Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

92 / 163
第九十二話 Love me

 一行はラ・ロシェールにつくと、さっそく衛士の詰め所へ向かって、先刻襲撃してきた狼藉者どもを事情を話して引き渡した。

 その際に一応、今夜はアルビオンへ向かう船は出ないだろうかとも問い合わせてみたが、事前にロングビルから聞いていた情報が正しかったということが確認できただけだった。

 やはり、今日明日はアルビオンへ向かう船は出ないのだという。

 

 明後日までアルビオンに向かえない以上、今夜と明日とはこの街でゆっくりと疲れを癒やして英気を養っておこうということで、一行は宿を探すことにした。

 幸いなことに十分な空き部屋のある宿がすぐに見つかったので、そこに部屋を取ることに決める。

 だが、その店……『女神の杵』亭と呼ばれる、貴族向けの高級宿……の非常に豪奢な内装を見て、平民であるシエスタは気後れしたようだった。

 

「わ、私にはこんな高級なところはもったいないです。お金もあんまりないですし。私は、もっと安いところで……」

 

 なんでしたら馬小屋でもかまいませんから、というシエスタの言葉を受けて、ワルドが頷いた。

 

「ふむ、もっともだ。では、君にはよそで泊まってもらうことにしよう」

 

 一般的な貴族の感覚からしてみれば、平民が貴族用の宿に泊まるのを辞退するのは当然のことだった。それにワルドにとって彼女はまったく関心外の存在であって、どこに泊まろうと知ったことではない。

 しかし、それには彼とシエスタ以外の全員が反対した。

 

「ワルド……。いくら相手が平民だからって、本気で『馬小屋に泊まる』なんていってる女の子を引き留めもせずに出て行かせる気なの?」

 

「子爵。レディーに、それもミス・シエスタのような女性に粗末な寝屋をあてがうくらいなら、ぼくが部屋を譲ってそこへ泊まりましょう」

 

「イヤ、2人ともここに泊まった方がいいんじゃないかな。ディーキンたちは誰かに狙われてるみたいなんだから、分かれたりしないでみんなで固まってた方がいいでしょ?」

 

「ディー君の言うとおりだわ。なによ、あなたの宿代くらい、心配しなくても私が持ってあげるわよ」

 

「一緒に命をかけた仲に、貴族も平民もない」

 

 皆の言葉を聞いて、シエスタは感動したような面持ちになった。

 

「み、皆さん……。ありがとうございます!」

 

「……はは、そうか。いや、これはまったくだ。すまない、どうやら僕の配慮が足りなかったようだね――」

 

 ワルドは朗らかに笑って皆に同意しはしたものの、内心ではやや困惑していた。

 

(こいつらは、なぜ平民のメイドなどをここまで厚遇しているのだ? 揃いも揃って……)

 

 最初はてっきり、戦場へ向かうというのに日常の感覚が抜けないお気楽な学生貴族どもが、身の回りの世話をさせるために学院のメイドを連れてきたのだとばかり思っていた。

 しかし、道中でルイズは使用人として連れてきたのではないといって否定し、今もまたこうして妙に良い扱いを受けている様子だ。

 

 もちろん貴族と平民といえども、長年にわたって家族同然のつきあいであるとか、個人的な恩義があるなどで、身分の差を超えて親しくしているというケースはままある。

 だが、誰か一人だけというのならともかく、全員が全員そうだというのが解せない。

 

(そういえば、あの青髪の小娘が先程、一緒に命をかけた仲だとか言っていたか……)

 

 もしや、こいつらが学生やメイドの割に妙に戦い慣れしていることとも何か関係があるのだろうか?

 

(……ふん。まあ、どうでもいいがな)

 

 ワルドは少し思案を巡らせてみたものの、じきに無用な詮索だと結論した。

 気にはなるが、使用人と学生どもとの内輪の事情など、結局は自分には無関係なことでしかないのだ。

 あとで機会があればルイズから聞き出しておく程度でよかろうと考えをまとめると、小さく咳払いをして気を取り直し、宿の部屋割りを提案する。

 

「では、全員で泊まるということで、2人部屋を3つ取ることにしよう。キュルケとタバサ、ギーシュと使い魔君が相部屋だ。婚約者のルイズと僕が同室、あとはメイドの君が一人部屋で……」

 

 その言葉を聞いて、ルイズがぎょっとしたような顔で彼の方を向いた。

 

「ちょ、ちょっと、ワルド? 私とあなたが同室なんて、その……。結婚してもいないのに、ダメよ!」

 

