ラディッツ襲来から一年ほどが過ぎようとしていたある日。不意に強い気を感じ取ったクリリンとヤムチャは、修行を中断すると、共に一年間修行を続けてきた仲間たちの顔を見た。
孫悟空。天津飯。チャオズ。ピッコロ。そしてラディッツと悟飯。全員が一様に修行の手を止めて、それぞれ顔を見合わせた。
「来たか……思っていたよりも遅かったな」
天津飯は冷静につぶやいて、チャオズと共に重力制御室を出て行く。二人の横顔は決して明るいものではないが、それでもこれまでの修行に確かな手応えを感じているらしく、自信に満ちていた。
「ナッパとベジータ……なるほど、一年前の俺じゃ弱虫と馬鹿にされていたわけだ……悟飯。地獄のような荒野での半年間、よくぞ耐えて、逞しく育った。残りの半年間で、サイヤ人の戦闘というものをすべて教えたつもりだ。相手もまたサイヤ人。自ずと戦い方も見えてくるだろう」
「奴らめ、世界征服の邪魔は孫悟空一人で十分だ……悟飯。あの環境で育ったお前は、既に魔族と言ってもいいほどだ。そして、このオレがここまで鍛えたのだ。魔族の力を……己の運命を恨む者の力を、単なる快楽主義者どもにしっかりと教えてやるがいい」
「ラディッツ叔父さん、ピッコロさん。ボク、やってみます!」
悟飯は自分が育てた。そう確信してやまないラディッツとピッコロは、それぞれに悟飯の肩に手を置いて、悟飯の頭上で激しく火花を散らした。
「おい緑色。悟飯はサイヤ人だ。魔族とかいうイマイチよくわからんものに勝手にするな」
「黙れ弱虫。悟飯はサイヤ人でもない、地球人でもない……俺と同じく、寄る辺なき存在。すなわち魔族だ!」
「俺は弱虫じゃない。それに悟飯は家族と仲間に囲まれているではないか!」
「ええい黙れ。他人とは違う存在である苦悩など、貴様にはわかるまい」
この二人の喧嘩はいつものことである。片や将来有望な甥に対する期待と、片や戦うことを義務付けられた境遇に対する親近感。積極的に悟飯の修行を買って出た二人は、当初こそ修行法において意見の一致をみたものの、その後は悟飯の修行方針でことごとく対立。結果として両方の修行をこなすしか悟飯の道はなく、チチに勉強まで強いられていたので、ほとんど寝る時間を削っての五歳児にあるまじきスパルタ修行となったのだ。
それでも大好きな父親と共に過ごし、やがて厳しい中にも悟飯に対する思いを込めた二人の師匠の心も察知する。母に義務付けられた勉強は進みこそ遅かったが、自分の将来を案じてのことである。痛すぎる愛に耐えるだけのタフネスを半年間で身につけていたのが幸いしたのかもしれない。素直で真面目な性根は変わっていないが、やや好戦的になっているのは、ラディッツ加入によるものだろう。
「サイヤ人なんかぶっ飛ばしてやる!」
「よし、いいぞ悟飯。その意気だ」
「それはオレのセリフだぞ」
悟飯をあいだに挟んで、それでも三人は揃って重力制御室を出ていく。苦笑いをしながら残ったのは、悟空とクリリン、ヤムチャだった。
「オラも頑張らねえとな。クリリン、ヤムチャ……平和になったらよ。おめえ達とまた戦いたいぞ」
悟空に緊張の色合いは無く、どこか楽しそうですらある。無論、それは悟飯を除く全員に言えることだ。サイヤ人は概ね全員が戦いが大好きであるようだが、地球人の中にも戦いが大好きな者もいる。戦闘狂と言っても差し支えのない者ばかりだからこそ、己の肉体を苛め抜き、絞り上げて、幾度も叩き伏せて尚、それまでよりも強く雄々しく立ち上がってきたのだ。
おそろしく強い二人のサイヤ人も、スカウターにて数値化された上に、自分たちがそれに匹敵できると踏んでいる戦士たちにとっては、地球の命運を賭けた戦いというよりも、己たちの力量を発揮できる良い機会と捉えている。
その根幹。かつて、悟空にとっては仲間ではあるが、頼りになるというまでに至らなかったクリリンとヤムチャは、悟空の言葉に思わず頬を緩ませてしまった。
「へへ。楽しみにしてるぜ」
クリリンと悟空は拳を軽く重ねると、既にサイヤ人たちが降り立った地へと飛び立っていった仲間に続く。最後に残ったヤムチャは、ゆっくりと息を吐いて、これまでの苦労を思い返す。
あの悟空が。出会ってから最後まで、追いつくどころか突き放されていく一方だった悟空が、今はほとんど同じ強さにいるのだ。一時期は突き放したものの、一年の修行のあいだですっかり追いつかれてしまった。しかし、それでいいのだと思う。意を決して、ヤムチャもまた重力制御室を出ていく。
「とりあえず、栽培マンだったか。あいつら、見てろよ」
