世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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今日と変わらぬ明日のために

 今日の私はコート、マフラーに手袋という完全装備だ。いや、今日も、完全装備である。

 雪の積もらない季節を冬と呼ぶのはおかしいと、半ば以上本気で主張していた山崎郁恵と違い、私は寒さに弱いのだ。麻帆良生まれの麻帆良育ちであるからして。

 二月半ばを過ぎて寒さが緩んできたくらいで、コートを手放すことは無い。

 たぶん、今の私が煙草を吸ったら、普通にむせるに違いない。今さら吸うつもりも無いけれど。お酒はどうだろう。お父さんが結構イケる口だから、下戸ではないと信じたいところだ。

「茶々丸さんは、寒いの平気なの?」

 中等部の制服のみという、私とは比べ物にならない薄着で歩く茶々丸さんを見上げる。

「はい、問題ありません」

 茶々丸さんの場合、コンピューターの天敵は熱ということを考えると、冬の方が調子良いということさえあるかもしれない。羨ましい。

 その茶々丸さんの向こうで、自慢げな顔をしている聡美さんは、手袋とマフラーなしなので、それなりに寒さに強いのだろう。

「茶々丸は耐冷、耐熱性能に気を遣ってますからね。放熱機構が働いている限りは、真冬だろうが真夏だろうが変わらぬ動作を保障します」

「それは凄い、と言いたい所だけど、一応秘密なんじゃないの? 茶々丸さんのこと」

 一緒に歩いているのが私と五月さんだけとは言っても、ここは往来のど真ん中なのだし。

「別に秘密、というわけでは無いんですよ。工学部ではみんな知ってますし」

 まあ、初等部の子たちが「茶々丸飛んでー」とか言ってたりするから、ロボットだとばれても別に大きな問題にはならないのだろう。

「どこまで違和感無く通せるかも観察はしてますけど、春香さんや長谷川さんには初日からばれてたみたいですしねー」

 私は教えてもらうまで気づきませんでした、と笑うのは五月さん。いやいや、気づかないというより、気にしてないだけなんだと思うけどね。学園結界的に考えて。

「聡美さんがそう言うなら、別に良いけどさー。ああ、それにしても寒い。早く春が来ないかなあ」

「しかし、春は花粉が飛びますので」

「花粉が飛んだら困る、って耐塵性低いの? 流石に花粉症にはならないでしょ」

「いえ、私ではなくマスターが」

 私の疑問に、茶々丸さんが応える。そうか、エヴァンジェリンさんは確か花粉症なのだったか。従者としては、そこら辺も気を遣う部分なのだろう。

 不幸中の幸いと言うべきか、私は花粉症の忌々しい記憶があるにも関わらずその呪いから解放された稀有な事例である。

「エヴァンジェリンさん花粉症なのかー、それも辛いよねえ。五月さん達は花粉症大丈夫?」

 話を振ると五月さんは柔らかく微笑んで、私はまだ大丈夫です、と返してくれた。

「私も花粉症ではないけど……鼻炎気味なので年中似たようなものですね。」

「聡美さん、それ部屋と研究室をちゃんと掃除したら症状改善すると思うよ」

 原因の一つはおそらく、ほこりである。換気をちゃんとするだけでも違ってくるはずだ。

 そんな風に適当なことを喋りながら、私たちは四人共通のバイト先である超包子を目指していた。超さんと古さんは、中武研の方へ行っているので今日はお休みだ。代わりにお料理研究会から何人かがシフトに入っている。