 ワルドは首を振って、ルイズを見つめる。

 

「大事な話があるんだ。2人きりで話したい」

 

「……だ、だって――」

 

 そりゃあ、あなたは私の憧れの人だったし、小さい頃には親同士の約束で婚約もしていたかもしれないけど……。

 もう小さな子どもでもないのに、同室で寝るだなんてできるわけがないでしょう。

 だって、私とあなたとは十年も会わずにいて、今日の朝になってようやく再会したばかりじゃないの。

 

 ルイズがそう反論しようと口を開き掛けたところに、ディーキンが横槍を入れた。

 

「ンー、ワルドお兄さん?」

 

 話に割り込まれたワルドは、やや不機嫌そうに顔をしかめる。

 

「……なんだね、使い魔君」

 

「ええと、ディーキンには、人間の婚約者とかのことはよくわからないけど……。さっきのみんな同じ宿にしようっていうのは、敵が来るかもしれないから用心のためにってことなの。だから2人よりも、もっと大勢で同じ部屋に泊まった方がいいんじゃないかな?」

 

 冒険者は普通性別などをあまり意識せず、あらかじめ危険が予想される場合にはとにかく夜寝るときには単独でいることは避けて、なるべく大勢で固まっておくというのが一般的である。交代で見張りを立てることも多い。

 傭兵を雇ってこちらを襲撃させるような敵がいることが分かった以上、2人ずつという少人数に分かれてしまうのでは心もとない。

 ましてやシエスタが一人部屋だというのでは、彼女を同じ宿にしてもらった意味がほとんどないではないか。

 

 それに口には出さなかったが、危険な相手かも知れないワルドをルイズと2人だけで一晩同じ部屋にいさせるというのも、ディーキンとしては当然避けたいところであった。

 まあ、彼女1人を害したところで今回の任務を阻止できるわけでもないし、尻尾を出してしまうことにもなる。

 だからたとえワルドが黒だったとしてもルイズが部屋で襲われるとはあまり思ってはいないが……、たとえそうであるにしても、一応の警戒は必要だろう。

 

「確かに、寝るときにはできるだけ大勢でいた方がいい。全員で一部屋でも私は構わない」

 

 タバサがディーキンに同意してそう言うと、キュルケも皮肉っぽい笑みを浮かべて肩を竦めながら賛意を示した。

 

「そうよね、私も別に構わないけど。まあさすがに男女は分けるにしても、大部屋2つでいいんじゃない? 何かは知りませんけれど、お国のための大事な任務の最中でも2人きりで話さなきゃいけないような私事が隊長殿にあるっていうのなら、店に頼んでその時だけ別の空き部屋を貸してもらえば済むことだわ」

 

 ワルドは顔をしかめて同行者たちの様子を窺ってみたが、自分の提案に賛成してくれそうな者がいないのを見てとるとしぶしぶ頷いた。

 

「……そうか、ではそうしよう。大部屋を2部屋とって男女で分かれる。それとは別に空き部屋をひとつ借りるから、ルイズは後でそこへ来てほしい」

 

「ええ、それなら……」

 

 単に話をするだけなら断る理由も無いので、今度はルイズも素直に頷く。

 

 それから全員で軽い食事をとり、それが済んでワルドとルイズが連れ立って上にいくのを確認すると、ディーキンは念のために話の間部屋の前で見張りをしておくといって後に続いた。その際、タバサとキュルケにも同行を頼んでおく。

 シエスタとギーシュ、それについ先程街へ到着して主と再会したヴェルダンデには、万が一襲撃があった場合に備えて他の客や店員たちと一緒に下の酒場にいてもらうことにした。その間は酒場のマスターや客たちからアルビオンの情勢に関する情報収集などをできる範囲でしておいてもらえば、無駄がなくて済むことだろう。借りた部屋に行って寝るのは、メンバーが戻って来て合流してからだ。

 幸いこの宿は主として貴族の客を相手にしているので使い魔の類も部屋に入れてよいとのことで、溺愛するヴェルダンデとも一緒に寝られるとあってギーシュは喜んでいた。

 

 

 しばしの後、ワルドらの入った部屋の前で、ディーキン、タバサ、キュルケの3人は筆談をしていた。

 耳の良い『風』のメイジであるワルドに、万が一にも聞かれないためである。

 

“確かにあの男は怪しい”

 

“同感ね”

 

“うーん、2人もそう思うの?”

