世界に魔法をばらすまで   作:チーズグレープ饅

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何を信じればいいのか……

 入学式を終えた私達は、高畑先生に連れられて、ぞろぞろとA組へ移動した。昨日のうちに用意してあったのか、教室の黒板には大きく座席表が書かれていた。

 一年A組の座席数は、六列五行の三十席と、その右後方に二席を付け加えた、合計三十二席である。さて私の席はというと、右後方で飛び出している二席の左側だ。

 私は自分の席と定められた机に近づいて、おっかなびっくりお隣さんに声をかける。

「えーと、マクダウェルさん。昨日のお茶会は来てなかったよね。坂本春香です、よろしく」

 そう、私の隣の席はマクダウェルさんなのである。にっこりと笑いかけてみたは良いけれど、笑い返してくれるかも、なんて期待をしてはいけない。

 案の定、マクダウェルさんは冷たい視線で私を一瞥した。

「ああ、よろしく」

 それだけ言うと、私の存在など無いものであるかのように、ふいっと視線を黒板の方へやってしまう。いや、私なんかに興味ないのはわかるけど、もう少し社交性とかそういうのを持ってほしいなー、と思わないでもなかったり。

 ここで「スカしてるんじゃないわよ」とでも言って突っかかれば、一昔前の青春映画風になるのだけど、もちろんそんなことをするつもりはない。

 私は小さく苦笑して、マクダウェルさんの隣の椅子に腰を下ろした。

 座席配置を考えると改めて、私は異物なのだということが分かる。誰がどこに座っていたかなど、さすがに覚えていないが(せいぜい朝倉さんの隣は相坂さよ、みたいな限定的なものだ)この位置は、本来あるはずだった配置にプラスして、空いている席に私を押し込んだ形だと考えれば納得がいく。

 前の席は明石さん。私の顔を見ると、にっと笑みを浮かべてきた。運動会での徒競走、球技大会でのバドミントン、昨日のお茶会での肉まん争奪戦と何度も戦い、そして戦った数だけ負けてきた私ではあるが、運動神経と身長(あと将来的には胸のサイズ)以外で負けるつもりはない。少なくとも、中学校レベルの授業なら私の圧勝だ。にやり、と笑い返しておくことにする。

 左斜め前に座っているのは千雨さんだ。部屋が同じで席も近いとは、なんとも縁のある話だと思う。

 さらにその左隣には綾瀬夕映の姿も見えるが、無表情すぎて何を考えているのか分からない。やっぱり、世界なんてみんなくだらない、と思っているのだろうか。昨日のお茶会にも参加していなかったようだし。

 世界はくだらなくなんかない、と言いたいところだけど、それは口先だけで言ってもしょうがないことだ。宮崎さんが、これから時間をかけて伝えていくのだろう。

 そして右斜め前の席は絡繰茶々丸。私周辺の座席事情としては、こんなところだ。

「絡繰さんも、よろしくね」

 そう声をかけると、わざわざ体ごと振り向いて、丁寧にお辞儀を返してくれた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。坂本さん」

「ちょっとちょっと、なんで私には『にやっ』って笑うだけで、絡繰さんにはよろしくなわけ……なんで拍手してんの?」

 明石さんが私と絡繰さんのほのぼの空間に割り込んできた。

「うーん、絡繰さんとはこれから友達になる予定だけど、明石さんは既に好敵手と書いてトモと読む関係だから?」

「だから? じゃないって、意味わかんないよ」

 ちなみに、拍手したのは純粋に感心したからだ。葉加瀬さんが狂喜乱舞するのも分かる。絡繰さんの態度は、外見がちょっとメカっぽいところを除けば、人間としてほとんど違和感がない。

 機械の隣人。その言葉が持つ浪漫は、魔法と比べてもまったく遜色がない。許されるのならば、葉加瀬さんに抱きついて「やったじゃん!」と叫びたいくらいだ。葉加瀬さんは、ずっと追い求めていた「機械の知性」という夢への第一歩を踏み出したのだから。

 私がひとりで感動している間に、絡繰さんも視線を前方に戻していた。主従揃って、淡白なことである。

「よし、みんな席に着いたかな。それじゃあ最初のホームルームをはじめる。とりあえずは自己紹介から、かな」

 教卓に立った高畑先生の言葉に、おーっという歓声が応えた。本当に、ノリの良さは折り紙つきのクラスになりそうだ。

 

 

 ホームルームは滞りなく進行した。いや、何か盛り上がるタイミングがあるたびに歓声が上がるのを滞りなくと言い切れるあたり、私も随分と麻帆良に毒されている。普通に考えれば学級崩壊もいいところだ。諌める立場にあるはずの高畑先生がにこにこわらっているだけなのも理由の一端を担っていると思う。

