水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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この小説では、自衛隊が再編されて軍となった設定になっています。(どこかで説明した気がしますが……)

そのため、現実の自衛隊と変わっているところが多々ありますがご容赦を。

え? 空自はどうしたって? 空自も出番は考えてありますので、空自ファンという方は辛抱強くお待ちください。

ちなみに自分は陸自推しです。


第14話 あの日の兵士

「だから、何度も言ってるだろ! さっきから! 上から交代の命令が出たんだよ!」

 

「手柄横取りされて黙ってろって言うの!?」

 

吹雪たちが夜戦をくりひろている頃、司令部では宮原と霞が口喧嘩していた。作戦に当たる指揮官の交代を命じられてからというものの、ずっとこの状態だ。

 

「命令違反で軍法会議送りになっちゃ元も子もねーよ!」

 

霞はこれ以上何を言っても無駄と判断したのか、話を切り上げて司令部を出て行った。

 

「ったく、満月の日にはロクなことがねえな……」

 

霞のことは信頼している。厳しい口調も言葉も自分のためであることも分かっている。確かに、ここで戦い抜けば評価は上がるだろう。だが、ここでごねたところで上の判断は覆らない。確かに、交代する指揮官はあまりいい話を聞かない奴らだが、下手に逆らえば命令違反、悪くすれば反逆の罪に問われかねない。だから、自分の部下を守るためにもここは退くべきだ。たとえ霞が相手でも退くことは出来ない。

 

宮原は一杯ひっかけようか、そう考えて棚に手を掛けたが、考え直してその手を引っ込めた。

 

ふと、昔のことを思い出した。防衛大学校時代の頃だ。あの頃は、こんな戦場に立つよりも、エリート街道まっしぐらを夢見て、ずっと勉強に勤しんでいた。訓練の時間も勉強に使わせろと言いたいくらいに。

 

その時、同室に変な奴がいた。防大にいるクセして、出世欲の全然ない奴が。そいつは座学は下の方だ。だが、上位に食い込むほどの体力と、ズバ抜けた射撃能力を持っていて、本当は前線向きなんじゃないか? そう思っていた。

 

そいつは陸上自衛隊の西部方面普通科連隊を狙ってると言っていた。(当時はまだ軍ではなく自衛隊)確か、水陸機動団に再編される予定で、それを狙っているとか言っていた。なら、こいつは2年になったら陸の課程へ行くのだろう。海自狙いの自分とは無関係になるとその時は思っていた。

 

それから1年の学期末くらいに、運命の悪戯としか思えないニュースが入った。大体、俺たちが防大を卒業し、約1年の幹部候補生養成課程を終えた頃に陸自に設立されるはずだった水陸機動団が、海自に設立されることになった。確か、揚陸艦の運用の問題で、とか奴が言っていた気がする。

 

名称も、水陸機動団から海上自衛隊陸上戦闘隊、略して陸戦隊となった。当然ながらも、奴は陸自から海自に乗り換えやがった。追っかけかテメーはと、紙飛行機を飛ばしながら志望先を海自に変えたと言ったあいつに言ったのを覚えている。

 

そんな奴の背中を、いつの間にか追いかけていた。いつか死ぬかもしれない。それでも前線を望み続ける、そいつは何を求めているのか、興味本位だったのかもしれない。

 

否。眩しかったのだ。自分より下だと思っていたあいつが、実は自分より目標に直向きで、今の今までに自分が経験したことのないどん底から這い上がってきた、ある意味で叩き上げの野郎ということを知ってからだろう。

 

こうして思い返せば、奴にはあの頃から、あの悲惨な戦場を受け入れる覚悟があったのだろう。

 

「全く、奴のおかげで俺の人生計画滅茶苦茶だな。だが、これもこれでおもしれーし、提督にもなれたからいっか……」

 

宮原はコーヒーメーカーに手を伸ばす。少し苦い記憶に浸りたかった。だから、苦いものを求めたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い。曇天の空から降り積もる白銀の雪が視界を遮る。時折、白銀の中に真紅の飛沫が混じる。ここは戦場か。

 

そうだ、吹き荒ぶ雪と霧に閉ざされたキスカ島だ。

 

海岸へと兵士たちが駆けていく。そして、霧に抱かれた海から響く轟音。まるでドラムのリズムのようだ。

 

砲弾落下。土と共に砕け散った兵士の体が、血液が、命が舞い散る。

 

やめろ……

 

LAM(対戦車ロケット)を構えた兵士が、後方の安全確認と言い終わる前に砲撃で体を引き裂かれ、肉片と血液を辺りへと撒き散らす。

 

もういい……

 

霧の迷宮を駆け抜けた1人の艦娘が見える。こちらに手を伸ばす巫女服の艦娘は、背後から飛来した砲弾に倒れ、魚雷を足の推進装置へと食らい、冷たい海へと呑み込まれていく。

 

ごめんなさい、助けられなくて……

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

もうやめてくれ……

 

何やってんだ久坂! 立て! 戦え!

