メテオラ隊はクーガ隊より先に発艦し、予想会敵地点へと急行する。制空迷彩の入った独特の零戦21型に乗るのは鶴保、高嘴、雛木。新人の鵜久森、石飛は22型。織科は32型だ。
その途中、フルスロットルで飛ばしてきたクーガ隊が合流。葉神と六郎は22型に乗っている。新人たちの機体は、工場出荷時の白い標準的なペイントが施されている。戦場で塗り替えているほどの余裕はない。整備士である笹倉は新しいエンジンの整備のノウハウがなく、(古参メンバーの21型と新人の22型、32型は同じ栄発動機ではあるのだが、改良されているため、所々違うらしい。)説明書とにらめっこしながら整備していた。
『クーガ隊、合流。』
『こちらメテオラ。貴機を確認しました。これより、我々は敵航空隊への攻撃を開始、制空権の確保を目標とします。敵機にはF6FまたはF4Uが確認されており、ティーチャの姿はないとの事でしたが、油断せぬよう。特に、一撃離脱とサッチウィーブは脅威です。背後への警戒を怠らぬように。以上です。』
了解、飛行隊の面々はそう答える。クーガ、メテオラ以外の戦闘飛行隊はその後ろから追従する。銀に染められた翼がキラキラと輝いている。クーガ隊の山先、戒田、新人2名以外はメタリックグレィとグレィ2色の迷彩が施されているので、時々陽光を浴びて光る。あちこち禿げた塗装は、歴戦の証のようだった。
『おいバン! この間負けた分の奢りはまだか?』
『まったく……たまに勝つとすぐこれだ。』
青笹にバンは苦笑いを浮かべながら答える。
『帰ったら負け分、たっぷり搾り取ってやるからな!』
『たまに勝つと、すぐ調子に乗って困る……』
『間も無く会敵する。各機、警戒を怠るな。新人は無理せずに互いを援護しあって戦え。』
山先はそう言うと、機体を一回ロールさせ、下方に敵がいないか確認した。それらしいものはない。
『警戒! 同高度に敵機確認! 数は……多い!』
雛木が敵を見つけ、警告する。
『
『なら
『この……1、2、3……数えられるか!』
高嘴は相手が多いのと、洋上迷彩のせいでよく見えない事もあり、数えるのをやめた。
『この数だと……ヘッドオンは愚策だな。散開するか?』
『賛成です。タイミングはお任せします。』
山先は火力と防御力に優れる敵機にはヘッドオンを仕掛けるのは愚策と判断し、散開を提案した。鶴保もそれに賛成し、タイミングを伺う事にした。
『全機散開、自由戦闘! 味方を撃つなよ!』
山先の合図で上下左右にそれぞれ散る。敵も散開し、ある者は巴戦、またある者は一撃離脱に持ち込む気のようだ。
高嘴は増槽を投棄して一度急上昇し、真上から敵機を狙う。機種はF6Fだ。こいつはいくら撃たれても落ちないのではないかと思えるほどに固い。だが、弱点はある。
『逃げるなよ……墜ちろ!』
回避行動を取られる前に銃撃。7.7mm機銃が思惑通りキャノピーの真上を貫く。キャノピーで防弾処理されているのは基本的に正面だけで、カチコチのF6Fも真上は弱い。パイロットが被弾したであろうF6Fは動きが鈍った。
もらった、とばかりに高嘴はやや上から主翼の付け根に20mmを撃ちこんだ。燃料タンクを覆う防弾ゴムを貫き、タンクからは燃料が漏れて白い尾を引く。出火とまでは行かなかった。
悪運の強い奴め、ふと背後を見ると、こっちを狙っているであろう敵機が見えた。邪魔しやがってとばかりに舌打ちすると、追撃を中止して回避に移る。
高嘴が追われているのを、丁度敵機を撃墜した鶴保が見かけた。無駄のない鮮やかな機動で敵機の真後ろに着くと、必要最小限の弾で敵機の左エルロンを破壊した。反動トルクを抑えられなくなり、錐揉みに入ったF6Fは立て直すこともできず、海面へと急転直下、墜ちていった。
