部屋に全員が集まり、宮原を中心にこれからの話をする。赤嶺駅にいる部隊から列車で那覇空港まで移動するので民間人を連れてくるように指示されたようだ。
「これから民間人を赤嶺駅まで護衛する。質問は?」
「こっちは特にない。」
宗方陸曹長以外の面々も、異論はなさそうだった。意見がまとまったので、代表して宮原が民間人に状況説明する。
「みなさん、我々は自衛隊です。これより、赤嶺駅から電車で那覇空港に向かい、そこから航空機で本土まで移送します。焦らず、しっかり付いてきてください!」
民間人はざわつく。やはり不安なのだろうか。通りはさっき掃除したし、護衛もいるけど……やはり銃撃戦は怖いだろう。俺も、最初はそうだった。何度も何度も、死ぬことを、戦うことを恐れないようにイメージトレーニングして、自己暗示の真似事をして……こうして、恐れずに戦えるようになったのだから。
その時、ドアを何かが殴ったような音が聞こえてきた。
「なんだ? 飛田3曹、見てきてくれ。」
宮原の指示で飛田がドアへ向かい、覗き窓へ目を押しつける。そしてすぐにこっちを見て左手の親指を下に向けた。敵という合図だ。
「ペルソナ・ノン・グラータだな。どうする宮原? ここでやり合うか?」
俺はそう言いながらも民間人に目線を落とす。ここで撃ち合うのは現実的ではない。今は敵を斃すより先に、民間人を駅まで護衛するのが先決だ。
だが、宮原が指示するより先に宗方が口を開いた。
「野郎ども、戦闘用意。海さんよ、ここは俺たちが引き受けた。そこの連中頼むぜ。」
宗方の指示で陸さんが戦闘用意を整える。もちろん宮原は反論する。
「おい! お前らも来るんだ!」
すると宗方は宮原の胸倉をつかんで壁に押し付けた。
「ここは陸だ! お前たち海自に出る幕はない! とっとと引っ込め!」
宗方はすぐに宮原を放すと部下のもとに向かった。遠回しに逃げろ、と言いたかったのだろうか。
「少しでも長く戦うから、その間に駅まで行け。守ってやってくれよ。」
宗方は俺とすれ違う瞬間、そう耳打ちした。振り返った所にいた陸の連中は、どいつもこいつも自信に満ちた笑顔を見せ、後ろからは窓から入った陽の光が彼らを照らし、眩しく見えた。
その間にも、ドアを叩く音は大きくなる。もう時間はそんなにないだろう。
「行こう宮原。俺たちの任務を果たすぞ。」
「……黒坂、時村。お前らは前衛、久坂は俺と民間人を左右から守る。飛田と紀伊、花田は後衛だ。」
「時村、弾薬は?」
「あと3回はドンパチやれます。」
「上出来だ。行こう。立てるか?」
俺はしゃがみこんでいた少女に手を伸ばす。少女は恐る恐る俺の手を取って立ち上がった。
「離れずに付いてきて。必ず家に帰してみせるから。」
俺は出来る限り笑顔を見せる。少女は震えてはいるが、歩けそうだ。
「非常階段から下に降りて駅まで行く。離れずに。」
俺はそう言うと、時村と共に先にしたにおり、安全を確認する。道路から周囲を確認し、敵影がなかったので宮原たちに降りて来いと合図する。ほどなくして宮原たちは民間人を連れて降りてきた。ここからが難所だ。市街地はどこから敵がひょっこり出てくるかわからない。建物に隠れているかもしれないし、交差点で出くわすかもしれない。だからこそ、狙撃銃持ちの俺が前衛なのかもしれない。
時村と100mほど進んでは宮原たちに前進の合図を出す。それを2回くらいやった所で、敵と鉢合わせになってしまった。宮原たちには敵発見の合図を出し、俺と時村は建物の間に隠れた。
「3つか……微妙な距離だな……やれるか?」
「舐めないでください。これで射撃検定は特級です。狙撃手にはなりませんでしたが。」
「よし。やるぞ。」
89式を構え、敵を狙う。セレクターは
俺と時村の発砲はほぼ同時だった。2発の弾丸が敵の胸を貫き、反動で弾道が少し上を向いた最後の1発は頭を貫いた。
時村も同じようにして1体を仕留め、最後の1体はこちらに気付く前に2人からの射撃を浴びて倒れる。それを確認した俺はヘッドセットのマイクを掴み、宮原に連絡した。
『3体始末。視界に他の敵はなし。送れ。』
