水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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予想以上に長くなったので分割。

黒坂、宮原、久坂を始めとした陸戦隊の初陣です。


第22話 ダウンフォール作戦

2012年5月17日、沖縄。

 

深海棲艦という未知の怪物が人類に認知されてから約5か月、人類に認知されて1ヶ月ばかり。これまでに深海棲艦は次々と人類から制海権を奪い、陸地へと追い詰めていった。対策を講じるのが遅れた日本は、深海棲艦に包囲された場合、孤立する危険の高い南西諸島の放棄を決定。民間人の移送のため、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊、在日米軍が敵の迫る沖縄を中心とした南西諸島で作戦行動に当たっていた。しかし、31万人を移送するのは容易なことではなく、途中からは敵と交戦しながらの移送となった。

 

この作戦は"ダウンフォール作戦"と呼称され、この日を境に深海棲艦の攻撃が活発になっていく。

 

そんなことは全く知らない黒坂たちは那覇空港から離れた所にある赤嶺駅前にて陸上棲兵と激しい銃撃戦を繰り広げていた。先行した陸上自衛隊の一部隊との交信が途絶え、民間人の捜索と並行して部隊の捜索にあたっている途中である。

 

その捜索と撤収のためにも、赤嶺駅はどうしても確保しなければならなかった。

 

『イーグル1! ポイントE(エコー)2に航空支援を要請する!』

 

海上自衛隊陸上戦闘隊第1戦闘中隊長の檜山3等海佐は航空自衛隊のF-2Aへ航空支援を要請する。

 

『だめだ! 建物を巻き込む危険がある。代わりに、陸さんのコブラがそっちに向かっているからそっちに頼んでくれ。あと、那覇駐屯地から支援部隊がそちらに向かう。』

 

『了解!』

 

程なくしてやってきた陸自の攻撃ヘリ、AH-1コブラが通りに機銃掃射し、敵の防御網を崩しにかかる。それでも陸上棲兵は怯むことなく、盛んに撃ち返してきた。

 

『シーナイトから第12偵察小隊、その先のビルに民間人が孤立しているとの連絡あり、可及的速やかに救助に向かえ。』

 

「ええい、このクソ忙しい時に!宮原3尉! 第12偵察分隊を率いて回り込め! 黒坂3尉も同行しろ!」

 

小隊長が車両を盾に撃ち返しながら叫んだ。

 

「了解!」

 

「了解!」

 

俺は防衛大学校の同期で、同じ陸戦隊第2期の宮原幸一3等海尉とともに、第12偵察分隊の分隊長を探した。

 

「おい! 12偵の分隊長は誰だ!?」

 

「はい!」

 

宮原の声に反応した分隊長が駆け寄って、俺と宮原に敬礼する。

 

「時村慶一郎1等海曹です!」

 

「宮原幸一3等海尉だ。これより、第12偵察分隊と行動する。」

 

「同じく黒坂零士3等海尉だ。」

 

「了解! 我々はどうすれば!?」

 

「回り込んで奴らの防御線を破る。黒坂、案は?」

 

「マンホールを開けられるならワンチャン。」

 

俺は半長靴の踵で足元のマンホールの蓋を蹴る。硬い、踵が痛えドチクショウ。

 

「了解! 久坂2曹!」

 

「あいよー。」

 

時村に呼ばれたやる気のなさそうな機関銃手がマンホールを開けるための特殊な工具を取り出し、マンホールの蓋を開けた。

 

「よし、第12偵察分隊、集合しろ!」

 

宮原の号令一下、隊員たちが集結した。

 

「これより、俺が指揮をとる。マンホールを使い、奴らの背後に回りこむんだ。いいな!?」

 

了解、と全員からの返答が返ってきたのを確認した宮原は指示を出す。

 

「黒坂、先に降りられるか?」

 

「あいよ。咬ませ犬の役ならおまかせあれ。」

 

俺は89式自動小銃を負い紐で背中に吊り下げ、把手みたいなのを掴んで下りて行く。中はジメジメしており、下水が臭くて堪らない。おええ。

 

さっさと下り、89式を手に取って周りを警戒するが、敵影はない。すぐに無線機のスイッチを入れて宮原に連絡する。

 

『下水に敵影なし。降りてもいいぞ。』

 

