五年の修行の成果は如実であった。
悟空とピッコロの二人がかりでも手に負えず、悟飯の一撃の後に悟空を犠牲にしてようやく倒したラディッツを、いくら大勢とはいえどもあっさりと倒せてしまったのだ。
勿論、クリリンやヤムチャ。それに天津飯ならば一対一の勝負でも勝てる。それだけの修行をしたのだ。
「カイオウケン?」
不思議そうに首を傾ぐ悟空に、急拵えで用意した重力制御室弐号機の中、クリリンとヤムチャが指導をしていた。当初はクリリンとヤムチャの二人が修行するために作られた初号機は、天津飯にチャオズ、悟空にピッコロ。さらに悟飯とラディッツという八人を賄うには狭すぎたのである。流石に弐号機はカプセルコーポレーションの敷地内では収まらず、西の都から少し離れた荒野に設置されている。
「あの世には蛇の道という長い道のりがあり、その先に界王様がいるんだ。界王様との修業でヤムチャさんと天津飯さんは界王拳を身につけた。オレもそれを教えてもらったんだ」
「俺と天津飯。それにクリリンとチャオズは習得している。悟空にピッコロ。それにラディッツと悟飯も覚えてもらう」
界王拳とは、体内の気をコントロールすることで爆発的な戦闘力を手に入れる技である。否、技というよりも戦闘スタイルと言い換えたほうが良いかもしれない。通常の界王拳ではおよそ1,5倍の戦闘力を手に入れることが可能である。
界王拳の肝である気のコントロールは、ひとえに気の開放の手段に尽きる。気とは生命エネルギーであるが、エネルギーである以上、指向性を持たせてロスを減らして効率よく運用することが可能なのである。
「かめはめ波は掌から放つだろう。両手を塞いでまで手から放つのは、掌が放射に適した位置だからさ。武天老師様はそれを長年の修行で理解したんだ」
「そして、体内にも勿論、効率よく気を高めることができる場所がある。単純に気を開放するだけではなく、決まった位置に気を誘導して、そこから放つんだ。一箇所ならば大した苦労ではないが、体内の数十箇所ほどに集中させる」
クリリンとヤムチャの説明に、ピッコロはなるほどと頷くが、悟空は半分ほどしか理解できていなかった。
頭が悪いわけではないのだが、小難しい話自体に拒否反応が出るらしい。
「要するに、気の集中を数十箇所同時に行う。体内の決まった場所で。ただし、全部集めるとダメだ。放出できる限度があって、肉体の強さに依存する。気を抑えながら集中させなければ、すぐに自分の身体が悲鳴を上げるぞ」
「逆に言えば、強くなれば強くなるほど、界王拳の限界も上がっていく。地力があればあるほど、界王拳を使用した時の強さも上がるから、基本的な修行も欠かせない」
元々が1000の戦闘力であれば、界王拳の二倍にも耐えられないだろう。つまり界王拳を使用して1500が限界となる。これが5000ともなれば2倍界王拳を使用して10000の戦闘力になる。少々無茶だが4倍程度までなら一瞬で引き上げることも可能であり、その時の戦闘力は20000。これが仮に100万を超える戦闘力で行えば、20倍界王拳にも耐えられるだろう。これだけで2000万である。強くなればなるほど、界王拳の倍率を上げることが可能で、さらに地力が上がっているので飛躍的な戦闘力の向上が望めるわけである。
「試しに、オレが気を開放して界王拳を使ってみる。気の流れをよく見ておいてくれ」
ヤムチャが気を高めて、界王拳を使用する。元々の戦闘力は1998であったが、それもあくまで気を高めていない状態である。スカウターで計測していたラディッツは、まず気を高めただけのヤムチャの戦闘力が3000を超えたことに度肝を抜かれ、さらに界王拳の使用で5000近くまで上がったことで腰を抜かした。
「ナ、ナッパを倒せるレベルだぞ!」
「今の俺なら、一分に満たないが二倍界王拳まで使用可能だ。はああっ!!」
一瞬にして戦闘力は6000を超える。計測していたラディッツはこんな男を敵に回していたのかもしれないと思うと、最早苦笑いしか浮かばない。
「すげえ……ヤムチャ、オラわくわくしてきたぞっ!!」
「俺もだ、カカロット。悟飯、お前もサイヤ人の血が騒ぐだろう?」
「え……は、はい……?」
イマイチ理解できていない悟飯に、ラディッツは少しばかり思案する。どうもこの孫悟飯。地球人とのハーフであることもあってか、いささか強くなることに関心が薄いようである。
「なあ、カカロット。悟飯を鍛えるのは良いが、こいつ自身にまったく覇気もタフネスもなさそうなのだが……潜在能力も、俺たちは下級戦士の子供だ。そう高くはあるまい」
