黒坂は浜から少し離れた林の中にある木の上でスコープを最大倍率にして敵の様子を探っている。久坂と宮原は浜で琥珀色の月を背にして仁王立ちになって敵を待ち構えていた。
『陽の光を跳ね返す
蒼い
小さな英雄たちは
命運を背負い』
無線機から聞こえてくる宮原の歌声。懐かしいな。陸戦隊時代、敵が来るのを待つ間に即興で歌詞作って繋げ合うとかいう遊びをしてたっけ。
『白銀の星が照らす
地上に踊る僕
誰も知らない舞踏会
最果ての島に』
俺はあらかじめ考えておいた歌詞を繋げる。メロディに合うかどうかわからなかったけど、ちょうど合った。
『吹雪の中に散りゆく者の
体は滅び朽ちゆくも
生きる友へ託した想い
消えることはない』
久坂がサビを歌う。中々やるな。次は宮原か。
『指の間を零れ落ちてく
命を掬うすべはなく
散りゆく桜の花びらは
我が友のようで』
と、宮原が締めたところでスコープに敵影、輸送ワ級が映る。この遊びはまた今度だ。
『聞こえるか? 沖に輸送ワ級だ。3隻いるぞ。護衛はなし。』
『そうこなくっちゃな。死神に悪魔、そして鬼が揃ってるのを知らないんだろ。』
久坂の笑い混じりの声。俺の二つ名『地を這う死神』、宮原の二つ名『悪魔の化身』、そして、自身の二つ名『白兵の鬼』のことを言っているのだろう。
『諸君。夜が来た。無敵の敗残兵諸君。戦争の夜へおかえりなさい。』
宮原は殺る気満々である。確かに、俺たちは敗残兵だ。そして、戦場は居場所だ。
琥珀色の月と白銀の星々が照らす夜空と地上。ぼんやりと邪悪な笑みを浮かべるワ級がスコープに映る。星々を背にした久坂と宮原は、怯むどころか不敵な笑みを浮かべていた。二の腕には剣の刺さった猟犬のエンブレムが貼り付けられている。第2偵察小隊のエンブレムだ。
ワ級が上陸用舟艇を展開する。それはたちまちサイズアップし、人間を乗せられるサイズになる。その上には多数の陸上棲兵が乗っており、舟艇とともにサイズアップした。
『……やれ。』
宮原は無線機へと静かに告げる。次の瞬間、後続を放とうとしていたワ級が一隻残らず水柱を上げて爆散した。
『命中なのね!』
『よくやったイク。でち公、引き続き周辺の警戒頼む。』
『了解でち!』
宮原が大湊から呼び寄せた潜水艦隊による長距離雷撃。油断していた敵艦はその一撃を食らって沈んでゆく。鮮やかなものだ。
『これで3対40か?』
『3対50だ。2個小隊よりちょっと少ない程度。』
俺は久坂の問いに答えながらも、敵から目を離さない。少しだけ、ライフルから左手を離して二の腕のあたりに貼り付けてあるエンブレムに手を当てる。大鎌を振りかざしながら舞い降りる死神のエンブレム。第3偵察小隊のエンブレムだ。
見ててくれよ野郎ども。
『スコア稼ぎ放題だな。』
宮原は冗談まじりに言う。勝てる自信はあるのだ。
そして、敵舟艇は俺から700m、久坂、宮原から400m地点へと到達した。弾道計算よし。狙いをレティクルの中心から少しずらし、指に力を入れてトリガーを引く。ダガン、乾いた破裂音が木霊し、上陸用舟艇に並んで乗っていた陸上棲兵のうち1体が倒れ、砂になる。
『スコア1つ。』
そう呟きながらもコッキングレバーを引き、空薬莢を排出し、口に咥えていた7.62mm弾を排莢口に押し込み、装填する。
黒坂は相手に残弾数を悟られないように、1発撃つごとにリロードする。固定弾倉式なので、排莢口から銃弾を押し込むだけ。黒坂はこのタイプが気に入っていた。
一瞬で狙いをつけ、もう一発弾丸を放つ。スコープ越しに頭を吹き飛ばされ、ドロっとした体液を撒き散らし、倒れる陸上棲兵が見えた。そして、弾丸はその頭を貫通し、後ろにいたもう一体の頭も同じように吹き飛ばした。
『スコア2つ。』
またレバーを引き、咥えていた弾丸を込めると、ポーチから2つ弾丸を取り出して口に咥えた。
銃は平等で、不平等だ。
扱い方さえ覚えられれば、農夫だろうとパン屋の親父だろうと平等に強大な力を手にできる。それは時に時代を変えてしまうのだ。フランス革命で市民がバスティーユ牢獄を陥落させたのななんかがいい例だろう。
