一刀がいなくなった世界の乙女たち ―― 魏国再臨 前日譚 ―― 作:無月
「おーい、かずぴー」
本へと目を落としていた俺の背中に奔る衝撃、その方向へと目を向ければ及川が立っていた。
「悪い、今忙しい」
「そら悪かった・・・ って、本読んどるだけやん!」
鋭い突っ込みを入れられても、俺はそのまま本へと目を落とす。
華琳たちと別れ、全てが夢だったことを受け入れられずに過ごした一年間。そして、それ以降の時間の全てを、知識と技術を詰め込むことにのみ使おうとしていた。
ありもしない空想を語り、廃人になったかと思ったら、ある日突然一念発起した俺がおかしく見られるのは当然であり、そんな俺の元からかつての友人達が去っていく中で、及川だけは今も友人としてあり続けてくれた。
「そんな固いこと言わんで、俺に付きおうてくれよー。
今回の合コンは、かずぴーがいるから誘えた女の子も居るんやから頼むて」
「いつも言ってるけど、人を出汁に使うなよ・・・
俺は行かないからな、合コンなんて」
俺の恋も、人生も、魏にある。
昔も、今も、そしてこれからもずっと。
そんな俺から及川は突然本を奪い、無理やり視点を上げさせられた。
「なぁ、かずぴー。
最後に笑ったんはいつや?」
「・・・笑ってるだろ、必要なときは」
「ちゃんと、腹の底からやで?」
ある筈がない。
華琳たちが、あの日々が、大陸が、あの時代の全てが夢だと実感させられた日から、俺にはこの世界で起こる全てが遠くなった。
まるで色をなくしたみたいに全てが真っ白で、自分が呼吸をしてることすら嘘みたいだった。
「かずぴーが、腹の底から想ってる人がもう二度と会えへんのはわかっとるよ。
けど、どうせ待つんなら、満たされて待っとってもえぇんやないか?」
満たされて、待つ?
「かずぴーが惚れた女は、かずぴーがこないな面してるんを見ても何も言わへん女共なんか? ちゃうやろ?
ごっつえぇ女たちって、俺に自慢したくらいやもんな」
俺にはもったいない、世界中に自慢したくなるような存在だった。
誰かを守るために傷だらけになって、人を思うが故に厳しくて、隠れた優しさが愛おしくて、底抜けの明るさに励まされて、女の子らしい可愛らしさを持っていて、熱中できる何かを持っていて、いつも周りを気遣って、いつも一生懸命で、誰かを支えるために縁の下すら厭うこともなく、これからと明日を繋いでくれる希望を持ち合わせて、誰かを笑顔にすることが大好きで、そして、寂しがり屋なのに強がりな女の子たちだった。
「何が何でも会いたい気持ちは、俺にはわからん。
かずぴーがいつかここからいなくなって、その子らに会いに行っても身勝手には変わらへん。
いつかいなくなるん言うことは、全部捨てることや。
やから、かずぴーは人と関わらんようにしてるんやろうけどな。
どんなに少なくしたって、そんなこと意味あらへん。
親も、ダチも、周りに迷惑かけへん別れ方なんてひとっつもないんや。
事故で死のうが、自殺しようが、突然そこから消えようが生きてる限り、別れなんちゅうもんは痛みが伴うもんなんや」
及川は俺をまっすぐ見据えて、俺もまたそんな及川からけして目を逸らさない。
「でもな、かずぴーはそれも覚悟の上なんやろ?
何してでも、誰に罵られてもそこへ帰りたいんやろ?」
「あぁ」
「なら、今も楽しんだらいいんよ。
なーに、ダチのよしみや。かずぴーがなに中途半端にやらかしても、いなくなった後のケツくらいはもったるわ。
今すらも楽しんだれよ、かずぴー。
俺がここに居るんは、嘘でも夢でもあらへんやから」
あの日からずっと、俺と本気に向き合ってくれた友人がそこには居て、俺はあの日から何度か思っていながら言葉にしなかったことを口にした。
「サンキュ、及川。
俺、お前と親友でよかったわ」
「おっそいわ、ダアホ。
てなわけで、合コン行くでー!」
「わかったから、引っ張んな!
あと、本返しやがれ!」
「取り返してみー」
そうして俺は、いつ振りか年相応に及川とふざけながら走り出す。
この後、どこか懐かしい香りを纏った彼女に出会うことになるなんて、少しも考えていなかった。