金色の闇としての日常 作:夜未
ピンポーン、というチャイムが鳴る。
完全に起動しているPCを放置してそのままラノベを読んでいた俺はその音に一瞬ビクッとなった。
なんだ誰だ。
せっかく今いいところなのに。
居心地のいい炬燵からわざわざ抜け出て応対するのがとても嫌だ。
いっそ居留守でもしてやろうか。
などなど内心で考えながら、俺はその音を無視した。
もしかすると、聞き間違いの可能性がある。
もう一度鳴ったら行こうと心に決めて、ラノベにもう一度目を落として読んでいた文を探した。
見つけて読もうとした瞬間に
ピンポーン、と再度チャイムが鳴る。
嫌がらせか。
俺は少し不機嫌になりながらも炬燵から身を起こし、立とうとした。
そして、クラッと体が傾き、ドテ、という擬音が出そうな感じで、顔から床に激突した。
「ぐはっ」
立ち眩みである。
何度も経験していることなので、別段驚くことなどなかったが、咄嗟に出たその声には驚いた。
いや、慣れたつもりだったのだが、すっかり忘れていた。
どうやら俺はいまだにヤミボディのままであるし、ここは夢でもないようだ。
何故なら、読んでいたラノベが完全に面白かったからである。
しょぼい理由だが、それだけで俺にはここが現実だと判断するのには十分だった。
というより、面白いラノベがある夢ならずっと覚めなくてもいいので問題ないとも言える。
ちゃちゃっと立ち上がり、またピンポーンとチャイムを鳴らしている者へと対応すべく、玄関に向かい、ドアに手を掛け、止まる。
あれ、俺、この姿で応対してもいいのか? という疑問が頭を過ぎったからだ。
どうすべきだ?
俺はいったいどうすればいい。
そもそもこのドアの向こうにいる奴は誰だ?
もしこれでドアを開けてネメシスとか芽亜とかいたら笑ってしまいそうだ。
そして聞くだろう。
「いつからここは漫画の世界になったんですか?」と。
一人玄関ドアの前でそんなことを考えながら小さく笑っていると、携帯が鳴りだす。
ちょっと焦りながら画面を見ると、椎名から着信しているらしい。
あぁ、そういえば現実だったらまた掛け直そうとしてて忘れてた。
特に慌てることも無く、普通に出る。
「もしもし?」
『やっぱり本当っぽいなぁ。とりあえずなんで僕相手に居留守使ってるんだ。さっさと開けてくれ。あぁ、でも外には出なくていいよ。その判断は正しいと思う。僕も配慮が足りなかったかも』
「あ、もしかして、外にいるの、椎名か」
『……なんていうか、もういいや。とりあえず、開けて……』
「うぃうぃ、了解」
ネメシスじゃなかったのか、残念。
俺はちょっとだけ落胆しながら、ドアの前に突っ立っていた長身の眼鏡男、椎名を部屋に招き入れるのだった。
※ ※
「うわー、本当に三次元にヤミがいるよ」
玄関で靴を脱ぎながら椎名は俺を見てそう言った。
「まぁね!」
「なんでドヤ顔?」
などとくだらない会話をしながら、移動し、二人で炬燵に入る
思ったより椎名は驚いてくれなかったので、俺はちょっとショックを受けた。
そして、ほんのちょっと、いや、極僅かにだけど、安心する。
いや、本当にちょっとだけ。
元々俺は取り乱してないし!
