水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

21 / 52
第1章はこれで終わりとなります。長かったような短かったような……


第19話 帰投

あきつ丸は給油のため、佐世保鎮守府に投錨している。黒坂はしばらくぶりに日本の空気を感じていた。もう春だ。

 

あきつ丸へ人間の作業員が給油作業を行う。彼らにはしばらくぶりの仕事だ。

 

「あー、やっと陸地だ……」

 

宮原が艦を降りるなりコンクリートの地面に倒れる。久坂がそれに蹴つまずいて派手にすっ転んだ。黒坂はそれを見て見ぬ振りすることにした。

 

艦娘たちが艤装を持って工廠へ向かうのを見送りつつ、黒坂は執務室に向かった。あれこれ事務処理が残っているのだ。提督の仕事も楽じゃない。重い体を無理矢理動かし、階段を上っていく。窓の外に見える町並みを見て、自分がいない間も無事だったことを少し安心する。

 

執務室のドアを開け、席に着く。この高価な椅子よりも、輸送機に備え付けられているトルーパーシートの方が自分には似合ってるな、何てことを思う。

 

両肩の階級章がどうしても重く感じてしまう。誰かの命を預かる役目は、やはり荷が重い。

 

正直言って、自分はなるとしても分隊長クラスでいいと思っていた。その方が、背負う命の数も少なくて済む。だが、物事は思い通りにはいかないものだ。結局、出世して大勢の命を背負わなければならなくなった。

 

こういう身分になったからには、職務を全うするだけ。黒坂はそう決めていた。

 

そこへ、ノックもなしに久坂と宮原が突入して来た。黒坂は咄嗟に手元にあった消しゴムを投げつける。その消しゴムは久坂の額へ命中した。

 

「痛えなコラ!」

 

「ノックしろボケ!」

 

「落ち着けお前ら。」

 

宮原が仲裁し、とりあえず黒坂は話を聞く事にした。

 

「んで、何の用だ?」

 

「ああ、後で大本営で報告会あるから書類まとめておけって言いに来た。あと、そろそろ"ロストサイン作戦"を実行に移すかもしれないって高原のおやっさんが言ってたぜ。」

 

黒坂は"ロストサイン作戦"と聞くや否や、その話に食いついた。

 

「とうとう防衛大臣からゴーサイン出たのか?」

 

「ネガティブ。まだゴーサインは出ていない。まあ、トラックの戦況と、会議次第だな。足元固めるか進むべきか。」

 

「足元固めって言ってもよ、どうせジリ貧だろ?」

 

久坂が意見を述べる。

 

「まあな。ホワイトハウスからも"ロストサイン作戦"の発令はまだかと再三の問い合わせが来てるし、相当の事がなければ次の会議でゴーサイン来るだろうから、用意はしておこうぜ。特に久坂、ゴーサイン来たら横鎮は肝と言える"エンジェルアロー"担当予定なんだからな?」

 

「けっ。お前のとこの"オウルストライク"か死神のとこの"ストレイキャッツ"と代わってくれよー。」

 

「まだ決まってないから本当にそうかはわからないけどな。」

 

「落ち着けお前ら。どこ担当だろうとどうせやる事は同じだろ?」

 

黒坂が言う。

 

「それはそうだな。ところでドアの前の奴。出てこい。さもなくばスパイ容疑で即刻射殺する。」

 

宮原がドアに拳銃を向ける。それに倣って黒坂と久坂も拳銃を構えてドアに向けた。あの程度なら貫通して反対側にいる相手にも命中するだろう。

 

すると、ゆっくりドアが開き、加賀、青葉、霞、そして吹雪が手を上げながら入ってきた。それを見た3人は銃口を下ろす。しかし、それでも放たれる威圧に加賀、青葉、霞、吹雪は気圧されていた。

 

「何をしていた?」

 

黒坂がいつもより低い声で詰問する。いつも微笑を浮かべている黒坂に睨み付けられ、4人は無意識のうちに片足を半歩下げていた。

 

「い、いや〜、そのですね、加賀さんが提督3人揃って何してるか気になると……」

 

「青葉、最初に聞き耳立てようと言ったのは貴女でしょう?」

 

「そ、それは……」

 

このやり取りを聞いた黒坂の表情は、無表情と睨みの間から完全に睨みに変わっていた。吹雪は黒坂が完全に怒っていると感じ取った。それは、隣の久坂と宮原も同じだ。

 

