と落ち込みながら言いやがったのでもれなくグーパンを食らわせてやりましたとも。
1-1でうーちゃん出すとかどれだけ運いいんだあやつめ……
戦艦棲姫を撃破し、喜びに浸る暇もなく、敵の本隊が現れた。
輪形陣中央に陣取る軽巡棲姫、それを囲むのは空母ヲ級flagship改が2、戦艦タ級flagshipが1、駆逐ロ級が2だ。
『長門、聞こえるか?』
久坂からの通信が入り、長門は答える。
『聞こえている。目の前の奴らを蹴散らすのだろう?』
長門は艦隊を見回した。中大破している者がチラホラいる。これ以上攻撃を受ければ、装甲が持たずに轟沈する危険もあるが、提督の指示なら仕方がない……長門は自分にそう言い聞かせた。
『逆だ。退却しろ。奴らとぶつかるのは無理だ。後続に任せる。』
『何を言っているんだ! 仕留めるチャンスだろう!』
『周りを見ろ! そいつらのためにどれだけ犠牲にする? 退け。命令だ!』
『……命令とあらば仕方ない。撤退する。』
長門は無線を切ると、撤退の指示を出す。しかし、敵は簡単に見逃してくれるはずもなく、長門たちを追撃する。大破して速度が落ちている艦に合わせると、どうしても撤退の速度が遅くなってしまう。
「もういい! 私を置いて行きなさい!」
金剛に曳航されている霞が叫んだ。
「ふざけるな! そんなことできるわけがないだろう!」
「共倒れになるよりはマシよ! 離しなさい!」
「No! 離しませんヨ!」
『ダダこねるのはお菓子買って欲しい時だけにしろガキが。』
久坂の声が無線から聞こえてくる。ムッとした霞は言い返した。
『煩いわねこのクズ!』
『クズはどっちだ。お前は宮原から借りた人員なんだ。借りたものは返すのが筋だろーがよ。あと……』
久坂が言葉を切る。それと同時に長門たちを追いかけてきた敵航空機が弾け飛び、空冷エンジンの爆音が耳に響いた。
『諦めるのはまだ早い。』
制空迷彩に翼のエンブレム、鶴保機だ。
『遅れて申し訳ありません。佐世保所属第67飛行隊、現時刻を持って第45水上戦闘団の直掩にあたります。』
『こちら旗艦長門。援護感謝する。』
『礼には及びません。隠し球はまだありますから。』
空を覆っていた雲が途切れ、双発の大型爆撃機が長門たちの目に移る。一式陸上攻撃機の大編隊だ。そして、見慣れない爆撃機も随伴している。
『あの爆撃機は?』
長門は空を見上げながら言う。
『百式重爆撃機"呑龍"。完成したばかりの機体で、性能テストのついでに来たのでしょう。』
すぐに鶴保から返答がきた。
爆撃機から切り離された800kg爆弾がヒュウっという風切り音を響かせながら敵艦隊へと落ちていく。そして、敵艦隊の周りに派手に水柱を上げていく。何発かは直撃したかもしれない。
『絨毯爆撃……援軍ですか?』
不知火が言う。確かに、ここに来た時にはそんなものはいなかった。
『ええ。交代要員とともに来ました。さあ、ここは彼らに任せて退きましょう。』
ーーーーー
長門たちはトラック泊地に帰還後、すぐに手当てを受けた。本当はドックと呼ばれる風呂に浸かる(なぜか傷が治る)のがいいのだが、そろそろ交代の指揮官が来るため、長々とドックを使っているわけにもいかないのだ。
長門は司令部で久坂に報告する。今回の戦果についてだ。
「提督、なぜあそこで撤退の指示を? 犠牲を出したとしても、それに有り余る栄光を掴めたのではないか?」
久坂は横須賀鎮守府の前の指揮官の話を高原から聞いていた。それによると、被害と戦果を損得勘定で見る奴だったとのことだ。きっと、長門はそいつの影響を受けたのだろうと考えた。
確かに、その場ではこっちの判定勝ちだが、長期的に見ればそうでもないのだ。
「なあ長門、こんな時に感情論出したって誰も納得しないのはわかってる。だからあえて論理的に言わせてもらうぜ? 非情だろうがな。」
久坂はホワイトボードに青いマグネットを一つくっ付ける。
「艦娘の養成課程で習っているはずだ。深海棲艦が最初に船を沈めた……開戦日といわれる日はいつだ?」