その連絡と同時に、12偵の隊員が続々と下りてきた。そういえばあの機関銃手、久坂って言ったな。なんで刀なんて提げてるんだ? まあいいか。

 

「よし、まずは敵防御網を突破しよう。こっちだ。」

 

宮原が先頭に立ち、地下を進む。背中のケースに入れてある対人狙撃銃こと、M24SWSに臭いが付かなきゃいいんだが……

 

「あー、今のうちに自己紹介でもしておくか。俺は宮原幸一3等海尉、先程、第12偵察分隊の指揮を任された。で、そこのライフル持ちの野郎が……」

 

「黒坂零士3等海尉だ。よろしく。」

 

俺は89式を構えて前方を警戒しながら自己紹介する。

 

「改めまして、時村慶一郎1等海曹です。」

 

「久坂銀助2等海曹、機関銃手でーす。」

 

他にも、2等海曹の西田、花田に3等海曹の吉井、飛田、海士長の紀伊の7人で構成されていた。陸戦隊の部隊編成は基本的に陸さんと同じである。

 

宮原はそれぞれの名字と所持している武器をメモっている。大切なことだ。

 

「よし、自己紹介は終わったな。そしてちょうど目標の真上だ。黒坂、先行を。」

 

「あいよ。」

 

俺はまた89式を背中に吊るして把手を掴んで登る。クソ重いマンホールの蓋を押し上げると、ちょうど敵の防御網真後ろ。

 

蓋を脳天で支えながら、ヘッドセットのマイクに喋る。

 

『宮原、敵の真後ろ。』

 

『グレネードで吹っ飛ばしてやれ。』

 

俺はポーチから手榴弾を取り出してピンを抜き、敵のど真ん中に転がすと、すぐにマンホールに頭を引っ込めた。足下には久坂を先頭に分隊員が上るのはまだかと待ち構えていた。

 

上から爆音。間違いなく俺の投げた手榴弾だ。渾身の力で蓋を開け、USP拳銃片手にマンホールから素早く這い出して残っている敵兵、陸上棲兵へ撃ちまくる。

 

次々と仲間がマンホールから這い出して銃撃し、その付近の制圧に成功した。これで赤嶺駅に陣取っている連中も楽になるだろう。宮原が檜山中隊長に連絡してる間、俺はスナイパーが隠れていないか辺りを警戒するが、杞憂に終わった。

 

ーーーーー

 

次なる目標は民間人と行方不明の陸さんを探すことだ。

 

2車線の道路を徒歩で移動する。最後に交信のあったマンションまでもう少しだ。アスファルトに半長靴の爪先が擦れ、傷がつき、少し表面が剥げる。別に今は気にしないのだが、帰ってから磨いておかないと内務点検で引っかかり、腕立て伏せやら屈み跳躍を嫌という程やらされる羽目になるのだ。

 

宮原がハンドサインで隠れろと合図したので、俺たちは左右に分かれ、建物の間に身を隠す。前方50mに陸上棲兵の1個小隊。宮原のハンドサインを見る限り、殲滅するようだ。俺に"機関銃手を排除しろ"と指示している。

 

この距離ならM24を使うまでもない。89式で十分だ。

 

俺の89式には自腹を切って購入したEOテック製のホログラフィックサイトがマウントされている。ダットサイトよりこっちの方が気に入っているし、個人的には使いやすいのだ。

 

機関銃手の胸に赤点を合わせ、3点バーストで撃つ。聞きなれた銃声と共に、敵兵に3つの穴が開く。

 

それを皮切りに宮原たちが射撃を開始する。機関銃手の久坂は地面に伏せて猛烈な弾幕を張り、片っ端から始末していく。撃ち漏らしは他の隊員が始末した。

 

奇襲に成功し、敵を反撃させることなく殲滅することに成功した。幸先がいい。

 

「クリア。この建物だ。吉井3曹、花田2曹、先行してくれ。」

 

宮原は小隊長から民間人がいると教えられていたアパートを指差す。宮原の指示を受けた2人が89式を構えながら階段を登っていく。程なくして花田2曹からの通信が入った。

 

『2階廊下はクリア。ですが、205号室から声が聞こえます。恐らく敵かと。』

 

