水面に踊る君と地で歌う僕   作:Allenfort

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第9話 自らの意思

泊地への進路をとる艦隊。そこに、一隻の小型戦闘艇Combat Boat90が接近してきた。

 

『迎えに来たぞ。』

 

無線から黒坂の声。わざわざ高速戦闘艇で迎えに来たのだ。艦隊に接近した黒坂は操舵室のハッチから顔を出すと、艦隊に手を振る。

 

「後ろからキャビンに!」

 

艦隊の近くで戦闘艇を止めると、迷彩服3型に身を包んだ黒坂が操舵室から出て、後部デッキに移動し、柵に掴まりながら艦娘たちがボートに乗るのを手伝う。

 

「いっちばーん!」

 

白露は黒坂の手を借りずに物凄い勢いでボートに飛び乗り、続いて損傷している雷が乗り込む。

 

「ほら!」

 

黒坂は雷の手を取ってボートへと引っ張り上げる。

 

「ありがとう。曙を助けてくれて。」

 

「別にお礼なんていいわよ。」

 

雷は笑いながらそう言った。その次に吹雪、電が乗り込み、最後は曙だった。

 

「ほら。よく帰ってきたな。」

 

「なによ。嫌味?」

 

「な訳ないだろう。貶すんだったら嫌味じゃなくて直球で言う。」

 

「全く。意味わからないわねこのクソ提督!」

 

曙はそう言いながらも黒坂の手を取ってボートへとよじ登った。

 

「よしお嬢さん方。全員乗り込んだところで……」

 

黒坂は振り向いてそう言った。その途中、黒坂は左足を何かに掴まれ、海へと引きずり込まれる。間一髪で柵を掴むが、足にしがみついた何かはもの凄い力で黒坂を水底へ引きずり込もうとする。

 

「零士さん!」

 

咄嗟に吹雪は柵を掴んでいない黒坂の左手を掴み、引っ張る。

 

「提督!」

 

神通もすぐに駆け寄り、吹雪と共に黒坂を引っ張ると、足にしがみついた潜水カ級が僅かに海面から顔を出した。

 

「敵艦!」

 

「この距離じゃ零士さんに当たります!」

 

「もういい! 離せ!」

 

「ダメです! 手伝って!」

 

白露、雷、そして曙までもが黒坂を引っ張り上げようとするが、それでも上がらない。力が違いすぎる。黒坂も全力でよじ登ろうとするが、拮抗したまま動かない。

 

「仕方ない……吹雪! その辺に斧がある! 足を切れ!」

 

「ええっ!?」

 

「本気ですか!?」

 

「ダメよ!」

 

「ダメなのです!」

 

「何言ってるのよこのクソ提督!」

 

白露、神通、雷、電、曙は黒坂の正気を疑う。しかし吹雪はなんの疑問を挟むこともなく、キャビンにあった斧を持ってくると、黒坂の左足を狙った。

 

「膝下だ! 絶対外すな!」

 

「はい!」

 

「何やってんのよバカ! やめなさい!」

 

「行きます!」

 

「やめろって言ってるのがわからないの!?」

 

曙が何を言っても吹雪は聞かず、黒坂の膝下へと斧を振り下ろした。ガキッ、という鈍い金属音と共に斧が脚にめり込む。

 

「もう一回!」

 

「はい!」

 

黒坂なぜか悲鳴の一つも上げない。それどころか出血すらしていなかった。

 

吹雪はめり込んだ斧を抜くと、もう一回同じところへ振り下ろし、今度こそ真っ二つに切断した。同時に、黒坂は艦娘たちに引っ張られ、甲板へと引き上げられ、甲板の上を転がる。

 

もう一回黒坂を掴むべくカ級が浮上。しかしそこにあったのは黒坂の脚ではなく、吹雪の構えた12.7cm連装砲の砲口だった。

 

轟音とともに放たれた砲弾に潜水艦ごときが耐えられるはずもなく、カ級は一撃で水底へと沈められた。

 

「助かったよみんな……」

 

「助かったじゃないわよ! 脚が……」

 

曙は言葉を失った。それは吹雪以外の艦娘も同じだ。黒坂の脚の断面は肉や骨ではなく、金属とプラスチックだったのだから。

 

「……義足?」

 

白露はここでも一番目だ。

 

「正解。とりあえず帰還するよ。あと、この事は誰にも言わないでくれ。」

 

上手く立てない黒坂を吹雪が支え、どうにか操舵室に乗り込む。艦娘たちはそれぞれ疑問を持ちながらもキャビンに乗り込み、帰路に着いた。

 

「バレちゃいましたね。」

 

操舵室。黒坂の隣に座った吹雪は言う。黒坂は念のために隠し持っていた予備の義足を装着していた。

 

「まあね。まさかこんなに早くバレるとは……」

 

「でもなんで留め具を外すんじゃなくて切断だったんですか?」

 

「裾ごと脚掴まれてたから、外すに外せなかったんだよ。そのうち留め具がぶっ壊れるかと思ったけど、それより先に肩が外れそうだったし。」

 

「そういえばそうでしたね……」

 

それからは無言だった。何も言うことがない。どう声をかければいいかわからない。そんな感じだった。痛む腕を見ると、艦娘たちが力一杯掴んだ痣が残っている。心の中でありがとうと呟き、帰ったら改めてお礼を言おう。そう決めた黒坂であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰還後、雷はすぐにドック入りとなった。ドックは大きく分けて2つ。艦娘の治療施設。というより風呂である。これに浸かると怪我が治るのだから不思議なものだ。これの仕組みも極秘事項となっている。

 

