Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第八十七話 Misunderstanding

(ふむ、鳥の骨はそう来たか)

 

 オスマンは、先程から3人のやりとりを食卓の端についたまま黙って見守っていた。

 王女らとの話し合いはディーキンに一任したので、話があまり不穏当な方向に流れていきでもしない限り口を差し挟む気もない。

 そんなわけで、役得として卓上に用意された豪奢な天上の美味を味わいながら、のんびりと傍観しているというわけだ。

 

(さて……、彼はどう答えるかのう?)

 

 オスマンの注目する中、ディーキンは少し考えると、こほんと咳払いをしてから口を開いた。

 

「アー、なるほど……。つまり、枢機卿のおじさんは相手の軍隊がオークみたいなのと手を組んでるから、悪い奴らに間違いないっていうんだね?」

 

 マザリーニが頷くのを見ると、ディーキンは黙ってリュートを手に取った。

 それから、何をする気かと不思議そうにしている一同ににっとした笑みを向けて、話を続ける。

 

「ウーン、そうかもしれないね。……でも、あんたたちは、“ヒューマンの王スレイと、オークの王グレイとの戦いの話”を知ってる?」

 

 ディーキンはそこで一旦言葉を切り、同席している3人の顔を見渡して誰も知らない様子なのを確認すると、うんうんと頷いた。

 

「それじゃあ……、ディーキンは、バードだからね。

 じれったいかもしれないけど、どうか答えを出す前にちょっとだけその話を聞いてもらえないかな?」

 

 回りくどいようだが、このようにことあるごとに物語を引用して語るというのが、多くのバードの用いる流儀なのだ。

 なぜならば、知性ある生き物の多くは今現在の一個人の意見として語られた話よりも過去の先例を重んじ、歴史や訓話に価値を見出すものだから。

 

 もちろん、そのようにしてバードが語る話が常に実話だとは限らない。

 多分に脚色が入っている場合もあるし、時にはまったくのフィクション、その場限りのでっち上げである場合もある。

 しかしながら、そんなものは相手にバレなければ結局のところは同じことなのだ。

 なぜならば、自分の意見がどんなものであれ、それを肯定するように思える先例は無限に等しい過去の歴史を漁ればいくらでも、いかようにでも見つけられるのは明白だから。

 

 人々の心を動かすにあたって必要なのは“現実”ではなく、“真実”なのだ。

 バードの詩は、時として現実以上の真実である。

 その雄弁なる言葉は言魂となり、彼らの語る素晴らしいフィクションは、ありふれた現実よりも強く人々の心を揺り動かすことができるのだ。

 もちろん、両者が一致するのならばそれはより素晴らしいことだし、そんな偉大な物語に出会えることを望むが故に、多くのバードは旅をすることを好むのだが。

 

「オホン……。それではまず、物語の始まりは――――」

 

 コンコン。

 

 ディーキンが物語をはじめようとしたちょうどその時、誰かが部屋の戸をノックする音が響いた。

 次いで、部屋の外からシエスタの声が響く。

 

「失礼します。先生、いらっしゃいますか?」

 

 部屋の中の全員がぎくっとして、一斉に息を殺した。

 アンリエッタが咄嗟に扉の傍にさっと近寄ると、杖を振って小声で『ロック』の呪文を唱え、鍵をかけた。

 

 先生……ということは、オールド・オスマンに用があって来た学院の生徒なのだろう。

 学院長がここにいるということがなぜ分かったのかは知らないが、よりにもよって内密な話の最中に、なんと間の悪いことか――――。

 

 

 

「……おられないのでしょうか?」

 

 しばらく待っても返事がないのを見るとシエスタは首を傾げて、とりあえず扉を開けてみようとした。

 が、鍵がかかっているようで、開かない。

 

「ここにもいないみたいね」

 

 肩を竦めるキュルケ。

 だがしかし、タバサは首を振ってきっぱりと言い切った。

 

「いる」

 

「え? なんでよ?」

 

「さっき、部屋の中から話し声がしていた」

 

 優秀な『風』のメイジであるタバサは、自分の耳に確かな自信を持っていた。

 それを聞いた一行は、思わず顔を見合わせる。

 

 そうなるとディーキンは、自分たちに対して居留守を使っているということになるが……。

 一体何のために、彼がそんなことをしているというのか?

 

 ルイズはむっとした様子で、どんどんと扉を叩いた。

 

「ちょっと、それってどういうこと? ディーキン、いるんなら開けなさいよ!」

 

 だが、やはり返事はない。

 

「一体、どういうつもり……」

 

 ますます苛立つルイズだったが、その内にだんだん心配になってきた。

 彼の性格からいって、中にいるのに返事もせずに自分達を締め出すなんてことは普通なら考えられないのではないか?