その時、鶴保の真後ろに敵機が回り込んだ。それを確認した鶴保は慌てることなく機体を背面飛行に入れて操縦桿を引き、スプリットSに持ち込む。下方へのUターンだ。それをF6Fが追いかける。鶴保は掛かった、とばかりに微笑していた。
零戦と違ってF6Fは機体重量が重い。重い機体をエンジンパワーで飛ばしているようなものなのだ。速度性能が高く、防弾性も圧倒的。しかし、重いのが災いして旋回半径が大きく、機首の引き起こしが苦手なのだ。鶴保はそれを知っていたが故に、スプリットSに持ち込んだ。零戦の旋回半径なら大丈夫だが、F6Fの旋回半径だと間違いなく海面に激突すると。
それは思惑通りとなった。鶴保機は海面ギリギリで上昇に転じたが、F6Fはほぼ垂直に海面に墜ちた。
その頃、新人の織科はいきなり敵機を撃墜していた。
『そう……そこ。……偉い。』
独り言が多いが、次々と敵を撃墜していく。空を飛ぶことを心の底から楽しんでいるのだ。
『メーデーメーデー! クソ……墜ちる……!』
真上から撃たれたバンは左翼が折れ、機体が錐揉みに入ってしまった。脱出しようにも、遠心力でシートに押し付けられ、身動きが取れない。
『バンさん!』
『バン!』
戒田と山先が叫ぶ。それからちょっと遅れて、無線からノイズが聞こえてきた。山先と戒田は、バンが墜ちたところを見ていた。
『敵艦隊が接近! 対空砲が!』
六郎が敵艦隊を見つけた。どうやら、空中戦をしているうちにお互い接近していたらしい。その時、六郎の真後ろに敵が回り込んだ。
「いつの間に……!」
六郎はなんとか回避しようと試みるが、相手は離れない。
『待っていろ! 墜させはしない!』
山先が六郎の援護に入る。山先に気づいた敵機は六郎の追撃を中止し、右旋回。山先はそれを追う。
『リーダー……』
振り切った、そう安心した六郎機に、敵艦隊からの対空砲が直撃し、爆散した……
「くっ、俺が……」
その一部始終を見てしまった山先は自分を責めた。もっと早く援護に駆けつけていればと。
『チャンスを活かせなかった彼が、ただ弱かっただけです。』
『おい鵜久森! なんだその言い方は!』
戒田は鵜久森に叱りつけた。
『戦友だぞ! 言い方があるだろう!』
『今は任務中なので、後でお願いします。』
『
鶴保は鵜久森をたしなめる。
『やられた! 制御が効きません!』
『おい!』
今度は葉神がやられた。制御が効かなくなった機体は紅蓮の炎を上げながら錐揉みし、海へと墜ちていった……
そこへ、敵のドーントレスが編隊を組んでやって来た。艦隊へ攻撃するつもりなのだろう。パイロットたちは戦闘機から爆撃機へと目標を切り替えつつ、戦闘を続行する。
パイロットたちが死闘を繰り広げている空域へ、97式艦上攻撃機と99式艦上爆撃機の混成部隊が低空で進入していく。
『クーガとメテオラの奴ら、暴れてるな。お前ら! この間に艦隊を叩き、少しでも脅威を減らすぞ! 墜ちた連中の死を無駄にするなよ!』
雷撃班の1番機が僚機に喝を入れる。
『わかってますよ神子田さん。少なくとも、敵艦の土手っ腹に魚雷叩きこむまでは墜ちませんから。』
雷撃班2番機が陽気に答える。既に97式艦攻の水平爆撃班は爆撃照準手が投下用意を進めていた。
99式艦爆の組も、97式に追従して攻撃に備える。その時、上から1機のF6Fが急降下してくるのが見えた。こちらに気づいたようだ。
『敵機接近! 攻撃開始!』
後部銃座の7.7mm機銃で迎撃を試みる。1機では効果は薄いが、何機も密集して狙い撃ちにしたのなら話は別だ。