積年の恨みを晴らすことだけは、忘れずに。
空を飛ぶこと、しばらく。サイヤ人たちもラディッツの気をスカウターで察知して向かっていたため、両者はほとんど同時に動きを止めて、人っ子一人いない荒野で対面した。
サイヤ人の一人、ハゲ頭に口ひげという筋骨隆々たる偉丈夫、ナッパは眼前に並んだ戦士たちの戦闘力をスカウターで計りながら隣に並ぶベジータに笑顔を見せていた。
「おいおい。ちったぁ強くなってるじゃねえか。あのラディッツが戦闘力3000だぜ。倍になってやがる」
ナッパの言葉に、ベジータも余裕の笑みでスカウターを外す。
「どうせ、こいつも戦闘力のコントロールを覚えているに違いない。どうやら一年間、遊んでいたわけではないようだが……ふん、以前のナッパなら手こずったかもしれんな」
ベジータの言葉に、ナッパは笑う。
一方、戦士たちはやや緊張した面持ちをしていた。ピッコロは悟飯を間に挟んで並び立つラディッツに小声で話しかけた。
「おいラディッツ。貴様、ナッパは4000ほどで、ベジータは18000と言っていたな……スカウターが無いから細かい数値はわからんが、ナッパとかいうハゲは6000近い気がするぞ」
「……どうやら、修行したらしいな。ベジータは20000近くありそうだ……まいったな」
歴史は変わっていた。クリリン達が一瞬でラディッツを捩じ伏せて仲間にした上に、悟空も生き残っており、さすがのベジータも警戒をしていたらしい。本来は修行などする余地のない小さな丸型宇宙船だが、ベジータは一度、根城の惑星に帰還。ナッパと共に修行のできるスペースがある宇宙船を用意して、一年ほど二人も修行を重ねてきたのである。
「へへ。まあ、同じ期間の修行なら、最初からの差が埋まるわけねえか……けど、こうも数が多いと面倒だな」
ナッパはそうつぶやきながら、仕舞っていた小瓶から種をいくつか取り出した。
「むっ、栽培マンか……けっこうな数を持ってきてやがるが、今の俺たちの敵じゃないぜ」
ラディッツがナッパの行動に一瞬気色ばむが、かつてはパワーだけなら匹敵された量産戦闘員も、今では単なる雑魚である。十粒ほどある種をナッパがせっせと土に埋め、成長液をかけている最中、ベジータが丁寧に解説をいれてくれた。
「馬鹿か貴様。明らかに強くなっているであろうお前たちを倒すために、負けるとわかっている栽培マンを持ってくるはずがなかろう。こいつらは人工マンだ。下手なサイヤ人より強いと封印されていたが、サイヤ人の王子たるオレには封印など無意味なことだ。オモチャ代わりに持ってきてやったんだ」
一度、根城に帰ったこともあって、部下の強化までされているらしい。かなり変わってしまった歴史に、クリリンとヤムチャはさすがに焦った。
味方が強くなり、ラディッツが増えたことまではよかったが、この展開は予想外だ。もっとも、まだまだ負ける気は全然しない。
思案をしているうちに、地面からぼこぼこと人工マンが生まれ出てくる。緑色だった栽培マンとは違って、濃い青色をしているが、容姿は変わらない。ただし、戦闘力は高く、数値にすれば4000近くもあった。
「どれ。せっかくだから余興でもどうだ。地球人程度には丁度いい相手だろうよ。一対一で戦っていくというのはどうだ。もしも人工マンが負けたら、俺たちが相手をしてやろう」
ここは歴史と変わらない。悟空を待つ必要がない今、時間稼ぎという目的は無いが、それでも人数的には劣勢に回っているのだ。取り分け、ベジータは修行もあってか、一筋縄では勝てそうもない。組まれると厄介になるので、ここで数を減らしておくことに異論はない。
「よし。まずは俺がいこう」
一番手を買って出たのは、やはり天津飯。相手の戦闘力を瞬時に見抜き、侮れないものの負ける気はしなかったのだろう。戦闘経験も豊富で、場馴れしている彼こそが戦士たちの先鋒にうってつけである。
一匹の人工マンが前に出て、薄ら笑いを浮かべながら天津飯に対峙する。先手を取ったのは人工マンだった。
戦闘力に見合う、修行する前までならば驚愕していたであろう速度で飛びかかってくる人工マンに、それでも天津飯は慌てることもなく、冷静に初撃を躱し、鳩尾らしき箇所を狙ってカウンター気味に拳を突き入れる。すぐさま体勢を立て直して天津飯に飛びかかってゆく人工マンだが、その攻撃の悉くを弾き、隙を見つけては堅実にダメージを重ねるという天津飯に手も足も出ない。
「つあっ!!」
そうしているあいだにも、天津飯は一方的に押しまくり、敵わないと悟った人工マンが特攻を仕掛けてきたところで、どどん波を放つ。
