水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第13話 海の守護者

航空戦が繰り広げられている頃、艦隊も制空隊をすり抜けてきた艦攻の始末に追われていた。

 

「ドーントレスだ! 撃て! 撃て!」

 

金剛の艤装に搭載されている25mm連装機銃を操る妖精たちは迫り来る敵機へ盛んに攻撃を繰り出す。既に何機か海に沈めてやったが、まだ残っている。

 

「ブッキー! enemyは!?」

 

「正面から約10機! うち4機は護衛戦闘機です! 戦闘機は無視して攻撃機を優先してください!」

 

吹雪も手持ちの12.7cm連装砲で対空攻撃を行う。グリップ近くのダイヤルを回し、遅延信管をセット。発射する。そして、炸裂した砲弾と敵機の距離を見て遅延信管をセットし直す。

 

霧島も連装機銃と三式弾を放って攻撃するが、なかなか当たらない。

 

「敵機急降下! 雷撃来ます!」

 

吹雪が警告する。投下された魚雷は航跡を残しながら真っ直ぐ進む。狙いは金剛だ。

 

「させるかぁぁぁぁぁぁ!」

 

金剛の機銃妖精たちが一斉に狙いを航空機から魚雷に切り替え、激しい弾幕を海面に張って迎撃しようとする。それを見た吹雪が咄嗟に海面に砲弾を撃ち込むと、魚雷に当たったようで派手な水柱が上がった。

 

「助かりマシター!」

 

「まだ来ます!」

 

今度は戦闘機が急接近してきた。機銃掃射するつもりのようだ。

 

「敵機接近! お姉様! 狙われています!」

 

「Shit!」

 

12.7mm機銃6門による掃射。艤装を狙っているのだ。だが、それでも機銃妖精は逃げずに攻撃を続けた。

 

「姐さんに汚ねえ手で触るんじゃねえ!」

 

「くたばれハエどもが!」

 

「どけ、デブ猫が!」

 

戦闘機の狙いは砲塔でもなければ推進装置でもない。対空機銃、それが狙いだ。それを潰し、攻撃機を接近させるつもりなのだ。流石のF6Fも25mmの集中放火には耐えきれずに墜落するが、最期に放った機銃は銃手に当たり、血飛沫を撒き散らした。

 

「うがっ!」

 

「ぎゃっ!」

 

銃手の手が銃把から離れ、海面へ真っ逆さまに落ちていく。艤装をは赤い線が残された。

 

「2番と3番がやられた! 誰か代われ!」

 

代わりの銃手が必死に弾幕を張って応戦する。あと一踏ん張りだ。

 

「敵機直上! 爆撃来るぞ!」

 

霧島の機銃妖精が叫ぶ。霧島は咄嗟に回避行動を取るが、4番砲塔近くに命中してしまった。4番砲塔が損傷、砲塔旋回装置及び砲身が損傷し、使い物にならなくなってしまった。ついでに、近くにあった銃座も爆風で銃手ごと吹き飛んでいた。

 

「誰か消火を! 弾薬庫に火を回らせるな!」

 

手空きの妖精は消火作業にかかる。その頃には敵航空隊は撤退したか墜とされていた。

 

『こちらクーガ。飛龍、聞こえるか?』

 

『感度良好。どうぞ。』

 

飛龍に山先からの報告が入る。

 

『……そう。了解。』

 

山先からの報告によると、取り巻きをあらかたやったこと、航空隊にも予想以上の被害が出たことを。

 

今度は周波数を変えて司令部の黒坂に繋ぐ。

 

『提督、間もなく会敵します。指示を。』

 

『空母は航空隊を安全圏で回収。残りは吹雪を旗艦として単縦陣で砲雷撃戦に移行せよ。あと、久坂の艦隊から砲撃支援を行うとのことだ。接近しすぎて巻き込まれるなよ。』

 

『了解! 戦闘に移ります!』

 

その頃、横須賀鎮守府所属の支援艦隊は敵艦隊からやや離れた所にいた。航空攻撃が終わるのを待っていたのだ。

 

「攻撃が止んだな……」

 

長門が呟く。

 

「なら、攻撃する?」

 

旗艦を任された瑞鳳が長門に訊く。

 

「そうだな……頃合だろう。砲撃開始!」

 

長門と陸奥の主砲が火を噴く。この距離では、随伴している駆逐艦の砲撃は届かないし、軽空母は艦載機を出している時間がない。もっぱら、道中の梅雨払い役だ。

 

射程ギリギリの長距離のため、どれだけ効果があったかは不明だが、水柱から見るに、何発かは当たっただろう。着弾を確認した瑞鳳は撤収の合図を出した。

 

敵艦隊の近くを航空隊と入れ違いにやって来た零式水上偵察機が飛んでいた。

 

『飛龍、飛龍。こちらスカイアイ。支援砲撃の着弾を確認。戦果は最小。旗艦と思われる空母ヲ級flagship改、中大破した空母ヲ級flagship、戦艦タ級flagshipは残存。駆逐イ級後期型撃沈に止まる。』