「確か……2011年12月8日だ。攻撃が激化し、本格的な戦争になったのはそれからさらに半年後のダウンフォール作戦以降だが。」
「それからどれくらいの月日が経ったよ?」
「激化してから大体3年半から4年といったところか?」
「そうだな……それで、戦局は膠着状態……なぜだ? 毎日のように全国合わせて100近い艦娘が出撃し、戦果を挙げているのになぜ深海棲艦は減らない?」
「それは……」
久坂は青いマグネットの隣に赤いマグネットを貼る。
「戦力差が同等なわけもない……撃沈数からしてこっちの2倍でもない……なら何倍だ? 連中はこっちよりどれだけ多くの戦力を持っている?」
「……未知数だ。」
「ご名答。なら、連中が一隻失うのと、こっちが一隻失うのとでは被害の割合が違う。これが撤退の理由だ。ここで貴重な戦力失うわけにはいかねーよ。」
長門は反論できなかった。理にかなっている。第一、深海棲艦との戦力差が圧倒的というのは、長門が常々思っていることだった。
「まあ、こっからは俺の持論だがよ……犠牲前提の作戦立案なんて指揮官の怠慢だろ。確かに、俺は書類仕事は苦手でしょっちゅうトンズラすっけど……他人の命までお粗末に扱う気はねーよ。」
「提督……」
長門には久坂が別人に見えた。いつものおさぼり提督ではない。真剣にこの戦争と向き合っていた。
「ベットしていいのは自分の命だけ、他人の物を賭けるな。黒坂のヤローがしょっちゅう吐いてたセリフだ。最初はどこのラノベ主人公ですかーって思ったぜ。まあ、その言葉の本当の意味を知るまでは、だけどな。」
「本当の意味?」
「最初はよ、なんでも自分一人でやりますよー的な英雄気取りかと思ってた。だけど本当は、自分が預かる命を可能な限り守りつつ、作戦を遂行する、だ。アイツの戦場での動き見てやっと知ったよ。無謀な事なんて絶対しないで、限界まで犠牲を出さずに済む方法を模索してよ……」
久坂は懐かしそうに窓の外の海を見つめる。瞳は海を見ているようで、見ていない。その目が見るのはこの海の先にある最果ての島なのだろう。
「……荷物をまとめておけ。そろそろ引き上げの時間だ。」
水平線の向こうに、強襲揚陸艦"あきつ丸"が見えた。交代要員を乗せているのだろう。長門は話を切り上げると、荷物をまとめるために部屋に向かった。
ーーーーー
「ありえねえ。あんなムカつくクソ野郎が俺らと同じ地獄の幹部候補生養成課程終えてるとか考えたくもねえ……」
宮原は桟橋で黒坂たちへブツブツ文句を垂れ流していた。先ほど、交代の指揮官に引き継ぎをしたのだが、ウザいくらいにエリート意識に凝り固まった野郎で、初っ端から3人を見下す態度を取っていたのだ。久坂と黒坂はともかく、宮原とは同階級であるというのに。
「右に同じだクソッタレ。16km遠泳をあんなピザ野郎が超えたとか思えねえ。」
戦時特例で大出世した久坂ももちろん幹部候補生養成課程にぶち込まれており、地獄を見た当事者として感想を述べる。
「あんなピザ野郎より……艦娘たちの目に生気がないほうが俺には気になるぞ。」
黒坂が言う。交代でやってきた艦娘にはやる気がないというか覇気がないというか……体調不良を疑いそうな雰囲気だったのだ。
「つまりは、ロクデナシなんだろう。あの艦娘たちも貧乏くじ引いたな。久坂以上の。」
「おいそれどういう事だ宮公。」
「そのまんまだアホタレ。書類を秘書艦にやらせてるのバレてるからな? 手書きだし。」
「黒坂はどーなんだよ?」
「あいつ秘書艦つけてねーし、ノートパソコンで打ち込みやってるから筆跡わからねーし。」
「俺もパソコン覚えよーかな……あれ、黒坂は?」
「え?」
黒坂が忽然と姿を消していた。だが、吹雪が狼狽えていないので、トイレにでも行ったのだろう。本当に失踪したなら吹雪が慌ててる。
吹雪は黒坂の事を尊敬する上官とは言っているが、宮原、久坂、おまけに高原中将もそれだけとは思っていない。ちなみに、黒坂は薄々気づいてるようだが、勘違いだったら恥ずかしいと、気づいてないふりをしている。(高原の強権発動によって白状させられた)
ーーーーー
