水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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やっと空自の出番。


第25話 インターセプター

佐世保鎮守府内のブリーフィングルーム。黒坂はここに全艦娘、パイロットを集め、ロストサイン作戦及び、担当であるストレイキャッツ作戦の説明を行っていた。

 

「というわけだ。とうとう反撃が始まる。これより空母機動艦隊をフィリピンのマニラに派遣、ASEAN連合軍と合同でパラオ、ペリリュー島の敵前線基地攻撃に向かう。ここには深海側の爆撃機の補給基地になっており、ここを潰せばASEAN側の拠点への空爆を阻止できるとのことだ。」

 

黒坂はスライドを切り替えつつ、作戦概要を説明していく。

 

「また、空軍の西武航空方面隊、第8航空団のF-2A戦闘機がペリリュー攻撃のために出撃準備を整えて待機中。作戦の段取りはこうだ。まず、クーガと、今回は第97飛行隊、ロストックを出撃させる。」

 

普段は鎮守府空域を守っている篠田虚雪を隊長とするロストック飛行隊に出撃命令が出た。優一は顔にこそ出さないが、わくわくしていた。

 

「敵航空隊を排除し、制空権を確保。艦隊は敵艦隊を殲滅し、制海権を確保せよ。その後、F-2が基地を空爆、そこへ米軍の第7艦隊所属の強襲揚陸艦、USSボノム・リシャールから陸戦隊、在日米海兵隊、NAVSOG(フィリピン海軍特殊作戦グループ)からなるタスクフォース・ブラックバードを出撃、上陸させ、拠点を確保する。質問は?」

 

すると、待っていましたとばかりに曙が手を挙げた。

 

「艦隊の編成はどうするのよ?」

 

「検討済みだ。赤城、龍驤、比叡、山城、那智、川内だ。ボノム・リシャールに乗って行くぞ。まったく、アメリカは空母は出してくれなかったよ。これが成功するかどうかが、この先在日米軍からどれだけ支援を引き出せるかにも関わる。大変だな……」

 

ーーーーー

 

3日後

 

USSボノム・リシャールの後部ゲートが開き、海水がウェルドックに流れ込む。そこへ赤城たちは降り、ちゃんと浮くことを確認した。

 

『作戦開始1分前。』

 

無線機から黒坂の声が聞こえる。黒坂はCICから艦隊を指揮することになっている。赤城たちの姿をUAVでモニターしつつ、指揮するという初めての試みである。

 

『時間だ。インターセプター作戦を開始する。各員の幸運を祈る!』

 

艦内放送で艦長が作戦開始を告げる。同時に、ウェルドックからは艦娘たちが海へと飛び出して行き、手空きの乗組員はドッグランや甲板から帽子を振ってそれを見送った。

 

赤城を中心に輪形陣を組み、進軍する。いつものように索敵しながらの進撃ではなく、敵の位置が割れているので、最短距離で到達できるだろう。

 

『こちらヘルハウンド(黒坂)ヴァルキリー0-1(赤城)、聞こえる? 送れ。』

 

『ヴァルキリー0-1、通信感度良好です。航空隊を出しますか?』

 

『ああ。先行しているグローバルホークが接近する敵航空隊を発見した。爆撃機はなし。戦闘機だけだ。第2波に警戒しつつ、これを撃破せよ。』

 

『了解です。』

 

赤城は弓を構えると、矢を番えて放った。龍驤も巻物状の飛行甲板を広げ、その上に式神を置く。矢と式神はたちまち部隊独特の塗装を施した零戦へと姿を変え、空へと舞い上がっていく。銀の翼が陽の光を浴びて輝き、見る者を魅了する。

 

「瑞雲も出すべきかしら?」

 

山城は飛行甲板を用意し、赤城に訊く。

 

「まだ必要ありません。敵艦隊への攻撃の際にお願いします。」

 

「了解。」

 

山城は飛行甲板を下ろし、青空へ溶けていく零戦を見送った。

 

ーーーーー

 

僕だけのコックピットを、お気に入りの音楽が満たす。静かなハープの音色と、騒がしいエンジンの音が不思議と合っていた。作曲者も、エンジンとハープが共演するなんて考えもしなかっただろう。