 

「……まさか、部屋の中で何かトラブルでも起きてるんじゃないでしょうね……」

 

 まさかとは思うが、ここ最近のタバサの実家での出来事などを考えると絶対にないとも言い切れない。

 

「ありうるわね。ここは、無理にでも入ってみましょう」

 

 キュルケはそう言うと、胸の狭間から杖を引き抜いて、扉に『アンロック』をかけた。

 が……。

 

「……効かないですって?」

 

 キュルケはアンリエッタと同じトライアングル・クラスのメイジであり、彼女の施した『ロック』だけならば破れる可能性は十分にあっただろう。

 しかし、扉の向こうでは既にオスマンがアンリエッタに続いて動き、扉に『ロック』を重ね掛けしていたのである。

 学院長の魔力に対しては、さすがにキュルケも歯が立たない。

 

 オスマンらはこのまま扉の奥で息を潜め、ルイズらが諦めて去るのを待つ方針だった。

 しかし、この防御策が結局は裏目に出てしまう。

 

 タバサはキュルケに続いてさっと杖を振ると、扉に対して『ディテクト・マジック』を唱えた。

 その反応を見た彼女は僅かに驚いたように目を見開き、次いで鋭く細めて、杖をぎゅっと握り直した。

 

「……『ロック』が掛かっている。それも、とても強い」

 

「あの亜人君が、留守の間に泥棒が入らないようにと掛けておいたんじゃないのかい?」

 

 やや戸惑ったようなギーシュの提言を、タバサは首を横に振って否定した。

 

 確かに、ディーキンにも扉に鍵をかける呪文は使えるかもしれない。

 だが、今の『ディテクト・マジック』の反応を見る限り、この扉に施されているのは系統魔法の『ロック』で間違いないはずなのだ。

 しかるに彼に系統魔法は扱えない……、つまりこの扉を閉ざしたのは、彼ではないということになる。

 

 しかも、感知できた魔力は非常に強力なものだった。

 スクウェア・メイジの中にもこれほどの魔力の持ち主は滅多にいないだろう。

 

 実を言えばタバサは、ギーシュの話を聞いた時からディーキンはもしやアンリエッタ王女と一緒にいるのでは、と何となく疑っていた。

 昼間にディーキンが彼女を褒めるのを聞いていた彼女としては、好奇心の強い彼のこと、この機会に彼女と話をしてみたいと思ったとしても不思議はないと考えたのだ。

 それならそれで問題はないわけで、本来は邪魔立てするべきでもないのだろうが……、タバサにとってはあまり面白い話ではない。

 もし本当に彼がアンリエッタと一緒にいたなら自分も乱入してやろうか、彼は拒みはしないだろうし……というようなぼんやりした考えは、先程から持っていた。

 

 しかしこの状況を見ると、どうもそうではなさそうだと考えざるを得ない。

 

 いかに優れた血筋を持つ王家の末裔だとはいえ、先程この扉から感じた老成された強大な魔力が、よもや飾り物と揶揄されている年若い温室育ちのアンリエッタ王女のものだとは思われない。

 ならば、この部屋の奥にいるであろうその強大なメイジは一体何者なのか。

 そいつはことによるとガリアの手の者で、ディーキンやアンリエッタ王女に何かをしたのかもしれない。

 私のことで、あの人に手を出させるものか……!

 

 そんな考えに至ったタバサは、躊躇なく次の行動に移った。

 素早く杖を振って呪文を唱え、扉に向かって容赦なく『エア・ハンマー』の呪文を叩きつける。

 

「ラナ・デル・ウィンデ……!」

 

 ほぼ同時に、ルイズも呪文を詠唱していた。

 『エクスプロージョン』のごく最初の部分だけを詠唱し、扉に杖を差し向ける。

 

「《エオルー・スーヌ・フィル……!》」

 

 これだけの詠唱でも、扉の鍵を吹き飛ばしてこじ開けるには十分な威力となるはずだ。

 彼は私のパートナーだ、タバサに後れは取れない。

 もし本当に危険に晒されているというのなら、私が助けなくてどうするのか……!