そして、艤装。正式名称を 対深海棲艦擬態敵性種水上歩兵機動戦闘システム(Anti-Deep sea

mimic warship enemy species

Water Infantry Mobile Battle System 略称ADWIMBS)という長ったらしい名前であり、これを装備することで水上での戦闘が可能になる。装備ごとに個体差があり、それによって艦種分けされているらしい。

 

これは整備士と妖精が手作業で修理するため、どうしても修理に時間がかかってしまう。外装は特殊な形状記憶合金のため、修復剤を用いることで即座に修復可能。あとは内部パーツを換装するだけなのだが、修復剤は貴重なため、よっぽどのことがない限り温存されるのが普通である。

 

「はぁ? とうとうバレたの? オマケに脚ぶった切るパフォーマンス付きで?」

 

帰還後、司令部で宮原は呆れていた。久坂は壁に寄りかかりながら笑いをこらえていた。

 

「おいおい、何やらかしたらそうなるんだ?」

 

「潜水カ級に脚掴まれた。あいつ力強すぎだろ……」

 

「まあそうだろうな。そんなことより次の作戦だが、黒坂。報告は確かなんだよな?」

 

黒坂が司令部を飛び出す前に宮原へ出した報告書。彩雲と零戦2機の偵察隊がやられたというものだった。

 

「通信途絶ギリギリまでのパイロットの声からするに、相手は1機。確か、"ティーチャ"だ! って言ってた。」

 

「ティーチャ?」

 

「なんだそいつ? 先生(ティーチャ)ってか?」

 

宮原と久坂は首をかしげた。話を聞いていた大淀にもわからないといった感じだ。

 

「山先と鶴保に聞いてみるか……」

 

早速、歴戦の猛者である山先と鶴保の所へ足を運んだ。長いことパイロットをやっているので、ティーチャについて何か知っているのではないか、そう思ったのだ。

 

「ティーチャ……そうか。深海棲艦も相当必死のようだな。」

 

「山先隊長と同意見です。」

 

案の定、山先と鶴保はティーチャについて知っているようだった。

 

「なんなんだそいつは?」

 

「機首に黒豹のノーズアートを入れた機体にのるエースパイロット。空で出会ったが最後、誰も生きては帰れない。そう言われるくらいだ。」

 

「ふうん……ありがとう。戻っていいよ。」

 

山先は退室したが、鶴保は残った。

 

「ティーチャ、彼は元は山先隊長の部下でした。」

 

「味方だったのか?」

 

「ええ。ある日いなくなったと思ったら向こう側に付いていました。私は最後に知りたかった。彼の飛ぶ理由を。」

 

黒坂と鶴保はコーヒーで喉を潤しながら話を続ける。

 

「飛ぶ理由?」

 

「ええ。私たち妖精はなにも国のためとか人類のために戦ってる訳ではなく……最も、そういう理由の者もいるでしょうがごく僅かです。他の者はそれぞれの理由があって空を飛ぶのです。」

 

「それぞれの理由、か……なら鶴保隊長、君は何のために飛ぶ?」

 

ふと、鶴保は窓の外から空を見上げた。どこまでも続く青い空。それを、懐かしむような目で見上げていた。

 

「罪のない者同士が殺しあう必要などあるのでしょうか。あのような美しい空で私たちはあまりにも醜い。その醜さを撃ち墜とし、戦い抜いた果てに、きっと私たちは赦される。」

 

鶴保は空へと手を伸ばした。

 

「そして、神の待つ天国(パライソ)へと行けるのです。」

 

神、そんなものを信じたことなんて無かった。祈っても助けなんかない。自分を助けたのは、いつも仲間と、物言わぬ鋼鉄の兵器。誰がどんな神を信じるか自由ならば、信じないという自由があってもいいだろう。

 

「……どうやら、神を信じない、といったようですね。」

 

「……だとしたら?」

 

「別に悪いとは言いません。では提督。あなたは何故、前線で戦うことにこだわるのでしょうか?」

 

まさか、それを聞いてくる奴がいるとはな。まあいい。

 

「自分が生きる意味が欲しくて。きっと、死に際になってそれを実感できるのだろうと思っていた。」

 

「なるほど。死地に生を求めますか……それも戦う理由としては十分でしょう。ですが、今はそうもいかないことをお忘れなきよう。」

 

「分かってる……」

 

話を聞き終えた黒坂は司令部に戻った。

 

「おい黒坂、大本営から連絡が来たぜ。お前さんの所の飛行隊に増員だとさ。」

 

宮原が黒坂の顔を見るなり連絡を伝える。

 

「増員? このタイミングで?」

 

「ああ……しかも、不確かな情報だが、実戦経験のない新人なんだとか……」

 

「で、どうしろと?」

 

「新人の護衛だ。それと同時に、近くの小島に敵の陸上基地が確認された。次の敵艦隊には空母が多数含まれているとの情報が入った。そこに陸上基地の航空隊まで乱入したらたまったものじゃない。先に基地を無力化しなきゃならない。」

 

宮原は地図に赤ペンでマークしながら黒坂に説明する。久坂も横から首を伸ばしてそれを見ている。

 

「つまり、クーガに新人の方行かせて、メテオラは爆撃機の護衛、か?」

 

「だな。頼むぜ。飛行隊はお前のところが頼りだ。」

 

「了解。連絡してくる。」

 

黒坂はまた山先と鶴保を探すハメになった。その途中にも、黒坂は戦う理由について、自問自答を続けていた。自分はなぜ戦う? 名誉のため? 否。国のため? これは是だが何か違う気がする。それならばなぜ……

 

黒坂は廊下の窓から北の空を見上げた。きっと、死に場所を探していたのかもしれない。この場はそう結論付けて終わる事にした。今は山先と鶴保を探さなければ。




艤装の名称は友達が考えました。これ考える暇があったら未提出の課題やれとツッコミましたが(苦笑)

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