水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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前回は21時と間違って9時に予約投稿したけど、普段より多くのUA……次から朝に投稿するか、今まで通り21時あたりに投稿するか考え中……


第2章ロストサイン
第20話 秘密


宮原と久坂が艦隊を率いてそれぞれの鎮守府に帰り、黒坂は久しぶりに鎮守府で仕事をしていた。

 

執務室でパソコンに向かって書類を作成し、プリントアウトする。その近くで陽炎は黒坂が出したシュークリームを頬張っていた。

 

「んー! 美味しー♪」

 

「まだあるから食べていいよ。間宮さんから帰還祝いにもらったんだけど、食べきれないし生菓子だから消費期限も短いしさ。」

 

そんな時、執務室に由良と阿武隈がやって来た。

 

「どうしたの?」

 

「新しい装備が欲しいから、装備開発の申請に。」

 

由良はそう言って黒坂の机に書類を置く。黒坂は作業を中断し、書類をチェック。対潜装備の開発で、特に書類にも問題はなかったので許可のハンコを押し、由良に渡した。

 

「はい。あとは笹倉さんと工廠長に頼んで。阿武隈は?」

 

「あの……新しい砲が欲しくて……」

 

「砲? それなら、寄港してる明石と笹倉さんがなんか主砲の改造してたから頼んでみたらどうかな?多分、新しいのより強いのもらえるかも……」

 

「わかりました!」

 

2人が執務室を飛び出していったのを見送った黒坂はノートパソコンを閉じ、立ち上がる。

 

「僕も行こうかな。」

 

「あ、あたしも行く。笹倉さんに酸素魚雷の改修頼んでたし。」

 

「じゃ、先に行くよ。」

 

黒坂はその辺にあった金属製のハンガーを手に取ると、窓を開け、執務室と工廠の間に張られている謎のワイヤーにハンガーを引っ掛けた。

 

「何してるのよ? ……まさか!?」

 

そのまさかだった。黒坂はハンガーに掴まり、ワイヤーを滑っていった。

 

「……イカれてるのかしら、あの提督。」

 

陽炎は黒坂の正気を疑いつつ、廊下を通って工廠へ向かった。

 

ーーーーー

 

工廠は相変わらず金属のぶつかるような音に包まれている。奥では戦闘機の整備、手前では装備の開発をしている。既に由良は工廠長に装備を発注しており、これから作るようだ。

 

「調子は?」

 

「ああ提督か。まあ見てろって。開発資材は……これかな?」

 

開発資材と呼ばれる設計図。これは装備を開発するのにどうしても必要になるのだが……戦闘機のエンジンだったり、砲のだったり魚雷のだったり……作ってみないと何かわからないおかしな設計図なのだ。そのため、使用する資材の配分次第では装備開発に失敗してしまう。

 

「これがソナーの設計図だといいんだがな。」

 

「待て、慌てるな。これはきっと孔明の罠だ。」

 

「そんなものがあってたまるか。お前ら! 休憩は終わり! 仕事だ仕事!」

 

工廠長の声を聞いた妖精たちはそれぞれ持ち場に戻っていく。

 

「そういえば工廠長、建造完了した艦があると聞いたんだが。」

 

黒坂は少し前に艦娘の建造を依頼していたのだ。

 

「ああ、あのメカオタクの彼女なら、笹倉さんと

明石の魔改造工廠にいるぞ。」

 

「了解。ありがとう。」

 

黒坂はその魔改造工廠へと足を運ぶ。

 

建造とは、艦娘の艤装を製作することを言う。作るのは艤装だけで、その艤装に適合する者は各方面隊の教育隊から派遣されてくる。佐世保方面隊は近くの佐世保教育隊から派遣される場合がほとんどである。たまに他の鎮守府から人員だけが異動ということもある。その場合、艤装は新しい任地で受領することになっている。

 

「笹倉さん、いる?」

 

「なんだい?」

 

工廠の片隅、使われなくなった倉庫では笹倉が図面を引いていた。どうやら砲の図面らしい。どこを改造しようと言うのだろうか。

 

その隣に阿武隈と明石、見慣れない顔、恐らく、新しく着任した夕張がいた。

 

「新人がここにいるって聞いたから来たんだけど……」

 

「ああ! 挨拶に行くの忘れてた! えーと、軽巡洋艦、夕張です!」

 

夕張は慌てて敬礼する。黒坂はその姿を見てクスッと笑い、返礼した。

 

「佐世保鎮守府提督、黒坂零士少佐です。これからよろしくね、夕張。」

 

「はい!」

 

「で、君が明石だね?」

 

「はい! 工作艦、明石です! しばらくの間お世話になります!」

 

「とりあえず夕張、手続きがあるから執務室まで来てくれるかい? 作業がひと段落したらでいいけど。」

 

「ちょうど休憩に入るところだったんだ。行ってきな。」

 