 

 ディーキンは、『もしかするとワルドは敵かもしれない』という情報を早めに仲間と共有しておく必要を感じて、一番話が通りやすそうなキュルケとタバサに声をかけたのだが……。

 そのことを持ち出してみると、どうやら彼女らの方もすでにワルドに疑念を抱いていたらしいことが分かった。

 

 この旅に行くことは昨夜決まったばかりだというのに、敵がこちらの行き先に傭兵を雇って待ち伏せさせていたというのが普通に考えておかしい、と2人は気付いたのだ。

 そんなに早く情報が漏れているということは、トリステイン宮廷の内部、それも王女に同行して学院にきた者たちの中に敵の内通者がいる可能性が高い。

 してみると、王女自身と彼女に付き添って話を持ち込んできた枢機卿はまあ違うだろうから、最も怪しいのは当日の朝になって急に自分たちに同行することが決まった魔法衛士隊の隊長殿である。

 

“オオ……、そうだね。2人は頭いいの”

 

 ディーキンは彼女らの考察を聞いて感嘆しきりだった。

 占術に頼らなければ、自分は現時点でワルドをさして疑わしいとは思っていなかったに違いない。それに比べて、彼女らの洞察力はまったく鋭いものだ。

 

“それほどでもない”

 

“そうそう。別に、あの男が気に入らなかったから注意してただけよ、私たちは”

 

 そう、根本的なことを言えば、ワルドの朗らかな態度とは不釣り合いな冷たい目や同行者に対する配慮の欠片もない旅路での飛ばし方などが彼に対する心証をすこぶる悪くさせたことが、彼女らに疑いを抱かせたそもそものきっかけだったのだ。

 キュルケは元よりタバサにしても、ルイズとのおしゃべりにばかりかまけて女性も混じっている地上の同行者たちをろくに気遣いもせず、半日も馬で走らせ続けるような男に対しては不愉快にもなろうというものである。

 誰だって、好意を持っている相手のことはあまり疑おうとは思わないし、逆に嫌いな相手のことは必要以上に粗探しをしたくなるだろう。

 魔法衛士隊の隊長ともあろうものが、つい先程実際に襲われ、宿決めの件でもディーキンが夜襲の危険性を指摘したばかりだというのに、それをまるで考慮してないように部屋割りでシエスタを一人部屋にしようとしたり、ルイズと相部屋で大事な話をしたいなどと場違いなことを言い出したりするあたりも気に食わなかった。

 まるで夜襲を手助けするかのような、あるいは今夜は夜襲などないのだと“知っている”かのような態度ではないか……。

 

 結局のところ、ワルドは表面上はいい顔をしてはいたものの、実際は他人に対する気遣いなどない男だということをその振る舞いで露呈させてしまっていたのである。

 利己的な悪人が利他的な善人を装おうとしてみても、付け焼刃では言動や態度の端々から本性がにじみ出て、なかなか上手くはいかないものなのだ。

 

 3人はそうしてお互いのワルドに対する疑念を確認し合うと、これからの行動方針について相談していった。

 

 とりあえず、疑わしくはあるものの彼が黒だと確定されたわけでもないし、仮にもルイズの婚約者だというのだから、現状では3人で協力してそれとなく見張っておくに留めようということでほどなく意見がまとまった。

 他の3人にはこのことについては当面伝えないでおこうというのも、同時に取り決める。

 ルイズに対して確定してもいない婚約者への疑念などを伝えるのははばかられるし、彼女は隠し事も苦手そうである。

 ギーシュについても同様だ。信頼はおける男だと思うが、やはり隠し事が得意そうには見えない。

 

 シエスタは……、彼女はパラディンなのだから、同行者があるいは敵であり悪であるかも知れない、などということはむやみに知らせない方がいいだろう。

 そんな疑念を伝えれば彼女は《悪の感知(ディテクト・イーヴル)》を用いてその事を確認しないわけにはいかなくなるだろうし、そうすると話が早いといえば早いものの、一触即発の事態を招きかねない。

 パラディンは改悛に向けて努力している者や、改心させるためにあえて同道させている者を別とすれば、悪だと知っている相手と仲間として同行することは戒律上許されないのだ。

 それに、仮に彼女に調べてもらった結果ワルドが悪だったとしても、それで彼が利己的で信頼できない相手だとはわかるだろうが、確実に敵だと決まるわけではない。悪人ではあっても今回の任務に関しては別に裏表はなく、味方には違いないかもしれないのだ。