 数々の馬鹿騒ぎを鎮圧してきたデスメガネにとっては、この程度のことは笑って済ませられるレベルだということなのかもしれない。事実、時間的にはむしろ余裕のある進行だから侮れない。

「えーと次は……このクラスの委員長を決めないといけないんだけど、立候補はあるかな。自薦、他薦、どっちでもいいよ」

 そういえばまだ決めていなかった。まあ決めるまでもないから忘れていたというのが正確なところである。

 高畑先生の言葉に反応して、はーいと元気良く手を挙げたのは、すぐ前の席の明石さんだ。高畑先生に指されて立ち上がるとき、私を見てにやりと笑ったようだった。

「坂本さんがいいと思いまーす」

 予想外の台詞に、盛大に噴出す私。

「ちょっと待ったあ!」

「おーっとここでちょっと待ったコールだ!」

 ばん、と机をぶっ叩いて立ち上がったのは椎名さん。続いての台詞は朝倉さんだが……その合いの手は中学生が入れられるものじゃないと思うんだけど。

 いや、突っ込むべきはそんなところじゃない。A組の委員長って言ったら雪広さんでしょ? なぜここで私の名前が出てくるのか。

 混乱する私をよそに、椎名さんが口を開く。

「クラス委員長だったらいいんちょ……じゃないや。雪広さんを推薦するよ!」

 そうそう。よく言ってくれた椎名さん。もしもここで雪広さんが委員長にならなかったら、えーと、どうなるんだろう。想定外すぎてよく分からない。

 まず、クラスの皆が雪広さんを委員長って呼ばなくなるよね。他には、超さんのお別れ会とか、ネギの歓迎会とかの進行に問題が出るかもしれない、のかな?

「何しろ雪広さんには小学校のころ、一年生から六年生までずっと委員長だった経験があるからね。いいんちょ、ってあだ名で呼ばれてるくらいだよ」

「何をー、ウチの春香だって四年生から三年間ずっと委員長やってたから、経験なら申し分ないよっ。ね、春香」

 話を私に振ってくる明石さん。いやちょっと待って。今いろいろ考えてるから。というか、「ウチの」って言ってるけど、私と明石さん、初等部では違うクラスだったよね?

 それはそれとして、今この場で「雪広さんでなく私が委員長になったらどうなるか」をちゃんと考えることなどできないのは確かだ。ならばいっそ、本来の流れから外れない展開になってくれた方がいい。

「明石さんが推してくれるのは嬉しいけど、雪広さんの方が委員長として相応しいと思うから、私は辞退しようかなー、なんて」

 そう発言すると、えー、という声が教室内からちらほらと上がった。明石さんはともかくとして、早乙女さんとか朝倉さんは、対決してくれた方が面白かったのに、みたいな態度が見え見えだ。

「昨日の入学おめでとうパーティーだって、発案は誰か分からないけど、企画から準備、予算のやりくりとか片付けの段取りまで、スムーズに進行したのは雪広さんの力が大きいと思うよ」

 と、私は雪広さんを推す。教室内に、そうだねえ、と私の発言に同意する空気が流れる。現時点ですでに実績を持っているから、雪広さんを推すのは簡単なことだ。

 すると、椎名さんの隣に座っていた雪広さんがおもむろに立ち上がった。

「そういうことを言うなら、私も坂本さんはクラスのまとめ役を十分にまっとうできると思いますわ。昨日のお茶会でも、後片付けの際には率先して動き、みんなを良くまとめていましたもの。それに現状、クラスメイトの個性を良く把握しているという点で、坂本さんはこのクラスで一番ですわ」

 雪広さんの台詞に、あー確かに、とうなずく教室の面々。しまった、交友関係の広さがあだになったか。

 しかし雪広さん、委員長であることにこだわりとかは特に持ってなかったんだね。私以外の委員長など認めませんわー、みたいに言ってくれたら楽だったのに。くう、節度のあるお嬢様なのは素晴らしいけど、今ばっかりは少し恨めしい。

 雪広さんの意見に流されないよう、私は口を開く。

「初等部までの委員長と中等部からの委員長は求められる役割が違ってくるよね。先生の指示をクラス内に過不足なる伝えることと、クラス内の意見を統一して学校側に持っていくこと。個性が強い人が集まってるからこそ、明確な方向性を持たせられるだけの牽引力がある雪広さんの方が委員長に向いていると思う」

「それは委員長をリーダーと見るか議長と見るかで変わってきますわよね。自身の意見に固執することなく、話し合いの場から一歩引いた視点でみんなの発言をとりまとめる技能については、坂本さんの方が長けていると思いますけれど」