『了解。前進する。通信終了。』
ーーーーー
俺たちの出くわした3体は駅周辺の掃討の撃ち漏らしだったらしく、その他に敵に遭遇することはなかった。
電車に乗り込んだ俺たちは、その辺に腰掛けてしばしの休息を取っていた。昨日の那覇空港防衛戦から寝ずに作戦に参加していたので、椅子で居眠りしてしまった。
まさかダウンフォール作戦がここまで激戦になるとは思ってもみなかった。
集中が切れた影響か、戦闘の記憶がふつふつと蘇り、手足が震え出す。自分の近くで跳ねた弾丸、顔の横を通り過ぎた曳光弾……今になって、恐怖に襲われた。手が震えだし、止まらない。たった直径7.62mmの鉛玉1つで、俺は死ぬのか……? 嗚呼、そういうものだ……今まで必死こいてきた訓練も座学も……たったそれだけのものに全て台無しにされ、努力を否定されてしまうのだ。
無駄にしたくなければ、否定されたくなければ……戦って、殺られるより先に殺らなければならない。運よく生き延び、戦い続けなければ。
「あの……大丈夫ですか?」
そんな思考に陥っていたが、少女の声でハッとし、元の世界に戻ってきた。同時に、震えは止まり、恐怖も感じなくなっていた。
「ああ……なんとかな……時村! 到着までは!?」
「あと3分!」
俺は作り笑いを浮かべてみせる。こんな時にしけた表情していたら、不安にさせてしまうだろう。とはいえ、作り笑いにも限界があるから、時村に声をかけて誤魔化すことにした。
戦闘帽の額に掛けてあるゴーグルを下ろす。これから戦闘、そうメリハリをつけるためにゴーグルは便利だ。
「よーし野郎ども! あと少しだ踏ん張りやがれ!」
宮原の声に、第12偵察分隊の隊員たちは応、と威勢良く返事した。
ーーーーー
結論から言おう。最悪だ。
那覇空港の滑走路を敵と奪い合いの真っ最中に、俺らは到着してしまったのだ。ターミナルから戦闘の様子がよく見える。手前の民間の駐機場から、滑走路を挟んで海上保安庁の駐機場に陣取る敵と交戦しているようだ。
『こちら第12偵察分隊の宮原3尉。檜山3佐、聞こえますか? 送れ。』
『こちら檜山! よく生きてたな! 首尾は!?』
『民間人とターミナルにいます。陸さんは敵と交戦し、再び音信不通。』
『仕方ないな……今は飛行機が飛ばせない。代わりに5分後にチヌークが来るから、それに乗れ! それまでは戦え!』
『交戦規則は?』
『見えた敵から潰せ!』
『はいよ。いつも通りの現場主義!』
その会話を聞いていた俺たちは、やれやれと思いながら戦闘用意を整える。
「時村、援護頼む。下に降りて狙撃する。」
「了解。」
「花田と飛田は残って民間人といろ。後は付いて来い! ドンパチやらかすぞ!」
俺たちは宮原に続いてボーディングブリッジへ
向かう。ボーディングブリッジには駐機場に降りるためのステップが付いているので、それを使って下に降りることにした。
ーーーーー
駐機場を走り、18番滑走路側へ向かう。そこで味方が滑走路を奪い合っていた。
滑走路を挟んで占拠された海保の駐機場、そこを根城にする敵と撃ち合う。滑走路は確保しているが、敵の攻撃を受ける可能性があるので迂闊に離着陸出来ないのだ。
味方と合流した俺たちは檜山2佐への報告もそこそこに戦闘を開始する。
まずは敵機関銃手。これを始末すれば他の連中が楽になるだろう。
敵の機関銃手は二脚を地面に固定し、伏せ撃ちしている。自動小銃持ちの奴らには狙いにくいだろうが、俺には関係ない。狙って頭をぶち抜く。それだけの話だ。
トリガーを引いた次の瞬間、スコープに赤い飛沫が映った。敵機関銃手沈黙。
『こちらヴァイパー1、航空支援スタンバイ。』
上空のF-2A戦闘機から無線が入った。すぐに檜山2佐は航空支援を要請する。
『ヴァイパー1! 18番滑走路側から海保駐機場の敵に航空攻撃を要請する! 民間機の駐機場には味方がいるから当てるなよ!』
『了解した。耳塞いでおけよ!』
F-2A戦闘機2機が低空で18番滑走路側から進入してくる。まずは予行演習。敵の真上を攻撃せずに通って行き、コースを確認する。そして、大回りしてもう一度同じコースに乗った。