「人にかずけてっさんなこのでれすけが! 何してたか分かってんのか!?」

 

聞き耳を立てていた、なんてスパイ容疑掛けられても文句は言えないだろう。この3人は情報の大切さを身をもって知っているため、たとえ身内でも甘く見る気は無かった。

 

「あ、あの零士さ……黒坂少佐……」

 

「なんだ吹雪?」

 

「あ、あの……すみません! 聞いたことない単語が聞こえてきたので、気になって聞き耳立てました!」

 

吹雪は半泣きになりながら頭を下げる。加賀と霞と青葉もそれに倣って一言述べてから頭を下げた。

 

この時、吹雪は何かしらの処分を覚悟していた。いくら付き合いが長いとはいえ、黒坂が甘く処分を下すようなことはしないだろうと思っていた。

 

黒坂、久坂、宮原は1度顔を見合わせると、それぞれ溜め息を吐きながらまだ手に持っていた拳銃をホルスターに収めた。

 

「どうするよ黒坊主? ここはオメーの鎮守府だ。お前が判断しろ。俺が処分しろというなら俺がやるが。」

 

久坂が言う。

 

「そうだな……吹雪、何をどれだけ聞いたか包み隠さず言え。」

 

「はい……私たちが聞いたのは久坂少佐がジリ貧がどうと言っているところからでした。あとは、意味はわかりませんが、"エンジェルアロー"、"オウルストライク"、あと……もう一つ……」

 

「"ストレイキャッツ"か?」

 

「はい……」

 

黒坂は椅子に深くもたれかかって天を仰ぐ。

 

「やれやれ……宮原中佐殿、厳重注意と始末書で手打ち。それでよござんす?」

 

「いいんじゃね? 内容までは知らねーみたいだし。久坂は?」

 

「俺もそれでよし。あとプラスアルファで、青葉に1カ月新聞発行禁止で。」

 

加賀、青葉、霞、吹雪は驚いたような表情を浮かべた。かなり軽い罰で決まったからだ。

 

「決まり、だな。なあ宮原、その3つの単語が何を意味するか教えるかどうか、判断してくれ。」

 

「その程度ならな。だがよ、もし口外したら、その時は軍法会議を覚悟しろ。特に青葉。黙ってる自信が無いならさっさと退室して始末書書け。」

 

宮原がそう言う。4人の艦娘はその場を動かなかったので、宮原は同意と判断した。

 

「お前らが聞いた"エンジェルアロー""ストレイキャッツ""オウルストライク"は仮想作戦の名称だ。実行に移されればその内容を伝達するだろう。だから聞き耳立てられても、あそこまでビビらす必要無かったんだけどな。」

 

宮原が最後の方を笑いながら言う。黒坂と久坂もそれにつられて笑っていた。

 

「なら、なんで拳銃まで向けてきたのよ!」

 

霞がそう怒鳴ると、3人はすぐに真顔に戻り、声もまた低くなった。

 

「聞き耳立ててるのにはいそうですか、で済むわけ無いだろ。撃たなかっただけまだいいと思え。話の内容によっては警告なしで射殺してたぞ。」

 

「……その通りね。口答えして悪かったわ。」

 

「なんだ、今日は嫌に素直だな。」

 

宮原はケラケラと笑ってみせる。

 

「うるさいわね!」

 

その後、黒坂は今日中に始末書を書くよう命じ、4人を退室させた。

 

「どうする?」

 

「晩飯には呼んでやろうぜ。」

 

「宮公に賛成。」

 

「決定だな。今日は俺も作るから、下ごしらえ手伝え。」

 

すると、久坂と宮原が目を輝かせた。

 

「お! 黒坊主の手料理キタ!」

 

「下ごしらえは任せろ飯炊き班長!」

 

「誰が飯炊き班長だ!」

 

黒坂たちは陸戦隊の時のようなひと時の軽口の応酬を楽しんでから厨房へと向かった。

 

ーーーーー

 

コンコン、と吹雪の部屋の扉がノックされる。この部屋には吹雪の他に陽炎と皐月も寝泊まりしているが、今はいない。

 

吹雪はノックの音に気づくと、書きかけの始末書から扉へ目線を移動させる。

 

「はい?」

 

「僕だ。黒坂だ。開けてもいいか?」

 

「どうぞ。」

 

黒坂は許可を得るとさっさと入室した。

 

