 

「うん……多分、霧島さんと同じもの。」

 

「そう。なら、手分けして探しましょう。」

 

霧島と由良は手当たり次第に作戦資料を読み漁る。

 

「うーん、これかなぁ……?」

 

由良は資料の中に黒坂と思わしき人物の名前を見つけては近くの机に積み上げていく。

 

「見つかりました?」

 

「まだ3つ。ダウンフォール作戦と、パレンパン奪還作戦と、キスカ島強行上陸作戦だけ。本当に提督さんなのかもわからないし……」

 

「キスカ島は……司令本人です。」

 

霧島は資料に目を落としながら静かに言う。由良はそんな霧島に疑問を投げかけた。

 

「どうしてわかるの?」

 

「宮原中佐から聞きました。中佐も、久坂少佐も司令も……あの魔のキスカ島の生存者なんです。榛名が……代わりに帰した生存者なんです……」

 

霧島が眼鏡を外し、目元を拭うのを見た由良は少し罪悪感を感じた。

 

「ごめんなさい……」

 

「いいのよ。さ、続けましょう。」

 

霧島は読み終わった資料を棚に戻し、他の資料を取り出す。由良は霧島のことを気にしながらも資料をめくり、内容に目を通していく。

 

その頃、酒保こと売店では金剛と比叡がノンビリラムネを飲んでいた。午前中は待機要員として、いつでも出撃できるよう待機していたので、午後はこうしてノンビリしている。

 

「それにしても、テートクもブッキーもなかなか帰ってこないネー……」

 

「仕方ないですよ。なにやら軍中央病院に呼ばれたんですから。まあ、あの司令が体調崩すとは思えませんが……」

 

「うー……そういえば霧島はー?」

 

「霧島なら資料室に篭ってます。なにやらある人物のことを調べているとか……」

 

「ちょっと見に行くデース!」

 

金剛はラムネの瓶を回収用のケースに入れると、駆け足で資料室に向かう。比叡も慌ててラムネを飲み干して瓶を捨てると、金剛の後を追った。

 

ーーーーー

 

金剛は積み上げられた資料と、メモ帳に書かれた単語に興味津々だった。

 

「霧島ー。What is this?」

 

「司令と思わしき人物の参加していた作戦資料と、その2つ名と思わしきもののリストです。」

 

「Hmm……国守りの犬、デッドアイ、地を這う死神……これ全部テートクの?」

 

「推測ではありますが……」

 

比叡は資料の山を斜め読みしていた。その中に幾つか見覚えのある作戦もあった。

 

「摺鉢山の包囲戦にキスカ島強行上陸……なんだかすごいを通り越して胡散臭いの域に達してませんか?」

 

「まあ、別人も混じってるかもしれないし……」

 

由良は資料を読みながら返答する。

 

「そうでもなかったりしてな。」

 

4人が入り口の方を向くと、黒坂がそこに立っていた。黒坂の首になぜか青痣が出来ていた。

 

「テートク! その首のは?」

 

「帰りに久坂とちょっくらやりあってきた。まあ、それがね……」

 

ーーーーー

 

横須賀鎮守府内の道場。黒坂はサーベルを模した木刀を片手で持ち、腰を落とす。いつもの制服ではなく、迷彩服3型に身を包み、鋭い目付きに変わっている。久坂はそれを死神と呼ばれていた頃の黒坂と重ね合わせていた。

 

久坂は木刀を構えながらニヤリと笑みをこぼしている。久しぶりにやり甲斐のある相手と向き合っている。心臓は高鳴り、木刀を持つ手は武者震いしている。

 

動先にいたのは黒坂だった。低姿勢のまま突っ込み、低い唸り声をあげながら鳩尾を狙って鋭い突きを繰り出す。

 

甘い。久坂はその突きを木刀の側面で弾き、横にそらす。黒坂はそのまま久坂の横を通り過ぎると、振り向きざまにエルボーを脇腹狙って繰り出した。

 

久坂はその場で踊るようにクルリと回り、紙一重でエルボーを回避して見せる。エルボーの勢いで体の向きを変えた黒坂は久坂と向かい合い、木刀で打ち合う。

 

黒坂の切り上げを久坂は弾いて受け流し、そこから切り返して横に薙ぐ。黒坂は咄嗟に後転して回避。その時、頭上を通り過ぎる木刀に戦慄を覚えた。

 

黒坂は起き上がりながら久坂の斬りおろしを受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。木刀がミシ、ミシと変な音を立てるが、それに気づく事はない。それだけ集中しているのだ。

 

黒坂は左足を木刀に当て、思い切り久坂を押し返す。久坂は2mほど押し返されるが、なんとか踏みとどまる。

 

そこへ黒坂は低姿勢で突撃し、脇腹を狙って木刀を振り上げる。久坂はそれを軽く弾き、切り返して黒坂の首を切りつける。

 