 

いっそ、飛行機の立てる音で曲でも作ってみようか、否。リズムよりもそれぞれの音に異常がないか気になって落ち着かないだろう。ハープの奏者は音がおかしいと気にするのだろうけど、別に奏者でもない僕は何がおかしくて何が正しい音なのかわからない。だから、どんな音色でもエンジンの音よりは落ち着いて聴けるだろう。

 

『会敵予想時刻1105、修正プラス05、高度5240、修正マイナス24。』

 

無人偵察機からの情報を元に、提督からの指示がくる。周りに合わせて上昇したり降下する。ダンスパーティの前の準備運動みたいなものだ。ターンで足首をひねって転ばないようにするのと同じだろう。

 

『こちらクーガ。我々は少し上昇して上から狙うが、そちらはどうする?』

 

『同高度で迎え撃つ。』

 

篠田が答えた。ヘッドオンはあまり好きではないけど、仕方ない。エンジンがやられないといいな。

 

『警戒。敵機視認。機種はP-40。散開するぞ。』

 

篠田からの無線だ。ヘッドオンしなくてもいいのは嬉しい限りだ。確か、P-40より零戦のほうが旋回性能がいいはずだ。やれるだろう。

 

増槽を投棄。機体がわずかに浮く。そのまま機首を引き起こす。相手よりやや上から狙おう。

 

射程圏内。機体を反転させる。同時に世界が裏返る。操縦桿を引いて敵機の上から覆いかぶさるようにして、トリガーを引く。

 

7.7mmを一瞬だけ撃った。敵機のキャノピー正面を貫き、パイロットに当たったようだ。バイバイ。

 

期待の向きを戻し、今度は下からだ。増槽を捨てていない奴がいる。重くて曲がれないんじゃないか?

 

増槽を狙って撃つ。貫通した弾が増槽表面と擦れて火花が散ったのか、燃えだした。延焼するかな? 否。すぐに気づいて増槽を投棄した。仕方ない。あいつは味方に任せよう。

 

背後に敵。曳光弾が翼を掠める。当たっていないな? フラップダウン。スロットルを絞って機首を上げる。たちまち失速し、機体は急停止。敵機は僕を通り越していく。

 

フラップアップ。スロットル全開。機首を無理矢理下げる。相手は気づいて旋回して逃げようとする。そのまま直進で振り切ればいいのに、わざわざ翼を見せてくれるなんて。素人なのかもしれない。

 

一瞬だけ撃つ。翼の端から端まで穴が開き、耐久が落ちたからだろうか、旋回中に機体が圧壊して砕け散った。

 

ヒラヒラと落ちていく翼がキラキラ輝いて、綺麗だった。

 

『航空隊へ伝達。敵艦隊へ艦攻、艦爆が向かった。そのまま敵機を食い止めてくれ。』

 

提督からの連絡。別にどうでもいい。僕はここで踊っていられるのだから。

 

綺麗な青空には僕たちだけしかいない。汚いものはみんな空の底に沈んで、僕たちだけが浮かび上がれる。飛行機はそのためのチケット。僕はここで思い切り踊ろう。地上で笑わない分、ここで笑おう。

 

エンジンも笑っているようだ。こいつも、空を飛ぶのが楽しいのだろう。ダンスパーティはまだ始まったばかりだ。

 

ーーーーー

 

艦娘たちは戦闘用意を整えていた。攻撃隊からの報告によると、敵艦は戦艦ル級2、重巡リ級2、さらに雷巡チ級2という布陣で、雷巡は既に攻撃隊が仕留めた。空母がいないのは、基地から航空隊を出すからだろう。

 

『こちらクーガ。これより帰投する。制空権を確保し、敵は尻尾を巻いて逃げ出した。』

 

『わかりました。ヘルハウンド、基地への空爆支援を要請します。』

 

赤城は山先からの報告を受けると即座に黒坂へ連絡した。

 

『了解。F-2Aが出撃する。航空隊を引っ込めてくれ。あと、間違っても基地に近寄るなよ。』

 

『はい。こちらも間もなく交戦開始します。』

 

『幸運を。』

 