「そんなことねえさ。兄貴は気が探れねえからわからねえだろうけど、悟飯の潜在能力はオラよりよっぽどすげえ。鍛えれば間違いなくこの中でも最強だと思ってる」
親の贔屓目など抜きにしても。というより、悟空の場合、強さに贔屓目など使えない。実際に悟飯が最強の潜在能力を秘めていることはクリリンもヤムチャも予測ではなく、事実として知っているのだ。これを鍛えず放置してはセル戦が危うい。
「間違いないな。今から鍛えたほうがいい」
「ああ、その通りだ」
悟空の意見に同調するクリリンとヤムチャに、ラディッツは納得するしかない。しかし、それでもこの甥の頼りなさはいただけない。
「どうだ。少し俺に任せてみないか。サイヤ人流の鍛え方で、半年ほどで見違えるように育ててみせるぞ」
これはラディッツの善意である。が、悟空は未だにまるっきり任せるほど兄を信じきってもいない。
「どうするつもりだ?」
「なに、簡単だ。恐竜がウロウロするような荒野にほうっておくだけさ。半年もすれば、生きる術とタフネスを身につけた悟飯になっているぞ」
「うむ、そうすべきだろう」
これに即座に賛成したのはピッコロだった。自分が鍛えるとしても、まったく同じ方法を取っただろうからだ。それほどまでにこの悟飯という少年は生きようとする力がない。極限状態のひとつでも味あわせなければ、甘さが取れることがないであろう。
「ちょ、ちょっと待てよ。メシとかフロはどうすんだ?」
「メシは恐竜がいるだろう。恐竜のメシになりたくなければ、自分が恐竜をメシにするしかあるまい」
「フロは?」
「水場があれば水浴びぐらいできるだろうに」
子供に甘い悟空に、イラつくようにラディッツが答える。当の悟飯は父親が押されているのを見て、内心で自分の行く末に激しい不安を覚えている。
「クリリン、いくらなんでも無茶だろ?」
「いや、お前だって山で生活してただろ」
「あ、そっか。じゃあ悟飯も大丈夫だな」
悟飯の予感は的中した。元が野生児の悟空がメシとフロの心配など本気でするはずがなかったのだ。少々平和ボケしていたものの、基本的にメシは自前で調達するものだという発想を悟空は持ってしまっている。泣きそうになりながら助けを求める悟飯だが、荒野で生きてきたヤムチャも、僻地で修行するのに慣れきった天津飯もチャオズも一様に「そりゃできるだろう」という目で悟飯を見ていた。
「お、お父さん……」
「心配すんな。恐竜はでっけえから、食うに困るこたぁねえ」
でっけえから、逆に食われるという感覚がない。悟飯は泣きべそをかくが、ここで鍛えておかないと後々大変な悪影響となってしまうだけに、クリリンとヤムチャも必死である。
「一週間に一度ぐらいは様子を見に行ってやるよ。まあ、死んでたらドラゴンボールで生き返らせてやるから」
「し、死ぬ前に……」
「ええい、ゴチャゴチャぬかすな。貴様はそれでもサイヤ人か。戦闘民族サイヤ人は、たとえ母星が破壊されようが歯を食いしばり生き抜く力があるのだ。大した能力もない、ひ弱な地球人のこいつらを見ろ。俺たちサイヤ人よりも数段劣っているはずのこいつらは、進んで血反吐を吐いてこのような強さを手に入れているのだぞ。その努力たるや凄まじい。お前は地球人とサイヤ人の血を引いているのだろう。これは俺たちサイヤ人の誇りと、地球人の誇りを併せ持つということだ」
ラディッツの激しい言葉に、悟飯は怯えながらも真理を見る。
母親から受け継いだ地球人の血。そして、父親から受け継いだサイヤ人の血。大好きな両親から、それぞれの素晴らしい才能と誇りを受け継いでいることを、叔父は激しい言葉の中に織り交ぜていた。幼いながらも将来は学者にまで至る少年である。人の言葉の本質を見極める賢さを持っているのだ。
しばらく黙りこくっていたが、やがて悟飯は静かに顔を上げると、ラディッツとピッコロの顔を見て頷いた。
「僕、強くなるよ」
「それでこそサイヤ人だ」
「こいつは立派な魔族にしてやりたいところだな」
二人共、思わず笑顔を見せて悟飯の行く末に期待を馳せてしまう。とりあえず大きな問題は起きなかったが、厄介な問題だけがひとつ残っている。教育ママにして鬼嫁のチチが黙っていないということだろう。
「チチさんにどう説明しようか。悟空、お前から説明できるか?」
「冗談じゃねえよ。オラ殺されちまう」
死んだら死んだで、界王星に行けば良いのだが、愛想をつかされて悟天が生まれないという未来はいただけない。そもそも、悟空が死んでいたからこそ働かずに一年間ほど修行ができたわけだが、生きているならば家計をどうにかしろとチチにせっつかれることは目に見えていた。