「なにちょっと赤くなってるのさ? 普通に可愛いからやめてくんない? その体型だと、微妙に僕のストライクゾーン掠めてるから困るんだけど……」
「黙れ生粋のロリコン!!」
俺はそう言って立ち上がり、紅茶の準備のために、キッチンへと向かう。
後ろから、「え、僕、泣いていい?」などという声が聞えたが、無視した。
紅茶の準備をする、といっても、庶民の中でも貧乏の部類に入る俺がすることは五十個入りの安っぽいパックを使った紅茶のことになる。
質より量を重視する俺はでっかいマグカップをキッチンにある棚から取り出し(ちなみに、俺の住むアパートは2Kである)ティーバッグをその中に入れる。
どうでもいいことだが、ティーバックとティーパックはわりとどちらでもいい言葉だったりする。
いや、わりとティーバックで卑猥なパンツのことを想像する人もいるかもしれないが、ティー(お茶)のバッグ(かばん)という意味なのだ。パックも同様。
ポットでお湯を注いで、上から小皿を乗っけて、蒸す、なんとなくこうした方が味が逃げない気がするだけで、意味は無い。
まぁ椎名から言わせれば
「これ、紅茶じゃなくて色の付いたお湯じゃん」
とのことらしいけど。
ボンボンは死ねばいいのに。
俺にそこまで趣味を紅茶に割くような気はない。
一分程放置して小皿をどけ、ティーバッグをスプーンで押しつぶす。
これも何となく味がよく出る気がするからだ。
特に意味は無い。
でも実際、色は濃くなるからちょっとは意味があったらいいな(願望)。
あとはティーバッグを抜いて砂糖を大さじで適当に投入。
完成である。
特に良い香りなんてしないし、味も大して良くないが、紅茶を飲んでいるという事実には変わりないだろう。
二人分を両手に持って、炬燵に戻る。
椎名はiPhoneを弄っていた。
ぶれない奴だ。
「ん」
気付いてないようだったので、小さく声を掛けて、目の前に置いてやる。
椎名はちょっとこっちを見て、片手をあげた。
無礼な奴だが、正直、友人同士で礼を尽くすのも面倒くさいということはお互いによく解っているので、俺は特に何を思うでもなく、自分の場所に着いた。
というか、何故奴はこんな重大な異変を起こしている俺ではなく、iPhoneを見ているんだ?
……この考えはなにか嫉妬してるみたいで嫌だな。
考えないようにしよう。
熱くなったマグカップの取っ手を持ち、ちびりと飲む。
「ぁっ!?」
まだ早かったようで、舌が湯に焼かれてじんじんする。
その様子を見ていた椎名が「大丈夫?」と聞いてくるが、俺は「うむ」と返してやった。
それを見て、椎名はまたiPhoneに目を落とした。
どんだけ俺に興味が無いんだコイツ。
「一応言っとくけど」
それから俺がちびちびと舐めるように紅茶を飲んでいると、不意にiPhoneを仕舞い、こっちを見ながら自分の分の紅茶を飲み、椎名が口を開いた。
「別に今の綜の状態に興味がないわけじゃないから。というか、僕も結構色々考えてたりしてるし」
そんなことを言ってきた。
「ふーん」
「せめて、ヤミじゃなく、ブラック〇ャットのイヴ幼少期だったら僕が……」
「お前はス〇ェンにはなれないぞ変態」
そんなこと考えてたのかよ。
どんだけ変態紳士なんだこの馬鹿。
よくこの現実に適応して生きているもんだといっそ賞賛してやりたい。
「まぁ、冗談は置いといてさ」
冗談だったのかよ。
目が本気だったぞ。
鳥肌立ったもん。
心底まだヤミで良かったと思った。
「綜が今、金色の闇、つまりヤミの姿形になったことは実物を見て、理解したよ」
「そーですか」
「でも、いったいどこまでヤミになってるのかってことが、僕は重要だと思う」
「はい?」
どこまでって、なに?
体のどこからどこまでって?
まさか見たいのか、俺の裸体を。
クソっ、コイツ、ロリコンの皮を被ったケダモノだったか。
早く射殺しないと。
「そういう意味じゃないから。というか、胸が膨らんでる時点で僕は勃起しない」
「あれ、違うの? つーかさらりと変態発言辞めてくんない? リアクションに困るし微妙に恥ずかしい」
いきなり何言ってんだよ羞恥心が無いのかコイツは。
まぁ、でも
「ちなみに、完全に女だぞ、今の俺。戦友の感触は無いし、胸もある」
「そんなの見ればわかるよ。その体で男だと思う方がおかしいし。僕が言いたいのはそう言うことじゃなくて」
そこで一旦言葉を切り、椎名は改めてこっちを見つめて、言った。
「
あぁ、その発想は無かった……。