世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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私の知りたいこと

「春香ちゃーん、この紙皿とかの余りはどうするのー?」

「取っておいても使い道ないから、お料理研究会に寄付だね。そっちの机に割り箸とか置いてあるから、同じとこに固めておいて」

「はーい」

 夏美さんに答えながら、私は机を布巾で拭いていく。

 今日のところは見苦しくない程度に整頓しておけばいい。どうせ明日はまる一日、学園祭の後片付けとして時間がとられているし、あまり本格的にやると後夜祭が始まってしまう。

 クラスの出し物を何にするかは、もっと紛糾するものだと思っていたが、意外とすんなり超包子1-A支店に決まった。仕入れやレシピなど、飲食店を出すネックの大部分が超包子頼りで解決する、というのは大きい。超さんの儲けにはほとんどならないはずなのだけど、宣伝効果があると割り切ったんだろうか。

 そんなわけで、私達は今、営業の終了したお店の後片付けをしているところだ。最後のシフトに入っていたのは、千鶴さん、夏美さん、ザジさん、桜咲さん、そしてマクダウェルさんだ。

 じゃあなんで私がいるのかというと、超さんに支店長として任命されたから、という理由がある。超さんや五月さん、茶々丸さんは本店をメインに活動していたし、葉加瀬さんはサークルの活動が忙しかった。私と古さんで比べるなら、かわいくてバランス感覚のある古さんをウェイトレスに任命するのは至極当然な結論だ。支店長なんてつまりは雑用係の代名詞だし。

 ふと時計を見ると、十七時まであと少し、といったところだ。サーカスの開演は昨日と同じで十八時のはずだから、そろそろ抜けたいかもしれない。

「あ、ザジさん。時間大丈夫? サーカスのリハとかあるなら抜けてもいいよ」

 昨日のザジさんは空中ブランコにジャグリング、綱渡りや玉乗りと大活躍だった。クラウンとして笑いを取りに来ることがなかったのが、ちょっと残念だったかな、というくらいである。

「……」

 ザジさんはふるふると首を振ってから、こくりとうなずいた。たぶん、まだ大丈夫、ということなのだと思う。あやかさんが居ればもっとはっきりとした意思疎通ができるのだけども。

「んー、じゃあ時間になったら勝手に抜けちゃっていいから」

 私の言葉に、ザジさんがもう一度うなずく。ちょっとコミュニケーションが難しいけど、ザジさんは基本的に協調性がある。どこぞのマクダウェルさんとは大違いだ。

 そのマクダウェルさんは、やる気がないのが見え見えだったので、売上とお釣りを高畑先生に届けてほしいとだけお願いしておいた。たぶんマクダウェルさん自身は戻ってこないけど、お金の安全だけは百パーセント保障される。うん、適材適所という奴だ。

 適材という意味では、会計関連のお仕事はあやかさんや龍宮さん、早乙女さんみたいな「お金を扱うことに慣れている人」を最低一人はシフトにいれて回していた。

 会計、キッチン、フロアときっちり分業しておいたので、私のお仕事はその時々のヘルプくらいだ。問題が出ても、ほとんどは各担当のリーダーがなんとかしてくれたし。ちなみにキッチンのリーダーは千鶴さん。フロアのリーダーは千雨さんだ。超さんと五月さんは顧問扱いなので、私にまで問題が上がってきたときに初めて登場、ということになる。こう考えると本当に私なにもしてないな。支店長ではなく調整係と言った方がしっくりくる。

「坂本さん」

 簡易冷蔵庫の中を整理していた桜咲さんに声をかけられた。

「肉まんの具が大分あまっていますが……どうしますか?」

 ああ、閉店間際のラッシュに対応できるよう作り置いてあったのが余ったのか。

「えーっと、腐らせるのもなんだから、クラスの自炊組に上げちゃうのがいい、のかなあ。あやかさんに聞いてみるよ」

「あ、それの使い道は決まってるから気にしなくて大丈夫よ?」

 会計の取りまとめをしていたあやかさんに連絡しようと携帯電話を取り出したところを、千鶴さんに止められた。キッチン班でちゃんと余ったときの使い道を考えていた、ということらしい。

「たぶんそろそろ連絡が来ると思うのだけど……」

 千鶴さんがそう言って首を傾けたところを、狙い済ましたように連絡が入ってきた。私の手の中でマナーモードの電話が震えたのと同時に、千鶴さんや桜咲さんのポケットからも着信音がぴろりろと流れ出した。振り向いてみれば、ザジさんと夏美さんも、それぞれポケットから携帯電話を取り出して視線を落としている。