 逆に言うと、仮に彼が悪ではなかったとしても、だからといって間違いなく味方だとも限らないのである。中立の属性の犯罪者や革命家などいくらでもいるのだから。

 したがって、彼女に調べてもらって一安心というわけにはいかない以上、伝えても事態をややこしくするだけであまり意味があるまい。

 

 ディーキンはそれから、明日の間にこの街で情報収集をしておきたいからその時には協力をして欲しいと2人に頼んでおいた。

 本当なら今夜のうちから酒場などを渡り歩いて行うつもりでいたのだが、襲撃の件などを考え、今夜は警戒に努めて明日に回すことにしたのである。

 彼女らはすぐに快諾してくれた。

 

“私は、いつでもあなたの力になる”“2人のお邪魔でなければ、もちろんご一緒したいわね”

 

 そんなこんなで話し合っておくべきことがあらかた済むと、3人は下から持ってきた飲食物などを軽くつまみながら、ルイズらが部屋から出てくるのを待った。

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 一時的に借りた2人部屋に入ると、ワルドはルイズと向かい合って机につき、まずはワインを勧めた。

 2人に、と言って陶器のグラスを掲げたワルドに、ルイズは微かに顔をしかめたものの黙ってグラスを差し出して乾杯に応じる。

 

「しかし、ずいぶんと大変な仕事を申し出たそうだね。姫殿下は、最低限ウェールズ皇太子へ手紙を届ければよい、とは言っておられたが」

 

「……ええ、そうね。とても難しいことでしょうね……」

 

 確かに、冷静に考えてみればおよそ無茶苦茶な話だった。

 余所者がもはや戦の趨勢が決したアルビオンの戦場へ向かい、情勢を確かめた上で両軍に戦争を終わらせるために何ができるのかを模索するだなどと。

 それでも、ディーキンの自信に満ちた……というか、楽しみだというように顔を輝かせたあの姿を見ていると、彼ならなんとかしてくれそうな気がしてしまう。

 戦争のなんたるかもしらない世間知らずな子供が夢を見ているだけ、と彼を召喚したばかりの頃の自分なら思ったかもしれないが……。

 

「いや、誰にでも言えることじゃないよ。さすがは僕の婚約者だ」

 

 そう言われて、ルイズは内心で苦笑した。

 どうやらワルドは、この仕事を申し出たのは自分だと思っているらしい。

 一瞬誤解を訂正しようかとも思ったが、少し考えて、まあいいか、と思い直した。

 経緯の説明が面倒だし、第一使い魔の亜人がそんなことを言い出したなどと説明しても、信じてもらえるかどうか。

 彼に黙っておいたからと言って、別にディーキンの手柄を横取りするようなことになるわけでもあるまい。

 

 そうして俯き加減で押し黙ったまま、少し微笑んだような顔をしているルイズを、ワルドは興味深そうに見つめた。

 

「誇らしいだろうね……いくらか妥協する必要は出てくるだろうし、危険も大きいが。大丈夫、きっとなにがしかの成果を上げて戻れるさ。なにせ、僕がついているんだから」

 

「そうね、あなたは昔からとても頼もしかったものね。それに、私の仲間たちもいるもの。きっと何かができるわ」

 

 ルイズは顔を上げると、そう言って力強く頷いた。

 ワルドも表向きは朗らかな顔で頷き返す……が、内心では少々顔をしかめていた。

 

(また仲間たち、か。ずいぶんとあの連中を信頼しているようだな)

 

 かつてはすっかり自分に懐いて依存していた彼女のこと、すぐになびかせられると思っていたのだが、どうも反応が鈍い。

 離れていた期間が長いのもあるだろうが、どうやらあの仲間たち……特に使い魔であるあの『ガンダールヴ』に対する信頼が大きな原因のひとつだと思えた。

 今は仲間や使い魔を頼れるから、自分に依存する必要性を感じなくなったというわけだろう。

 

 確かにただのガキどもではないようだが、しかし、所詮はできもしない夢物語を抱いて戦場へ向かおうなどという幼く愚かな子供たちだ。

 あんな平民の傭兵どもを追い散らした程度で、これから向かう本当の戦場でどれほど役に立つというのか。

 ここはひとつ、仲間らへのその盲信を改めさせ、魔法衛士隊の隊長というずっと確かな実力を持つ自分に頼るように仕向けてやる必要があるかもしれない。

 

(そのためには、あんなザコの傭兵どもではない、本当に強い相手を用意してやる必要があるか……)

 

 そんな思案を巡らせてしばし黙り込んでいたワルドに対して、ルイズが首を傾げた。

 