 

『了解。偵察を続けて。』

 

飛龍は無線を切ると、蒼龍、千歳とともに航空隊の回収を始める。

 

「それでは、行きましょう!」

 

吹雪は先頭に立って敵のいる方角へ向かう。

 

「それにしても、司令は吹雪さんの事を信頼しているようですね。」

 

移動中にふと霧島が言う。

 

「へ!? なんでそう思うんですか?」

 

「宮原中佐からそう聞いています。」

 

霧島は笑みを浮かべながら言った。少しだけ、羨ましそうにしていたが、吹雪はそれに気づいていなかった。

 

「まあ……それなりに理由はありますけど……」

 

「Heyブッキー、帰ったらその事を聞かせてもらいますヨー!」

 

「は、はい!」

 

すると、吹雪の持っている端末から警報音。ディスプレーには敵艦を示す赤い点が浮かび上がる。これは吹雪の22号水上電探と繋がっている。同じく、金剛と霧島も33号水上電探が敵艦を探知したらしく、端末から警報音が鳴っている。

 

「敵艦隊確認! このままだと反航戦になります!」

 

「上等! 照準よし、徹甲弾装填!」

 

照準を合わせた霧島は射撃姿勢を取る。まず狙うは戦艦タ級。これは放置しておくと厄介極まりない。第1砲塔で牽制を兼ねて試射する。砲弾はタ級のやや手前で着水し、霧島は軽く舌打ちした。

 

霧島が照準を合わせ直し、2、3番砲塔から砲撃したのと、タ級が砲撃したのはほぼ同時だった。霧島の放った砲弾はタ級に命中し、2番砲塔を潰した。タ級の砲弾は霧島の3番砲塔をアームごと吹き飛ばした。へし折れたアームは回転しながら海に落ち、沈んでいく。

 

「くっ……4番砲塔が動けば……」

 

4番砲塔が動いたならば、タ級を中破、あわよくば大破くらいさせていただろう。霧島は敵航空機を呪った。既に墜ちているが。

 

その時、空母ヲ級flagshipとflagship改の被り物が口を開いた。攻撃機を出すつもりだ。

 

「Shit! 下がってくだサーイ!」

 

「対空射撃!」

 

吹雪と金剛が敵機へ攻撃しようとした瞬間、無線に聞き覚えのある声がする。

 

『下がれ! 我々がやる!』

 

この渋い声は間違いなく、山先六鹿のものだ。次の瞬間、目の前を切り裂くように零戦が通り過ぎ、シャークマウスの描かれたドーントレスの左翼を食い破って見せた。クーガ(ピューマ)のようなカラーリングの山先機。それに続いて、戒田たちが応戦する。

 

『第2次攻撃隊が間も無く到着する。粘ってくれ!』

 

『Thanks,Mr.Yamasaki! 帰ったらビール奢りマース!』

 

『おいおい、クロスボウ(戒田)も飲むの手伝ってくれ。攻撃隊のみんなから奢ると言われていて、飲みきれなさそうだ。』

 

『スコアもビールも飲み放題。贅沢ですね。』

 

『ああ。そのためにも、今度こそ守り切るぞ!』

 

『お伴しますよクーガ!』

 

敵は損害を受けながらも艦隊への攻撃を試みる。山先らに攻撃されている敵機は、回避運動を行う艦にまともに狙いをつける余裕もなく、爆弾を見当違いのところへ投下し、爆弾は水柱を上げる。その隣に、撃墜された攻撃機が墜ちて水柱をもう一本上げる。

 

度重なる砲撃の応酬で、敵味方関係なくずぶ濡れになっている。あと一息で敵を殲滅できるだろう。

 

タ級が航空魚雷を食らって沈んでいく。最後の抵抗とばかりに、破損した砲塔すらも使って金剛へと砲撃を繰り出した!

 

「Shit!」

 

「金剛さん!」

 

「姉様!」

 

タ級は弾薬庫に引火したのか、艤装が爆発して、そのまま海中に没した。最後の一撃を食らった金剛は腰の艤装が損傷し、下手に砲撃をしたらタ級と同じく弾薬庫に引火する危険があった。

 

残った深海棲艦が撤退していく。その中には無傷の空母ヲ級flagship改も混ざっていた。このまま撤退を許せば艤装を修復し、再び攻撃してくるであろう。

 

『こちら吹雪! 聞こえますか!?』

 

『こちら司令部、感度良好。状況を知らせ。』

 

『敵主要目標が撤退します! 追撃が撤退か、指示を!』

 

黒坂は少し考えた。夜は航空部隊が出せない。そして、頼りの戦艦は中大破状態……追うべきか、それとも退くべきか……だが、答えはすぐに出た。

 

『……全てお前次第だ。片付けろ。』

 

『了解!』

 