 推薦者をそっちのけで始まった私と雪広さんの舌戦は、ぱん、と高畑先生が手を打ち鳴らして止めた。

「はい、それじゃあ応援演説はこれくらいにして、決めてしまおうか。雪広君も坂本君も、お互い相手に譲ってもいいという主張のようだから、辞退はなし。普通に投票で決めることにするけど、無記名の方がいいなら紙を用意しようか?」

 むむ、本当はクラス内の意見をもっと雪広さん寄りに傾けたかったのだけれど、明石さんと椎名さんも立ったまま所在なげにしていたし、いいタイミングだったとは言える。

 そこら辺は雪広さんも同じなのか、あっさりと引いた。

「分かりました。時間ももったいないですし、私は挙手でいいですわ」

 とだけ言って、席につく雪広さん。つられるように、隣で立っていた椎名さんも座る。

「はい、分かりました。私も挙手で問題ありません」

 私と明石さんも同じように腰を下ろした。

 あとは皆に期待するしかない。今のやり取りから考えてどっちが委員長に向いているか分かってくれたか、とかそういうことではなく、私が委員長をやりたくないらしい、というサインに気づき、それを汲んでくれる友情にだ。

 カツカツと音を鳴らして黒板に書かれた名前は二つ。出席番号順ということか、高畑先生がまず私の名前を挙げる。

「では、委員長は坂本君がいいという人、手を挙げて」

 はいっ、と元気良く手を挙げたのは、明石さんだ。そのほかにも雪広さんとか四葉さんとかが手を挙げている。だからやりたくないんだってば。

「……七、八、九。決まったみたいだけど一応聞いておこうかな。委員長は雪広さんがいいという人、手を挙げて」

 私は安心して、ふうと息を吐きながら手を挙げた。危なかった。いや、危なかったのかどうかも分からないというのが正しいか。まさかこんな全然関係ないところでずれそうになるなんて、考えてもいなかったのだし。

「それじゃあ、A組の委員長は二十二票で雪広君、ということで決定かな」

 高畑先生がそう言って、赤チョークで雪広さんの名前の上に丸を書いた。

「選ばれたからには、期待に応えられるよう頑張りますわ」

 雪広さんがうなずきながら言った。私はぱちぱちぱちと拍手をする。まあ、歓声にまぎれてほとんど聞こえなかったと思うけど。

 とりあえず、今回は上手く事なきを得た。けれど、私の見通しがかなり甘かったのは確かだろう。今のところ、ただA組のみんなと仲良くなっただけなのに、すでに予想外の影響が出てしまっている。

 よくよく考えてみれば、超さんの介抱役として四葉さんに呼ばれたことや、私がA組に所属していることだって、どこにどんな影響を及ぼしているものやら分からないのである。迂闊だった。けれど今さら取り返しもつかない。

 偶発的な事態については、これから何度も対処していかなければならないだろう。

 それでも、人の意思が大きく介在している件については、そこまで不安に思わなくてもいいはずだ。それは例えばネギが父親を追いかけることだったり、超さんが歴史を変えようとすることだったりという目標設定についてである。

 振ったサイコロの出目は、私が存在することで変わるかもしれない。けれど、それで双六のゴールが変わるわけではない。どんな双六を用意するかは、個人の意思によるものだ。

 だから私は、グラ賽を用意することや、他人の双六のマス目に書いてあるものを書き換える作業にだけ腐心すればいいはずだ。

 

 