そして、どれだけ努力し、強くなろうとも、誰かが遠くから少しだけ、こうして指先に力を入れるだけでその努力の全てを否定し、無に返すことが出来る。天性の才能でその努力を全て否定することもあり得る。その逆もまた然り。不平等だ。いや、もしかしたらこれも平等なのだろうか。
『おいエリート死神さんよ、俺の獲物も取っておけよ!』
『わかってるよ鬼さんよ。どうせ俺1人じゃ斃し切れねーから安心しろ。』
黒坂は作業のように撃って装填を繰り返す。その頬は吊り上り、不敵な笑みを浮かべていた。軽く指に力を込めるだけで人類に仇なす異形の怪物が倒れていく。これほど愉快なことはない。
『接岸まで30m。』
既に黒坂のスコアが15を超えていた。7.62mm弾は残り少ないが、もう少し行けるはずだ。既に久坂は抜刀し、宮原は89式自動小銃で敵への銃撃を開始している。久坂も銃の一丁使えばいいのに。そう思いながら黒坂は狙撃を続ける。
『接岸まで10秒。残弾11発。』
黒坂の言うとおり、きっかり10秒で舟艇が接岸。銃剣を付けたライフルを構えた陸上棲兵が突撃してくる。
わざわざ上陸して戦うのは、圧倒的な数で押しつぶして屈辱を味わわせるためか、はたまた正面からぶつかってきた勇気ある者への敬意か。黒坂が狙撃である程度は減らしたが、それでもまだ数は残っている。
「さあ、見せつけてやろうぜ。海軍陸戦隊第2期生の生き残りの強さをな!」
宮原は誰に言うわけでもなくそう言い放つと、銃剣先を揃えた陸上棲兵へと突撃。久坂は日本刀を鞘に仕舞ったまま突撃する。黒坂は正面の2体を素早く狙撃し、防御の穴を作り出し、2人はその穴から突き崩しにかかる。
敵とすれ違い、反転した宮原は敵を背後から銃剣で貫き、後続の敵へ後ろ蹴りを入れ、引き抜いた銃剣でトドメを刺す。
久坂は正面から銃剣を構えてやってきた敵の目の前でジャンプし、右の敵の顔面へと膝打ち。
『7.62mm切れたからそっちに行く。』
黒坂からの通信。だが、答える暇はないし、黒坂もそれはわかっていた。すぐにM700のスリングを木に引っ掛けると、背中に吊り下げていた89式自動小銃を持って戦場へと向かう。
久坂へ2体の敵が銃剣を向けて突きを繰り出す。久坂は時計回りにその場で回転して紙一重でその刃を躱すと、抜刀して同時に2体の首を刎ね飛ばした。そのまま前に進み、すれ違いざまに斬り上げ、銃ごと敵の首を刎ね、そこから斬りおろし、後続の肩に深々と刀身を食い込ませる。
すると、タタンタタンと乾いた破裂音。黒坂の援護射撃だ。久坂と宮原を避けつつ、敵だけを正確に狙い撃ちにしていく。
「やっと死神の到着か!」
久坂はそう言いつつ、前方の敵の肩口から反対側の脇腹までを切り裂く。その背後から銃剣で久坂を突き刺そうとした陸上棲兵は黒坂のたった一発の弾丸に頭を貫かれ、壊れた人形のように砂浜に倒れ伏した。
「でぁぁぁぁぁぁ!」
宮原が雄叫びを上げながら銃床で敵を殴りつけ、地面に倒す。それを黒坂が撃ち、宮原は次の獲物を探す。
黒坂は手頃な敵の胸ぐらを掴んで片足を払い、押し倒すと、腰の鞘から抜いたバヨネットで喉元を2回突き刺した。どす黒い血液が飛び散る。
「黒坂!」
黒坂はナイフを敵に刺したままにして、久坂が鞘ごと投げた短刀を手に取ると、右手にUSP、左手に短刀を持って敵集団に突撃する。久坂と宮原を拳銃で援護しつつ、近寄る敵を短刀で一撃する。
「リロード!」
空の弾倉を捨て、拳銃を口に咥える。そして、左手の短刀で敵をいなしながら予備弾倉を取り出して拳銃に挿入すると、再び手にとってスライドストップを解除した。
黒坂は久坂が振り下ろす刀を掻い潜り、久坂の背後から迫る陸上棲兵へと銃撃を繰り出す。久坂も敵の急所へと狙い澄ました一撃を繰り出し、次々と敵をなぎ倒していく。宮原はそんな2人を援護しつつ、戦況を把握し、2人へ指示を飛ばしてサポートする。
白い砂浜は黒く、ドロリとした陸上棲兵の体液と、ドス黒い血液に染まった。砕けた体は黒い砂となり、砂浜を斑模様に変えていく。消えなかった死体は、その場で敵味方に踏まれながらも、そこに残っていた。
「しゃがめ!」