 

耳に響く友の声。友は勇敢にも武器を手に取り、敵から、目の前の惨状から目を背けることなく戦い続ける。俺は地面に膝をついて、動けない。目を背けたかった……夢であって欲しかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

嗚呼、また夢か……全く寝覚めが悪いなおい。

 

久坂は食堂の机に突っ伏して眠っていた。さっきまで書類仕事をしていたのだ。上は迷彩柄のTシャツ一枚で、汗で濡れていた。呼吸も荒い。

 

ふと、隣を見るとさっきまで手伝いをしてくれていた電がくぅ、くぅと可愛らしい寝息を立てながら眠っていた。

 

「やれやれ……」

 

久坂は傍に置いてあった自分の上着を電に掛けておく。すると、電は眠ったまま笑みを浮かべた。

 

「いい夢見てやがるな……全く、俺もたまには美女に囲まれるとか、いい夢見てーよ……」

 

司令部ではいい加減宮原と霞の口喧嘩も終わっているだろうし、少し冷やかしにでも行こうか、そう思って席を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はあ、はあ、はあ……

 

インドネシアのどこかの密林を駆け抜ける。隣には同僚の時村。手には敵から奪ったスプリングフィールドM1903。敵に捕まり、ここに運ばれてきた。そして、時村と共に敵から武器を奪い、逃げ出した。後ろからは陸上棲兵が追いかけてくる。囲まれるかもしれない。

 

「おい黒坂、狙撃出来そうか?」

 

「スコープいじってないから当てられて200mかな。」

 

俺は走りながら答える。果たしてこの銃でどれだけの抵抗が出来ることか。

 

「俺が敵を探し出すから、撃たれる前に撃ってくれ。」

 

「お前正気なのか!?」

 

「ああ! あの倒木を越えたらやるぞ!」

 

そんなことを話しているうちに2人で倒木を飛び越え、それに背中を預ける。

 

「俺の命、預けたぞ。」

 

時村はトンプソンM1短機関銃を構えると、倒木をもう一度越えて敵と対峙する。

 

「11時の方向、木の上!」

 

俺はすぐに敵を見つけ出す。木の上にスナイパーだ。どうやってそこに移動したのか考えるより早く、横風、距離、撃ち上げ角度から弾道を導き出し、トリガーを引く。

 

かろうじて命中。キル確認。陸上棲兵は砂となる。(やられると砂になる奴と腐敗した死体に変わる奴がいる。どういう事なのかは情報が公開されておらず、深海棲艦同様に謎に包まれている。)すぐにコッキングレバーを引いて次の獲物を探す。5体目までは順調だった。しかし、そこで弾が切れた。

 

「リロード!」

 

「早くし……がっ!」

 

再装填中に、時村が撃たれた。胸に弾を食らった時村はその場に倒れ伏した。

 

「時村ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

そして、視界に時村を撃った陸上棲兵の姿が入る。その次の瞬間には、体が勝手に銃を構えて、狙いをつけていた。

 

トリガーを引き、必殺の銃弾を放つ。弾丸は緩やかな放物線を描いて敵の頭に食らい付き、赤黒い酸化した血と腐敗した脳を撒き散らした。

 

この僅か数十秒が、何時間にも思えた。

 

「時村!」

 

倒木を越えて友に駆け寄る。口から血を吐き出し、痙攣していた。

 

「黒……さか……ナイスキル……」

 

「喋るな! 今助け……」

 

ボディアーマを脱がせ、傷を手当てしようとしたその手を時村が掴んで止めた。すると、もう片方の手で自分のドッグタグを引きちぎり、俺の手にしっかりと握らせた。

 

「じゃあな、友よ。お袋に、ドラ息子は逃げたとでも伝え……といてくれ……」

 

するり、時村の手から力が抜けて、俺の手から零れ落ちた。救おうとした命がその手からなす術なく零れ落ちていく。

 

密林の中、野獣の咆哮に似た泣き声をあげた。自分を責めた。もっと早く再装填を済ませて、もっと早く撃てれば、こいつは死なずにすんだ。そんな思考を邪魔するかのように、陸上棲兵は俺を包囲し始めた。視界が赤く、歪んでいた。なぜだか笑えてきた。人は窮地に陥ると、動けなくなる奴と笑ってしまう奴がいるらしい。どうやら、俺は後者のようだ。

 

それからはよく覚えていない。覚えているのは、インドネシア軍に助け出された所だ。敵に囲まれ、泥や草木に塗れながらも手にしっかりと握られたサバイバルナイフと、奪ったであろう拳銃で山なす敵を次々と砂に、死体へと変えていき、全滅した敵を前にして、ボロボロの姿で頭から血や砂をを浴びて、天を仰いでいたという。それはまるで、猛り狂う猛獣か、はたまた、鎌を振るい、命を刈り取る死神のようだったと伝えられた。

 

そこから、こう呼ばれるようになった。"地を這う死神"最初は畏怖と尊敬を込めて。後に、蔑称として、そう呼ばれることになった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またこの夢か……

 