「来るぜ! 勇猛果敢、支離滅裂の航空自衛隊がな!」
宮原がハイテンションで叫んだ次の瞬間、F-2Aは俺たちの銃とは比べ物にならない爆音を轟かせ、20mmバルカン砲による機銃掃射を敢行した。1か所に集まっていた陸上棲兵はその一撃で一網打尽にされた。
『いいぞーベイベー! 戦果は大打撃! 大打撃だ!』
『了解。ヴァイパーはこのまま本土へ向かう。』
『貴機の幸運を祈る。通信終了!』
そこへ、CH-47Jチヌークが3機飛来した。回収だろうか。
「宮原3尉! 民間人と分隊を3番機に乗せろ! 輸送艦いずもで本土に行くぞ!」
「了解!」
宮原は花田に民間人を連れてくるように連絡する。俺はヘリのダウンウォッシュで戦闘帽を飛ばされぬよう、ヘッドセットごと帽子を左手で押さえていた。ゴーグル越しにチヌークをぼんやり見つめながら。
ーーーーー
花田たちの連れてきた民間人をチヌークに誘導する。俺は後部ドアに片足を乗せ、中に誘導する。
さっき電車の中で俺に声を掛けた少女が立ち止まり、俺のことを見ていた。俺は被っていた戦闘帽をその少女に被せ、頭を少し乱暴に撫でた。
「よかったな。もうすぐ家に帰れるぞ。」
「はい!」
民間人を乗せ終えたチヌークは後部ドアを開けたまま飛び立つ。敵が来た時、後部から反撃できるようにするためだ。
「18番滑走路側にRPG! 来るぞ!」
後部ドアに伏せって89式を構えていた時村が叫ぶ。パイロットは飛んできたロケット弾を回避しようとする。
高度は4m位だろうか、チヌークが大きく揺れ、墜落するのかと民間人が悲鳴をあげる。チヌークは時計回りに回転し、側面を敵に向けた瞬間、花田が側面に搭載されている重機関銃で敵集団を薙ぎ払った。
「うわっ!」
チヌークの回転による遠心力で時村が機外に投げ出された。俺は手を伸ばしたが、届かなかった。
「時村!」
「ああっ、黒坂!」
宮原の制止を振り切り、俺は後部ドアから飛び降り、五点着地する。
「3尉!? どうして……」
「見捨てはしないぞ、時村。」
その時、宮原と久坂もチヌークから飛び降りてきた。花田や飛田、紀伊も飛び降りようとしたが、チヌークが上昇してしまい、降りることはできなかった。
「なんでお前らも来たんだよ!?」
「同期を見捨てて逃げるほど、チキンじゃねえよ。」
「久々に気概のあるエリートさんを見たからな。気に入ったぜ!」
敵が来る。俺たちは戦闘用意を整え、それに向かい合った。
「お前らバカだよ。最高のバカだよ!」
俺は笑っていた。役者は揃った。さあ、
その時、1本の噴煙が俺たちの背後から、陸上棲兵の足元へ伸びていき、爆発した。110mm個人携帯対戦車弾こと、パンツァーファウスト3の弾頭だ。
「命中。よくやった長谷川。」
「外しませんよ。貴重なLAMですから。」
そこにいたのは、置いていったはずの陸自隊員たちだった。
「生きていたのか!?」
宮原が素っ頓狂な声を上げる。
「誰が捨て身といった?」
宗方がニヤニヤしながら答える。その顔は自信に満ち溢れていた。
「ほーう。まあなんにせよ助かるぜ。」
久坂は刀を抜き、陸上棲兵に向かい合いながら言った。
「なあお前ら……もしかして、特殊作せ……」
俺がそこまで言ったところで、宗方は人差し指を口の前に立てた。
「俺たちは中央即応集団隷下の一部隊だ。」
強力なバックアップを得た俺たちは、戦いながらも上手く後退し、36番滑走路側で待機していたホバークラフト、LCACに乗り込み、輸送艦おおすみへと向かった。
「やられちまったな……」
「まさか国土の一部を化け物に奪われるとはな。」
久坂と時村は黒煙の上がる那覇を見つめながら呟いた。
「今は引く。だが、いつか必ずここに戻ってくる……必ずな。」
俺はM24を握りしめ、決意とともに言った。
この直後の衆議院議員総選挙にて、深海棲艦対策に消極的であったがために国土を失った当時の与党は議席を大幅に減らし、深海棲艦対策に前々から積極的であった党が与党になった。
これは、艦娘が誕生する4ヶ月前の話であった。