世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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それなりに優雅な黄金週間

 最近、新事実が判明した。

 私の両親の年齢が思っていたよりもかなり上だった。二人とも四十五歳だそうだ。ということはお母さんが私を産んだの三十八歳? 初産でそれってかなり高齢だと思う。

 二人が私を猫かわいがりする理由の一端が分かった。

 国語の宿題で「自分の家族」というテーマの作文が出たから調べてみたのだけど、これはなかなか驚きだった。だって二人ともかなり若く見える。三十台前半でも十分通用するんじゃないだろうか。

 まあそっちは付加情報みたいなもので、本命の情報は両親共に魔法先生である可能性が消えたことだ。どうやらお父さんは普通のサラリーマンで、お母さんは学園の給食関係の仕事をしているらしい。

 二人とも麻帆良の出身で、高校の同級生だったのだそうだ。恋愛結婚かー、いいなあ。

 とにかくこれで、ある日突然両親から魔法のことを打ち明けられるとかいう展開は無くなった。この期に及んで魔法使いになりたいとは思わないけれど、残念じゃなかったと言えば嘘になる。火よ灯れ、くらいは使ってみたかった。

 それはそれとして、ゴールデンウィーク最終日というこのタイミングで、遊びにも出かけず学園まで足を伸ばしたのには理由がある。

 ゴールデンウィーク中は、世界樹前広場でお料理研究会が屋台を出しているという話をお母さんから聞いたのだ。

 青く晴れた五月の空に、私の心は自然と軽くなる。陸上部に入って体力がついてきたからなのか、思わず走り出したくなってしまう陽気だった。本当に走ると汗をかいてしまうから、やらないけど。

 階段を登った先の広場では、壁を背に半円を描くようにして、大小さまざまな屋台が出されていた。中央部はテーブルと椅子が並べられていて、飲食スペースになっている。

 麻帆良では定番の待ち合わせスポットの一つだけあって、人出も結構ある。行列ができているのは、大学部が出しているお店だろうか。

 去年の文化祭で、お料理研究会の実力は良く分かっていたので、思わずそちらへ寄って行きそうになったけれど、今日の目標はそっちじゃない。

 私は首をめぐらせて、初等部が出している屋台を探した。大玉たこ焼き、英国風本格サンドウィッチ、どんどん焼き、シシカバブ、メキシコの味・タコス……どれも違うな。えーと、本家モダン焼きと元祖広島風お好み焼きの屋台を並べで出店しているのは何かのギャグなんだろうか。

 ……あった。

 その場で作って失敗しました、というのを防ぐためなのだろう。初等部が出しているのは「手作りパンのお店」という手書きの看板がかわいい屋台だった。

 売り切ったら終わりだからなのか、店番の人数も少ない。お金の管理のためにいるのだろう大人の女性と、私と同じくらいの年の子が二人で、合計三人だけだ。当番制なのかもしれない。

 もしも当番制なのだとしたら、今日の私は運が良い。あわよくばとは思っていたが、店番に立っている内の一人は、以前写真で見たことのある四葉五月っぽい女の子だった。

 私が屋台に寄っていくと、店番の三人がいらっしゃいませ、と笑顔を見せてくれた。私も思わず笑顔を返してしまう。

 初等部の手作りパンは、結構順調に売れているみたいだった。最初にどれくらい用意したのかは分からないけれど、パンを並べてある四角いケースは、もう底が見えている。屋台の奥には、空になったケースが幾つか積んであった。どうやら、今並んでいるもので最後のようだ。

 午前中のうちに買いに来て良かった。もう少ししてお昼時になっていたら、売り切れていたかもしれない。

 それにしても、初等部が作ったという癖に、どれもやたらと美味しそうだ。目移りしてしまう。

「えっと、どれが美味しいかな?」

 聞いてみることにした。私よりも少し背の高い女の子が、自信満々という風に一つのパンを指差した。

「これ、これ私が作ったの。オススメ!」

 衣の感じからすると、一度揚げてあるみたいだ。カレーパンだろうか。

 私はもう一人の、黒目がちな女の子に目を向けた。

 女の子はにこりと微笑んで、どれも美味しいですよ、と言ってくれた。どれも美味しそうだから悩んでいるのに。

「じゃあ、これと……」

 私は背の高い女の子が作ったという揚げパンを手に取った。

「あなたが作ったのは、どれ?」

 問いかけると、黒目がちな女の子は少し頬を染めながら、これですと一つのパンを示した。私は迷わずそれを取る。

「これの、二つ貰います」

「二つだと、三百円ね」

 それまで私達のやりとりを微笑ましそうに見ていた女の人が、金額を教えてくれた。

 私は財布から百円玉を三枚取り出して、背の高い女の子に渡した。

「ありがとうございますっ」

 その元気一杯な声に、少し気圧されてしまう。

 黒目がちな女の子が、袋はいりますか? と聞いてきた。

「そこで食べてくから、いいよ」

 広場の飲食スペースを指で示す。女の子は笑顔になって、お買い上げありがとうございました、と頭をさげた。

 屋台から離れると、後ろから「やったねー!」と元気の良い声がした。こっそり振り向いてみると、店番をしていた三人が互いの手を打ち合わせて喜んでいた。

 ま、眩しい。若いって、もうそれだけでかわいさが溢れ出してるんだものなあ。

 っとと、いけない、いけない。また山崎郁恵の意識に引っ張られていた。私だって小学二年生だ。さっきのお姉さんに、若いって良いわあ、って思われる側なのだ。

 

 