 ここまでくれば差出人は見ずとも分かる。予想通り、それは我らが委員長あやかさんからのメールで、後夜祭に打ち上げパーティーをやるとのお誘いだった。

「余った食材はそこで使うから、問題ないわよ」

 にこにこと微笑む千鶴さん。うーん、本当にこのクラスはお祭り好きだ。

 でも、すでにひき肉状になってて下味までついてる肉まんの具を、肉まん以外に作り直すのはなかなか難しいと思う。具は余っていても、皮は余っていないのだ。私のあまり幅広いと言えないレパートリーでは「余りもの全部みじん切りにして放り込んだチャーハン」くらいしか出てこない。

 まあ、千鶴さんも近衛さんも、それこそ五月さんだっているわけだから、そこら辺は心配しなくても大丈夫か。

「ん、了解。それじゃ、ちゃっちゃと片付けて打ち上げに行こっか」

 あと残っているのは、超包子に返却するセイロの始末くらいだ。五人で手分けすれば、すぐに終わるだろう。

 

 

「……はめられた」

 私は軽くうつむいて、ぼそりと呟いた。たぶん誰の耳にも届かなかったと思う。いや、茶々丸さんなら声を拾ったかもしれない。だからどうなるというものでもないけど。

 あやかさん達の手によって、地面よりも一段高い演台の上に押し上げられた私は、ウーロン茶の入ったコップを片手に、困っているところだった。

 つまりは、乾杯の音頭を取れということなのだ。ちゃんと準備期間があるのなら、プレゼンの一つや二つくらいはこなせるけど、こういうことをいきなり言われても困る。

 委員長のあやかさんがやるべきだと主張したら「私は今回ただの出納係ですわ」なんてしれっとした顔で言われてしまった。じゃあ超さんの方が適役だよと言ってみたが「これは1-Aの打ち上げで、超包子の打ち上げではないヨ」などとニヤニヤ笑いが返ってきた。

 もういっそ「楽しんでください」とだけ言って降りてしまおうかと思ったけれど、そのネタを理解してくれる人はクラスに五人といない。あー、もう、なんでこんなことに。

「えーっと……」

「腕が重いなー! はーやーくー」

 私がどうしたものかと思っているところに、朝倉さんから茶々が入る。あとで覚えてろよ。というか、そういう飲み会向けの突っ込みをどこで覚えてくるんだ、朝倉さんは。

「じゃあその、みんなお疲れ様です。売上はばっちり黒字になりました。あやかさんと超さん、それから高畑先生からもオッケーが出てるので、この打ち上げのお金はそこから出ます」

 いえーっ、と歓声が返ってくる。何を言っても盛り上がってくれるというのは本当にありがたい。

「えと、短いけど以上。超包子1-A支店の成功を祝って乾杯っ」

「かんぱーいっ!」

 私の声に続くように、みんなカップを高く掲げた。

 その隙を見計らって、私はそそくさと演台から降りる。ふーっと息を吐いたあとで、ウーロン茶を一口。たったあれだけのことで、喉がカラカラだ。別に上がり症というわけじゃないけど、突然の無茶振りはやめて欲しい。

「お疲れ」

 言いながら近づいてきたのは千雨さんだ。お祭りという大義名分があるからか、今日は犬耳と尻尾がはえている。服装もさりげなくかわいい系でまとまっているけれど、特定のアニメキャラを意識してはいないらしい。部屋で学園祭中どんな格好をするか話していたとき、「こんなところで足がつくのはアホらしい」と、千雨さんは言っていた。

「慣れないことはするもんじゃないよね。緊張しちゃった」

「へえ、春香って緊張するんだ」

 するよ、当たり前に。

「確かに春香さんって、いつも余裕を持ってるイメージがありますからね」

 近くにいた聡美さんまで話に乗ってきた。

 しかし私に言わせれば、初等部の頃は単純に周囲との精神年齢の差がそう見せていただけの話で、最近に至っては怠惰の表れだ。すっかりふ抜けたくせに、中学生レベルで求められることなら、万事そつなくこなすことが出来るせいで、余計そう見えてしまうのだろう。