 四人並んで歩いていたのだけれど、私は携帯電話の着信音に足を止めた。

「む、明鏡止水。ってことは、あやかさんか」

 こんな雄々しい着信音になっているのは、私の電話帳の中であやかさんだけなので分かりやすい。ポケットから取り出して確認してみれば、メールではなく電話である。

「ごめん、先に行ってて良いよ」

 私を振り返って立ち止まった三人に断わりを入れて、電話にでる。

「もしもし、あやかさん?」

『ああ、春香さん。繋がって良かったですわ。頼みたいことがあるのですけれど、お時間よろしいかしら?』

「うん、大丈夫」

 まだバイトの時間まで三十分はある。聡美さん達も、私を待っていてくれるつもりのようだ。

『実は、急用が出来て委員会に出られなくなってしまいましたの。十六時からなのですけど、代わりに出てくださいません?』

 十六時か。バイトの開始時間とばっちり重なっている。

「その委員会って長い?」

『第四会議室で来週の遅刻者ゼロ週間に関する説明とプリントの配布を受けるだけですから、そんなにかからないと思いますわよ』

「了解、ちょっと待ってね」

 私は一度受話器から顔を離す。

「五月さん。シフトに入るの、一時間くらい遅れても大丈夫かな」

 言葉の端々からあやかさんの用件を察していたのだろう五月さんは、大丈夫ですよ。超さんにも連絡しておきます、と快く頷いてくれた。

「ありがとー。あ、もしもし、あやかさん? 委員会、私が代わりに出れるよ」

『まあ! ありがとうございます。助かりますわ、春香さん』

「どういたしまして。夜にプリント持って部屋行くね」

『ええ、美味しいお茶を用意してお待ちしていますわ』

「楽しみにしてる。それじゃ、後でー」

 通話を終えて、電話をポケットに戻す。わざわざ待っていてくれた三人に、ごめんねと手を合わせる。

「そんなわけで、委員会終わってから行くことになっちゃった。ごめん」

「本日のシフトは余裕があると記憶しています。金曜日ですので、ピーク時までに合流していただければ問題ありません」

 聡美さんも腕を組んで頷いている。

「茶々丸に同じ。そんなことより、春香さんの着信音設定が気になります。委員長だと分かったということは、全員違う曲にしているんですか?」

「そうだよ。イメージに合う曲にしてる」

 私の答えに、五月さんが珍しくもぽかんとした顔をする。さっきの曲がいいんちょさんのイメージ、ですか? とかわいらしく首をかしげた。

「器用貧乏な私からすると憧れなんだよ、あやかさんは。人生の師匠、って感じ。軽くだけど護身術も教えてもらったし」

 痴漢対策ということで教えを乞うたのだけど「大きな掛け声で気合を入れて、相手のつま先をかかとで踏んづける」という感じのことを言われて、発声練習をさせられただけだったりする。この人痴漢です、の一言が言えなくて、されるままになる人が多いという部分もあるから、あやかさんの主目的は大声を出させることにあったと思われる。

 ある意味現実的な指導ではあるのだけど、私の思惑とは外れていた。まあ、付け焼刃なんて無いほうがいいか。

「なるほど、師匠繋がりで明鏡止水。ちなみに私はどんな曲で登録してあるんですか?」

 U.C.のガンダムは見てるだろうと思ってたけど、Gガンも守備範囲内だったのか、聡美さん。

「聡美さんは『スイミン不足』だよ。キテレツ大百科の」

 このチョイスは自分でもなかなか気がきいてると思っているのだ。タイトルあたりが特に。にこにこ笑う私とは対照的に、引きつった笑顔を浮かべる聡美さん。

「さ、最近はあんまり徹夜とかしてないんですよ?」

「だって寮の部屋はいつ訪ねても大抵留守だもん。どうせ研究室に泊まってばっかりなんでしょ」

 そんなことはありません、なんて聡美さんは主張するけど、目が盛大に泳いでいるので説得力は皆無だ。

「って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。第四会議室に行かなきゃ」

 じゃあまた後で、と声をかけて聡美さん達と別れ、私はもと来た道を戻って中等部校舎を目指した。

 心の中だけで気合を入れる。二〇〇三年二月の行事予定表に記された遅刻者ゼロ週間が何を意味するのか、私はそれをずっと前から知っていた。

 あやかさんからのお願いは渡りに船である。この連絡がなければ、私は情報を求めて木乃香さんにしつこく来週の予定を聞く羽目に陥っていただろう。

 

 

「こんばんはー、あやかさんいる?」

「あら、春香さん。いらっしゃい。あやかはまだ帰ってきていないのよ」

 その日の夜、約束どおりに部屋を訪ねると千鶴さんが迎えてくれた。

「早すぎたかー。出直した方が良いかな」

「せっかくなんだから中で待てば良いわよ。急いでるわけじゃないんでしょう?」

「それじゃ、お邪魔しようかな」

「ええ、上がってちょうだい。今お茶を用意するわね」

 にこにこ笑いながら千鶴さんはキッチンの方へ歩いていった。気を遣わなくて良いのに、と思わないでもないが、私だって友達が遊びに来ればお茶くらいいれる。気遣いはする時とされる時で微妙に重みが違うのである。

 千鶴さん達の部屋は三人用なので、私達の部屋より一回り広い。まあ、ちゃんと三人で使っているから木乃香さん達の部屋よりは人口密度が高いのだけど。

「あ、春香だー。遊びにきたの?」

「あやかさんに用事があってね。委員会に代役で出たから、その報告」

 そういう夏美さんは、流れているCMを見る限り、どうやら金曜ロードショーでもののけ姫を見ていたようだ。千雨さんも見ていたし、明日の教室はこれの話題で盛り上がるに違いない。