宮原の声と同時に黒坂と久坂がしゃがむ。宮原は89式から手を離すと、左右のレッグホルスターからMP7を取り出して両手に持つと、竹とんぼのように回転しながら乱射した。全方向への乱射に寄って、陸上棲兵はバタバタと倒れていく。
回転をやめた宮原を背後から銃剣で突き刺そうと陸上棲兵が迫る。それ目掛けて白刃が一閃する。黒坂は久坂を狙っていた別の陸上棲兵の胸ぐらをつかんで押し倒すと、短刀で喉元を二回突き刺した。そして、陸上棲兵が砕け散った瞬間、全てが止まったように思えた。山をなして攻めてきた敵は全滅したのだ。
「……死んだ奴いるか?」
「いたら答えられるわけねえだろバカが。」
久坂の冗談に黒坂がいつもより低い声で答えた。吹き荒ぶ風が黒い砂を海へと飛ばして行く。その場に残るのは無数の足跡のついた砂浜だけだった。
「戻ろうぜ。もうすぐ朝が来る。俺たちの時間はおしまいだ。」
「みんなへの言い訳を考えますか。」
「ウゲェ……」
久坂が明らかに面倒くさいといった声と表情を浮かべたので、黒坂と宮原が襟首をつかんで無理やり引っ張って司令部へと戻ろうとした。その時、海から何かの音が聞こえてきた。
「聞こえたか!?」
「ああ。ばっちりな。」
「嫌な予感しかしねーぞ……」
黒坂、宮原、久坂は振り返る。そこには、6つの影があった。陸上棲兵だ。しかも、今さっき戦った連中とは装備が明らかに違う。最初に戦ったのがWWⅡの米海兵隊の装備なのに対し、今度の敵のうち5体は米海軍SEALsのように見える。そして、1体は関取のような体格、否。装甲で身を固めているのだ。
「下がれ! spec ops級とジャガーノートだ!」
宮原が悲鳴に似た叫び声をあげる。同時に、3人は弾かれたように海岸から少し離れたところの塹壕へ走る。
陸上棲兵にも、深海棲艦と同じくランクがある。通常型はWWⅡくらいの装備で、あまり頭は良くない。例えるなら、銃を撃てるゾンビといったところである。しかし、今対峙しているspec opsクラスは、近代化された装備に、特殊部隊と遜色ない戦闘能力を有する厄介な相手だ。そして、ジャガーノートと呼ばれる装甲兵。防弾装甲に身を包んで突撃する、非常に危険な敵だ。
逃げる3人へジャガーノートからの激しい弾幕が降り注ぐ。辛うじて塹壕へ逃げ込み、そこから反撃に転じる。刀で突撃することができない久坂は、あらかじめ塹壕へ置いておいたMINIMI軽機関銃を手に取り、反撃に出る。
3人は思うように反撃できない。spec opsクラスの射撃能力は高く、3秒でも身を晒せば撃たれてしまうだろう。一瞬で敵を見つけて狙いを定め、トリガーを引かなければならない。狙撃しようにもライフルと弾を置いてきてしまった黒坂は宮原と同じく89式自動小銃で応戦する。
黒坂は塹壕から身を乗り出して銃を構える。物陰から身を乗り出していた敵も黒坂の方を向いていた。勝負は一瞬のチキンレース。トリガーを引くと同時に倒れるように塹壕へ隠れる。黒坂の方が一瞬早くトリガーを引いたのだ。被弾した敵は頭に穴を開けられ、その場に倒れて動かなくなる。
黒坂はコンクリートで固められた塹壕の床に頭をぶつけて目を回す。この時ほどパトロールキャップじゃなくてヘルメットを被ればよかったと思った事はないらしい。
「クソ! 釘付けじゃねえか!」
久坂は壁に背中を預けながら、肩で息をしている。
「どうにかしねえと……」
黒坂は弾倉を交換しながら呟く。
「弾をくれ!」
「使え!」
久坂はマグポーチから弾倉を取り出すと、宮原に投げ渡した。
マズルフラッシュや曳光弾が光る浜辺を、吹雪たちは遠くから見ていた。
「あれは……? 戦闘中かな?」
「うーん、偵察機を出すわけにもいかないしなぁ……」
蒼龍は頭を掻く。吹雪は試しに黒坂に連絡してみる事にした。
『零士さん、浜辺で何か光ってますけど、わかりますか?』
『吹雪! 助かった! 浜辺に砲撃支援を頼む! 陸上棲兵のspec opsとジャガーノートに釘付けにされてる!』
『なんで零士さんが戦ってるんですか! ともかく、何かで砲撃地点を指示してください!』
黒坂は何かないかと装備を見るが、使えそうなものはない。スモークは暗いから使っても意味がない。
「久坂! 宮原!