吹雪に賭けた。陸戦隊に戻れないと知った時から、自分の知る戦闘での心得や技術を教え込んだ彼女に全てを賭けた。そんな時だ。司令部に設置された電話が鳴り、宮原が応対した。

 

『はいこちらトラック泊地司令部。』

 

『高原だ。その声は宮原だな?』

 

『その通りです。何事です?』

 

『それが……大本営からの指令だ。お前たちが現在遂行中の作戦をトラック泊地守備前期作戦と呼称。現在確認されている空母機動艦隊及び水上部隊の殲滅を持って作戦をトラック泊地守備後期作戦と変更。指揮官及び作戦に当たる艦隊を変更する。』

 

『つまり、引っ込めと?』

 

『そういう事になる。急にどうしたんだと私も耳を疑ったよ……』

 

『ええ。このまま最後まで戦う……と言いたいところですが、命令なら致し方ありません。反逆者とされるのは御免ですから。』

 

『そうか……すまないな。』

 

宮原は電話を切った。受話器を置くと同時に深いため息をついて、黒坂と久坂にもこの事を伝えた。

 

吹雪たちは飛龍たちと合流し、敵の追跡を続けていた。あたりは既に暗く、星と月の明かりを頼りにするしかなかった。探照灯を使えば、他の敵を呼び寄せる危険があるからだ。代わりに電探を使って索敵を行う。

 

「んん? 電探に感あり! 進路は方位043!」

 

霧島が敵を発見した。吹雪は事前のブリーフィングを思い出す。ここから方位043には、敵の陸上基地があると目されている小島があるのだ。

 

「基地に逃げ込む気でしょうか?」

 

「Maybe.その前に斃す必要がありマス。」

 

吹雪は大腿部の魚雷発射管を確認する。特に異常は認められない。砲にもまだ弾薬は残っている。

 

「あ……敵がこちらに気づいたようです!」

 

千歳が警告する。ヲ級は夜間に艦載機を出すことはない。だが、flagship級になると艦載機を出してきたり、副砲で攻撃してくることもある。

 

「金剛さん、撃てますか?」

 

「Yes!」

 

金剛は既に艤装の応急処置を済ませており、一部ではあるが砲塔が使えるようになった。

 

「金剛さん、霧島さん、援護をお願いしてもいいですか?」

 

「ワカリマシター!」

 

「もちろん。空母の皆さんは退避を。」

 

まず、金剛と霧島が砲撃でヲ級flagshipの気をひく。吹雪はその間に本命であるヲ級flagship改を追跡する。そして、吹雪とヲ級は並走する。

 

『いちいち止まってんな! 撃たれっぞ!』

 

ふと、あの声が蘇る。まだ新米で、ロクに砲を当てられなかった自分に、持ちうる全ての技術を教え込んだ、1人の兵士の声だ。確か、あの時の訓練も、並走しながらペイント銃で撃ち合うというものだった。止まって狙いを定める自分に、その男は怒鳴り、走りながらも正確に自分の頭と心臓の辺りへとペイント弾を撃ち込んできた。

 

結局あの男……黒坂零士少尉にペイント弾を撃ち込むことは叶わなかったが、射撃は上達し、自分より上のクラスである軽巡洋艦を沈めた日には彼の病室に走って報告に行ったくらいだ。

 

ヲ級は並走しながら副砲を放つ。片目から放たれる青い光が残像を残し、暗闇に青い光の尾を引いていて、見惚れそうになった。

 

近くに立った水柱。それが撒き散らす飛沫が顔にかかった。夾叉された。恐らく、次は当ててくるだろう。

 

吹雪は手持ち式の連装砲を構える。着弾までは約1秒。ならば狙うべき場所は、1秒先の未来にヲ級がいる場所。

 

「お願い! 当たってください!」

 

トリガーを引くと同時に、思わず叫んでいた。砲弾は思い描いた通りの放物線を描き、ヲ級の頭の艤装を捉えた。2発の砲弾が食い込み、炸裂する。ヲ級はその衝撃で転倒する。まだ沈んではいない。だが、決着はついたも同然だった。転倒したヲ級に追い討ちをかけるべく、吹雪が魚雷発射管を向けていたのだから。

 

発射された酸素魚雷は軌跡を残さない。目視で確認しようにも、月明かりだけでは不可能だった。

 

「バカ……ナ……!」

 

爆音の中、そんな声が聞こえてきた。この小さな駆逐艦にやられた、そんな事実をヲ級flagship改は、沈むその瞬間まで認められなかったのだろう。

 

「吹雪! 大丈夫!?」

 

蒼龍が吹雪の元にやってきた。吹雪は肩で息をしながらも、笑いながらVサインを送った。

 

やりました! 零士さんのおかげです!

 

心の中で、そう叫んでいた。




艦隊戦を書くのはなかなか慣れないな……

ちなみに、吹雪が黒坂のことを司令官ではなく零士そんと呼んでいるのは仕様です。理由は次章辺りに……

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