「でも、どちらかと言えば春香さんは努力型の人だと思いすよ」

 聡美さんが笑いながらフォローを入れてくれた。はい、理数系の勉強ではご迷惑おかけしました。

 千雨さんは、ふむと小さくうなずいた。

「確かに、勉強の教え方見てると、そういう気もする」

 テスト前、図書館探検部の勉強会に何度かお邪魔させてもらったときのことを言っているのだろう。綾瀬さんが全然勉強せずに本ばかり読んでいたのが印象的だ。

「はい。初等部のころも、私の説明よりも春香さんの説明の方が分かりやすいと良く言われました」

「どっちかっていうと、聡美さんの説明が分かりにくいだけだと思うんだけど」

 一を聞いて十を知る、とよく言うけれど、聡美さんは人に教えるときも一と十しか説明してくれない。もうちょっと詳しく、と頼んだら七だけ追加で説明してくれたりして、さらに混乱することになる。

 これだから天才という奴は……である。教師に向いているのは勉強が苦手だった人、という話は、そういうところからも来ているのだろう。

 私はふと、もう一人の天才を探して視線をさまよわせた。

 演台の上に私を押し上げるまでは、この辺りにいたはずなのだけれど、いつの間にかいなくなっている。

 A組の宴会会場となっているこの辺りは、キャンプファイアーが行われているグラウンドにも近く、中々の一等地だ。その一等地の端っこで、キャンプファイアーの赤い光に半身を照らされている超さんを見つけた。

 視線を戻すと、よそ見をしている間に千雨さん達の話題は聡美さんの目のクマに移っていた。ビタミン取れ、ビタミン、と千雨さんがサラダを紙皿に取って聡美さんに押し付けている。

「ごめん、ちょっと向こうに行ってくる」

 私は千雨さんと聡美さんに断りを入れて、その場を離れた。

 

 

 その一角は、ちょっとしたエアポケットになっていた。外から見ればA組の宴会会場の内側であり、部外者は遠慮して近寄らない場所。そして、中から見ると、食べ物なんかの置かれたテーブルから離れているため、わざわざ近寄る必要のない場所。人の動線から外れているそこは、自分からそうしようと思わない限り、なかなか意識が向かない。

 だからだろう。超さんはそこに近づいてくる私にすぐ気づいて、にこりと微笑んだ。

「お疲れサマ。ここらにはあまり美味しそうなものは無いヨ」

「えーと」

 うん、それは分かっている。ただ私は、ほんの数秒前、超さんが笑顔で隠してしまうその前に浮かんでいた表情が気になって、あまり深く考えずに歩いてきてしまっただけなのだ。

「超さんとお話ししたくって」

 私がそう言うと、超さんは笑顔を崩さないまま、座るかと椅子を勧めてくれた。私はそれを断り、超さんの隣に並んで立った。ここからだと、みんなの馬鹿騒ぎが良く見える。

 ピーナッツを上に放り投げて口に入れる、という定番の食べ方を、誰が一番高く投げて成功させるかで競い合っているらしい。今、古さんが三メートル近く投げ上げた肉まんを見事に口でキャッチした。周りのみんなから拍手が巻き起こる。

「楽しそうだね」

「そうダネ。楽しそうダ」

 夜だというのに、超さんは眩しそうに目を細めた。

「超さんは、やらないの?」

 私が視線で示した先で、ザジさんが立て続けに三つのチョコレートを投げ上げた。体も首も微動だにしていないのに、チョコレートは三つともザジさんの口の中に飛び込んでいく。あれはもう、口でキャッチとかじゃなくて投げ方が上手いんだな。

「私は、ああいうのは苦手ヨ」

「……そっか」

 周囲は大分暗くなってきている。サーカスに出ていたザジさんが合流しているということは、もう八時過ぎのはずだ。流石に昨日までのように、日付が変わるまで騒ぎ続けることはできない。今はすでに後夜祭。四日間続いたお祭りは、もうすぐ終わる。

「そうそう。支店長を引き受けてくれて、助かたヨ。春香サンのおかげで、五月も私も、本店の方に集中できたネ」

 超さんが、たった今思い出したというようにお礼の言葉を口にした。

「おっきな問題もなく終わって良かったよ。ほとんど見てるだけだったし」

「営業時間中は、シフトが入ていなくても出来るだけお店に居てくれたと聞いているヨ」

 まあ、それくらいは支店長のお仕事の内だと思う。サークルの発表とか、そういうのは流石に抜けさせてもらったけど。

「本来のアルバイトとは違うから、お給料は出せないけれど、何かお礼をしなければと思ていたネ」

「そんなの、別にいいのに」

 私は笑いながら断ったけれど、超さんはふーむと考えるように指を顎にあてている。

「そうネ。特別サービスで、一つだけ春香サンの質問になんでも本当のコトを答えてあげるヨ」

「えぇっ?」

 思わず声を上げて、超さんの方を振り向く。そして、超さんと目が合って、そこでようやく、またはめられたのだと気づいた。

 アルバイトを始めてから一月、驚くほど超さんからの接触は無かった。てっきり私が見たということになっている未来のことをあれこれ聞かれるのかと思っていたけれど、超さんが振ってくるのはお仕事の話や勉強の話ばかりだった。