鈍い打撃音と共に黒坂はよろけ、木刀を落とした。久坂の勝利だ。

 

ーーーーー

 

「とまあ、こういうわけさ。」

 

黒坂は苦笑いを浮かべて首を片手で押さえながら話した。本人からしてみれば無様極まりない負けだったようだ。

 

「無理しないでください。それより、そうでもなかったり、というのは一体どういう意味で?」

 

霧島が詰め寄る。黒坂は天を仰いでため息をひとつ吐くと静かに切り出した。

 

「実は……」

 

その声はサイレンに掻き消された。空襲警報のサイレンだ。黒坂は弾かれたように執務室へと走り、タックルするくらいの勢いでドアを開け、電話番をしていた吹雪に訊いた。

 

「状況!」

 

「P-3C対潜哨戒機より敵潜水艦及び爆撃機中隊確認の報!」

 

「またP-3C(空のチクリ魔)が見つけてくれたか!」

 

黒坂は隣のレーダー室に飛び込み、レーダー担当の川西少尉に声をかけた。

 

「敵機到達までは!?」

 

「南南西太平洋上より接近、攻撃開始までは約30分。高度3000です。恐らく空母から発艦したのでしょう。潜水艦はそれより後方。ソノブイに引っかかりました。」

 

「よし。コーヒー飲んでるくらいの時間はあるな。」

 

黒坂はマイクをむんずと掴んで全館放送にセットすると、すぐさま指示を出した。

 

『敵潜水艦及び爆撃機到達まで約30分! 航空隊は直ちにスクランブルに入れ! 艦隊は即応編成E(エコー)で出撃! 残りは対空兵装を搭載し、航空隊の撃ち漏らしを片っ端から始末! 地上スタッフは爆発物などを可及的速やかに処理し、シェルターへ退避せよ!』

 

放送を終えると、執務室に飛び込んで戦闘服に着替える。内心ではここまで敵に入り込まれたことを悔しく思っていた。どうやってここまで来たのか。後々対策を練る必要があった。

 

無線機のスイッチを入れ、ヘッドセットを装着。すぐに工廠の笹倉に連絡する。

 

『笹倉さん、艦隊は!?』

 

『艤装装着に5分。航空隊は順次出撃中。こっちのことはアタシに任せな。提督の手を煩わせるようなことにはしないさ。』

 

『任せます。屋上の対空砲は?』

 

『M2重機関銃1つを除いて保守点検中。』

 

『1つありゃ十分だ。そっちは任せました!』

 

ーーーーー

 

格納庫ではパイロットたちが慌ただしく出撃用意を済ませていた。全速力で走り、既にエンジンを始動させた愛機へと飛び込んでいく。

 

「クーガ隊! 出るぞ!」

 

山先率いるクーガ隊がいち早く集合し、誘導路へと向かう。メテオラ隊とロストック隊は順番待ちだ。

 

「早くしな! ニキ! 爆発物の処理は!?」

 

笹倉が大声を張り上げて整備妖精に訊く。

 

「この間提督が貯蔵庫の耐爆処理の申請をその場でOKしてくれたおかげで、1000ポンド落とされても大丈夫だと思いますよ! 正面と側面のドアにぶち当てれれない限り!」

 

「地上でスキップボミングなんてする奴いない! 艦娘の出撃用意は!?」

 

「順次出撃中!」

 

「よし! 手空きの整備士は第2格納庫に残っている予備機から燃料を抜きな! あっちの格納庫は耐爆処理していない!」

 

「正気ですか!? 予備機が出られなくなったらパイロットが困ります!」

 

「爆撃の最中に飛べるもんか! それより、敵の爆撃で燃料弾薬に延焼する方がマズイ! 提督になんか言われたらアタシがどうにかするからさっさとやりな!」

 

「……了解! 整備班5班を当たらせます!」

 

ーーーーー

 

山城は龍驤、陽炎、皐月を率いて対潜攻撃に向かっていた。P-3Cから投下されたソノブイにより、潜水艦の大体の位置が割れているので、敵の爆撃機にさえ注意すれば、予想会敵地点へ直行出来る。

 

遠く前方の空からは無数の黒煙と赤い光が見える。会敵した航空隊が先頭を始めているのだろう。山城は爆撃機がこっちに来ないか警戒しつつ、敵潜水艦を探す。

 

「ソナーに何か反応は?」

 

「うーん……今の所は無しだよ。」

 

「こっちも。逃げたのかしら?」

 

93式水中聴音機を搭載してきた皐月と陽炎は端末を見ながら返答する。潜水艦と思わしき反応は今の所なかった。

 

「でも、ソノブイに引っかかったんやろ? 哨戒機の連中がクジラと勘違いするわけあらへんで?」

 