「五月蝿くしちゃうかもしれないけど、大丈夫?」

「うん、録画してるから気にしないで。それに映画館で一回見てるから」

 さすがに人気だなあ、もののけ姫。どうりでさっきお風呂がガラガラだったわけだ。

「お待たせ。夏美ちゃんの分もいれたわよ」

「わ、ちづ姉ありがとー」

 千鶴さんがお盆に紅茶を三つとチョコレートをたくさん乗せて戻ってきた。お茶菓子まで出てくるなんて、至れり尽くせりだ。

「あれ、これ手作り……ってことは、千鶴さん誰かにチョコあげたの?」

 女子校なんてものに通っていると忘れそうになるが、今日はバレンタインデーでもあったのだ。千鶴さんが持ってきたのはそこそこ簡単に作れるトリュフである。

 そこそこ簡単と言っても、お菓子なんて作ったこと無いという人にはハードルが高いので、美空さんとかにはお勧めしない。今年も瀬流彦先生にチョコ渡したのかな、美空さん。

 明日菜さんは高畑先生に渡せてないな、間違いない。

「保育園の悪ガキどもにあげたのよ。余りで悪いけど、春香さんも食べて」

 上品に笑う千鶴さん。おお、悪ガキども一生の思い出にするんだぞ。義理とは言え千鶴さんクラスから手作りチョコを貰えるなんて、下手したら二度とないよ。

「園長先生に苦笑されちゃったんだけどね。おやつの時間は決まってるから、今日出す予定だったおやつを明日に回すことになってしまったの。ちょっと申し訳なかったかしら」

「へー、そういうことも考えないといけないんだ。ちづ姉も大変だね」

 夏美さんが感心したように言う。

「そこでさらっと千鶴さんの手作りチョコを優先するあたり、園長先生も人格者だよね」

「ええ、とても良い先生よ」

 そんな事を話しながら、三人でもののけ姫を見てまったり過ごす。そろそろ十時だし、あやかさんもさすがに帰ってくるはずだ。急用を終わらせて。

 ……急用の中身は十中八九、来週やってくる新任教師の身辺調査だ。

 あやかさんは初日からネギ・スプリングフィールドの情報を十分に持っていた。オックスフォード卒と聞いている、という発言もあったし、そもそもネギの銅像だとか板書用の踏み台だとか、事前準備なしで用意できるものではない。

 次女とはいえあやかさんは雪広グループ当主の娘だ。学外からやって来るA組の新担任を、ただ迎え入れるというわけにはいかないのだろう。

 まあ、調べた結果が九歳の美少年だったせいでいろいろ暴走するわけだけど。

 現時点で、私の情報網にA組新担任の噂はまだ引っかかっていない。迎えに行くはずだった木乃香さんと明日菜さんが、そのプロフィールを当日まで知らなかったのだから、それなりに隠されているのだと思う。

 明日菜さんがネギに反発した理由の一つは、突然知らされた高畑先生のA組担当教師解任だ。上手いことあやかさんから新担任の情報を引き出せれば、明日にでも朝倉さんに売る予定である。

 あとはネギ着任当日に木乃香さん達が余裕を持って登校できるよう取り計らえば、第一声から失恋の相が出てるなんて発言も避けられるだろう。

「ただいま戻りましたわー」

 入り口の方から、妙に弾んだあやかさんの声。これはどうやらビンゴっぽい。

 千鶴さんと夏美さんと一緒に、あやかさんへ声を返す。

「おかえりー、待ってたよー」

 さーて、あやかさん。しっかり裏を取ってきたのだろう良いニュースを、上機嫌で話してくれるかな。私は悪い笑顔を表に出さないよう、心の中だけでふっふっふと笑った。




本編と関係の薄い小ネタ(特に読む必要なし)

【原作1時間目は何月何日?】
 前提条件
1.1時間目は2時間目の1日前の話
2.2時間目の日直が宮崎のどか
3.5時間目開始時点でネギ赴任から5日目(まき絵談)
4.5時間目のドッジボール勝負がある体育は午後の授業(13:15の時計が描いてあるコマあり)
5.7時間目の日直が椎名桜子
6.7時間目開始時点で3月金曜日
7.女子中等部は土曜日も授業がある
8.2003年3月の金曜日は7,14,21,28日
9.3/21は春分の日であるため7時間目予測日付から除外
10.3/28は卒業式、春休み、期末試験の日程的にありえないので7時間目予測日付から除外

<3/7の日直を椎名桜子として、相坂さよの日直を飛ばした場合>
・ネギ着任は2003/2/10(月)
・2/11が建国記念日のため、1の条件に反する

<3/7の日直を椎名桜子として、相坂さよの日直を誰か(雪広あやかなど)が代行している場合>
・ネギ着任は2003/2/8(土)
・2/9が日曜日のため、1の条件に反する

<3/14の日直を椎名桜子として、相坂さよの日直を飛ばした場合>
・ネギ着任は2003/2/18(火)
・3の条件である5日目が2/22土曜日半ドンなので、4の条件に反する

<3/14の日直を椎名桜子として、相坂さよの日直を誰か(雪広あやかなど)が代行している場合>
・ネギ着任は2003/2/17(月)
・1-8の条件を全て満たしている

 本SSでは、最も確からしいということで、ネギ着任は2003/2/17(月)を採用しています。
 補足として、ネギ着任が2/14以前である場合、バレンタインデーが原作でネタにされていない理由に説明がつかないと考えています。また、バレンタインイベントが無かったために、ホワイトデーもスルーされていると思われます。
(坂本春香の場合は、日直が誰それなんて覚えていないため、上記のような計算は行っていません)

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