赤城は無線を切ると、龍驤と航空隊の回収作業にかかる。その間援護するのが他の艦娘の仕事だ。

 

「よし。敵を少しでも削るぞ!」

 

那智はこの大規模作戦の第一段階に参加出来ることを誇りに思っており、いつにも増して意気込んでいる。惜しむらくは敵がまだ射程外ということか。

 

「気合! 入れて! 行きます!」

 

「欠陥戦艦とは言わせない!」

 

比叡と山城は主砲を敵艦に向け、試射する。帰還中だった戒田が機体を反転させて弾着を確認。2人に伝えた。

 

「諸元修正! てーっ!」

 

「私も!」

 

山城と比叡の砲撃の爆音は頭上を通り抜ける戦闘機の爆音にかき消された。リ級は回避を忘れ、F-2に目を奪われたのか命取りになった。

 

片方は砲撃を浴びて艤装が中破。もう片方は弾薬庫に誘爆し、派手に吹き飛んだ。

 

その次の瞬間、ペリリュー島の海岸にある敵前線基地から派手な爆発が起きた。

 

ーーーーー

 

『ヴァイパー01、目標をグローバルホーク偵察機がレーザーで指示している。オールウェポンズフリー。吹っ飛ばせ。』

 

『ヴァイパー01了解。JDAM投下後、機銃掃射を行う。』

 

黒坂がF-2に指示を出す。2機のF-2はまず基地の上を飛びぬけ、予行演習を行う。進入ルートよし、そう判断し、もう一度同じルートで飛びながら、計4発のJDAM誘導爆弾を投下した。

 

滑走路や格納庫を破壊し、艦隊の修理施設へ命中。港湾機能を奪う。

 

再度同じルートで今度は陸上棲兵の兵舎へ機銃掃射を敢行する。グローバルホークから送られてくる画像を見る限りでは戦果は大のようだ。

 

『いいぞヴァイパー!』

 

『これより補給のために帰還する。』

 

『了解。ヴァルキリー0-1、敵の家をぶっ飛ばした。そっちはどうだ?』

 

『上々ね。戦艦を沈めればこの辺りは大丈夫です。敵艦隊少なくありませんか?』

 

『他の連中はどうもエンジェルアロー方面に出払ったようで、久坂が涙目だ。まあ、奴らの拠点を奪えば少しは楽になるだろう。早く仕留めてくれ。上陸部隊の連中がムラムラしてて、今にも泳いで突撃しそうな勢いだ。』

 

『わかりました。』

 

すると、黒坂に艦長のアンダーソン大佐が声をかけた。

 

「少佐、君に上陸部隊の前線指揮官を頼みたいのだが。」

 

「え? でも僕は……」

 

「頼む。連中との戦いに手練れてる君にいてほしいし、優秀な狙撃手だと聞いた。やってくれないか?」

 

黒坂はヘッドセットを外し、アンダーソンに言う。

 

「着替えてくるので少々お待ちを。」

 

ーーーーー

 

砲戦開始から約15分。中破したル級1隻を残すのみ。川内と那智は魚雷を撃ち尽くし、砲撃で対処しているが、中々効かない。航空隊は給油中、比叡は主砲が損傷している。

 

「ええい山城! 一斉掃射で奴をチリにしてやれ!」

 

痺れを切らした那智が叫ぶ。

 

「ええ!? でも一斉掃射すると反動でバランスが……」

 

「なら川内! 山城を後ろから押さえるぞ! 」

 

「了解! 夜戦したいけどまた今度!」

 

那智と川内が山城の背後に回り込み、艤装を押さえる。

 

「これで撃てるだろう!」

 

「ええ……やってみるわ!」

 

「チャンスは1度だよ! 上陸部隊がそろそろ来るから!」

 

山城は撤退していくル級に狙いを定める。欠陥戦艦だの不幸艦だの言われたけれど、やれることを証明するために。

 

「一斉掃射……てーっ!」

 

砲撃と同時に強烈な反動が山城を襲う。訓練の時はここで転び、溺れかけたが、今は違う。那智と川内がスクリューをフル回転させ、反動をどうにか押さえ込んでくれた。

 