笹倉はそう言うと飲み物を取りに席を外した。

 

「なら行こうか。明石もちょっと手続きがあるから来てくれ。」

 

2人と阿武隈は黒坂について行く。工廠は大きく、天井も高い。辺りからは旋盤などの工具の音がひっきりなしに聞こえてくる。

 

「そういえば由良はどうしてるかな……」

 

黒坂が辺りをキョロキョロ見回すと、前方に由良がいた。何やら吹雪、時雨、皐月、陽炎、山城、千歳、千代田まで集まっている。

 

「何してるの?」

 

黒坂は片耳を塞ぎながら大声で言う。雑音が大きすぎるのだ。

 

「はい、先ほど、P-3C哨戒機が投下したソノブイが潜水艦を探知したとのことです! それで、潜水艦はすぐ撤退したのですが、これを機に対潜装備を拡充すべきと思って、零士さんに相談に!」

 

吹雪が代表して言う。潜水艦とはまた厄介な相手だ。

 

「よし。執務室に戻ったら装備開発の許可を出す! 一旦戻ろう!」

 

黒坂は一旦辺りを見回す。すると、近くでアルミ板を丸ノコで切っている作業員……新人だろうか、丸ノコの固定が不完全で、今にも外れそうなのを見つけた。

 

「おい! 丸ノコ危ないぞ!」

 

「え?」

 

その作業員にはよく聞こえていなかったようだ。次の瞬間、丸ノコが外れ、山城目掛けて飛翔する。高速回転する丸ノコが直撃したら、タダでは済まない。山城は突然と出来事に体が動かず、ただ丸ノコを目で追うしか出来なかった……

 

みんなが山城の名前を呼ぶ。山城は不幸だと思いながら、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、山城は体が倒れていくのに気づき、瞼を開けた。全てがスローモーションのように見える。そこで見たのは、自分を突き飛ばした黒坂の手、そして、丸ノコ目掛けて振り上げられた黒坂の左足だった。

 

丸ノコは黒坂の左足の脛へ食い込み、激しい雑音を立ててその回転を止める。それを見た時雨、皐月、千歳、千代田、阿武隈、夕張、明石は青ざめ、陽炎は気絶してしまった。

 

「陽炎! 起きてよ! ねえ! ねえってばー! 司令官が死んじゃ……」

 

陽炎を揺すりながら叫ぶ皐月。ふと黒坂を見て気づいたのは……傷口から一滴も血液が出ていないことだった。

 

「何やってんだい!」

 

そこへ、笹倉がすっ飛んできて、新人に怒鳴りつけた。

 

「す、すみません!」

 

「零士さん!」

 

吹雪は黒坂に駆け寄って支える。黒坂は足に丸ノコを刺したまま平然と立っていた。

 

「やれやれ……無理はするものじゃないな……」

 

「当たり前です! もし義足じゃないところに当たってたらどうしてたんですか! 太ももの大動脈なんかに当たったりしたら……」

 

「え……義足……なのかい?」

 

時雨が言う。黒坂は右足で丸ノコの側面を踏んで、義足から引っこ抜きながら答えた。

 

「そうだ。僕の左足は義足なんだ。」

 

「でも、どうして……」

 

その時、黒坂の携帯に着信が入った。

 

「失礼。」

 

黒坂は工廠を出て廊下で電話に出る。宮原からのようだ。

 

『もしもし?』

 

『ああ黒坂……明日大本営で報告会だ。資料は作ってあるな?』

 

『作ってあるけど、何焦ってるんだお前?』

 

宮原の声を聞く限り、あまりいい知らせではないようだ。

 

『落ち着いて聞けよ? さっき入った連絡なんだが、トラック泊地が陥落したとのことだ。』

 

『はぁ? 馬鹿も休み休み言え。航空部隊の主力は始末したはずだろ?』

 

『俺だって疑ってるが、ソースが高原のおっさんだから陥落したのは確かだ……とりあえず、大本営で。久坂にはもう連絡してある。』

 

『わかった。またな。』

 

黒坂は電話を切ると、壁を思い切り殴りつけた。

 

「何やってんだあの馬鹿は!」

 

「どうしたのよ?」

 

黒坂を追いかけてきた陽炎が声をかけた。

 

「トラック泊地が陥ちた。」

 

「え!? なんで!?」

 

「わからない。明日大本営で会議だ。まったくこんな時に……悪いが吹雪と霧島に執務室に来るよう言ってくれ。」

 

「わかったわ……」

 

黒坂は溜息を一つつくと、駆け足で執務室へと向かった。

 

ーーーーー

 

執務室では吹雪と霧島が黒坂の前に立っていた。あたりの雰囲気は重々しい。

 

「明日、大本営で緊急の報告会が開かれることになった。吹雪と僕はしばらく行くから、霧島、鎮守府を頼む。」

 

「わかりました、司令。とはいえ、書類仕事はほとんど片付けてあるようですが。」

 