しかし、さすがグラマン鉄工所のヘルキャットと言うべきか、この程度ではビクともしない。キャノピー前面に命中しても、防弾ガラスに防がれてしまい、パイロットキルが出来ない。だが、弱点はまだある。零戦やF6Fなどの空冷式エンジンを搭載した機体は共通してエンジンカウリング前面に大きな穴が開いている。(飛燕やムスタング、スピットファイア、スツーカなどは水冷式のため、カウリング前面に穴はない)そこを狙えば、エンジンに大ダメージを与えられるのだ。
ちょろまかと動く敵機に当てるのは難しいが、さすがは熟練の銃手。何発かがエンジンに命中したようで、白い煙がエンジンから噴き出してきた。F6Fは追撃を中止し、引き返していく。空母に戻るつもりなのだろう。
『被害報告を。』
『水平爆撃班4番機、左翼に穴が開いたがまだ飛べる。』
『急降下爆撃班14番、燃料漏れ発生。まだ飛べる。』
『了解。』
艦爆の組の上で激しい空中戦が繰り広げられ、時折巻き込まれそうになる。前方に7.7mm機銃2門搭載とはいえ、60kg爆弾を2つ、250kg爆弾1つを搭載しているので、満足に空戦機動が取れるとは思えない。そう判断したパイロットは回避に専念する。
『雷撃班、チェックポイント到達。コースに乗ります!』
魚雷を搭載した97式艦攻が降下する。今回、航空隊は取り巻きの敵艦を優先して潰すよう指示を受けている。それに従い、駆逐艦や軽巡洋艦の撃沈、空母の無力化を狙う事になった。
『投下コース乗った! ……! 対空砲火が激しい!』
海面スレスレまで降下した97式の近くで砲弾の遅延信管が炸裂し、黒い煙と破片を散らす。破片が胴体にめり込み、穴を開ける。翼内燃料タンクに穴が開き、燃料漏れによって白い尾を引く。
『魚雷投下!』
1番機の合図で雷撃班が次々と魚雷を投下する。93式航空魚雷はパイロットの狙い通りの軌跡を描き、敵艦へと真っ直ぐ進んでいく。しかし、敵もやられているだけではない。盛んに対空砲を撃ち、海面に砲弾を撃ち込んで魚雷を早期炸裂させようとする。
魚雷を投下し、上昇した機体の腹に機銃が撃ち込まれる。雷撃班5番機は機体下部を貫通した銃弾によってパイロットがやられてしまった。
『こちら雷撃班5番機! パイロット死亡! 脱出する!』
『1番機了解。砲雷撃に巻き込まれるなよ!』
生き残った爆撃照準手と銃手はキャノピーを開けて飛び出し、すぐにパラシュートを開いた。上昇中という事もあり、パラシュートを展開するには十分な高度に達していた。
水平爆撃班と急降下爆撃班は同時に攻撃を開始する。99式艦爆は主翼下のダイブブレーキを展開しながら降下角度約80度で急降下し、目標に爆弾を叩き込んでいく。この急降下時は敵からしたら狙いにくい事この上ない。ダイブブレーキを展開していても水平爆撃よりスピードが出ているのだ。
空母ヲ級flagshipに投下された爆弾の大半は命中するが、60kgと250kgでは撃沈まではいかない。だが、ヲ級が上を向いた時に飛行甲板と格納庫を兼ねている頭のクラゲのような被り物の口に250kg爆弾が入り込み、炸裂した。中の予備機や燃料に引火、さらには弾薬にまで延焼し、被り物が破裂。航空機の発着艦はもうできない。
99式艦爆はダイブブレーキを閉じて上昇に転じる。しかし、激しい対空砲に狙われて損害を受ける機が続出する。
『2番機! エルロン脱落! 制御不能! 脱出する!』
『9番機、銃手がやられちまった! クソ! 右翼から火が……うあぁぁぁぁぁ!』
あちこちから魚雷や爆弾の炸裂による水柱と、墜ちた航空機があげる水柱が立つ。