 

 

 

「アー、ちょっとちょっと! 待って待ってタバサ、ルイズ、ディーキンは別に――――」

 

 扉の向こうでタバサらが何をしようとしているか察したディーキンは、慌てて制止の声を上げた。

 オスマンもぎょっとして、咄嗟に扉へ『硬化』を施し、打ち破られるのを止めようとする。

 

 だが、既に手遅れだ。

 

 一旦詠唱に入ってしまったルイズは呪文に完全に集中するので、扉を隔てた向こうのディーキンの声など聞こえない。

 タバサには聞こえてはいたが、彼女もやはり攻撃を中止する気はなかった。敵がなんらかの方法でディーキンの声を真似ているか、彼を操って喋らせているだけかも知れないからだ。

 命懸けの任務を潜り抜けてきた彼女としては、間違っていたとしても壊した扉は後で直せばいいだけで、最悪の事態に備える方が優先だと考えるのは当然である。

 

 ディーキンの名誉のために一応言っておくならば、彼はここへ来る前にちゃんとルイズには適当な、嘘ではないがオスマンに頼まれた肝心な部分は伏せた説明をして、自分を探しに来ないように頼んでおいたのである。

 タバサやキュルケにしても、自分を探すならまずルイズの部屋に先に行くはずだからその時彼女から話をしてもらえるだろう、と踏んでいたのだ。

 ルイズが何やら上の空なのはもちろんわかってはいたが、まさか何ひとつ話した内容を覚えていないなどとは想定外だった。

 没頭すると周りのことが一切見えなくなる彼女の集中力を甘く見ていたといわざるを得ない。

 

 それでも、もしシエスタが扉をノックした時点でディーキンが居留守など使わずに中にいることを明かし、何か適当な理由を述べて部屋に入らないでくれるよう頼んでいたならば、彼女らを納得させることはできただろう。

 予想外の来訪にびっくりして思わず居留守を使ってしまったこと、その方針で通そうとしたために制止の声を上げるのが遅れたことが致命的な失策だった。

 アンリエッタやオスマンの『ロック』も、耳聡く異常事態に敏感なタバサが同行していたのが仇となって逆効果になってしまった。

 いろいろな関係者たちのさまざまな選択や偶然が、よくない方向に噛み合ってしまった結果だと言うしかあるまい。

 

 そうして2人の攻撃呪文が、扉へ炸裂する。

 

 オスマンが不十分ながらも『硬化』を施した扉は、タバサの『エア・ハンマー』にはかろうじて耐えた。

 しかし、ルイズの『エクスプロージョン』の前には歯が立たない。

 扉の中央部が眩く輝いて爆裂し、大穴が開くとともに爆風が室内の者たちを襲った。

 

「きゃああぁぁ!」

 

「うおおぉっ!?」

 

 アンリエッタとマザリーニが、突然の爆風に悲鳴を上げる。

 それでも、慌てて2人の前に飛び出したディーキンと咄嗟に扉の前に風の防護壁を張ったオスマンのお陰で、怪我はせずに済んだ。

 

「ディー君、大丈夫なの!?」

 

 杖を構えたルイズが、タバサ、キュルケ……。

 それにデルフリンガーを構えたシエスタと、ワルキューレを呼び出したギーシュが次々と部屋の中に飛び込んできた。

 

「……馬鹿者どもが! 一体何を考えてこんなことをしたんじゃ!?」

 

 オスマンが彼らを一喝する。

 

「へっ? オ、オールド・オスマン、どうして……」

 

 先頭に立って飛び込んできたキュルケが、きょとんとした。

 

「な、何をするのですっ……、不埒者ども!」

 

 アンリエッタ王女も、こほこほと軽く咽ながらも侵入者たちを睨み据える。

 

「……!? こっ、こここ、この方は……!」

 

 キュルケを庇うように前に飛び出そうとしたシエスタは、アンリエッタと目が合ってさっと青ざめる。

 慌てて剣を収めると、床に平伏した。

 

「ひ、姫殿下!?」

 

 ルイズ、ギーシュも慌てて膝をつく。

 

「え……。ル、ルイズ・フランソワーズ? どうしてここに……」

 

 アンリエッタが昔馴染みの顔を認めて、目を丸くした。

 一人タバサだけが無表情で佇んだまま大騒ぎする面々の様子をじっと観察し、言い訳するようにぽつりと呟いた。

 

「……扉をやったのは、ルイズだから」

 

 

「ほ、本当に申し訳ありません! なんとお詫びをしてよいか!」

 

 こうなっては仕方がないと判断したオスマンやディーキンから一通りの事情を聞かされたルイズらは、思いっ切り床に平伏してアンリエッタらに謝っていた。

 

「い、いえ。そういうことなら仕方がありませんわ、ルイズ。

 使い魔とメイジは一心同体、その身を案じるのは当然のことですから……」

 

