水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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艦これの世界情勢をガチで考察してみた結果。


第21話 ロストサイン

防衛省内の会議室には重々しい雰囲気が漂っていた。そこには各地の提督と秘書艦及び防衛大臣、統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長、そしてそれぞれの副官がいる。今回のトラック泊地防衛作戦の戦果報告と今後の動向について話し合うためだ。

 

提督の隣の席にはそれぞれの秘書艦が座る。久坂の隣には加賀、宮原の隣には霞、黒坂の隣はもちろん吹雪だ。

 

「これより戦果報告を始める。」

 

統合幕僚長の藤堂が宣言すると、会議室の空気が張り詰めるのが黒坂にはわかった。

 

「まずは前期作戦を担当した3名のうち、代表として宮原幸一中佐、報告を。」

 

「はい。それではお手元の資料の5頁目をご覧ください。」

 

宮原が報告を始める。5ページ目には撃沈した敵艦の種類及び動向、そしてこちらの対処について図付きで説明している。宮原はそれに多少の付け加えをして報告した。前期作戦は黒坂と久坂も参戦していたので、聞かなくてもわかっていた。

 

「ふむ……時に宮原中佐、トラック泊地付近に敵の陸上基地の存在の可能性があるとの事だが、理由は何かね?」

 

防衛大臣、江田が訊く。

 

「それについては私がお答えします。」

 

黒坂は起立し、藤堂は発言を許可した。

 

「今回出現した敵航空隊の中にP-38ライトニング、P-47サンダーボルト、P-51Aムスタングが確認されています。これらの機体は空母で運用する事は不可能であるため、どこかの島に基地が存在し、そこから飛来していると推測しました。」

 

「なるほど……偵察の必要があるな。」

 

他に質問は出ないようだ。前期作戦の説明はこれで終了となった。そして、軽巡棲姫を仕留められなかった久坂についてだが、戦艦棲姫を損失無しで仕留めるという快挙を成し遂げたことで相殺という事になった。

 

「それでは、後期作戦について……牛尾中佐、報告を。」

 

そこにいたのは、宮原がトラック泊地で引き継ぎをした奴であった。

 

あまりにもやる気のない態度であり、面倒くさくなった黒坂は資料を頼りに陥落の原因を探る事にした。

 

話によると、艦隊の殆どを出撃させた結果、泊地の守備が手薄になってしまい、そこに上陸されたようだ。なんでこの野郎は帰ってこれたのか疑問であったが、被害報告の欄を見て納得せざるを得なかった。

 

どれだけ犠牲を出せば気がすむんだこの野郎。

 

黒坂はかつて、杜撰な作戦で多数の戦死者を出す悪夢の作戦を立てた指揮官の顔を思い出した。こいつも同じ穴の狢か。

 

「この損失では我が軍の完全なる敗北ではないか!」

 

「指揮官は何をしていた!?」

 

周りの提督、及び陸空軍の方面統監から怒号が飛ぶ。無理もないだろう。また一歩後退する羽目になったのだから。

 

「これについては弁護のしようもないな。高原中将、どうするべきか。」

 

海上幕僚長の坂井は高原に意見を求めた。

 

「そうですな……通常業務にも問題があるようですし、降格の上で再教育の必要がありますな。」

 

「そうか。処分については後に決める。統合幕僚長、現時点で報告は以上です。」

 

「では次の議題に移ろう。」

 

黒坂はふと、久坂を見た。久坂は報告書を握りつぶしており、机の下で片袖を加賀に掴まれている。それがなければ久坂はすぐにでも牛尾に殴りかかっていたかもしれない。宮原は表情にも出さず、なんとか堪えているようだ。

 

「次の議題の前に……人事異動があったのでここで報告させてもらう。」

 

江田が発言する。そして、入り給えというと木製の扉が開き、1人の男が入ってきた。

 

「おまっ……!?」

 

宮原は驚愕のあまり目を見開いた。久坂は今度こそ殴りかかるために腰を上げようとしたが、加賀がなんとか背中を引っ張って阻止した。

 

そこにいたのは……

 

「この度、情報本部に着任致しました、物集(モズメ)遠近(トオチカ)少将です。」

 