「ある分はね。もし、敵の侵攻が確認されたら編成と指揮を任せるよ。」

 

「お任せください。」

 

「吹雪、荷物をまとめておいて。僕も用意を済ませてくる。」

 

「はい!」

 

黒坂は自室に移動すると、大きな切れ込みの入ってしまったスラックスを脱ぎ捨て、義足を外す。そして、ロッカーから予備の義足とスラックスを取り出し、いそいそと着用する。外した義足はゴトリという音を立てて床に倒れた。あの時、足はどんな風に切れたんだったかな、とふと考えていた。

 

そんなことを考えても何にもならないと、黒坂は思考を切り替えて用意を整える。ふと、窓際の写真立てが目に入った。戦闘服Ⅲ型に身を包んだ陸戦隊の面々。その中に、ライフルを担いで不敵な笑みを浮かべる黒坂がいた。

 

「3偵の生き残りも、減っちまったなぁ……」

 

そう呟きながら写真立てを伏せ、黒坂は自室を出た。

 

少し感傷に浸りながら執務室に行くと、明石、夕張、笹倉がいた。

 

「どうしたの? 揃いも揃って……あ、そうだ、書類があったね……」

 

黒坂は机の引き出しから書類とペンを取り出し、夕張と明石に差し出した。

 

「で、笹倉さんは何か用事で?」

 

「まあ……さっきの丸ノコの話。」

 

「ああ、原因は?」

 

「老朽化。あと新人の安全点検の不備。すまなかったね。」

 

笹倉は整備班主任として頭を下げた。黒坂は少し困ったような表情を浮かべた。

 

「まあ、仕方ないな……老朽化なら、新しい設備が必要だな……笹倉さん、必要な設備と、それに関する予算をまとめてきて。あと、新人には罰として安全点検の手順を100回書いて笹倉さん宛に提出で。僕が見たってわからないし。」

 

「いいのかい?」

 

「老朽化した工具は危ないと身を以て知ったので。それに、笹倉さんに新品持たせたら今よりすごいことになりそうなので、その期待も込めて。」

 

すると、笹倉は嬉々としてその辺の棚からカタログを取り出し、必要な設備のチェックを始めた。まるで、新しい玩具を選ぶ子供のようだ。

 

「提督……その……」

 

「どうした?」

 

夕張が何か言いたそうにしている。

 

「本当に……義足なんですよね?」

 

「まあね……」

 

すると、明石と夕張が目を見合わせて数秒。目を輝かせながら黒坂に詰め寄る。

 

「なら! 協力してもらってもいいですか!?」

 

「協力って……何を?」

 

それについては明石が説明する。

 

「今、筋電で動く義手義足の実験をしているのですが、被験者がいなくて困ってたんです!」

 

「筋電って……今開発中のはず……まさかそれを先取りしようって? 誰が作るのさ?」

 

「アタシだよ。」

 

「笹倉さんが?」

 

「そう。3人で共同さ。試作第1号を作ってるところだ。」

 

「やれやれ、3人寄ればなんとやら……」

 

黒坂は苦笑いを浮かべつつも、3人が完成させた義足をはめることをちょっと楽しみに思った。

 

ーーーーー

 

翌日。黒坂と吹雪は市ヶ谷、防衛省へと来ていた。

 

大本営、正式名称"擬態性敵性種対策総司令部"。深海棲艦及び陸上棲兵の侵攻に対抗するために防衛省内に設立された。

 

防衛省内は職員が慌ただしく動いていた。相当立て込んでいるらしい。

 

「緊張しますね……」

 

「まあね。お上品にしていれば問題ないさ。」

 

「昔の零士さんを知ってると、そのセリフに違和感しか感じません。」

 

「おいおい……そりゃないよ……」

 

黒坂は緊張する吹雪を落ち着かせようとする。別段、黒坂がそんな配慮をせずとも緊張感をぶち壊す人物がすぐ現れたのだが。

 

「いよーすエリート死がっ!」

 

久坂の顔面を黒坂の投げたローファーが強襲した。義足は靴下を履かせてあるので周りの職員に気づかれることはないだろう。

 

「その二つ名をここで使うな馬鹿野郎。」

 

黒坂は片足けんけんでローファーを回収する。鼻先を撫でる久坂を、加賀はやれやれと思いながら見ていた。

 

「お久しぶりです、黒坂少佐。うちの提督がご迷惑をおかけしました。」

 

「構わないさ。久坂がデリカシーの破片もない人物だって知ってるし。」

 

「デリカシーのチリもないの方が正しいのでは?」

 

「お前ら俺に辛辣だなゴルァ!」

 

それに対して黒坂、加賀、そして吹雪は口を揃えて言った。

 

「普段からの行いが悪いからだろう。」

 

敗北を悟り、うつむく久坂を加賀が引きずり、4人はエレベーターに乗り込んで会議室を目指した。




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