「どうしたの、ワルド。大事な話があるんでしょう? 何?」

 

「ああ……。いや、すまない。その、ちょっと……昔のことを思い出していたんだよ」

 

 我に返ったワルドは、咳払いをしてそう取り繕うと、遠くを見るような目になって話を始めた。

 

「きみも覚えているかな、あの日の約束を。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」

 

「あの、池に浮かんだ小船のこと? ええ、もちろん覚えているわ」

 

 ワルドは頷いて先を続ける。

 

「きみは、ご両親に怒られたあと、よくあそこでいじけていたな。いつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなどと言われていたが……。僕は、それは間違いだとずっと思っていたよ」

 

「そんなお世辞を、今さら言わないでよ。意地悪ね」

 

 ルイズはちょっと顔をしかめて、頬を膨らませる。

 

「いや、違うんだルイズ。お世辞なんかじゃない。きみは失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それはきみが、他人にはない特別な力を持っているからさ」

 

「……まさか」

 

「いや、まさかじゃない。僕だって並みのメイジじゃないつもりだ、だからわかる。今日、ますますそのことを確信したよ」

 

 最初はただの気楽な昔話やお世辞だと思っていたが、ワルドは妙に熱っぽく、力を込めて話してくる。

 そのことにいささか困惑するルイズをよそに、ワルドは話し続けた。

 

「たとえば……、そう、きみの使い魔だ」

 

「ディーキンのこと?」

 

「そうだ。彼はほんの子供の亜人なのに、傭兵たちと戦っていた時には実に巧みに武器を使っていただろう? あれで確信したよ、彼は伝説の使い魔だと」

 

「で、伝説の使い魔……?」

 

 ルイズは本気で困惑し始めた。

 ワルドは一体、何を言っているのだろう?

 

「そうとも。彼は左手に手袋をして手の甲を隠していたが……。きっとあそこに使い魔のルーンがあるはずだ、違うかい?」

 

「え? ……え、ええ。確か」

 

 学院に来た当初は確かに自分が使い魔であると周囲に印象付けるために隠さないようにしていたのだが、既に十分自分が使い魔だということは納得してもらえただろうと判断したディーキンは、最近は左手にグラヴをつけるようになっていた。

 左手に刻んだ《秘術印(アーケイン・マーク)》はそろそろ薄れかかってきているし、そのグラヴはマジックアイテムの一種なので特に外す必要がなくなればできるだけ身に着けておきたい、ということらしい。

 

(やはりな)

 

 うまくルイズから聞き出してやった、これでもう間違いはないと確信して、ワルドはひそかにほくそ笑んだ。

 

 ルイズにその件について話すかどうかは少し考えたが……、彼女に対する自分の評価を教えておくことは、こちらが彼女を真剣に求めているということを納得させるためには有益なはずだ。

 ならば、そのくらいのことは今ここで明かしておいても構うまい。

 

「それこそが『ガンダールヴ』の印だ。始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔さ!」

 

「は、はあ?」

 

 重大発表をしたつもりのワルドの意気込みに相反して、ルイズは怪訝そうに顔をしかめて思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 

 本当に、一体何を言い出すのか。

 正規の契約をしていない以上、彼は本当は使い魔ですらないのだから伝説も何もないのだ。

 左手のルーンだってディーキン自身が模造した偽物である、それが『ガンダールヴ』の印なわけがない。

 

「……あの、ワルド。あなた、疲れてるんじゃないの?」

 

 心配げにそう聞いてみたルイズに対して、ワルドは自信に満ちた様子で答えを返した。

 

「とんでもない、僕には確信があるんだ。誰もが持てる使い魔じゃない、きみはそれだけの力を持ったメイジなんだよ。いずれは、それこそ始祖ブリミルのように、歴史に名を残す偉大なメイジになるはずだ。僕はそう予感している」

 

「…………」

 

 自分の話に夢中になるあまり、処置なしだというように呆れて頭を振ったルイズの様子にも気付いていないのか、ワルドは熱っぽい口調で話し続ける。

 

「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」

 

「へ? ……え、ええ!?」

 

 唐突なプロポーズに、ルイズは思わずぎょっとして目を見開いた。

 

「ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて言えた義理じゃないこともわかってる。でもルイズ、僕にはきみが必要なんだ。僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは一国を……、いや、このハルケギニアを動かすような貴族になりたい。だから……」

 

「……ワルド……」

 

 なんだかわけのわからない話の後に来たものだから面食らってしまったが、ワルドが真剣なのはわかる。

 これは自分も真面目に考えなければ失礼だと、ルイズは考え込んだ。

 