「ケミカルライトがある!」
「寄越せ!」
黒坂は宮原が投げたケミカルライトを受け取ると、中身を折って発光させ、敵のいるであろう場所に投げた。
『ケミカルライトでマークした! 吹っ飛ばしてやれ!』
『了解です!』
吹雪はケミカルライトの青い光に狙いを定める。霧島や金剛の砲では黒坂たちまで巻き込みかねないので、吹雪の12.7cm連装砲を使うことにしたのだ。狙いをつけた吹雪は1発だけ試射する。曳光弾は狙い通りの放物線を描いて砂浜をえぐり、砂煙を舞い上げる。
『試射よし! 砲撃します!』
『やれ!』
吹雪はありったけの砲弾をケミカルライトの近くに叩き込む。黒坂たちは塹壕に伏せて爆風をやり過ごすが、敵には隠れる場所はなく、次々と砲撃で吹き飛ばされ、斃れていく。
「よし反撃だ!」
砲撃支援が終わった直後に、3人は身を乗り出して残った敵の殲滅にかかる。ジャガーノートは既に砲弾の直撃によって斃されており、なんとか砲撃をやり過ごした敵も、体の一部が吹っ飛んでいたり、思うように反撃ができずにいた。こうなればもう形勢逆転である。
だが、最後の一体がやられるまさにその瞬間、銃身下部に装着していたグレネードランチャーを放った。榴弾は黒坂と宮原の間辺りに着弾し、2人は爆風で転倒した。
「……さん! ……じさん!」
頭が重く、なぜか眠い。そして、誰かが耳元で騒いでいる。うるさいな……少し寝かせてくれてもいいじゃないか……
「起きて……!」
ぼんやりとしていた頭がだんだん働くようになってきた。嗚呼、吹っ飛ばされて頭を打ったのか……畜生、次からヘルメットを被ることにしよう。
「零士さん!」
この声は……吹雪?
霞む目を開けてみると、目の前にはどアップの吹雪の顔があった。泣いている?
「おいおい……泣くなよ……」
重い腕をなんとか持ち上げて頬の涙をぬぐってやる。すると、吹雪が抱きついてきた! これには一気に思考が回復し、ゆでダコのごとく顔が赤くなっていくが、いかんせん体が思うように動かない。
「よかった……死んじゃったかと思いました……!」
「ただの脳震盪……宮原は?」
「どこかの死神さんと違って、ヘルメット被ってたから無事ですよーだ。」
「テートクー!」
金剛が塹壕に飛び込んできた。何の用だ?
「テートク、are you OK?」
「Year……」
なんとか返答する。大丈夫とは言ったが、しばらくは動けそうにない。そんなところへ久坂が担架を運んできた。長門のオマケ付きで。
「おーら。さっさと乗っけて医務室に運ぶぞー。長門、そこのアホを担架に載せるの手伝ってくれ。」
「構わないが……提督1人でも担架に載せるくらい出来るのでは?」
「おいおい、60キロ以上の体重に加えて防弾プレート入れたボディアーマー着てるんだから……」
「あ、久坂……林の中のライフル回収してくれ……」
「めんどくせー!」
久坂はブツブツ言いながらも黒坂をなんとか担架に乗せ、長門とともに医務室に運んでいった。ライフルは吹雪が回収し、その後は黒坂の看病に当たっていたという。
陸上棲兵の通常種はゾンビが銃持った感じ(脆くてバカ)、spec opsは特殊部隊クラスの練度となっております。
オリ歌詞は救世主や英雄と持て囃される艦娘と、その裏方で人知れず死んでいく兵士、という感じにしてみました。