『了解、待機せよ。』

 

宮原はハンドサインで行くぞと合図し、花田と吉井の所へ残りの隊員とともに向かう。205号室前からは本当に敵と思わしき唸り声が聞こえてきた。

 

「鍵は?」

 

「掛かっています。」

 

「ちょいとしつれーい。」

 

宮原と花田の間に久坂が割り込み、慣れた手つきでピッキングを始めた。

 

「あー? なんで未だにディスクシリンダー式なんだよ? 防犯がなってねーな……」

 

すると、ガチャという音がした。鍵が開いたのだ。元泥棒かと疑ってしまうくらいの手際の良さだ。気になった俺は少し訊いてみることにした。

 

「久坂2曹、一体どこでそんな技術を?」

 

「まー、前の所属部隊でちょっとな……」

 

お茶を濁したか。追求はまた今度だ。

 

「俺が先行する。誰かバックアップ頼む。」

 

「俺がいくぜー。」

 

「頼む。」

 

俺の後ろをミニミ持ちの久坂が付いてくる。半長靴を脱がずに中に入り、USP拳銃に持ち替える。89式は狭い室内での取り回しがあまり良くないのだ。

 

「久坂、前方のリビングに敵。」

 

リビングのドアの曇りガラスに敵兵が映っている。少なくとも3体。相手が銃剣付きM1ガーランドで俺の腹をど突いて来るのが先か、3体仕留めるのが先か……

 

「おいエリートさんよ、合図したらそのドア開けてくれ。」

 

「どうする気だ?」

 

「まあ見てろって。」

 

どうやら自信があるようなので、俺は万一の時は援護出来るよう身構えつつ、左にスライドするドアの把手に左手をかける。

 

「やれ。」

 

久坂の合図でドアを思い切り開ける。すると、久坂は腰の刀を引き抜きながら部屋に突入していった。

 

抜刀と同時に真正面の敵が首を斬られ、倒れる。別の敵が久坂の左から銃剣で突きを繰り出すが、久坂はそれを斬りおろして弾き、そこから切り上げて腕ごと脇腹を切り裂く。

 

そのまま振り上げ、最後の1体へ斬りおろしを当て、肩へ深々と刃を食い込ませた。

 

白かった壁は砂や、黒く酸化した血液が付着し、汚れた。俺はUSPを構えながら、その光景を呆然と見ていることしか出来なかった。

 

「お前……何者なんだ?」

 

「まー、ちょいと訳ありでね……」

 

久坂は懐から出した布で刀身に付いた血液を拭き取ると、刀を鞘に収め、呆然と立ち尽くす俺の肩をすれ違いざまにポンと叩いた。まるで、催眠術が解けたようにハッとした俺は久坂に続いてその部屋をあとにした。

 

「中の状況は?」

 

部屋を出て早々に宮原が俺と久坂に訊く。

 

「民間人、陸さんのいた形跡なし。陸上棲兵3体を久坂が始末。」

 

「了解。時村1曹、怪しいところは?」

 

「そうですね……下から敵が来たとしたら、上へ上へと逃げたのでは?」

 

「成る程……黒坂、時村と組んで5階を偵察。」

 

「了解。行こう。」

 

「了解です黒坂3尉。」

 

俺は89式を構え、角に警戒しながら階段をゆっくり上る。時村は背後からの奇襲に備えている。背中を守ってくれるやつがいると安心するものだ。

 

「1曹、やれるか?」

 

「舐めないでくださいよ3尉。那覇空港防衛戦で25キルしてますから。」

 

「なんだ、あの時いたのか。」

 

「3尉も?」

 

「ずーっと狙撃支援してた。」

 

「あ、あの腕のいいスナイパー、3尉だったんですか。」

 

「そいつはどうも。」

 

そんなことを話していたら、少し緊張がほぐれた。こいつとは上手くやっていけそうな気がする。

 

「時村、援護。」

 

「了解。」

 

時村が周囲を警戒し、その間に俺はヘッドセットをずらしてドアの前で聞き耳を立てる。手前の部屋には誰もいないようだ。なら奥は?