対空砲の嵐に水平爆撃班が突入。500kg爆弾で敵艦を狙う。
「クソ! 投下コースから外れてる! 天野! Uターンして再突入しろ!」
水平爆撃班4番機の爆撃照準手、新田がパイロットの天野に言う。
「わかった! このまま直進してからターンする!」
その時、下から対空機銃による攻撃を受けた。機体下部を貫通した銃弾がコックピットを、乗組員を貫き、さらにキャノピーも貫通した。
「くうう……新田! 岡部!」
天野は貫通した機銃に吹き飛ばされた左腕を気にしつつ、後ろを振り返って新田と銃手の岡部に呼びかけた。穴の開いたキャノピーから冷たい風が吹き込み、傷口が痛む。
天野の声に応える者はいなかった。2人とも、機銃を食らって既に息絶えていた。キャノピーや計器盤は赤く染められ、新田は計器盤に、岡部は機銃に寄りかかるようにして倒れていた。
「あ……ああ……」
エンジンにさらに被弾。エンジンとコックピットの間にある潤滑油のタンクから火が上がった。天野は悟る。相棒は死に、自分の片腕は吹き飛び、機体も燃えている。もう飛べないし、帰ることもできない。着水して救助されたとしても、自分はもう空へは上がれない。
天野はゴーグルを外し、溢れ出る涙を拭うと、再び操縦桿を残った右手で握った。折角
スロットルは全開のまま、血が付着して読めなくなった高度計や速度計、水平儀に目もくれず、操縦桿を傾けて機体をひっくり返す。そして、自分を撃ったであろうヲ級flagshipが目に入った。
「お前かぁぁぁぁぁぁぁ!」
反転したまま操縦桿を引き、急降下に入れる。
『4番機! 何してる! 速度超過で空中分解するぞ! 操縦桿を引け!』
『悪いな神子田!
『バカ! やめろ!』
ミシ、ミシと主翼が軋む。速度は700km/h近く出ているはずだから、そろそろ主翼が折れるだろう。だが、もう少しだけ持ってくれ……
ヲ級がこっちに気付いたのか、視線が合った。もう遅い!
天野は爆弾を投下した。狙うは被り物の口。チャンスと見た天野は迷わず爆弾を切り離す。爆弾投下と同時に左右の主翼が折れた。エンジンの火は消えそうにない。エンジン温度計、油温計は異常な数値を表している。吸入圧力計を見るからに、エンジンはもう止まっているようだ。
「勝った……」
天野機は爆弾を追いかけるように被り物の口に飛び込み、爆弾と共に爆発した。その様子は他の機にも見えていた。
『ヲ級大破確認……誰か艦隊に電文を打て。空母2隻を無力化、駆逐艦を1隻仕留めたと……』
『……了解。』
攻撃隊は翼を翻して艦隊の元へと戻っていく。
同じ頃、制空隊も帰還ルートに乗っていた。
『報告します……葉神、六郎、バンの3名が……撃墜されました……』
青笹が重い口を開いて山先に報告する。
『……隊長のせいじゃないですよ。』
戒田が山先に言う。山先は隊長なのに仲間を守れなかったことを悔やんでいた。
『そうですね。彼らがただ弱かったから墜ちた。それだけのことです。』
『おい鵜久森! なんだその言い方は!』
戒田が鵜久森に怒鳴る。
『事実を言っただけですが。』
『
『黙れ! お前の戯言なんざ聞きたくねえ!』
『やめろ戒田! ……私の責任だ……』
鶴保に怒鳴りつけたことを窘められ、戒田はコックピットで一人バツが悪いといった表情を浮かべていた。
『……すみませんでした……鶴保も、当たってすまない。』
『気にする必要はありません。物事の捉え方は人それぞれですから。』
航空戦は辛うじて勝利、といった所だったが……後味の悪い勝利であった。
書いてる時に夜鷹の夢を聴いてたらなんだか涙が……
艦これ、パイロットにも練度導入してくれないかなぁ……