 お昼が近づいて来たからか、世界樹前広場はだいぶ混みはじめていた。行列のできている屋台も三つくらいに増えている。

 私は人の増えてきた屋台前のスペースをどうにか抜け出して、比較的すいている飲食スペースにたどり着いた。

 あいているテーブルはまだ結構ある。ここでお昼ごはんを買って、食べるのはまた別のところ、という人が意外と多いのだろうか。歩きながら食べるのかもしれない。

 私は椅子に腰を下ろして、ふうと息をはいた。身長が低いので、どうしても人ごみは苦手だ。息苦しいし、人を避けていると方向もすぐに見失ってしまう。

 とりあえず、パンは胸に抱え込んで死守した。

 テーブルに二つのパンを並べて、どっちから食べようか悩む。二つとも美味しそうなのだ。ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な、と指で交互に数えたら、揚げパンになった。

 それにしても、ゴールデンウィークに入ってからは、ここ一ヶ月の真面目っぷりを放り投げる勢いで遊んだなあ。葉加瀬さんの作ったお茶汲みロボットのいれたコーヒーを飲ませてもらったし(ものすごく苦かった)、長谷川さんと一緒に買い物へも行った。家族旅行も楽しかったし、最終日の今日はこうして優雅にパンなど食べている。

 たまには息抜きも必要だから、まあ良いだろう。それに、山崎郁恵の場合はゴールデンウィークは田植えを手伝っている記憶しかないので、のんびりとしたお休みは新鮮だ。

 塾の勉強は順調で、夏休みに入る前には、小学校の範囲を終えられそうだ。とっくに理解している単純な計算問題のドリルを延々と解き続けるのがあそこまで苦痛だとは思ってなかったけど。

 陸上部の方は、まだまだこれからだ。ほとんどはストレッチと走りこみである。体のできていない初等部のうちは、無理な筋肉トレーニングなどは行わない方針らしい。短距離で早く走るためのフォームとかを教えてもらえるのは、なかなか楽しい。

 あと、驚いたことが一つ。筋肉痛にならないのだ。調べてみたところ、回復が早いから無茶なことをしない限りは翌日まで残らないのだそうだ。子どもってすごい。

 もう一つ、やたらと足の速い子がいるなあと思っていたら、春日美空だった。春日さんは本当に楽しそうに走る。走るのが好きなのだなあというのが良く分かる笑顔で、とても眩しい。

 そんなことを考えながらもぐもぐと口を動かしていたら、揚げパンを食べ終わってしまった。予想に反して、カレーパンではなくてアンパンだった。どちらかというとアンドーナツと言った方が近いのかもしれない。とても美味しかったです、ごちそうさま。

 もう一つのパンに手を伸ばそうかとしたところで、お隣に座って良いですか? と声をかけられた。相席が必要なくらい混んできたのかと顔を上げると、先ほどの黒目がちな女の子が立っていた。

「さっきのパン屋さんの……休憩中? もちろんいいよ。どうせ一人だし」

 席をすすめると、おかげさまで完売しました。ありがとうございます、と返された。そんなに礼儀正しくされると照れてしまう。

 勝手にくすぐったい気分になっていた私の前に、すっとお茶の入った紙コップが差し出された。どれかの屋台から買ってきたのだろうか。

「これ私に?」

 訪ねると、こくりとうなずかれた。さやかさんのも私のも甘いパンだから飲み物があった方が良いと思って、と彼女は言う。

「それでわざわざ……。うわ、ありがとう」

 こんな邪気の無い好意を向けられてしまうと、お幾らですかとは聞けない。というか、ここでお金のことを持ち出す奴は人情というものを解していないと思う。

 機会を作って、別の形でお礼を返そう。

 湯気を立てる紙コップを両手で包むように持って、一口すする。

「――良い匂い」

 煎茶、なのだろうか。詳しくないのでよく分からないけれど、日本茶独特の香りがある。口の中に残っていたあんこの甘さが、柔らかく溶けた。

 私はもう一口お茶をすすってから、カップを置く。

 改めて、もう一つのパンを手に取った。包装を破る。

「えっと、いただきます」

 ぺこりと女の子に頭を下げてしまう。なんというか、作った人の前で食べるのって、こう、緊張する。お母さんのご飯ならそんなことないのに。

 ぱくりと一口。

「あ、おいしい」

 思わず口をついた私の言葉に、女の子がふわりと笑った。

 いや、本当においしい。ただのクリームパンなんだけど、パンとクリームの甘さのバランス? みたいなのが……だめだ、私は料理漫画の登場人物にはなれない。

 そのままぱくぱくぱくと食べきってしまって、お茶をずずず、と一口。

「おいしかったです。ごちそうさまでした」

 手を合わせて言うと、お粗末さまでしたと返事があった。

 美味しいと言ってもらえるのが一番嬉しいですと、にこにこと笑う女の子。そういえば、まだ名前を聞いていない。というか、こんな癒しオーラの持ち主が何人もいるわけないとは思うのだけど。

「私、坂本春香です。本校女子初等部の、二年C組。陸上部」

 ものすごく散文的な自己紹介になってしまった。

「えっと、あなたは?」

 予想通り、彼女は四葉五月と名乗った。クラスはJ組らしい。遠いなあ。

 学園祭でも屋台は出すのかとか、一人でも簡単に作れるお菓子のレシピとか、いろいろ聞いているうちに、ずいぶん時間が経ってしまった。

 そろそろ片づけがはじまるからと立ち上がる四葉さんを見送った。なんでも、片づけが終わったら打ち上げパーティーをするのだそうだ。料理はもちろん自分達で作るらしい。なんというか、本当にお料理が好きな集団なのだなあと感心してしまう。

 だいぶ人の少なくなった屋台の方へ歩いていく四葉さんの背中を見ながら、ぐっと伸びをする。

 お休みは今日で終わりだ。明日からまた、頑張ろう。さすがにそろそろ、三桁のかけ算からは卒業したいところだけど。


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