俺たちは忘れるはずもなかった。こいつは……

 

「っ……!」

 

「吹雪!」

 

吹雪が急に屈んだと思ったら、顔を青ざめさせ、口を押さえている。直感的にマズイと感じ取った黒坂は手を挙げて退室の許可を得ることにした。

 

「すみません、暫く退室させていただきます!」

 

「許可する。」

 

江田の許可を得た黒坂は吹雪の手を取り、出口へ向かう。その途中で宮原にアイコンタクト。宮原はそれに頷いて返したので、黒坂はさっさと吹雪を連れて退室した。

 

ーーーーー

 

黒坂は壁に寄りかかって天井の模様の数を数えながらトイレに入った吹雪を待っている。するとそこへ久坂と宮原が加賀と霞を引き連れてやって来た。

 

「おっす。進展は?」

 

黒坂は片手を少し上げながら言う。

 

「ナッシング。険悪なムードになったから江田のおっさんが休憩にした。」

 

宮原は当然だとばかりに答える。

 

「無理もねーな。舞鶴は牛尾だから何もなしとして、呉の提督と幕僚長ズは野郎のやらかしたこと知ってるし、陸海空のあちこちの方面隊統監と地方隊統監だって完全にご立腹だろ? それなのになんであいつが返り咲いてんだよ……」

 

黒坂はボヤく。

 

「だな。それによ、吹雪の嬢ちゃんがお前のことを名前で呼ぶのも、物集の野郎に原因があるんだろ?」

 

余計なことを言うな、とばかりに黒坂は久坂の足に義足キックを繰り出す。

 

「そうだよ。初めて俺のことを司令官って言った時に嫌そうな顔したから、昔みたいに名前で呼んでいいって言ったんだ。あいつを昔、司令官と呼んでたかららしいがな。最も、吹雪に名前以外で呼ばれるのに慣れてないってのもあるんだがな。」

 

そんなことを話していたら、吹雪がよろよろしながらトイレから出てきた。黒坂はすぐに吹雪に駆け寄る。

 

「……あの2人、仲が良過ぎるような気がしますが。」

 

加賀は久坂へボソリと言う。

 

「まーな。あいつらは上司部下の関係どころじゃねーもん。」

 

「おい久坂、それだと少し誤解があるぞ。今はまだ友達以上恋人以下なんだから。言うなれば、恩人か師弟かはたまた戦友か……」

 

黒坂に睨まれた宮原は言葉を切ると両手を挙げて降参する。そろそろ義足キックどころか義足投げでもしてきそうだったからだ。

 

宮原が黙ったのを確認した黒坂は吹雪の方を向く。

 

「大丈夫?」

 

「はい……すみません……」

 

「仕方ないさ。会議のことは気にするな。どうせこの調子じゃ"ロストサイン作戦"発動もままならないだろうし。」

 

「ロストサイン……?」

 

吹雪は首をかしげる。

 

「おう、その様子なら大丈夫のようだな。」

 

そこにやって来たのは高原だった。黒坂たちは姿勢を正して敬礼するが、高原は楽にするよう言った。

 

「ところで、黒坂は吹雪と何を話していたのかね。」

 

「いや……この調子じゃロストサイン作戦もままならないだろうなーと。」

 

「実際そうだな。まあ、こっちに来なさい。お前らはともかく、彼女らはロストサイン作戦を知らないんだ。ここよりもう少しましな場所で話すとしようか。」

 

ーーーーー

 

ある一室、黒坂たちはソファーで縮こまっていた。なんせ、そこには防衛大臣に統合幕僚長、陸海空の幕僚長までいるのだから。

 

「な、なあ久坂……俺ら何かしでかしたか?」

 

「知らねーよ宮公……」

 

「まあ落ち着け。とって食おうって訳じゃない。」

 

藤堂が苦笑いを浮かべる。ここまでビクビクするとは思ってもみなかったのだろう。

 

「とりあえず先に謝っておこう。さっきは済まなかったな。正直、なんであいつが情報本部に入ってるのかわからないんだ。一部議員から強烈な推薦があったという噂くらいしかなくてな。」

 

「いえ、滅相もない。」

 