黒坂はオリーブドラブのTシャツを汗に濡らし、飛び起きた。迷彩服3型のズボンは皺くちゃになっていた。

 

「眠れねえな……」

 

ボソボソとそう言いながら上着を着て、司令部に行くことにした。

 

司令部では久坂と宮原がコーヒーを飲んでいた。宮原はブラック。久坂はミルクと砂糖たっぷりの一般人が飲んだら吹き出すレベルのめちゃ甘コーヒーだ。

 

「また歯が溶けそうなめちゃ甘コーヒー飲んでるのか? そんなもんばっか飲んでっと、地獄に堕ちる(糖尿病になる)ぞ?」

 

「クソ苦いよりはマシですよーだ。」

 

「頭おかしいんじゃねえの? そのコーヒーにシュールストレミングでもブチ込んでやろうか?」

 

「ふざけんな! NBC兵器じゃねえか!」

 

「美味いらしいぞ?」

 

「それでも臭いで全て台無しだこのヤロー!」

 

黒坂は腹を割って話せる親友の前では基本的に乱暴な口調だ。元はいつでもこの口調だったが、ある時を境に変わってしまった。あの穏やかな口調はPTSDの影響か、はたまた故意に昔の自分を塗りつぶすためなのか。

 

窓際に寄りかかる宮原の半身を月明かりが照らす。幸一の名にそぐわぬ不運と苦難を乗り越え、ここまで生き延びた戦士。月明かりに照らされた彼は、静かに獲物を狙う狼のようだ。

 

防衛大学校を卒業し、エリートの道を約束されたはずの黒坂と宮原は自ら望んで出世よりも前線に立つことを選んだ。異端のエリートと呼ばれながらも、海軍陸戦隊として、誰も目を向けないが、確実に戦果を挙げ続けた。今こうして深海棲艦への反撃が出来るのも、黒坂、宮原、久坂の3名を含む第12偵察小隊とインドネシア軍が合同でパレンバンの油田の奪還に成功したからというのが大きい。これがなければ燃料が手に入らず、防戦もままならなかったはずだ。

 

のちに宮原は第2偵察小隊、黒坂は第3偵察小隊を率い、久坂は第2偵察小隊内の第12偵察分隊を率いていた。どちらの小隊も陸戦隊第1連隊の所属であり、共に行動することが多かった。

 

そして、運命の悪戯なのか提督として集った3人は、しばらく無言でコーヒーを啜っていた。今日は狙撃向きな夜だ、黒坂はそう思っていた。そんな時だ。哨戒に出ていた伊58から敵輸送艦ワ級接近の報が入ったのは。

 

宮原はカップを机に置く。それを合図に3人は部屋の中央の海図が置かれたテーブルの前に立ち、顔を見合わせる。しばしの沈黙ののち、宮原が口を開いた。

 

「さてどうする諸君? 輸送艦と言うことは?」

 

「間違いなく強襲揚陸狙いだな。まあ、俺なら新月の日を狙うけどな。」

 

黒坂は言う。3人は夜襲奇襲を得意としていた事もあり、久坂と宮原も同感とばかりに頷く。

 

「さて、連絡ではワ級3隻。となると揚陸部隊は多めに見積もって1個大隊規模といったところかな。まあ、ウチ(日本軍)は自衛隊の名残で中隊から大隊飛ばして連隊だがな。」

 

「だとしても、どうするかはもう決まってるんだろ、エリートさんよ?」

 

久坂はケラケラと笑いながら言う。

 

「宮原、この3人で迎撃出来るか?」

 

「おい、お前が作戦考えるんじゃないのか?」

 

「残念ながら、俺は座学はケツの方なんだよ。想像してたエリートと違って悪かったな久坂。宮原、策は?」

 

宮原はニヤリと笑みを浮かべてみせる。

 

「黒坂、狙撃支援頼む。お前の足に砂浜は辛いだろ。久坂、俺と上陸して来たバカを葬るぞ。」

 

「そうこなくっちゃ。嬢ちゃんだけに戦わせて、男が踏ん反り返ってるだけなんて嫌だし。」

 

「書類仕事は任せきりのくせに。まあいい。間違っても崩されるなよ。」

 

黒坂はそういうと、ロッカーからレミントンM700と89式自動小銃を取り出す。

 

「狙撃地点探して隠れてる。」

 

黒坂はすぐにチェストリグとポンチョを身に纏い、外に出て行った。

 

「俺たちも行こう。」

 

「ああ。」

 

久坂と宮原も支度をして、その後を追った。たった3人の守備隊。それでも勝算はあった。今夜はいい夢が見れそうだ。待ち侘びた、楽しい楽しい夢の始まりだ。

 

ようこそ、俺たちのキルゾーンへ。




陸上棲兵を考えた理由は、友達との

「ゲーム中に強襲揚陸艦隊出てくるけど、何が出てくるんだ?」

「知らね。ワ級が上陸してくるわけでもなさそうだし。」

という会話から生まれたオリ敵なのです。陸にも活躍の場をという、個人的な願いもありますが。

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