 なんてことを思っていたのだが、その考えが既に甘いということに気づかされたのは、その夜のことである。

 大浴場から帰ってくると、千雨さんが少し暗い雰囲気をかもし出していた。いや、思い出してみれば昨日の夜もそんな感じだったかもしれない。

「いいお湯だったよー。でも広すぎて落ち着かないよね、ここのお風呂」

 私はそんな台詞とともに部屋に入った。ベッドに腰掛けていた千雨さんが、真剣な表情で私を見た。

「ちょっと話がある。聞いてくれ」

「え、うん、分かった」

 私はお風呂セットと着替えを自分のスペースに置いて、部屋に備え付けてあった座卓の前に座る。

 千雨さんもベッドから立ち上がり、私の向かいに腰を下ろした。

「実は……そうだな、悪い知らせと比較的良くない知らせがある」

「その出だしはあんまり歓迎したくないなあ。私に前科があるだけに」

 この時点では、私はまだ気楽に笑っていた。ほんの数十秒後に爆弾が落とされるなんて思ってもいなかった。

「まあ聞け。私だって謝る用意くらいはしてる」

「あ、やっぱり私も関係ある話なんだ」

「そうでなかったら、こんな言い方はしないって」

 ははは、と千雨さんが乾いた笑いを漏らす。

「本当はジャブの方から行きたい所だが、時系列順に並べた方が分かりやすいから、同時に言うぞ?」

「了解、それなりに覚悟したよ」

「ウチのクラスのハルナって分かるか? 早乙女ハルナな。あいつに私の趣味がばれた。ついでにサイトもばれてるっぽい」

 早っ、早いな。もうばれたのか。っていうか、私が知ってる限りだと明確にばれてたのってカモネギコンビくらいじゃなかったっけ? いや、まって。今それ以上に聞き捨てならないことを言った気が。

「サイトも、ばれた?」

「ばれてるみたいだな。で、それを黙ってる代わりにって交換条件で、図書館探検部に入ることになった。これで私も変な集団の仲間入りだな」

「は……」

 絶句、である。

 あまりに私生活側に寄った問題と、計画側に寄った問題が同時に発生したせいで、頭の処理が追いつかなかったのだ。

 私生活側は、あの写真の存在を早乙女さんが知ってしまったということ。眼鏡をかけただけの私の変装なんて、早乙女さんはあっさり見破るに違いない。

 計画側としては、千雨さんが図書館探検部に所属してしまうことによって起こるだろう、これからの展開に対する影響が大きすぎること。ちょっと想像してみただけでも、その変化は雪広さんが委員長と呼ばれない、なんていう小さなものとは比べ物にならない。

 この二つを同レベルで扱うのは間違っていると分かっている。理性的には後者を優先して対処しなければならない。でも、感情的には前者の方が大問題なのだ。「いくちゃん」と私が同一人物であると早乙女さんが気づいたのなら、からかわれないわけがない。

「いや、え、ちょっと待ってよ」

「すまん。クラスの連中、ってか春香と私の共通の知人に対してサイトがばれるってことを全然考えてなかった」

 千雨さんが頭をさげる。

 潔いのはとても良いことだ。私もまさかこんな簡単にばれるとは思っていなかった。というか、早乙女さんと千雨さんの接点はどこにあったというのか。

「私のときと同じ手は、使えない、よね」

「そうだな。ハルナは完全にオープンなおたくだし、コスプレ自体も抵抗無くこなしてた」

「ああ、うん。そういえば売り子してるときコスプレしてたわ」

 ん? 今の話の流れで行くと、千雨さんと早乙女さんはそっち系のイベントで会ったことがあるということになるんだけど。

「千雨さん、即売会に参加してたの?」

「知り合いに会わないように隣の市で何度かな。パルとはそこで会った。春香もか?」

「私はこっちのだけどね。あー、そっか。『ちう』としてが先だったのか。そりゃ仕方ないよ」

 仕方ないっていうか、完全に私が原因だ。眼鏡がなくても人前に出られるのだから、即売会に参加するフラグが立っていてもおかしくない。

「いや、それでも、悪い。ごめん。いろいろ考えが浅かった」

 そう言って、千雨さんはもう一度頭をさげた。

 違う。考えが浅かったのは、私だ。千雨さんの性格が丸くなるということについて、ちゃんと考えていなかったのは、私だ。

「いいよ、謝らなくても。うん、もう、仕方ないって。それにほら、今は使えないけど、私は早乙女さんの初期作品をがっちり確保してるから、将来的には十分武器になるって」

「え、えげつないことをさらっと言うな、お前」

 黒歴史の恐ろしさは、おたく歴の長い人ほど身に染みて分かる問題だと思う。千雨さん、気づいてないかもしれないけど、ちうの部屋だって例外じゃないんだよ。言わないけど。

 私はちょっと悪い笑みを浮かべる。千雨さんは少し引き気味である。

 私の考えが浅かったのは確かだ。でも……でもだ。千雨さんが丸くならなければ良かったとは、思いたくない。

 起こってしまったことは、仕方ない。そう考えるのが、たぶん一番いい。だってそう考えなければ……合理的に考えてしまうのならば、千雨さんは孤独だった方が良かったという結論になる。

 これからネギと関わるまでの中等部の三年間。ここに至るまでの初等部の六年間。自分の感性を否定され続けて、常識を否定され続けて、人と関わることに臆病になって、いつもシニカルな態度で世界を斜めに見るような千雨さんの方が良かったとは、思いたくない。そう考えるくらいには、私は千雨さんと関わってしまった。