「何の用事ですか?」

 

「飯の時間だから呼びに来た。」

 

「え? いいんですか?」

 

「僕は始末書と厳重注意とは言ったが、飯抜きとは言ってないぞ。ほら、行こう。」

 

黒坂は吹雪に手を差し伸べる。吹雪はその手を握って笑みを浮かべた。

 

「はい! 零士さん!」

 

ここで吹雪は黒坂の手を握ったことに気づき、顔を赤らめる。咄嗟に離そうとしたが、黒坂がしっかり握り、離さない。

 

「さ、行こう。」

 

「え、ちょ!? 零士さん!?」

 

黒坂は聞こえないふりをして笑いながら、吹雪と小走りで食堂へと向かった。

 

2人が食堂へ入ると、他の面々は既に集まっていた。佐世保鎮守府所属の艦娘に、大湊、横須賀から寄港した面々。そして宮原と久坂。賑やかな食堂に、黒坂は懐かしさを覚えていた。

 

『こら2偵! 3偵(俺たち)の分のトンカツ取っていくんじゃねえ!』

 

『お前らも俺たちのカレーかっぱらってただろ!』

 

『嘘こけ! 表にでやがれ!』

 

『上等じゃボケ!』

 

ふと脳裏に浮かぶ陸戦隊の食事風景。まさに戦争とも言える晩飯だったが、なんだか楽しくて仕方なかった。

 

黒坂はそそくさと席に着き、食事を始める。食事が戦争になるのは、どうやら陸戦隊だけではなかったようだ。

 

「赤城さん、取りすぎでは?」

 

「いいんですよ。このくらいまだまだ……」

 

赤城を諌める加賀も、皿にかなり盛っているが。

 

「皐月! それあたしの唐揚げ!」

 

「早い者勝ちだよ〜♪ って曙! ボクの取った唐揚げだよ! 横取りしないで!」

 

「早い者勝ちなんでしょ? って、横取りするなこのクソ提督!」

 

「だから早い者勝ちだろ?」

 

黒坂はしれっと曙の取り皿から唐揚げを幾つかかっぱらっていた。

 

「ほら! 肉ばかりじゃなくて野菜も食べなさい!」

 

「わかってるって……お前はかーちゃんかよ?」

 

霞にかーちゃんと言った宮原は肩にグーパンを食らって悶絶する羽目になった。地味に痛いようだ。

 

「美味しいでち……戦闘糧食じゃない、熱々のチキンドリアでち……」

 

「うちの提督さんにも、これくらいの料理出来るようになって欲しいのね。」

 

「やる機会がないだけで、俺もできますよーだ!」

 

伊19(イク)伊58(ゴーヤ)の文句に対して、宮原は霞のグーパンに耐えながら反論する。ただし、黒坂と久坂は宮原が過去にカレーに入れる塩を砂糖と間違ってカオスな事になったのを今も忘れてはいない。第3偵察小隊だった黒坂は直接の被害を受けていないものの、宮原と同じ第2偵察小隊だった久坂はモロ被害を受けたのだ。あれから腕は向上したのだろうか……

 

「はぁ……今回も出番なし……食べ物もなし……不幸だわ……」

 

山城は狙っていたサイコロステーキを取り逃がしたようで、ドス黒いオーラを纏いながら不幸だわとつぶやいている。

 

「ほら、僕のやるから元気だしなって……」

 

黒坂は自分の皿のサイコロステーキを一個箸で摘み、山城に差し出す。

 

「い、いただきます。」

 

黒坂は山城の取り皿に置く気でいたのだが、それより早く山城が箸のサイコロステーキに食らいついた。

 

やれやれ、と黒坂は笑いつつ、今度はサイコロステーキを自分の口に運ぶ。

 

「提督さん……それ、間接キス……」

 

それを見ていた由良が恐る恐るといった風に言う。

 

「え? ああ、別に気にしない。」

 

黒坂は多少無頓着というか大雑把な部分もある。

 

「……零士さん!」

 

黒坂が振り向くと、そこには口を開けた吹雪がいた。数秒ほど考えた末に、吹雪の口にもサイコロステーキを放り込んでやる事にした。なんだか雛鳥に餌をやってるような気分だ。

 

「うー……テートクー……ワタシにもー……」

 

「はいはい……」

 