 

『おい黒坊主、まだか?』

 

ヘッドセットから宮原の声が微かに聞こえたので、聞き耳を中断して応答する。

 

『探し始めたばかりだ。上がって手伝え。警戒を時村1人に押し付けてるんだから。』

 

『わーったよ。』

 

1分しないくらいで宮原は仲間を率いて上がってきた。そこから手分けしてドアの前で聞き耳を立てる。

 

「宮原3尉、ビンゴです。」

 

紀伊海士長が言う。

 

「久坂、ピッキング。黒坊主は時村と中へ。」

 

久坂がまたピッキングで解錠し、俺は時村と中へ入った。89式を構えながら廊下を土足でゆっくり歩いていく。

 

時村にハンドサインでリビングのドアを開けるよう指示する。時村は縦に頷くとドアに手をかけ、一気に開けた。俺は中へ突入する。

 

左は何もなし。なら右は? と右を向こうとした瞬間、強烈な打撃を受けて床に倒れる。衝撃の強さを物語るように、戦闘帽の上から着けていたヘッドセットが吹き飛んだ。

 

この野郎、と倒れながらも89式を殴ってきた張本人へ向け、トリガーに指をかける。

 

「3尉! 味方です!」

 

時村の声で我に帰る。目の前で同じように89式を構えているのは迷彩服3型を着た自衛官だった。

 

「ずいぶん手荒い歓迎だな陸さんよ。」

 

「悪いな海さん。敵かと思ったんだ。」

 

「確認しろよ……1人か?」

 

後ろには震える民間人がいた。付近の住民だろうか?

 

「仲間がこっちに向かってる。民間人の捜索中に敵の襲撃を受けて散り散りになってな……」

 

「近隣住民か?」

 

「いや、旅行に来てたらしい。っと、リーダーからだ。こちら長谷川……了解。味方が来る。援護してくれってよ。」

 

「どこから?」

 

「あっちだ。」

 

長谷川はベランダの外を指差す。そこから鏡か何かで発光信号を出している陸自の分隊がいた。例の行方不明の部隊だろう。

 

「わかった。時村、手伝え。」

 

「了解。」

 

俺はM24SWSを取り出し、ベランダの格子の間から陸さんとこのアパートの間に陣取る敵を狙う。射角よし。

 

『宮原、例の部隊がこっちに向かってる。援護の要あり。送れ。』

 

『了解。花田をそっちにやる。』

 

俺は無線周波数を切り替えて陸自の分隊長への連絡を試みる。

 

『こちら海自陸戦隊の黒坂3尉。アパートから発光信号を確認。貴官を可能な限り援護する。送れ。』

 

『こちら陸自中央即応集団の宗方陸曹長。援護感謝する。今からそちらへ向かう。』

 

「時村、誤射に気をつけろ。花田は?」

 

「ここに。」

 

「よし。やるぞ。」

 

風は無し。撃ち下ろしと距離を考慮して目標よりやや上を狙って撃つ。スコープに赤い血の花が映った。命中。

 

それを皮切りに時村と花田が撃ち始める。敵の集団は2人と下の部隊に任せ、集団から離れているのを狙撃する。

 

こっちに銃口を向けた陸上棲兵は俺の放った7.62mm弾で首を真っ二つにされ、砂に戻った。だんだん気分が良くなってくる。人類に仇なす敵が、自分の手によって葬られていく。御伽噺の英雄にでもなった気分だ。次第に口角も釣りあがっていく。

 

「3尉、通りはクリアです!」

 

「よし。引き続き警戒。陸さんがこっちに来るまで油断はするな。」

 

もう終わりか、と溜め息を一つ付き、薬室から弾を抜いてスコープのキャップを閉じ、ケースに仕舞う。陸さんは戦闘中にだいぶ前進しており、この距離なら89式で十分だろう。

 

「黒坂3尉、時村1曹、この仕切りを壊せばあそこの非常階段からここに上がれるかと。」

 

花田が言う。確かに、隣のベランダとの仕切りは火災などの時、ぶち破って隣へ逃げられるようになっている。そして、端まで行けば非常階段だ。

 

「よし、仕切りをぶっ壊してくれ。俺が陸さんに伝える。」

 

「了解。1曹!」

 

花田と時村は89式の銃床で仕切りをぶん殴って穴を開ける。俺は非常階段から上がるよう宗方陸曹長に伝えると、すぐに了解との返事が来た。

 


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