「そうね……敵航空隊よりかなり後ろにいるのかしら? だとしたら、空襲に気を取られている艦を狙い撃ちにするつもりかもしれないわ。」

 

「それは怖いですね……って皐月! あんた砲に何つけてるのよ!?」

 

皐月は手に持っている12cm単装砲にスコープを付けていた。

 

「これ? 司令官の部屋に置いてあったスコープを借りてきたの。確か、エーシーオージースコープだったかな?なんだか上に小っちゃいのも付いてるけど……」

 

そこへ、黒坂からの通信が入った。

 

ACOG(エイコッグ)スコープだな。というか、道理でトリジコンTA31 ACOGがないわけだ……上に乗っかってるのはRMRドットサイト。近距離戦用の予備サイトだ。』

 

皐月が持ち出したのは4倍固定のスコープだった。上には近距離戦用に等倍率の照準器が搭載されている。

 

『あー、ごめんね、司令官……』

 

『いいよ。そのスコープ苦手だから使わないし。あげるよ。』

 

『本当!? やった!』

 

『上手く使ってよ。山城、敵影は?』

 

『今の所ありません。』

 

『警戒は怠らないでくれ。こっちはもうすぐ敵が来る。』

 

『わかりました。』

 

ーーーーー

 

「右45度! 敵爆撃機接近!」

 

吹雪が叫び、敵編隊へ砲撃を開始する。航空隊の攻撃を切り抜けたB-25ミッチェルは命中精度を高めるために高度を下げていた。それが命取りとなったのは言うまでもない。

 

艤装に10cm高角砲と、91式高射装置を装備した吹雪は正確に敵機に砲撃を加え、撃墜していく。

 

91式高射装置が敵機が未来にいる位置を割り出し、連動している10cm高角砲がその位置へ砲撃を加える。

 

発射された砲弾は遅延信管が起動、空中で爆発し、破片を撒き散らす。ある機はエンジンに破片を浴び、火の手があがる。別の機は爆弾倉に砲弾が直撃。誘爆して空に散った。

 

「Good jobデース!」

 

「ありがとうございます!」

 

金剛も負けじと三式弾を放ち、敵へ攻撃する。艦娘たちは空に網を張るように射撃し、次々敵機を絡め取っていく。そして、網をくぐり抜けた機体には最後の砦たる、黒坂の機銃が待っていた。

 

「2機抜けたぞ!」

 

那智が叫ぶ。F4Fが2機対空砲火をくぐり抜け、格納庫の方へ向かう。搭載している100ポンド爆弾を投下するつもりだろう。

 

「言われなくても見えてんだよ……」

 

それを黒坂は見逃さない。M2重機関銃のトリガーを引き、攻撃する。当たらなくても、威嚇になればいい。それで爆弾を外してくれたら儲け物だ。

 

だが、黒坂はそんなセオリーを無視して効力射を仕掛ける。飛んでいるプラモデルよりちょっとデカイくらいのサイズに当てろなんて無理でしかない。だが、それをやってのけた。

 

「どうした……そっちじゃないぞ……」

 

「提督! そっちに敵機!」

 

妙高の声も黒坂の耳には入らない。黒坂は視界に入った敵を手当たり次第に狙っている。

 

「こっちだ……こっちに来い……50口径の雨をくぐり抜けて……俺を殺しに来い!」

 

1機のF4Fが黒坂に狙いをつけ、急接近する。黒坂はそれに銃口を向け、弾幕を張った。まるで、自分を殺すに値するかどうか、試すかのように。

 

敵機はエンジンから機体後部までを.50BMG弾に貫かれ、砕けた。機体は回転しながら墜ち、黒坂のこめかみを翼端で切り裂いた。傷口からは血が流れ出すが、黒坂は期待外れだとばかりに舌打ちして次の獲物を探す。

 

だが、他の敵機は味方の失敗を見たためか、黒坂には目もくれず格納庫と滑走路を狙い続けた。

 

「どうした……こっちだ……」

 

弾丸が貫通し、B-25の胴体が2つにちぎれた。

 

「ここに……敵の司令官が……高価値目標がいるんだぞ……」

 

次々と、炎上した機体が流れ星のように墜ちていく。

 

「来いよ……撃てよ! 臆病者が!」

 

墜ちてきた戦闘機の翼が黒坂のこめかみに切り傷を入れた。それを最後に、空襲は止んだ。M2の銃身は焼けつき、ジュウジュウと音を鳴らしていた。

 

「……臆病者め。」

 

黒坂は墜ちて黒煙を上げる機体を睨んでいた。シールドなんて付いていないただの機銃に挑んだのがたった1機。黒坂は失望と同時に寂しさを感じていた。在りし日にみた勇敢なパイロットたちはもういないのかと。


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