防衛大臣に謝られたのだから、宮原が慌てるのも無理はない。後の5人も内心動揺しているのだから。

 

「まあ、奴をクビにする口実をちまちま探すから安心しろ。それより、お前たちの秘書艦にロストサイン作戦のことを教えるのだろう?」

 

高原が言う。黒坂はそうだったと呟いた。

 

「じゃあ、私が教えるとしようか。」

 

高原は吹雪たちにロストサイン作戦のことを教えた。

 

ロストサイン作戦とは、同盟国アメリカとの交通路を奪還するための作戦の事であり、表面的には集団的自衛権の行使によるアメリカの支援、本当の目的はアメリカの持つ多大な資源、工業力、及び歩兵戦力にある。

 

日本は艦娘の開発により、深海棲艦を相手に有利に立ち回る事が可能になったものの、歩兵戦力の不足という問題が付きまとっていた。制海権を確保しても、陸地の確保を単独で行うのは不可能に近いのだ。その為、在日米軍や他国軍との共同作戦によりそれを補い、今日までやってきた。

 

他にも、東南アジアからの原油の輸入だけではいずれ需要に供給が追いつかなくなることが懸念されており、早急に中東の油田からの輸入ルートを確保することが必要なのだが、ペルシャ湾、ホルムズ海峡を奪還したところで油田に巣食う敵の掃討に戦力も歩兵の技術も足りない。その為、アメリカの支援が必要という結論が出た。

 

アメリカは日本に艦娘の技術提供を求めたが、日本政府は新たな戦争の火種を蒔く事になるとして拒否し、交渉は一時難航。結局、ロストサイン作戦を発動し、日本がアメリカ本土のシーレーン封鎖を打破することができたらアメリカは日本に対して本格的な支援を行うという事で話がついたのだ。

 

そして、アリューシャン列島を経由しつつ、アラスカ、カナダを経由してアメリカを目指す"オウルストライク作戦"

 

太平洋を堂々と突き抜ける"エンジェルアロー作戦"

 

東南アジア、南アメリカを経由、パナマ運河を奪還、そこから東海岸側の包囲網突破を目指す"ストレイキャッツ作戦"

 

この3つの作戦をまとめて"ロストサイン作戦"としている。

 

「よくアメリカがそれで納得しましたね……」

 

加賀が呟く。

 

「まあ、戦前ならあり得ない話だな。だが、アメリカもあまりワガママ言えない状況だったから、なんとか落ち着いたのだよ。」

 

「ワガママ言えない状況?」

 

江田の言葉に加賀は首をかしげた。

 

「まあ、アレだ。シーレーン封鎖、民間機は危険すぎて飛行中止、パナマ運河も奪われてアリューシャン列島にも奴らがたむろして北アメリカ大陸に閉じ込められた。そうなると、外資系企業が大打撃を受ける。それはわかるだろう?」

 

加賀は縦に頷いた。かつて日本でもシーレーン封鎖によって株価の大暴落が発生し、国内が混乱に陥ったのだ。アメリカでも同様の事が起きたと想像するのは難しくない。実際、世界恐慌の引き金になった暗黒の木曜日のような株価大暴落がウォール街で発生したのだ。

 

「それで失業者が溢れてホワイトハウスもお困りのようだ。だからせめて包囲網の打破だけでも、と思ったのだろうな。」

 

「でも、そんなに失業者が出たのなら徴兵するとか、日本がしたみたいに農業をするとかあるのではないですか?」

 

「お、嬢ちゃんも中々言うなあ。」

 

陸上幕僚長の猪倉が吹雪の言葉に関心したように笑ってみせる。

 

「だがな、徴兵なんてWWⅡなら数が物を言ったから有効だったが、近代戦はハイテク機器があっちこっちに溢れてる。だから数があってもそれを扱うだけの技術と頭がないとダメ。そして徴兵した兵士の養成にかかるコストや給料を払おうにも国は赤字で無駄飯食いを養う余裕はない。」

 

そこに、航空幕僚長の西名が補足した。

 