「ね、それよりもさ。図書館探検部の説明会って、今日の放課後にあったんだよね。宮崎さんも行くって言ってたけど、他には誰かいた?」

 私は気持ちを切り替えるように、ことさら明るく聞いた。

 もしも近衛さんや綾瀬さんが説明会にいなかったら、それもまた大問題なのだ。昨日までなら、そんなことを心配したりしなかった。私の関わっていないところは、私の知る物語と同じ流れを辿るものだと思っていた。

 でも、そうじゃない。

 関わっていないつもりでも、私の起こしたアクションがどんな影響を及ぼしているかわからない。

「あ、ああ。えーと、説明会には他にもA組の奴がいたよ。私の隣の席の、綾瀬っていうちっこいのとか、近衛っていう関西弁の奴とかな。あとは春香も言ってた宮崎か」

 その台詞を聞いて、千雨さんに気づかれないよう小さく息をはいた。とりあえず、メンバーについては千雨さんが増えた、という変化だけでいいようだ。交友関係がどう変わっていくかは、かなり未知数だけど。

 千雨さんへの魔法ばれは、場合によっては修学旅行時点まで前倒しになるかもしれない。

 でも、防ぐ方法はある。朝倉さんの行動をおさえることができれば、その後のイベントも連鎖的に止めることができるはずだ。それができなくても、夜の争奪戦や、翌日の自由行動などを妨害できれば、大きく展開が変わる。

 ……展開が変わったら、どうなるのだろう。

 私の表情が、固まる。

「ん、どうした?」

 千雨さんが不思議に思ったのか、そうたずねてくる。

 私は取り繕うようにして笑みを浮かべた。

「ああ、いや、ちょっと考え事。なんか、私も交換条件を突きつけられそうだなーって。今のうちに少し探りを入れてくるね」

 そう答えて立ち上がり、私は部屋を出た。

 ぱたり、と後ろ手でドアを閉め、大きく息を吐いた。

 展開を変えたら、どうなるのだろう。

 私は今まで、超さんの計画を成功させることだけ考えていた。宮崎さんや綾瀬さんに魔法のことがばれなければ、超さんが勝つ確率はぐっと上がるとは思う。

 でも、綾瀬さんが援軍を呼ばなかったら、どうなる? 長瀬さんたちが来なくても、近衛さんはちゃんと救出されるのか? マクダウェルさんの到着まで、粘ることはできるのか? もしも近衛さんとネギが仮契約を行えなかったら、石化は誰が治す?

 私が知る物語の展開は、かなり危ういバランスの上に成り立っていたんじゃないだろうか。

 じゃあ、発端となる関西支部襲撃を起こさせないようにすればいい? できるのか、そんなこと。天ヶ崎千草の両親は、既に大戦で亡くなってしまっているはずだ。現在どこにいるのかも分からない彼女の恨みを解消する方法なんて、思い浮かばない。天ヶ崎千草が自分で用意した双六のゴールを変えることなど、できるはずがない。

 これから先、本当に覚えているとおりに展開するのかすらも不安になってくる。私のやったことは、どこまで、どのくらいの影響を与えてしまっているのだろうか。

 ああしたらこうなる、こうしたらそうなる、なんていろいろ考えたつもりでいて、その実、私は自分に都合のいい結果しか考えてはいなかったのだ。

 自分にとって望ましくない実験結果を、誤差だとか例外だとか言って処理するのは、科学的思考とはまったく縁遠いと、葉加瀬さんにも言われていたのに。

 私は六年という時間的リソースを、ただ無駄にしてしまったんじゃないだろうか。

 閉めたドアから離れて、千雨さんへの宣言どおりに、早乙女さん達の部屋へ向かう。

 どうすればいい? 何をすればいい? 考えながら歩く。考えても、いい案は思い浮かばない。いや、ここでぱっと出てくるような「いい案」とやらにすぐ飛びつくのでは、今までと変わらない。

 現時点で私の手の中にあるのは、二年とちょっとの時間的猶予。A組に所属している一般人枠としての立場。それから六年間で築いた交友関係と、高校卒業レベルの理数系学力、地方私大の国文科卒業レベルの学力くらいだ。

 この世界のことについては、各登場人物の設定と既に過去のこととなっている歴史的事実くらいしか信頼できない。もちろん、私が生まれた後に起こった事件については、例え私が関わっていなくともまるごと信じることはできないだろう。自分自身、そこまでいくと疑心暗鬼になっているとは思う。これまでが楽観的すぎたことを考えても、極端から極端に走りすぎている。けれど今さら、これから先の展開が私の記憶と同じに違いないと思いこむことなんてできなかった。

 私は本当に久しぶりに、山崎郁恵のことを頭の中で罵った。……前世の記憶なんて、無ければ良かったのに。


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