砂浜に、髪をツインテールに結んだ艦娘が一人しゃがみこんでいる。ぼんやりと、海の向こうを眺め続けている。
「隣、いいかい?」
黒坂は彼女に声をかける。いつもの制服ではなく、戦闘服だった事もあり、艦娘は黒坂の事を護衛の兵士程度にしか思わなかったようだ。(襟の階級章に注意を向けるほどの精神的余裕もなかったようである)
「好きにすれば?」
「それならお邪魔するよ。」
黒坂はその隣にしゃがむ。
「……何しに来たのよ?」
「海を眺めに来た。それだけさ。」
「……名前は?」
「黒坂。」
「そう……私は瑞鶴。」
しばし沈黙が続く。どちらも何も話さない。
「ここで何をしてるの?」
黒坂が沈黙を破る。
「待ってるの……」
「誰を?」
「翔鶴姉。いつか……戻ってくる。そんな気がして……」
「そっか……」
彼女の姉はどこかで沈んだのだろう。瑞鶴のいないところで沈んだのだろう。だから、現実を受け入れられなくてこうしている、黒坂はそう結論付けた。とはいえ、事実はどうか知らないし、仮に予想が本当だったとしても、自分は精神科医でもないし、どうしようもない。
黒坂は瑞鶴の頭を撫でていた。なんだか妹のように思えた。
「いつか、会えるといいね。」
「……ええ。」
「おーい黒坊! 迎えが来ちまったぞ!」
遠くから宮原の声が聞こえてくる。少しはゆっくりさせやがれとつぶやきながらも黒坂は立ち上がる。
「じゃ、縁があったらまたどこかで。」
「ええ……またいつか。」
ーーーーー
強襲揚陸艦"あきつ丸"。旧海上自衛隊に陸戦隊が創設されると同時に配備されることになった艦である。
黒坂、宮原、久坂は"艦長"の元へ向かっていた。艦橋に入ると、艦長である彼女は笑顔で出迎えた。
「ようこそあきつ丸へ。お久しぶりです、将校殿。」
敬礼する少女。名はあきつ丸。あきつ丸は特殊な艦娘である。彼女は艤装を装備して他の艦娘同様に出撃することも可能だが、その役目上、強襲揚陸艦の艦長として働くことが多い。彼女の名も"あきつ丸"というコードネームで、本名は誰も知らない。また、艦の名前とごちゃ混ぜになるので、みんな彼女のことは丸を抜いて"あきつ"と呼ぶ。
そして、陸戦隊時代の黒坂たちをよく知る人物でもある。なんせ、各地の戦場へ彼らを送った張本人なのだから。
「おう。久しぶり。」
宮原が片手を上げて挨拶する。昔の友達にでも会ったような感覚だ。
「なんか、あきつはこうして艦長席にいる方がしっくりくるな。」
黒坂が言う。一度だけ、あきつ丸が艤装を装備しているところを見たのだが、なんだか違和感を感じたのだ。
「確かに……自分もこの席がしっくりくるのであります。」
その時、クルーが叫んだ。
「艦長! 敵の戦爆連合が泊地へ接近中との報が在日米軍のグローバルホーク偵察機より入りました! トラック泊地に到着した部隊のうち、海軍機は機体の整備に手間取り、出撃できません!陸軍の三式戦闘機、二式複座戦闘機が迎撃に上がります!」
「グローバルホークよりさらに入電! 敵戦爆連合、泊地到達まで1時間!」
「すぐに泊地へ警告を!」
あきつが指示を出す。そんな中、黒坂はインカムで艦を護衛している飛龍に連絡する。
『飛龍、戦闘機出せる?』
『どの部隊?』
『クーガとメテオラ。』
『メテオラはすぐ行けるけど、クーガは給油にちょっとかかるかな……』
『ちょい待ち。』
黒坂は一度無線を切ってあきつ丸に声をかける。
「あきつ、うちの航空隊を出す。」
「クーガ隊とメテオラ隊でありますか?」
「もちろん。」
「ありがたい! ぜひお願いします!」
『飛龍、すぐに戦闘機を出して。陸軍機との合流地点は発艦後に通達する。』
『了解! 発艦作業に入ります!』
艦内がにわかに慌ただしくなる。黒坂は航空隊が敵を迎撃してくれることを祈るしかなかった。
本作ではあきつ丸のみメンタルモデル方式を採用しています。他の艦娘と同じ戦い方も可能ですが、任務の関係でメンタルモデルとして登場する方が圧倒的に多いと思います。
あらすじを変えました。"ロストサイン作戦"は2章以降に登場します。
次回、エースの空。お楽しみに!