 アンリエッタは咳払いをして鷹揚に頷き、ルイズらを許して頭を上げるように言った。

 それから旧友との再会を喜んで、昔の話などを少しかわした。

 彼女とルイズとは幼い頃に共に遊んだ仲であり、身分の違いなどをあまり意識していなかった当時は菓子の取り合いや掴み合いの喧嘩などもやらかしていたのである。

 もっとも、マザリーニらが傍にいるので少女同士の気兼ねのない昔話とはいかず、ごく穏やかな内容の話にとどまったが。

 

 そうして歓談しながら、アンリエッタはルイズにそっと囁きかける。

 

「……ところで。彼があなたの使い魔だというのなら、あなたの方からもお願いしてはもらえないかしら?

 彼の助力が得られるかどうかに、トリステインの命運がかかっているかも知れないのですから……」

 

 アンリエッタにとっては、旧友が今まさに頼みごとをしている相手の主人だったというのは、僥倖に相違なかった。

 彼女としては、なんとしてもアルビオンで窮地に陥っている王族を……特に、将来の誓いを交わし合ったウェールズ皇太子を救いたい一心であった。

 そのためには、天使の力を借りて革命軍を打ち破らねばならぬ。トリステインには、アルビオンに対抗できるような戦力はないのだから。

 たとえそれが成らなかったとしても、最悪でもゲルマニアとの同盟を脅かしかねない手紙……ウェールズにかつて渡した恋文をどうにかしなくてはならない。

 せめて、戦時下のアルビオンへその旨を伝えに行く使者の役目だけでも買ってはもらえまいか。

 浅ましいようだが、できることなら枢機卿には内緒で……。

 

 ルイズはちょっと困った様子を見せながらも頷いて、ディーキンの方に向き直った。

 実際のところ彼は自分の正式な使い魔ではないので、戦争中の国に行けなどと命令できるような立場ではない。

 しかし、かつてのお友だちであり忠義を誓うべき主君であるアンリエッタの力にはなりたかったし、説得を試みるくらいならば構うまい。

 

「ねえディーキン。姫さまのお力になれないっていうのはどういうことなの?

 慎重になるのはわからないでもないけど、相手は野蛮なオークだのを味方につけてまで王室を潰そうとしているのよ!

 どう考えたって悪党じゃないの」

 

「ンー……、そうなのかもね」

 

 ディーキンはそう認めてひとつ頷いてから、付け加えた。

 

「でも、その中にはディーキンがいるかもしれないの」

 

 ルイズは訝しげに顔をしかめた。

 

「どういう意味よ? あんたはここにいるじゃない!」

 

「ディーキンが初めてボスと出会ったのは、人間の村を襲撃するコボルドの部隊に加わったときだったってことは話したかな」

 

「……」

 

「ディーキンは人間を襲いたくはなかったよ。でも、ご主人様の命令で一緒に行かなきゃいけなかった。

 革命軍にも、オークのディーキンや巨人のディーキンや……、もしかしたら人間のディーキンだって、いるかもしれないでしょ?」

 

 ルイズは困ったように視線を泳がせた。

 

「……そ、そんなの、滅多にいるもんじゃないでしょ?

 敵の軍隊は何千何万といるのよ、少しくらいは仕方がないじゃない……」

 

「そうだね、戦争ではたくさん人が死ぬから、少しくらいのことを気にしていたらどうにもならないかもしれない。

 その考えが絶対に間違ってるとは、ディーキンも思わないの。

 ……でも、コボルドは大抵悪者だから少しくらいの間違いは仕方ないってボスが思って、全部のコボルドを斬って回ってたら、ディーキンはここにいなかったんだよ?」

 

「う……」

 

「ルイズたちの考えもわかるの。だけど、ディーキンがオークや巨人なんて少しくらいは仕方がないって考えるのは、ボスから受けた恩を裏切ることだって思う」

 

 ディーキンはルイズだけではなく、その場にいる全員に聞かせるようにして自分の考えを説明していった。

 彼の話し方はあくまでも穏やかで少しも攻撃的ではなかったが、それでいて断固として動かない意志を感じさせるものだった。

 

「それに、アー……、お姫さまたちにはさっき話しかけてたけど。

 せっかくだから、“ヒューマンの王スレイと、オークの王グレイとの戦いの話”を聞いてもらえるかな?」

 

 誰からも異論が出ず、皆の注目が自分に集まったのを確認すると、ディーキンは改めてリュートを手に取った……。

 


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