だがここで、意外なところから妙案が出てくることになる。それまで黙って界王拳について考えていた天津飯だが、ふと顔を上げたのだ。
「あちこちの武闘大会に出場して、優勝しておけば賞金で十分に暮らせるだろう。悟飯が悟空よりも強くなるならば、チチさんもまさか止めるとは思えんが」
この意見は斬新だった。そもそも、天津飯は普段こそ僻地でサバイバルをこなしながら修行をしていたが、たまに必需品を揃えに街に出向いては、適当なアングラ武術会で高額の賞金を得て収入としていたのだ。悟空の実力は確かにこの時点では仲間内でも下の部類だが、普通の格闘家を相手にするには強すぎるレベルだ。
「そ、そんなことで稼いでいいのか……?」
悟空が目から鱗をぼろぼろと落としながら、天津飯に聞き返す。別に悪いことをしているわけではないのだが、そもそも強い相手と戦うために武術大会に出ることはあっても、賞金を目当てにすることはなかったのだ。
「お前は戦う以外に金を稼ぐほうが難しい。うってつけと思うが」
「サイヤ人は戦うことは仕事だろう。殺してはいかんというならば、それが一番良いだろう」
ラディッツのサイヤ人論からも、戦って金を得ることに異論は無かった。安定した収入さえあればチチは怒ることもないだろうし、それが人並み以上の収入であれば悟飯に天賦の才があることさえ理解させてしまえば、鍛えることを止めはしないだろう。
最大の難関は、かくして実にあっさりと氷解してしまったのである。
チチは悟空が大金を持って家に帰り、悟飯に素晴らしい才能があることを説明される。流石に勉強をさせないわけにはいかないので、必ず悟飯に渡すという約束で勉強道具を悟空に託して、修行を許可した。無論、どんな修行かは悟空は説明していない。
以前の歴史と違って、悟空が死んでいない上にラディッツが仲間になるという状況に至ったわけだが、なんとかそれぞれが強くなる環境を手に入れたことになる。ちなみに、悟飯の修行場所はラディッツとピッコロが激しく論争した結果、恐竜がウヨウヨしている荒野――ただし、以前の歴史よりも少々過酷な場所――に決定した。数日おきにクリリンが様子を見に行くことにして、各々が修行に移る。
ラディッツはまず、気の扱いを覚えるためにヤムチャが指導する。気功波ならば放てるラディッツであるので、気の開放と気を消す修行さえしてしまえば問題なく、そう時間がかかることはない様子である。
悟空とピッコロは、重力下での修行と界王拳の習得が並行してはじまった。担当はクリリンとなり、こいつらならば大丈夫だろうと、いきなり10倍重力から始めて、講義も鍛錬もすべて10倍重力下で行うことにした。
天津飯とチャオズはひたすらに自己鍛錬を進め、取り分けチャオズはかつてのライバルであるクリリンに追いつこうと必死である。天津飯はヤムチャに追いつきつつあるが、それでもまだ戦えば勝てないので、こちらも必死である。
強さの指針としてのスカウターも、彼らの成長を促すのに一役買っている。自分がどれだけ強くなったのかを明確に数値として弾き出すスカウターは、自分の成長をしっかりと認識することができる。悟空など一週間ほどの修業で早くも戦闘力700を突破して周囲を唖然とさせたものである。流石はサイヤ人。きちんと鍛えればクリリン達の努力をあざ笑うかのような速度で成長していく。
「はは……やっぱ悟空はすげえや」
改めて生まれ持った才能や能力の違いを見せつけられて、苦笑いをするクリリンだが、それを承知でこの世界にやってきたのだ。悟空よりも強くなることは目標だったが、弱い悟空を望んでいるわけではない。もしも、それこそ有り得ない話ではあるが、悟空が以前よりもさらに成長した上で、さらに自分がそれよりも強ければ、それ以上の喜びはない。
「いいぞ悟空。体内の気に流れができてきた。あとは、それを数十箇所に集めていくんだ!」
修行に明け暮れる時間は、瞬く間に過ぎていく。
どんどんと伸びていく悟空とピッコロ。気の操作を習得して、地力が高かったラディッツもすぐに彼らに合流して界王拳の取得を目指す。
悟飯はひとり、荒野でサバイバル。地球人たちは彼らの修行を見守りながらも、自分たちの修行も欠かさない。
サイヤ人襲来までの一年という時間は、文字通りあっという間に過ぎていった。
強くなることが目標の話なので、必然的に修行に費やす分量が増えます。
今回は界王拳の理屈を原作から乖離しない程度に独自に解釈。斬新ではないでしょうが、なんとなく有り得そうな感じになってるんじゃないかと思います。
ちなみにチチさん、この世界では旦那を失わずに済んでいますが、やっぱり一年間ほど放置プレイです。