「それに、アメリカと日本じゃ農業形態も違う。日本は自給率が低かったから失業者が個人農家として参入する余地があったし、借金して土地買っても作物の価格が高騰してるから十分返済の目処もついた。だけどアメリカは大企業が広大な土地で機械を使って大量生産する上に食料自給率は100%近くで、個人農家の参入する余地はない。それに、これ以上作っても交通路がないのだから輸出するに出来ない。だからこれ以上農業従事者増やすわけにもいかない。これが違いなんだよ。」

 

「でも、本当にアテにしてるのかしら?」

 

霞がいう。それも無理はないだろう。

 

「アテにしてるさ。だから装備の供与とか積極的にするようになったんじゃないか。」

 

高原が言う。実際、トラック泊地で黒坂が乗った戦闘艇、CB90もアメリカからの供与品だった。他にも、MC-130コンバットタロン、各種銃火器類、時々軍事衛星も貸してくれているのだ。

 

「そういや、アレってどうやって運んでるんです?」

 

黒坂が訊く。シーレーンもなにも封鎖されているのにどうやって日本まで運んだのだろうか。

 

「B-1ランサー爆撃機に積んで、深海棲艦機が飛べない高度を飛んできたとか……コンバットタロンはそうやって部品運んできて日本で組み立てたとか……」

 

西名の返答に唖然としたが、アメリカならやりかねないだろう。これで輸出とか出来るんじゃないかと一瞬思ったが、燃費などのコスト対効果を考えると、もう既に却下されたのだろう。

 

「かーっ! なんでアメリカは墜とされないんだよ!」

 

西名は悔しがっていた。開戦初期、航空自衛隊は深海棲艦や航空機に立ち向かったが、保有する戦闘機の半分がやられてしまった。

 

原因は、小さい深海棲艦機をエアインテーク(空気取り入れ口)に吸い込んでしまったことによるエンジンの故障だ。現在はエアインテークに網を張ることで対処している。

 

されど、小さい目標はAAM(空対空ミサイル)で捕捉出来ず、かといって20mmバルカン砲を当てるのも至難の技。それによって、任務も敵の要塞や陣地への空爆に限られてしまい、パイロットは悔し涙で枕を濡らしたという。

 

「ともかく、ロストサイン作戦発動を急がないとマズイ状況になるのは目に見えている。そろそろアメリカがしびれを切らして、何かやらかしても不思議ではないな。」

 

藤堂が困ったような顔で言う。

 

「CIAに艦娘の情報探らせるとか、艦娘を誘拐させるとか、ですかね。」

 

黒坂は『そんなふざけた真似はさせねえ』と顔に出ていた。それを見た藤堂たちは頼もしい限りだとばかりに黒坂を見た。

 

「もっとまずいのは中露だ。公安も手を焼いてるそうだし……お前らも気をつけろよ。連中は何やらかすか分からないからな。」

 

「了解です、高原中将。」

 

ここまで話している間、吹雪はずっと黒坂の袖を掴んで離さないでいた。さっきからずっと重い話ばかりで気分転換したかったのか、藤堂は少しからかうことにした。

 

「ところで、黒坂少佐と彼女はとても仲がよろしいように見えるが、初対面はどんな感じだったんだ?」

 

「なんでそこに……キスカでですよ。」

 

「あれ、覚えてないのか? お前、それ以前に1度会ってるんだぞ?」

 

「え? いつです?」

 

高原は黒坂が覚えていないことに驚きつつ、教えることにした。

 

「お前の初陣。ダウンフォール作戦の時だ。宮原と久坂もその時いただろう?」

 

「ええ、宮原に久坂に時村……あの頃まだ艦娘はいなかったはずじゃ?」

 

「だから艦娘になる前……ああ、これはそのうち公開する情報だが、艦娘は兵器じゃない。兵員だ。」

 

「あ、やっぱり?」

 

宮原が言う。久坂と黒坂も薄々感づいてはいたのだ。

 

「建造するのは艤装だけ。誰も人の部分を建造するなんて言っていないからな。まあこれは置いておいて、黒坂、ダウンフォール作戦を思い出してみろ。確か、市街地への突入の辺りからだ。ついでに、前線で何があったか教えてくれ。」

 

「わかりました。」

 

黒坂は1つ1つ、日本がこの戦争に本格的に参戦するきっかけとなった沖縄撤退作戦、ダウンフォール作戦の事を話す事にした。




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