過去、どどん波は命中時に起爆していたが、それはあくまでも力量が近い場合に限る。そもそもこの鶴仙流のどどん波とは、亀仙流のかめはめ波と違って、威力こそ抑え目ではあるが速度と貫通力に優れている。あくまでも敵を屠ることを目的とした場合、ダメージよりも致命傷を与えたほうが得策であり、より優れた技とも言える。
天津飯の放ったどどん波は、既にダメージを負って動きの鈍った人工マンの頭部を貫き切る。ぱたりと倒れる人工マンに、ナッパは思わず口を開けたまま呆然と立ち尽くした。
「な、なんだと……人工マンの戦闘力は4400だぞ。単純なパワーだけならばかつての俺に匹敵していたはずだが」
「単純な計算だ。奴の戦闘力はそれを超えていたということだろう。しかし、これは侮れんな。ゲームはここいらで終わりにしよう。いくら地球人とは言えども、数が多ければ厄介だ。人工マンに足止めをさせて、俺たちで各個撃破してしまうほうがよかろう」
瞬時に相手の戦闘力を見抜き、遊びから戦闘へと思考を切り替えるベジータは、なるほど確かに戦闘の天才なのかもしれない。
戦士たちの人数は、悟空・悟飯・ラディッツ・ピッコロ・クリリン・ヤムチャ・天津飯・チャオズの8人。ベジータたちは、ベジータとナッパに、九匹の人工マンで11人。おそらく、個々の戦闘力では人工マンは敵わないであろうが、足止めにはなるだろうという塩梅である。
一斉に戦闘態勢を取ったベジータたちに、ピッコロもまた戦闘態勢を取る。
「敵は作戦を切り替えたようだな。オレがサイヤ人とやる」
「おいおいピッコロ。美味しいところ持ってくんじゃねえよ。オラだってあのサイヤ人とやりてえ」
「弱虫と嘲られたお返しは、俺がさせてもらおう」
すかさず強敵と戦おうとするのがサイヤ人の血であろうか。しかし、クリリンもまたベジータと戦ってみたいと感じているあたり、全員が同じ気持ちなのかもしれない。
ヤムチャは冷静に彼我の実力を分析して、一人頷く。ヤムチャもどうせならベジータと戦いたいのだが、全員でベジータに突撃して、うっかりベジータが死んでしまうと事である。
「悟空、ラディッツ。お前たち兄弟で、ベジータを止めてくれ」
ヤムチャの指示に、悟空とラディッツが顔を見合わせる。確かに戦いたい相手ではあるが、二対一というのはあまり喜べない。どうせなら正々堂々と戦いたいし、敵の方が数が多いのだ。
「オラ一人でやりてえよ!」
「ダメだ。いくら界王拳があると言っても地力はベジータが上だ」
「……カカロット。ベジータは確かに二人でかからねば危ういほどの天才戦士だ。ここで俺たちが死ぬよりも、勝ちに行くべきだろう」
「ちえっ、仕方ねえなあ」
ヤムチャとラディッツの説得で、悟空も渋々ながら納得して、構えを取る。ヤムチャは続いてチャオズを見た。
「チャオズ。ナッパと戦えるか?」
「ボクが?」
まさかの指名に、チャオズがただでさえ丸い目をさらに丸くする。ベジータのように二対一ではなく、一対一でサイヤ人と戦うというのだ。今まで大きく周囲と実力を離されていただけに、まさか自分にそんな大役が来ることはないだろうと思っていたので、さすがに驚きを隠せなかった。
「足止めならば、チャオズの超能力が生きる。それに、ナッパ程度はチャオズなら倒せると思うんだけどな」
「へへ。わかった……ボクに任せて」
チャオズの底力を、ヤムチャは知っている。この小さな戦士は、最後まで天津飯と共に修行の人生を歩んでいったのだ。実力こそ周囲と離されていくばかりであったが、いくら大好きな天津飯と共に過ごしたいという思いが強かろうが、自身にも強さへの執着がなければ修行など続くはずがない。
「悟飯、人工マン一匹と戦うんだ。ピッコロも同じだが、悟飯のフォローを頼む。潜在能力は凄まじいが、これが初の実戦だ」
「う、うん!」
「チッ、ザコが相手か……だが、悟飯に実戦を経験させるのは必要なことだな」
「よし、天津飯は二匹の人工マンだ。いけるだろう?」
「造作もない」
「任せた。クリリン、残りは俺たちだ。五対二だが……へへ、一番楽をさせてもらうかな」
「そうっすね」
各自の役割が決まる。無論、相手の都合もあるので思惑通りにいかないこともあるだろう。そもそも、チームプレイにあまり向かない面々でもあるのだが、一年間、同じ場所で同じ修行をしてきたのだ。それぞれの実力と行動は自ずと知れている。
「いくぞ!!」
ヤムチャの掛け声に、全員がおうと応えた。
実は映画館で働いていて、DBの新作映画「神と神」の予告に毎度毎度、えらく心を揺さぶられて困ります。