 そして、いきなりこれだ。

 たぶん、今このタイミングで聞いたことについて、超さんは嘘をつかない。超さんがわざわざ「本当のこと」と断ったからには、きっとそうするつもりだ。たとえ私がどんな無茶なことを聞いても、だ。

 私は、私がそのことに気づいたということを、声を上げて思わず振り返ったことで、超さんに教えてしまった。

 超さんは「私が何を聞くか」を知りたいのだ。ここで私が超さんに聞く事柄は、つまり「私の知らないこと」だ。それはたぶん、私で思いつく範囲以上に大量の情報を超さんに渡すことになる。そして、私が適当な質問でお茶を濁したなら、それは私が何をどこまで知っているかを超さんに教えたくない、という意味に他ならない。

「さ、春香サン。何を聞きたいネ?」

 超さんが口角を上げて笑う。ずるい人だ。私が何を聞いても、聞かなくても、それが超さんにとって有益な情報となる状況。

 けれど、私が超さんに聞きたいことって、何があるだろうか。表面的な流れは、大体知っている。というか、こんな誰が聞いているかも分からないところで、超さんの計画について聞けるわけもない。

 私が超さんの味方をしたいと思っているからこそ、逆にうかつなことを聞けない。でも、これは超さんが用意した試金石なのだ。誤魔化したりすれば、超さんの中で私の警戒度がぐっと上がってしまうだろう。今みたいに怪しまれている、という程度ならいいけど、私のために監視とか情報収集の時間を割かせるというのは、ちょっといやだ。超さんにとっては誤差のうちかも知れないけど、わざわざ無駄な時間を使わせるのは、出来れば避けたい。

 私があーでもない、こーでもないと悩んでいると、超さんがくすりと笑った。

「そういう顔をするのは、四月以来だネ」

 あ、と思った。

 千雨さんにふ抜けていると言われた。ふ抜けていると、自分でも思っていた。超さんにも、ふ抜けていると、思われていた?

 超さんに味方するなんて考えておいて、世界樹の発光周期のことを伝えたら、それで役目を果たしたとばかりに、全部超さんに丸投げしていた。

 だって、これ以上何かして、それが取り返しのつかない結果を呼んでしまったら。そう思うと、もう何も出来なかった。それは、言い訳だろうか。

 この二ヶ月というもの、私は本当に、何をすればいいのか分からなかった。何もしなくていいのかどうかも、分からなかった。

「……超さん」

「ン?」

「超さんの助けになりたい。私に出来ることを教えて欲しい」

 私の言葉に、超さんはきょとんと目を丸くした。次の瞬間、笑い出す。

「ふ、あはははは。さすが春香サンだネ。その返答は予想外だたヨ」

 予想外、本当にそうだろうか。私を怪しんで、自身の敵である可能性を考えるなら、同じように味方である可能性を考えないわけがない。

 そんなことを考える私を尻目に、超さんはひとしきり笑った後、呼吸を整えてから言った。

「約束だから答えないといけないネ。……今週の土曜日、確かバイトを入れていたネ。それが終わたら、少し話そう。時間を作ておくヨ」

 私が分かったとうなずくと、超さんは視線を宴会の喧騒へと向けた。その顔にわずかな微笑みが浮かぶ。

「サテ、そろそろ小腹が空いてきたネ。五月の作た菜を食べに行くとするヨ。春香サンも来るカナ?」

「もちろん、お供するよ。あ、椎名さんがケーキ焼いたって言ってたから、それも食べてみたいかも」

「まだ残ているといいネ。うちのクラスはカロリーと明日を考えない欠食児童ばかりヨ」

 いやいや、流石にそれはごく一部だと思う。今日はお祭りだから少し緩んでるかもしれないけど、柿崎さんとか千雨さんは、普通にカロリーも気にしてるよ。まあ、少数派だっていうのは認めるけどさ。

 ……残ってるよね、椎名さんのケーキ。

「不安になってきた。急ごう、超さん」

 私はクラスの皆が作る喧騒に向かう足を、少しだけ速くした。


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