 彼は……今し方はなんだかわけのわからないことを言い出しもしたけれど、そりゃあ優しくて凛々しいとは自分でも思う。

 ずっと憧れていた相手でもある。とっくに婚約など無かったことになっているだろうと思っていたのに、ずっと忘れていなかった、結婚してくれと言われれば、それは嬉しくないわけじゃない。

 

 だが、どうにも今のルイズにはワルドと結婚するという気にはなれなかった。

 

 結婚など全然考えていなかった上に、彼とは長い間離れていたこともあってまず実感が湧かない。

 それに、今のルイズはパートナーであるディーキンや、ようやくできた友人たちと共に過ごす日々に、これまでにない喜びを感じていた。

 まだまだ大切な仲間たちと共に日々を過ごしていきたい、ワルドと結婚して、彼と2人で向き合う生活に入りたくはない。

 

 自分はまだ大人じゃない、だから今はまだ結婚相手よりも友人たちの方が大切なのだ、と彼女は思った。

 

 それに実際のところ、幼い頃には彼に憧れていたルイズでさえ、キュルケやタバサほどではないにせよ現在のワルドの言動にはしっくりこないものを覚え、どうにも今の彼の姿は昔のワルドと重ならない、今でも優しいし凛々しいはずなのに、なんだか親しめない……と無意識のうちに感じ始めていたのだ。

 熟達したバードのような演技の達人や、上級デヴィルのごとき偽装の巧者のそれと比べれば、ワルドの仮面は所詮は狭い宮廷社会の中のみで磨いたものである。

 上位の貴族や王族に取り入るといったようなごく限定された環境には上手く適応しているのだろうが、それ以外の状況で使おうとすればたちまちメッキがはがれる程度の素人芸でしかなかった。

 それでも、ディーキンを召喚する以前の、友人も無く劣等生として一人きりで周囲からの蔑みに耐えていた頃の彼女であれば、ワルドの態度に違和感を覚えることなく昔と同じように彼になびいていたかもしれないが……。

 

「……その、わたしはまだ、あなたに釣り合うような立派なメイジじゃないわ。もっと修行をして、いつか立派な魔法使いになって……。父上と母上に、みんなに、認めてもらえるようになりたいのよ」

 

 ルイズは言葉を探しながらそう言うと、顔を上げてワルドを真っ直ぐに見つめた。

 

「だから、それまでは結婚は考えていないの。ごめんなさい」

 

「そうか……。もしや、きみの心の中には誰かが住み始めたのかな?」

 

 そう言われて、ルイズは慌てて首を横に振った。

 

「あ、いえ……。そんなことはないわ、そういうことじゃないのよ! ただ、今はまだ結婚は早いと思うから……」

 

 ワルドはしばし探るような目でルイズを見つめたが、どうやら嘘は無さそうだと納得した。

 同行者のギーシュという少年あたりが相手なのかとも考えたが、確かにこれまでの彼女の態度を見ていると、あの少年を特別に気にしている風ではない。むしろ、他の仲間たちよりも若干ぞんざいな扱いをしている節さえある。

 あのディーキンという少年には特に信頼を寄せている様子だが、自分の使い魔であることを考えれば当然のことだろう。さすがに、あんなトカゲめいた姿の亜人が相手だなどということはあるまい。

 

「……わかった。取り消そう。今、返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、きっときみの気持ちは僕にかたむくはずさ。きみはまだ早いと言うが、もう十六だ。結婚してもおかしくない。恋をして、自分のことは自分で決められる年齢なのだから……」

 

 ワルドは表向きは潔い好青年の顔を保ったままそう言いながら、心中ではこの旅の間にルイズの関心を自分に惹き付ける策を練っていた。

 まずは他の仲間たちが頼りにならんということを見せてやるべきだなと、先程少々弄んだ考えを再び検討し始める。

 

 結局のところ、ワルドは己の野心のためにルイズの力が必要だと言うだけで、彼女を愛しているわけではない。

 彼はルイズの力だけしか見ていないのだ。ディーキンの表面的な力にばかり目が行って彼の本当の姿が見えていないのと同じように、現在のルイズの姿が見えていない。

 ゆえに、昔のように彼女に接すれば、そして昔のように自分が、自分だけが頼りになる存在だということを示せば、以前の彼女がそうだったのと同じように自分に懐くと思っているのだった。

 

 そうして話を終えた2人は、仲間たちと合流するべく部屋を後にした……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。