山城、吹雪、金剛と、順番に餌付けする黒坂を真似て、宮原は霞にあーんしてみようとしたが、何してるのよクズと言われ、その場にダウンしてしまった。

 

久坂は酔ったフリして加賀の膝に寝転んでみたところ、テーブルの下になってよく見えないが、どうやら渾身のアイアンクローをお見舞いされたようだ。声にならない悲鳴が聞こえてくる。

 

「ところで提督、少しお聞きしたいことがあるのですが。」

 

「ならまず手を放してくれって!」

 

加賀はアイアンクローから久坂を解放すると、改めて質問した。

 

「先程の執務室のことなのですが、黒坂少佐は途中でなんと言っていたのですか? 方言がよくわからなかったもので。」

 

「あー、あれな。"人のせいにしてんじゃねえこの馬鹿者が"って言ったんだよ。おい宮公、黒坊主の方言ってどこのだ?」

 

ああん? といいながら宮原は久坂の方を向いた。

 

「東北の方のだ。あいつ、普段は標準語喋るんだが時々方言出るぜ。どうやら、祖父母の影響らしい。」

 

「意外ですね。」

 

「そうか? まあ、一部方言と知らずに使ってる節があるからな。まあ、頻度は少ないから大丈夫だ。少なくとも、龍驤よりはな。」

 

質問の終わった加賀は久坂へのアイアンクローを再開した。

 

「零士さん?」

 

吹雪は徳利とお猪口をもって席を外した黒坂を見逃さなかった。どうやら他のみんなは気づいていないらしい。黒坂が酒に弱いのは知っているが、酔いを醒ますのだとしたらなぜ日本酒の入った徳利を持っていくのか? 疑問に感じた吹雪は後をつけてみることにした。

 

鎮守府敷地の端っこの方、誰も普段立ち入らない小さな丘がある。そこに、小さな墓石が置いてある。小さ過ぎて墓碑銘は読めないが、一つだけ、わかることがある。これが、パイロットや艦娘の艤装に搭乗している装備妖精たちの墓であるということだ。

 

既に戦死者の名前は刻み込まれていた。黒坂はそこにお猪口を置くと、徳利の酒を注ぎ、小さく折った線香を突き立て、摘んできた小さな花を供えた。そして、一歩下がって敬礼した。艦娘の死を悼む提督はいても、妖精まで悼む者はほとんどいないだろう。きっと、黒坂は妖精と陸戦隊の時の自分を重ね合わせていたのだろう。決して格好良く表舞台に立つことはなく、裏舞台で格好悪く、されど必死に戦って散っていく。

 

墓とはいえ、ほとんどが水葬のため、遺骨は入っていないし、遺品も無く、墓に名前だけ残っている者もいる。黒坂が着任するよりも前、この鎮守府で、最初の戦死者が出た時から、提督も、艦娘も知らないこの小さな墓標が建ち、人知れず妖精たちが護り続けてきた。この世界で生きた、小さな証を。

 

黒坂の目には涙が滲み始めていた。どうしても犠牲は無くせない。報告書の最後に書かれた妖精の戦死者数くらいしか彼らの存在を記すものはない。本当のMVPである彼らは、自分を恨んだのだろうか。それとも、望んだ死に方だったのだろうか。そして、なぜ自分はそれを知っていながらも安全な所にいるだけなのか。

 

「やるせねえものだな……指揮官というものはよ……俺はただの猟犬でいられたならよかった。主人の命令によって獲物を狩る、それだけの存在でよかったのによ……」

 

「零士さんは猟犬なんかじゃありません。猟犬なんかで終わるような人じゃありません。」

 

黒坂は振り向いた。そこには、吹雪の姿があった。後をつけられたか、黒坂は困ったように後頭部を掻きむしった。

 

「もう前線には出れないのかもしれませんが……それでも、零士は立派な兵士です。だから……生きて、この国と、鎮守府と、私たちを守ってください!」

 

黒坂は天を仰ぎ、溜め息を一つついた。

 

「それが僕の役目ならば、果たさせてもらうよ。」

 

吹雪には沈みゆく夕日を背にした黒坂の後ろに、もう一人、死神と呼び恐れられた兵士が立っているのが見えた。




次回から第2章"ロストサイン"に突入します。

本作では"現代で深海棲艦による侵略が発生した"という想定の元でストーリィを作っておりますので、ゲーム中にない海域が登場したり、戦史とは違うという部分があります、ご了承ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。