砲弾はル級の周りに水柱を立て、取り囲む。最後にそのど真ん中、ル級の背中に砲弾が命中。派手に爆発を起こした。

 

「撃沈……確認!」

 

山城が歓喜の声を上げる。それに安堵した赤城は黒坂へ通信を入れた。

 

『ヘルハウンド、こちらヴァルキリー0-1。敵艦隊を殲滅しました。』

 

だが、答えたのは黒坂ではなかった。

 

『艦長のアンダーソンだ。よくやってくれた。』

 

『あの……提督は?』

 

『今向かっているよ。』

 

赤城たちの隣をゴムボートが通り抜けていく。その中に、迷彩服Ⅲ型に身を包んだ黒坂の姿があった。もちろん、艦娘たちは提督!?と驚愕の声を上げた。

 

ーーーーー

 

上陸後、多少の小競り合いはあったが、そこはさすが特殊部隊というべきか、犠牲を出さずに殲滅することに成功。見事ペリリュー島を奪還した。オレンジビーチで作戦に参加した兵士たちは歓喜の声を上げ、黒坂は少し下がってその様子を微笑ましく眺めていた。

 

「あの中に入らないのですか?」

 

黒坂の後ろから赤城が声をかける。

 

「僕は何もしていないさ。」

 

「嘘です。敵狙撃手にいち早く気づいて、いち早く排除していたではないですか。」

 

「まあね……でも、僕はもう勝利の味を何度も噛み締めた。だから、今度は彼らが嚙みしめる番さ。ほら、君もね。」

 

黒坂が指差す先から、マリンコとNAVSOGの隊員たちが走ってきて、赤城を取り囲んだ。

 

「え!? ちょ!?」

 

そして、赤城を持ち上げると、胴上げを始めた。黒坂はそれを笑いながら眺めていた。

 

「司令……私たちは……」

 

そこへ、比叡たちがやってきて赤城を羨ましそうに眺めていた。

 

「帰ってから好きなものを奢るよ。とりあえず、みんなお疲れ様!」

 

「ああ……貴様、なんだか戦闘服の方が似合って見えるな……」

 

「そうかい那智?」

 

「うむ……悪くない。」

 

「確かにね。そう言えば! 提督が義足の理由聞いてないよ!」

 

川内が思い出したように言う。黒坂は佐世保に帰ってから艦娘たち(1番熱心だったのは金剛)に詰め寄られ、義足の理由を聞かれたが、ロストサイン作戦発動もあったため、それどころではないと後回しにしていた。

 

「……帰ってからにしてくれ。ここでするような武勇伝でもスカッとする話でもない。胸糞悪いクソ話だ。」

 

そっぽを向いた黒坂の背中は、悲しげに見えた。

 

「おい! 海に何か浮いているぞ! 人か!?」

 

NAVSOGの隊員が声を上げた。黒坂は咄嗟に双眼鏡を取り出し、隊員が指差したあたりを見回してみる。すると、人の頭のようなものがプカプカ浮き沈みしているのが見えた。

 

「民間人か? 手伝え! ゾディアックで救助するぞ!」

 

黒坂が浜辺においてある上陸用のゴムボート、ゾディアックに向かって走ると、海兵とNAVSOGが数人それに続き、計4人で救助に向かった。

 

「減速! もうちょい左に寄せろ!」

 

黒坂はゾディアックを操縦している海兵に指示する。NAVSOG隊員2人は救助中に重心がずれてひっくり返らないよう、黒坂と反対のところに座っている。

 

黒坂は浮かんでいる茶髪の少女に手を伸ばし、なんとか襟首をつかんで引き寄せる。が、水を吸った服が重く、持ち上がらない。

 

「手を貸せ! そこの海兵……パターソン伍長!」

 

「ウーラ!」

 

パターソンと黒坂で少女をなんとかゾディアックに引っ張り上げ、すぐに浜へ上陸。衛生兵に診せた。

 

首から下げていた錆びたドッグタグはかろうじてJAPANの文字が読み取れたので、USSボノム・リシャール艦内で手当てを受けた後、日本の軍中央病院(旧自衛隊中央病院)へ搬送された。

 

それまで、少女の意識が戻ることはなく、なぜあそこに浮かんでいたかもわからないままだった。


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